第十四章
遠征はハルの成長を優先させ、デベスでも十分に可能と判断した中位と高位が混在する深い森を選んだ。さらに奥へ進めば、高位の魔物のみが辛辣な生存競争を繰り広げる縄張りが広がっている。濃い緑に覆われた森は昼でも薄暗く、木漏れ日が斑に地面を照らし、湿った土と苔の匂いが強く漂っていた。風は枝葉を揺らし、時折、見えぬ影の気配が走る。
「懐かしいっす、うちの辺境とおんなじっすね」
「ハルもこの領域で生きる魔物ですからね」
頭上には飛行種が羽音を立てて舞っている。普通の傭兵であれば身をすくませる場面だが、デベスもハルも臆するどころか、懐かしむような眼差しを向けていた。その胆力は、私が幼い頃よりもはるかに強靭であり、成長の確かさを感じさせる。
「では、手出ししませんから、習得した事を試して下さい」
「はい! 行くっすよ、ハル!」
「クヒッ」
イリスに教えられたのか、それとも自発的な反応かは分からないが、ハルは応えるように声を上げ、翼を大きく広げて高く舞い上がった。旋回しながら、デベスの視線と重なる場所に獲物を見定める。そして急降下、風圧で木々が揺れ、獲物の進路を塞ぐ。デベスは迷わず杖を掲げ、疲弊し始めた魔物の急所を狙った。
放たれたのは、彼の特異な才能である四属性の複合魔法。細い槍のように収束した魔力は、大地の土を硬質な岩に変え、風の加速をまとって脳天を正確に貫いた。光と影の狭間で閃光が走り、魔物の咆哮は一瞬で途切れる。
これは座学と実戦で伝えてきた複合魔法の応用であり、彼は既にその理屈を理解している。急所の位置など、見慣れた魔物であれば説明する必要もないほど、彼の眼は確かだった。
「やった! ハルもありがとな」
急所を突けば、核を失った魔物と同じく動きは止まる。追い込む過程で暴れるのは避けられないが、木々の隙間を縫うように飛ぶハルと、的確に急所を射抜くデベス。この二人にとって、今はこれ以上ない完成された連携だった。
私は仕留めた魔物を預かり、解体や核の回収はその場では行わない。彼らは連続して狩りを続け、あらゆる状況に適応する経験を積むために遠征を重ねていった。
夜。森の闇は濃く、焚き火の火花が橙色に舞い上がる。外は冷たい風が吹き抜けていたが、私の開発した魔道具による夜営は、屋外であることを忘れるほど快適な環境を作り出していた。
「遠征とは思えない夜営っすね」
「私の趣味だよ」
笑みを浮かべながら私は答える。彼を信用せずとも契約書がある以上、魔道具を隠す必要はなかった。しかしデベスは興味本位で触れることもなく、ひたすらハルとの時間を楽しんでいる。その姿勢は前向きで、率直で、私の心に疑念よりも親近感を芽生えさせていた。今ではコリンに抱く感情に近いものを覚えている。
「今日も疲れたっすね」
「クヒィ」
「ハル…大きくなってません?」
ハルの身体を見て首を傾げるデベス。その言葉に私も気づきを得る。
「やっぱ師匠も? むちむちしてるから食い過ぎかなとは感じてたんすけど」
実際には食べ過ぎではなく、進化の兆しだった。上位の魔物を倒すことでその魔力を取り込み、イリスのように進化する可能性があることを彼に伝える。
「ハルぅ~、頑張れよぉ~」
「クヒ!」
喜ぶかと思いきや、涙を浮かべたデベスを、ハルは優しく頭を寄せて慰めた。荒々しいワイバーンではなく、思いやりを持つ気質が彼の中には確かに育っていた。
「イリスも昔は今より…いいえ、今のイリスが私は好きですよ」
「グギャ」
言いかけた言葉を飲み込み、私は笑う。今より食い意地がなく、ドベルに悪戯することもなかったと伝えようとしたが、今の彼女の自由さもまた愛すべき姿だ。胸を誇らしげに張るイリスを見れば、それで十分だった。
私たちの目の前にいる二人――デベスとハルも、いずれは上位の竜種へと歩みを進めるかもしれない。その未来を想像すると、胸が温かくなる。
それからもハルの成長を見守りながら、デベスが納得するまで私との関係は続いた。すでに彼にはシルバー以上の資格を与えて然るべき実力が備わっていると伝えたが、彼は首を横に振り、深く頭を下げて「まだ」と告げた。
契約に背くことでもない。だから私は、今もただ静かに見守り続けている。




