第十七章
ある日の午後、補充を兼ねて魔道具の製作に取りかかっていた私に、通信が入る。相手はコリンだった。
『―。ネアムの知り合いにデベス君っているよね?』
『ええ、少し前に弟子として暮らしていましたよ』
『そうだったんだ? 彼には聞けなくて何も言わなかったけど、見覚えのある魔道具だから、ネアムの知り合いなのは分かったんだ』
パーチは一見すると普通の魔法鞄だが、ハルの飛翔鞍やトークまで下げていたなら、見たことのある鞍や同じ物を持つコリンなら気づいても不思議ではない。
『そうでしたか。でも、コリンがデベスをそんな近くで見る状況が私には不思議ですね』
デベスからは時おり通信が届く。近況報告はあるものの、国の偉人ともいえるコリンと交わる場面は思い浮かばない。
『もう終わったけど、直近の仕事でデベス君も編成されてたんだ。彼はワイバーン乗りとして空の護衛だったけど』
『では、デベスはプラチナに上がったんですね』
『そうだと思うよ。今後も同じように顔を合わせる機会があるはずだ』
『そうでしたか……あのデベスが』
『問題児?』
コリンは少し苦笑を含ませた声をした。私は慌てて首を振る。
『いいえ、彼は冒険がしたいと言ったんですよ』
『……そっか。私も機会があれば話しかけてみるよ。ごめんね、長く通信したね』
『いいえ、忙しいとは思うけど、無理はせず』
(冒険がしてぇと思ったんだ。俺の我が儘なのは分かってる。)
あの時の言葉が脳裏をよぎる。コリンもきっと今、同じ想いを抱き、懐かしい顔を思い浮かべているに違いない。
「好きな酒を持って、墓参りに行きましょうか」
自然と口から出た言葉だった。あの街で彼が好んで飲んだ酒を、イリスとドベルも連れて。
魔道具製作が落ち着き、予備がパーチに揃っていると心も和らぐ。久しぶりに、恩師の墓参りへと足を向けた。私たちがこの大陸に渡ったばかりの頃、最初に暮らした街である。
早朝の風が街路を抜け、朝の光が古びた石畳を長く照らしていた。共同墓地の一角には「ナリエル」と「ヴァイス」と刻まれた大きな石碑がある。幾つも世代は変わり、この時代の個人の墓石は整理され、一纏めにされた石碑に小さな文字として名を残すのみになっていた。
この石碑に墓参りに訪れる家族はもういない。ただ街の歴史として記録される存在。共同墓地にはさらに昔の石碑も並び、風雨に晒されて名すら判別できぬものも少なくなかった。
「……あまり気分は良くありませんね」
私が墓参りに足を運ばなくなった理由はそこにある。恩師たちの個人墓が墓じまいされ、無機質な石碑の隅へとまとめられてから、足が遠のいていたのだ。ヴァイスが好んでよく買っていた酒も、作り手が絶えてしまい、今は似た味のものしかない。仕方なく、自分で仕込み、長く寝かせた酒をナリエルとヴァイスの名へと注ぐ。
「ここは名前だけ。その名を書いた人も、ヴァイスさんやナリエルさんのことを何も知らないでしょう。今日で最後かもしれません」
コリンには「諦めた」と伝えた。だが正確には、受け入れるべきではないと思ったのだ。同じ痛みを抱けば苦しみは深くなる。どうすることもできず、ただ諦めるしかなかった。
イリスもドベルも街の外で待たせてある。街の構造が変わり、区画は整理され、ヴァイスの住んでいた家は当然無く、そこから見えていた景色も変わっている。
墓苑は城壁の内側となり、彼らが共に墓参りすることは叶わなくなっていた。
「イリス、帰りましょう」
「ギュイ」
「ん」
夜。私は月を仰ぎながら、一人で酒を口にした。誰かと共に楽しむために仕込み、寝かせてきた酒である。
「これなら満足しそうですね」
口に含むと、好んだ味わいとは異なるが、深みのある香りが広がる。彼ならきっと歯を見せて笑い、「うめぇじゃねえか?」と一言、軽く言ってくれる気がした。




