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第十八章

「うわー、すげー。見晴らしが最高!」

「何か変えた?」

「お風呂を増築したよ」


数ヶ月前、コリンから通信が入り、今年の夏は海の家に泊まる予定だと告げられた。せっかくなので弟子であるデベスも誘い、三人で海の家で過ごすのは今回が初めてだった。


風呂好きのデベスは、高台から突き出すように作られた露天風呂を見て目を輝かせていた。潮風が頬を撫で、遠くでは白波が岩へ砕け散る。夕日が海に沈む光景を湯に浸かりながら眺められると勧めると、彼は待ちきれないとばかりに足を踏み鳴らした。


「今年もいらっしゃい」

「どうも、いつもありがとう」


高台の下に広がる村――いや、今では立派に街へと成長した場所から住人たちが、早速土産を手に訪ねてきた。かつては砂浜に寄り添う漁村だったが、その面影は次第に薄れ、街道には行商人や旅人の姿も見られるようになった。


海水浴という文化が根付き、ここでしか泳げない澄んだ海を楽しもうと夏になると多くの観光客が集まる。家族連れが休暇に合わせて訪れる光景は、長い年月をかけて培われてきたこの街の恒例となっている。


街を魔物から守る結界も、当初はワイバーンだった頃のイリスの鱗を用いていたが、今は飛竜の鱗に交換され、より強固な守りとなった。それは半永久的に機能する魔道具だが、核には当時の物がそのまま嵌め込まれている。街の各所に埋め込まれた魔道具は、住人たちが代々確認を欠かさず、頑丈な覆いを作り風化しないよう大切に守られていた。


本来なら大きな街となれば使役獣の出入りは規制されるはずだ。しかし、毎年訪れるイリスやドベルは街の者のみならず旅人にも有名で、通りも広く造られているため他の使役獣も歩きやすい。結果、この街は使役獣を持つ者たちにとって過ごしやすいと評判になっていた。


結界の魔道具だけで平和を維持することはできない。この街の人々が昔から変わらず訪れる者を暖かく迎え、魔道具を大切に扱い続けてきたからこそ、漁村から街へと姿を変えても中身は変わらずにあるのだろう。


白い砂浜には街の者が作った浮き輪が並び、それを貸し出す小屋まで建っていた。輪を付けて波間ではしゃぐ子供と、それを支える親の姿。あるいは、海獣がいない海を安心して沖へ泳ぎ出す人々の姿――ここでしか見られない夏の情景が広がっていた。


高台にある私の海の家へ続く険しい山道を登るのは、昔から村人にとって容易ではない。それでも到着すると数日間は、こうして交流のために街の住人が順に挨拶へ訪れるのが恒例となっていた。


「イリス様、ありがとうございます」

「ドベルもまた遊んでね」

「んんん」


住人にとってイリスは守護獣のような存在だ。結界に彼の鱗が組み込まれているのだから、それも当然だろう。ただ、日光浴で腹を仰向けにしてだらしなく眠る姿を知っている私にとっては、威厳ある佇まいを保つその姿に思わず笑いを堪える必要があった。


一方のドベルは、相変わらずイリスの真似をしている。背に合わせて作ってやった鞍を気に入っているのか、人を乗せて街を散歩するのが夏の楽しみになっていた。


ハルもデベスと同じく海の家は初めてだった。しかし海そのものよりも、数日間イリスと間近に過ごせることの方が気になる様子だった。体格には以前よりわずかな変化が見られ、進化の兆しを感じさせた。デベスから通信で聞いていた通り、イリスよりも緩やかに進化しているようだった。


進化に必要とされるのは、自分より強者との経験だ。私などお構いなしに喧嘩を売るイリスと違い、ハルは主であるデベスの力を見極め挑もうとする。その姿勢の違いが、進化の速度に表れているのだろう。


「海鮮焼きにしましょうかね」


頂いた土産は魚介類が多かった。せっかくなので庭の竈に網をかけ、新鮮なうちに炭火で焼く。潮風に香ばしい匂いが混じり、辺りへと広がっていく。


「そういえば、デベスとコリンは何回目でした?」

「私たちは今日で四回目かな?」

「そんなところっす」


二回目の時、コリンが話しかけた途端にデベスが固まったという。その直後、デベスから私へ通信が入り、同じことを少し遅れてコリンが口にしたのを思い出すと、今でも可笑しくなる。


「貝にはこれとバター」

「肉も欲しいかな」


それぞれ好みの食材を焼き、調味料を足して味を整えていく。潮の香りと炭火の煙が混ざり合い、食欲をそそる。街へ散策に降りる前の早めの昼食となった。高台の一角ではイリスたちも街の者には見えない所で魔物肉を頬張っていた。


「平和ですね~」

「珍しいね」


食べすぎた後、木陰に置かれた寝椅子に腰を下ろし、空調の魔道具で涼みながら独り言を漏らした。隣に腰を下ろしたコリンが、それを聞き取って微笑んだ。


「平和だと思って」

「ここはそうかもね」

「何か悩みでも?」


彼は治癒の術を扱う者として名を馳せ、この国はもちろん大陸全土でも知られている。友人である私にとっても誇らしい存在だった。


「今やってる事って、続ければ続けるだけ……苦しいと思うこともある」

「…」


治癒を担う者は常に命と向き合う。救える命もあれば、どうしても救えない命もある。その事実は記憶に積み重なり、重荷となっていく。救えなかった者やその家族の姿を見守る辛さは容易に想像できた。中には心ない言葉を浴びせられることもあっただろう。


特にコリンの寿命は、人族を遥かに超えている。人や獣人の七十年とは違い、数百年という時間を背負い、治癒を続ける彼は、他者が七度の人生で味わう苦悩をひとりで背負うことになる。その重みを軽くする術を見いだせず、抱え込み続けてきたのだろう。


「嫌なら逃げられますよ?」

「ふふ、そうだね。イリスなら違う大陸発見しそうだ」

「気が向いたら何時でも言って下さいね」

「分かった。そうするよ~。散歩してくる」


彼は背伸びをして、海風を受けながらゆっくりと歩き出した。悩みを抱えたまま生きるのか、それを放棄して自らを責め続けるのか――その選択を、彼は静かに胸に抱え続けているのだろう。


「なかなか険しい人生だ」



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