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公爵令嬢、再始動とスープ革命

翌日。身体の調子は昨日よりずっと良かった。

足取りも軽くなり、鏡の中の“私”の顔色も多少は戻っている。

相変わらず藍色の髪と薄紫の瞳には慣れないけれど、それでもここが「自分の居場所」だと、少しずつ理解できるようになってきた。

今日は、昨日立てた“改善計画”を実行に移す日。

 

まず最初にやるべきは──

「お父様に、勉強の再開をお願いすること」

 

公爵家の執務室を訪ねると、父は案の定、書類に囲まれて忙しそうにしていた。

だけど、私の顔を見るなり、すべての手を止めて椅子を立ち上がる。

「リリー、調子はどうだ?」

「ええ、もうすっかり良くなりました」

微笑んで答えると、お父様の表情がふっと和らいだ。

この人もまた、本当に娘想いなのだと、じんわり胸にくる。

……でも今は、“甘える”より“頼む”ことが先。

私は一歩前に出て、丁寧にお辞儀をした。

「お願いがあるのです、お父様。……わたくし、改めてお勉強や礼儀作法、しっかり学び直したいのです」

「……リリーが、自分から?」

お父様は目を丸くして、まるで未知の生物を見るような表情をした。

だが、驚きのあと、顔にじわりと笑みが広がる。

「……そうか。そう思ってくれたことが、父としては何より嬉しい。ではすぐに、家庭教師たちに連絡を──」

「でも、無理のないように……少しずつで結構です」

「ああ、もちろんだとも」

 

父は深くうなずき、私の頭をやさしく撫でてくれた。

「リリーは、思った以上にしっかりしてきたな」

それは、前のリリサンドラがどれほど自由奔放だったかを裏付ける言葉だったけれど──

それでも私は、嬉しかった。

ほんの少しずつでも、信頼を積み重ねていけば、道はきっと開ける。

 

……と、達成感に包まれたのも束の間。

私は、ある“別の問題”に気づいた。

 

──おなかが、空かない。

 

いや、実際はおなかは空いているのだ。

けれど「食べたい」と思えるものが、ひとつもなかった。

朝、運ばれてきたのは──

「鹿肉のローストに、濃厚きのこソース」

「バターと香草のスープ」

「ハムとじゃがいものパイ」

……味が重い! どれも主張が強すぎる!!

 

前世の胃袋が、まだ回復していないのかもしれない。

でも、もっとあっさりしたものがあれば、少しは食べられる気がする。

 

「これは……自分でなんとかするしかないか」

意を決して、私はシェリルに頼み込んだ。

「……わたくし、自分で食堂へ行っても、よろしいかしら?」

 

食堂は屋敷の東棟にあり、普段リリサンドラは絶対に近づかない場所らしい。

でも今の私は、“ただのお嬢様”ではいられない。

ふらつく足で辿り着いた先。

そこにいたのは、年配の料理長と数人の調理係。

突然現れた公爵令嬢に、厨房は凍りつく。

「お、お嬢様……! なにか不備が……?」

「いえ、そうではありませんの。ただ、少し……お願いがあるのです」

 

私は、なるべく柔らかく、でもはっきりと告げた。

「……スープを。澄んだ、あっさりしたものが欲しくて」

「澄んだ……? ええと、つまり、“味が薄い”と……?」

苦しげに言い換える料理長。

「いえ、旨味は欲しいのです。……でも、肉も香草も、今日は重たくて」

 

コンビニ勤務時代の香澄が毎朝飲んでいた、あの懐かしい味──

野菜と鶏ガラの、あっさりした透明スープ。

「……コンソメ……というスープを、作りたいのです」

「コン……ソメ……?」

料理長たちが、異国の呪文のような響きにぽかんとする中、私は意を決して言った。

「食欲が戻らなくて。でも、何か温かいものを食べたいのです。お手伝いさせていただけませんか?」

 

リリサンドラ・ヴァレンティーナ──公爵令嬢が、厨房に立つ。

きっとこの屋敷の長い歴史でも、こんな光景はなかったはず。

でも私はもう、ただの箱入り娘じゃない。

ここで生き延びるためには、食べることからでも、変わらなきゃいけないのだから。

 

これは、ただのスープじゃない。

──私の、“人生を取り戻す一杯”だ。


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