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第二十一章

イリスが進化するのに数十年もの時を要した。私はその成長過程を細かく記録し、紙に書いた知識を自分の扱う魔法である鑑定に転写して情報として蓄積し、いつでも脳内で見返せるようにしてある。記録をただ残すだけでなく、過去と現在を比較できるよう整理しておくことで、進化の過程を科学的に観察することが可能となった。


その鑑定記録を紐解くと、大きな成長の段階は二度あり、三度目の成長で進化が訪れ、ワイバーンから飛竜へと姿を変えていたことが明記されている。当時から私が作り続けている飛翔鞍の効果は、大きさや構造に変化はなく、イリスの成長に合わせて新調されることにより適応してきた。


イリスとハルにも同じ飛翔鞍を装着している。過去の例を基準にすれば、その大きさを二度新調した時点で最終段階に至ると推測できる。私はイリスの事例を明確な基準として用い、安易に変化を加えることなく観察を続けていた。


「これで三回目の新調ですね」


そう呟いた時、私は新たな事実に直面した。ハルの体格は順調に成長しているにもかかわらず、想定した規格を既に超えてしまっていたのである。新たに作った四段階目となる規格として用意した飛翔鞍を装備させ、不備は無いか確認した。この事実から、三段階が進化の最終地点ではないことが明らかになった。


デベスの元で一度、そして私の元で二度。計三度の成長を経てもなお、ハルの鱗はわずかに緑を帯びているだけで、大きく異なる竜の特徴は現れていない。依然として前肢が退化した二本脚のみを持つワイバーンの姿を保っていた。


一方で、飛竜へと至ったイリスは二本脚から四本脚を有する姿へと変貌し、前肢と後脚を使った四足歩行を行っている。昔の私は「ワイバーンの脚は二本である」と単純に記録していたが、今改めてハルを観察すると、退化した前肢の痕跡がはっきりと残されていることに気付き、実際には後脚のみが機能を残した姿である可能性に思い至った。そのため記録を上書きし、新たな知見として整理した。


かつてはただ眺めるだけで満足していたが、今は進化の過程を詳細に記録し、体系的に理解することを目的としている。その積み重ねにより、身近な魔物に限られるとはいえ、数々の新たな発見が私の手元に残されてきた。


「クヒ?」


飛翔鞍を着けた後、考察に没頭していた私は、一瞬目の前にいるハルの存在を忘れてしまっていた。鳴き声には「どうかしたの?」といった響きが感じられ、彼なりの違和感を示しているのかもしれない。進化を最終目的とするならば、今のハルはまだ途中段階にあるのだろう。しかしそれでも、私の元に来てからの彼は確かに成長を遂げている。挑戦を重ね、定期的にイリスとの模擬戦に自発的に臨み、その衝突音と震動が帰省中の森を日常的に揺らしていた。


飛翔鞍を付け替え、観察を終えると、私はハルが見つけたねぐらに戻す前に、彼が仕留めた小型の火竜の肉を与えた。咥えて飛び立つその姿は、もはや従来のワイバーンの域を超えているようにさえ見える。


飛竜となったイリスとの体格差も徐々に縮まりつつあり、ワイバーンでありながら並び立つほどの巨体となっていた。


「さしずめ……ワイバーンの王ですかね」


群れを成す魔物には必ず、一際大きな個体が存在する。ワイバーンも例外ではなく、観察を重ねた末に組合で答え合わせをしたところ、それを「王」と呼ぶことを知った。単純でありながらも力強い呼び名を私は気に入り、自然と口にするようになっていた。


『―。ネアム、調子はどう』


イリスの記録を見直し、ハルの成長記録を整理していると、親友コリンからの通信が入った。


『順調ですが……同じ種類でも進化先は異なるようですね』

『へえ、イリスとハルは別の種類になるってことなら、魔物の生態の謎がまた増えるな』


コリンも興味を示し、ハルに関する彼なりの考察を語った。私もイリスの事例を基に、自身の持論を交えて進化の不思議について語り合った。


『遅くなったね。また、通信する』


気付けば夜が明け、白み始めた空が窓から差し込んでいた。長い進化談義は、そこでようやく幕を閉じた。



---


数年にわたり進化を目的とした鍛錬を続けたハル。その成果は、遠征中のある朝に訪れた。彼の姿はついに変わり、ワイバーンから風竜へと進化を遂げていたのだ。翡翠色の鱗が差し込む朝日を受け、露を吸い、まるで光の粒が舞うように輝いていた。


ハルの進化は、イリスよりもさらに上位の属性を持つ風竜であった。


「頑張りましたよ。おめでとう、ハル」

「ギョイ」


自らの身に起きた変化を理解しているのだろう。戸惑いはなく、むしろ喜びを抑えきれない様子が伝わってきた。イリスの時と同じように力加減が分からず、四本の脚で飛び立つ勢いと大きな翼が生み出す風圧により、夜営の道具を一瞬で吹き飛ばしてしまった。


「二体の竜、しかも一体は風竜……また家は建て替えないと行けませんかね」


散乱した道具は私の魔法で無事に回収された。こうして目的を達成した私は、イリスとハルが待つ森の家へ、風竜となったハルと共に帰還することとなった。


そして家だけではなく、二体の竜が住まうことで森そのものもまた、新たな姿へと変わっていくのだろう。


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