下校6
山田 由梨に置いて行かれた佐々木 春は、持て余した感情をどうにかしようとするように、電信柱を、鬼のような形相で一心不乱に殴りつけていた。
うあああああああああ。ゴジラになって、町中に放射線をかけまくりたい気分だ。
だめだ、あの女……。早く何とかしないと。俺は、あんなキャラじゃない。どう道を間違えたら、あいつの脳内の俺みたいになるんだよ。しかも、何でこの俺が受けなんだよ。せめて攻めにしろ。男にケツの穴掘られるなんて冗談じゃねぇ。あのクソ腐女子が!今すぐシベリアの牢獄にでもぶち込んでやりてぇ。あいつ、一回死んでこい。いや、千回くらい死んでこいいいいいいいい!
そう。実は、佐々木に山田が考えていることは、全部、筒抜けであったのだ。
佐々木 春は、生まれた時から人の思考回路を読めた。しかし、両親から気持ち悪がれて避けられたのをきっかけに自分が異常であることに気が付き、家族以外の人間にはこの能力を隠すようになった。
聞こえたくもない悪口、醜い言葉などが、頭になだれ込んでくることは辛かった。けれども、大きくなるにつれて、この能力を利用してテストで役にたてたり、強盗を捕まえたりするようになった。
中学生くらいになると、半径3キロメートル以内の思考回路は読むことができた。いろんな奴の思考を読んで楽しんでいたが、一番おもしろいと思った思考が、山田 由梨のものであった。見た目は、黒髪に赤縁眼鏡をかけた地味女であるくせに、頭の中は、今まで見たどんな奴よりも狂っていた。
だから、しょっちゅう心の中をのぞいていた。俺が一人でいる時は、お腹を抱えながら、ゲラゲラと笑った時だってある。うわあ、上森の奴、あいつの妄想対象になっている。プークスクス。いいぞ、もっとやれ。そんな風に思っていた時期が確かにあった。
しかし、高校2年生になると山田に対する印象は、180度ひっくり返った。あの女は、同じクラスになった俺を妄想対象としだしたのだ。他の女の子みたいに、俺に対して好意や尊敬の気持ちを寄せてくるのは許せる。だけど、俺をホモにして、男同士でいちゃつかせるなんて、あいつの脳内の中だけであっても断じて許せることではなかった。
何が『雌豚と呼んでください』だ?俺がそんなこというわけねぇ。おかしいだろうが、その展開。どこで道を間違えたらあんな人間になってしまうんだろう。今すぐ幼稚園児から、やり直せ。いや、いっそのこと前々前世からやり直してきやがれ!!
まあ、だけど、不良をかっ飛ばした時は、かっこよかったな。あいつ、腐っていなければ、普通にかわいいのに。眼鏡をとれば、すごい美少女かもしれない。笑顔とか初めて見たけれど、まるで校庭に咲く一輪の花のように可憐で守ってあげたくなるような笑顔だったな。って、ないないないない。あんな女を女として意識するとか、絶対にありえないから。
でも、山田と不良が人工呼吸のためキスをするかと思うと、何だか胸がもやもやとして気が付いたら、山田と不良をひきはがしていた。俺は、山田にあいつとキスをして欲しくなかったんじゃ……。って、俺が山田を好きとかありえないって。この俺を誰だと思っている?性格、笑顔、成績、運動神経、全てにおいて完璧な王子様だ。その俺があんな変態に惚れるなんてあるわけないって。
もしも、あいつが腐女子じゃなかったら、普通にいい女だったのかもしれない。あいつ、いったいどうしてあんなに腐ってしまったんだろうか。現実の世界で彼氏も友達もできないから、道を間違えて腐女子になってしまったとかだろうか。だけど、リア充になったり、恋をしたりしたら、他の女の子みたいに、おしゃれや、やきもち、胸のときめきに夢中になり、あんな気持ち悪い妄想は、もう二度とすることがなくなるだろう。
だから、俺は山田 由梨を俺に惚れさせることにした。今日、放課後、一緒に帰ろうと誘ったのもそのためだった。
俺は、みんなの憧れの学園の王子様なのだ。俺が惚れさせることのできない女なんているはずがない。絶対に、俺に惚れさせてみせる。そうすれば、俺をホモのカップルの妄想対象とすることはなくなるだろう。今に見ていろ、あのクソ女。俺にメロメロになって、切ない恋にもだえ苦しめばいい。バーカ。
佐々木 春は、不敵な笑みを浮かべた。