令嬢再始動計画、始めます
「……ふう」
兄が去り、メイドのシェリルもいったん部屋を出ていったあと。
ひとりになった私は、静かにベッドにもたれながら、深く息を吐いた。
ほんの数日寝込んでいただけ──という設定のはずなのに、まるで世界が変わって見える。
違うのは、私の中身。
香澄としての記憶と価値観が、こうして目を覚ましてしまったから。
「……さて、と」
ふかふかの枕に背を預けながら、私は小さく呟いた。
このまま何も考えずに過ごしていたら、いずれ「ゲーム通りの破滅ルート」が待っている。
それは、私が一番よくわかってる。
今はまだ、ヒロインも登場していないし、攻略対象たちとも“会っていない”段階。
でもこの先、どこで誰とどう関わるかで、すべてが決まってしまう。
だからこそ──今のうちに“積み上げ”ておかないと、どうしようもない。
「破滅回避のための、リリサンドラ改善計画」
頭の中で、項目を並べていく。
まず第一に──
「この身体、全然鍛えられてない!」
ふと立ち上がろうとして、足がふらついた瞬間、私は悟った。
もともとのリリサンドラ、たぶんほとんど動いてない。
魔法も凄いとは聞いたけれど、きっと素質だけでドヤってたタイプだ。
このままじゃ、いざとなったとき逃げられないし、耐えられない。
体力づくり、最優先。
そして次に──
「勉強とか、習い事とか……ちゃんとやらないと」
おそらく、前のリリサンドラは家庭教師をたびたび泣かせていた。
“公爵令嬢”という立場に甘えて、知識を身につける努力を怠っていたツケが、今ここにある。
逃げるにしても、交渉するにしても、知識と教養がいる。
どんな道を選ぶにしても、“できる女”でなきゃ駄目だ。
「……お父様に、お願いしないとだよね」
きっと驚かれる。
でも、やる気を見せるなら今しかない。
きちんと「学びたい」と言えば、あの優しい父なら反対はしないはずだ。
そして三つめ。
「魔法の勉強を、ちゃんと始めなきゃ」
いくら“素質がある”とはいえ、それをどう活かすかが問題。
この世界では魔法は力であり、地位であり、自衛の手段でもある。
万が一、国外追放になっても──
そのときに魔法が使えれば、きっと生きていける。
「魔法、勉強する。力をつける。逃げ道も確保する。よし……」
自分の中で項目を並べ、ひとつひとつ確認するように小さく頷いた。
そして最後に、ふと脳裏をよぎるのは。
「……おいしいもの、食べたいなぁ……」
前世では、まともなごはんすら食べられなかった。
コンビニのサラダチキン。
栄養補助ゼリー。
口にねじ込むカロリーメイト。
……その日々から一転、ここは豪華な食器とメイド付きの生活。
「せっかく貴族に転生したんだから……美食、楽しまなきゃ損でしょ……」
ほわんと浮かぶのは、黄金色に焼かれたパイや、果汁したたるベリータルト、熱々のスープ。
……うん、頑張る理由が、またひとつ増えた。
今日のところは、まだ静かに燃える小さな火。
けれどそれは、
確かに“立花香澄”という人生の、
そして“リリサンドラ・ヴァレンティーナ”という新しい人生の、第一歩だった。