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第一章

コリンが魔術師の道を選び、何十年も暮らした家を出ていった。

彼を見送った後、住み慣れた我が家に戻ったが、私以外の音は何もない。

常に誰かと共にいたが、それが不快だったわけではなく、むしろ一緒にいるのが当然のように思っていた。コリンはずっと私の側にいたのだ。


しかし今は、急に一人になり、何をどうしたら良いのかと立ち止まってしまった。

イリスはいる。彼女はお気に入りのねぐらを持つワイバーンで、四六時中共にいるわけではない。


気を紛らわすように魔物を狩り、組合に持ち込み続けてきたが、そろそろこの先をどう過ごすかを考えねばならない。

そもそも、魔物を狩る必要すらないのだ。思考を停止し、怠惰に任せて魔物を狩り、金を貯めるだけ。使い道もなく、ただ溜まる一方。


ならば、もう好き勝手にしても良いのではないか。

ここは人里から遠く離れた地。多少自然を荒らしたところで、誰からも叱責を受けることはない。


「ふふふ、それはそれで楽しみになって来ましたね」


独り言の癖は直らない。夕闇に沈む家の中でひとり呟く姿を誰かに見られたなら、間違いなく怪しげに映っただろう。

だが、やることが決まれば即行動だ。必要な素材を夜明けと共にかき集めるため、魔法鞄を用意する。

ひとつは必要物資を詰めた鞄、もうひとつは空の鞄。準備が整えば即座に眠りに就いた。



---


「イリス、おはよう。今日は素材集めなんだけど」


魔力を込めて言葉を伝えると理解はしてくれるが、私が早口になりすぎたのか、イリスは困惑していた。咳払いをして、ゆっくりと言い直す。


翼が大きく羽ばたかれると、まだ朝靄の残る森の木々がざわめき、露をまとった枝葉が光を散らした。

冷たい風が頬を撫で、夜の名残を帯びた空気が一気に切り裂かれていく。高度が上がるごとに景色は大きく広がり、山並みの稜線は陽の光を受けて赤く縁取り、遠い川面は鏡のように光を跳ね返した。


