第二章
魔道具製作に没頭し、食べる物が尽きると街へ買い出しに出かけ、素材が不足すると集める日々をイリスと共に送っていた。
この生活は既に半年が過ぎ、頭の中には作りたい魔道具の構想が幾つも浮かんでいた。不便さを敢えて楽しむ未完成品を作ったりと、独り暮らしの寂しさを紛らわせている自分がいた。
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「完成しました。」
私の手には、核を最小化した「核結晶」と名付けた魔道具がプラチナの細い鎖に吊るされている。
この国の人々はこれを「トルク」と呼ぶ。簡単に言えば首飾りだ。
このトルクは通信魔道具として設計され、念話が可能である。受信されると直接脳内に信号が届き、使用者の意思で受信するか拒否するかを選択できる。受信すれば声を出さずとも相手と会話できる仕組みだ。
つまり、魔道具内部の魔力が精神エネルギーを符号化し、受信者に直接伝えることで念話が可能になるということだ。
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「そろそろ行きましょうか。」
仕上がったトルクを魔法鞄に忍ばせ、目的地はコリンが住む大都市ネオンベルベ。
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「イリス、今回は遠出で……太りました?」
「クィ?」
小首を傾げ、誤魔化しているのか意味が分からないのか。ともかく尊いので良しとした。
明らかに太ったイリスの背に乗り、コリンの住む街へ向かう。会うのは九ヶ月ぶりになる。
三ヶ月迷ったが、五十を過ぎた男を心配するのもどこか可笑しく、慣れた頃にさりげなく訪ねようと考えていた。
ちょうどトルクも完成し、遠方に住む親友を驚かせたくなったのだ。
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ネオンベルベは現在のイリスで片道五日。
イリスは目敏く大型魔物を狩りつつ寄り道をする。必要な素材を頂き、残りは魔法鞄に入れておく。
こうすることで、イリスは常に新鮮なご馳走を食べられる仕組みになっていた。
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「……私のせいでしたか。」
「クィ!」
声に出してはいないが、念が通じたのだろうか。
私の魔法鞄のせいで大食漢となったと、イリスが抗議しているように見える。
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「見えて来ました。」
「クィ~」
ネオンベルベの外壁沿いにはイリスを預ける従魔専用施設があり、見せたところ問題なさそうで巣作りを始めた。
ワイバーンを使役する魔物使いはまだおらず、慣れない街では人々が珍しそうな目を向ける。
私もイリスも視線を交わし、慣れたものだ。
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「魔術師組合は……」
周囲には石畳の道が交差し、屋台や小さな店舗が軒を連ねる。
通りを行き交う人々は種族や服装も多様で、長いマントを翻す魔術師、子供たちが走り回る様子、街の中を走る専門の馬車がゆっくり進む音が混ざり合い、街全体に活気と生活感が溢れていた。
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「如何にも魔術師組合。」
私の作る魔道具には存在しない魔法陣を用いた魔道具や杖を使うのが一般的だ。
違いは、魔法陣は付与され効果が切れるもの、魔道具は半永続型であること。
建物に施された魔法陣は装飾としても機能し、照明代わりの空中に浮かぶ玉などが室内の景観を彩る。
私のコリンに関する情報はここで途絶えており、組合の職員に尋ねるしかなかった。
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「こちらにコリンというエルフはいますか?」
傭兵としての身分証、シルバータグを提示する。
しかし、受付のエルフ女性はなぜか変な顔をした。
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「コリン様のお知り合いですか?」
「はい、そうです。」
コリンは既に相当の地位にあるようで、受付の態度はやや値踏みするようなものだった。
身分証を見せれば名を名乗る必要はないのだが、興味が無いのか確認もせず、私の手にはまだタグが握られたままだ。
仕方なく名を告げる。
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「私の名はネアム。コリンの友人です。」
「……!失礼しました。伺っております。」
あまりの態度の差に、関心が失せてしまった。
淡々とコリンの現在の状況を尋ね、席を立つ。他の受付に伝言を残し、魔術師組合を後にした。
遠征に出たばかりで、戻りは早くても一週間。日程が合わず、すれ違いになった。
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私の心情の問題なのだが、身だしなみの問題があり懸念されるのは仕方ない。
しかし、そうでは無い相手に対してのあの対応は頂けない。
私がそこに苦労したせいか、露骨な者への関心が失せてしまうのだろう。
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イリスに乗り、我が家に戻るには日数が掛かるため、ネオンベルベで待つことにする。
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「申し訳ないが、暫く滞在になりました。宿泊を十日にして貰えるかな?」
門を出て、一時的な預かり期間を十日に延ばし、先に料金も支払っておく。
宿屋も個室を取り、街を散策することにした。
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「先ずは魔道具。」
通りを歩き、工房と店舗が併設された魔道具専門の通りに到着。
ガラスに似せた半透明の魔物素材を用いた装飾も多く、街には光を反射して煌めく店が並ぶ。
通りの奥には小さな広場があり、子供たちが遊ぶ声や露店の呼び声が響き、木陰には休む人々の姿もあった。
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「こんな使い方も…」
興味をそそられ、職人の作った魔道具を手に取りながら鑑定はせず、用途を予想して楽しむ。
勝手に「複合魔法」と呼ぶが、多くの魔道具は複数の魔法効果を組み合わせている。
特に目を引いたのは、半透明の箱に入った光る玉。
灯りを灯す魔道具で、実用より美しさを意識した逸品だ。
幾つか観察したが、これまで訪れた街のものと大差はなく、新たな発見は少なかった。
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「次は食ですね。」
小腹が空き、香りに誘われて足を伸ばす。
スパイスの価格は安定しており、魔物の肉が用いられる料理は手を加えなくとも美味しい。
この街では、料理もまた文化のひとつだと感じる。
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入った食堂では、銀貨三枚の少し高めの料理を頼む。
魔物ではなく魚を使った料理で、久しぶりの魚に自然と笑みが溢れた。
塩水とスパイスで煮込まれたその味は懐かしさを呼び、店を出る頃には満足感で満たされた。
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その後、夕暮れまで宿屋へ。
街の通りや広場、商店の賑わいを楽しむようにゆっくり散策した。