魔法師と庭での異例の特訓
父から正式に勉強再開の許可をもらい、私は緊張と期待を胸に屋敷の一角にある魔法師の部屋へ向かった。
その場所は公爵家の中でも静かな棟にあり、重厚な石造りの建物が連なっている。庭園を通り抜け、慎重に足音を忍ばせながら扉をノックした。
「……どうぞ、お入りください」
しばらくして聞こえた穏やかな声に促され、扉を開けると中には白髪まじりの、しかしどこか若々しい雰囲気を持つ男性がいた。見た目は50代後半ほどだろうか。鋭いが優しい目と、背筋の伸びた凛とした佇まいに、私は思わず身が引き締まった。
「あなたがリリサンドラ・ヴァレンティーナ嬢ですな。私は魔法師のエリク・ヴァルハルトと申します。長らく公爵家の魔法指導を務めてまいりました」
私は深くお辞儀を返した。
「はじめまして。わたくし、改めて魔法の勉強を始めたいと願っております」
エリク先生は柔らかな笑みを浮かべて言った。
「その意志を聞けて嬉しく思います。魔法は生まれ持った才だけではなく、日々の鍛錬と心構えがあってこそですからな」
部屋の中は古い書物と魔法陣の図解、様々な魔法具で埋め尽くされている。私は静かに息を吸い込み、気持ちを整えた。
「まずは体を整えることから始めましょう。魔法は身体と精神のバランスが大切です。庭での軽いランニングや腕立て伏せなど、基礎体力をつけることからじゃ。令嬢が自らそのような鍛錬を望むのは珍しいことですが、心強い限りです」
エリク先生の言葉には、長年の経験に裏打ちされた落ち着きと説得力があった。
私は静かにうなずき、翌日からの訓練に心を決めた。
翌日、朝露がまだ残る広大な庭園に足を踏み入れると、付き人やメイドたちがひそひそと話し合う声が聞こえた。
「令嬢が自ら走るとは……!?」
「病み上がりなのに無理はなさらぬように……」
彼らの視線を浴びながらも、私は軽く頭を下げ、ゆっくりと歩き出す。体はまだ完全ではないが、ひと息ひと息を大切にして前へ進んだ。
ランニングは短い距離から始め、ゆっくりと心拍を上げていく。腕立て伏せも無理をせず、少しずつ回数を増やしていった。
「令嬢が自ら努力なさる姿を見て、皆驚いておりますぞ」と、付き人のひとりが呟いた。
私は苦笑しながらも心の中で強く思った。
「これもすべて、わたくしが変わるための第一歩」
エリク先生の指導は厳しくも温かかった。彼はただ魔法の技術を教えるだけでなく、精神の鍛錬や礼儀、そして何より自分を信じることの大切さを説いた。
「魔法の力は、己を映す鏡じゃ。心が乱れれば魔力も乱れ、集中力が途切れれば術は失敗する。だからこそ、基礎体力と精神の安定は欠かせぬのだ」
私は新たな決意を胸に、日々の鍛錬を続ける。まだまだ始まったばかりだが、確かに一歩ずつ歩みは進んでいるのだと感じていた。