飛行中も私はこれからのことを次々と語り続ける。イリスは黙々と翼を打ち、雲を裂いて進んでいく。

時折、雲海の切れ間から大地が覗き、そこには人の影もない深い森と流れる川が続いていた。

もし言葉を話せたなら、イリスは私の饒舌に呆れているに違いない。



---


「ありがとう、あれは大物ですね」


眼下に巨体の魔物を発見した。上空からでもその大きさは明らかだ。

核を抜かれた巨体は木々をなぎ倒し、地響きが大地にこだまする。


イリスにゆっくりと下降を指示し、必要な素材だけを取り出すと、彼女にはご褒美を与える。


「好きなだけ食べていいです。売ったら騒がれますからね」


これまでは一応自重していた。だが地竜のような魔物を組合に持ち込めば、さすがに騒ぎになるだろう。

私に必要なのはその素材の一部に過ぎない。イリスは満足げに食らいつき、私はその姿を見ながら次に狙うべき魔物を思案する。


「これは、持ち帰りますね」


食べ残しも大切な素材だ。ワイバーンは仕留めた獲物の骨や残骸をねぐらの周囲に置く習性があるようで、イリスも例外ではない。

腐敗するものは分解し、戦利品として整理した。お腹が膨れていても飛行には支障なく、次の獲物を探そうとする。



---


「暗くなりますね。安全な所へ」


イリスは満足げにひと鳴きした。地竜が余程美味しかったのだろう。その後も上機嫌に鳴きながら飛び続けた。


「なるほど、イリスは食いしん坊でしたか」

「クィ♪」


夜、私はイリスの足元に包まれて横になり、大自然の音を聞きながら眠る。

普通ならば警戒のために寝ずの番をするところだが、私はすでに魔法でその必要を解消している。無理に自重する理由はなかった。



---


「魔物素材はだいたい集まりました。ですが、魔法鞄にはまだ空きがあるので、鉱石が取れそうな場所を…解ります?」

「…?」


イリスに尋ねたが、鉱石の在処までは分からないようだ。そこで有望な場所を目星をつけて向かい、運よく珍しい魔物がいれば狩ることにした。


「どうやら当たりですね」


そこにはプラチナ鉱脈があった。地脈に干渉し、魔力で目的の鉱石だけを抽出する――魔法ならではの便利な手段だ。

イリスにも鉱石の匂いを覚えさせようとしたが、首をかしげて理解できない様子であった。その仕草がまた愛らしい。



---


「では、我が家に戻りましょう。魔物見つけたら教えて下さい」


寄り道をしつつ帰宅すると、すでに三日が過ぎていた。その間、イリスが欲しがった魔物を仕留めては、戦利品を彼女のねぐらまで運ばされることもあった。

顎で指図する態度は我が儘そのものだったが、それもまた微笑ましい。


「我が儘になりましたが、可愛いものです」


帰宅してからは、黙々と作業に没頭した。だが気がつけば――


「食べる物が…ない」


保存食は尽きていた。仕方なく巾着の貨幣を握りしめ、呼び笛を吹く。

すぐにイリスが風を巻き上げながら降り立ち、呆れたような視線を投げてくる。


「イリス、お腹が空きました。街へお願いします」


そのまま街に飛び、目当ての食材と出来立ての料理を買い込む。空の上で料理を頬張る、この悪い癖は昔から変わらない。

研究に没頭すると何日も籠り、よく職員に叱られたものだ。


「イリス、助かりました」


イリスもまた戦利品だらけのねぐらに夢中で、魔物狩りのとき以外はほとんど外に出ない。私と似た性分なのかもしれない。



---


それから数日後、私はまず高熱に耐える工房を建てた。当初は周囲を焼け野原にしても構わないつもりだったが、ふと住み慣れた我が家が目に入り、堅牢な工房を築くことにした。

そこで三日を費やし、改良型の魔法鞄を完成させる。空間を切り離す構築自体は既にできていたが、それをさらに異次元に接続したのだ。



---


――魔法鞄の仕組みを簡単に説明すると、内部に独立した空間を構築し、外界と切り離すことで広大な収納を実現している。

時間を止めることはできないが、魔力による制御で「腐敗防止」「無菌」「冷凍」「冷蔵」「解凍」「鑑定」「不干渉」といった環境を維持できる。

容量は無限ではなく、魔核の大きさと質に依存する。つまり有限ではあるが、実用には十分すぎるほどの容量を持つ。


――製作で最も苦労したのは核の調整であった。地竜の核ひとつでは力不足であり、そこで複数の魔物の核を「凝縮器」と呼ぶ装置に組み合わせた。

魔力を圧縮し濃度を高め、徐々に融合し馴染ませることで、ようやく安定稼働する核を生み出すことができたのである。


その核も魔法鞄の中に入っており、見た目は腰につけるパースのようになっている。

以前、魔法鞄を扱う店で見た物を模倣したのだ。


「これは使い易いですね」


試しに様々な物を入れてみると、鑑定の能力が働き、中身が何であるかが一目で分かる。冷凍や冷蔵、解凍も不干渉の効果で、目的の物だけ切り替えが可能だ。

魔物肉をそのまま保存できるのは、イリスにとっても嬉しいだろう。



---


「しかし…殺風景ですね」


改めて我が家を見渡す。作業が一段落し、魔法を使うよりも有り余る核で魔道具を作ろうと家を歩き回る。

今の私とコリンはどちらも男で、家の中は暖かみもなく、必要最小限の造りに整えられている。


どうせ訪れる者もないと考え、設計図を描き、必要な素材を書き出した。

どうせなら、意識の知識では不可能だった事を可能にしようと考えた。



---


「イリス、お願いします」


笛を吹き、目的地を伝える。

新しい魔法鞄を携えて、再び素材集めの旅へと出発した。


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