第二十二章
使役獣の進化は、過去にイリスの事例を詳細に紙にまとめ、魔物使いが多く所属する傭兵組合に預けてある。今回もハルがワイバーンから風竜へと進化した情報を更新するため、私は組合を訪れた。もちろん、これまでの記録はすべて事実に基づき、進化の仕組みとその謎をさらに深めた内容が記されている。
「ハルが風竜にですか。大したものですね」
街の建物よりも大きな巨体を誇るハルを見つめ、組合職員が街道脇の平野に集まる。澄んだ空気の中、翡翠色に輝く風竜の鱗が光を反射し、その圧倒的な強者の佇まいと美しさに職員たちは息を呑んだ。
職員たちは使役獣の基準を満たしているか確認する試験を行った。もともと使役獣であったハルは記憶を保持しているため、直ちに登録は上書きされ、ワイバーンから風竜としての記録が組合職員によって正式に保管された。
「しかし……イリスより格上になるなら、イリスは妬きませんか?」
「よくイリスの性格をご存知で」
一般職員でさえイリスの性格を理解しているようだ。
「ハルは元々、デベスさんに忠実で、使役獣の手本としても憧れを抱く飛行種乗りが多いので……」
イリスを非難するのではなく、ハルを称賛する職員の声もある。デベスは私にとって軽口の絶えない唯一の弟子であるが、傭兵組合や飛行種の魔物使いたちからは英雄視され、ハルもまた「王」として尊敬を集めていたことが、通り過ぎる人々の話や風に運ばれる声からも伺える。
ハルの進化を心待ちにしていた者も多く、イリスもまた別の評価で有名である。今回の進化の記録を手渡し、登録が無事に上書きされた。
私は、イリスたちが待つ我が家へと帰路につく。ハルの背に乗り慣れた私は、言葉を交わさずとも彼の思考が伝わる。
ハルが上位の竜になるまでは、イリスの気持ちを理解していたのは長い付き合いによる関係だと思っていた。しかし、上位の魔物であれば絆によって魔物自ら意思を伝える能力が存在することが分かった。
今のハルの気持ちは、自分の風竜としての姿をデベスに見せたいというものだ。しかし、デベスがどこにいるかの情報は一切ない。
「探しますか?」
「ギョイ!」
「ただし、私は再会には姿を見せず、旅に付き添うだけですよ?」
「ギョイ?」
「だって、あんなに格好良く去ったデベスが可哀想じゃないですか」
「ギョイギョイ♪」
ハルもそれに同意し笑った。
『ここが最後の別れです。あざした!』
数年前、彼が余生を楽しむために私に笑って送り出せと挑発したあの日を思い出す。だから、あれが最後でなければならないのだ。
「皆で行きましょうかね」
ハルの進化の鍛錬のため、長い期間留守を任せたイリスとドベルも今回の旅に加える計画を立てた。
「イリス、いい加減になさい」
体格や能力でハルが勝るのは明白だが、これまでの三体の関係からボスはイリスであり、ハルが逆らうことはない。
イリスは歯ぎしりをするような顔でハルから見えない場所を睨み、不機嫌になる。
ハルが優等生であるため揉め事は起きず、ドベルも状況を察してイリスの鬱憤を解消する遊びに従事する。空高く舞い、木々をなぎ倒しながら突き飛ばされるドベルの姿は、私の目には健気に映る。ただし森は大惨事ではある。
「ドベル……いい子ですね」
「ん」
ドベルは怪我もなく、汚れること以外は気にせず平然とした表情を見せた。
「そんなイリスに良いお知らせです」
「ギャ?」
「もしかしたら、進化の段階の前兆が、ほら」
私が指を向けたのは、イリスの鱗の一枚。飛竜の土色ではなく、僅かに黒が混じる鱗が確認できる。体格に変化はないが、ハルの観察で得た知見と照らし合わせ、進化の前兆と判断できる。
「ギャギャ?ギャ~♪」
たった一枚だが、進化の兆候となる黒味を帯びた鱗に喜ぶイリス。今のうちに、より強固な家の図面を計画の一つとして書き込んだ。
「ほら、ハルが待っていますよ」
イリスの機嫌が直るまで旅立てずにいたが、ハルはデベスを探す旅の準備を整えている。
「ギャギャ~♪」
イリスの合図で、ドベルは私とイリスの背に乗り、ハルに追従する。これまではイリスが先頭だったが、今後はハルが先頭を駈けることになるだろう。
イリスは負けず嫌いだ。きっとその先頭を奪い返すに違いない。
「さあ、行きましょう」
「ギョイ~♪」




