下校1
初めまして。私は、山田 由梨。どこにでもいる平凡な女の子。
だけど、ちょっとだけ腐ってしまっているの。そう、実はBL大好きな隠れ腐女子だ。
私が腐り始めたのは、小学校三年生の頃のことだった。アニメの二次小説を読みながら、いまだかつてない強烈なときめきを感じた。な、何だこの萌えは。こんなの始めてだ。何て尊くて、素晴らしい世界だろうと胸が熱く痺れた。
それ以来、泥沼にはまり込むようにBLの世界にはまりだして、もうBLを愛する前の自分には戻れなくなってしまった。
もちろん、腐女子であることは、恥ずかしいから周囲には秘密にしていた。そして、大人しく、真面目な女の子仮面を被りながら慎ましく暮らしていた。
自分を偽りながら生きていたり、みんなが楽しいと思えるものを楽しいと思えなかったりするせいか、誰とも心から打ち解けられなくて、クラスではいつも一人ぼっちであった。だけど、小説を読む振りをしながら、クラスメートで妄想をしたりしているから、全然、寂しくなんかなかった。
学校にいる時は、脳内でクラスメートのBLを妄想していた。高校2年生になっても、その癖は治らなかった。
最近の妄想相手は、佐々木 春というBLの漫画の攻めから飛び出してきたようなとてもかっこいい少年だった。くしゃりとした金茶の髪に、エメラルドグリーンの瞳。すらりとした体系に、高級なバイオリンのように心地のいい滑らかな声。学校一のモテ男と呼ばれているが、その名声にふさわしい容姿をしていた。
今までは彼のことを噂で聞いていただけで興味を持ったことなんて一度もなかったが、同じクラスメートになってから、彼の姿を見ているだけでBLの妄想が洪水のように溢れだして止まらなくなってしまったのである。
放課後、掃除をする時間もBLのネタは尽きなかった。
「委員長、ちりとりをこっちにちょうだい」
掃除が終わりかけた時、佐々木君は委員長にそう話しかけた。
「ああ、今から行くよ」
黒縁メガネの委員長と、学園の王子様である佐々木君。なんてお似合いのカップルなのかしら。やっぱりスパダリ攻め×委員長受けは、最高ね。眩しすぎて、全身が焼け焦げてしまいそうだ。そんな萌えに致命傷をくらうような死に方をしたいわ。
そんなことを考えている間に、二人の愛の共同作業により、床のゴミは片づけられた。こんなに息ピッタリだなんて、二人は付き合っているとかあるのではないだろうか。
普段は、無口な委員長も、佐々木君の前では、『俺の心の風紀は、お前によって乱されているんだ』っていって、佐々木君に甘えてばかりいるんだわ。そして、佐々木君はヤンデレを発揮して、『君の瞳に写る全ての人間を殺したい』といって、委員長に熱烈なキッスをかますのよ。
いや、待てよ。ドS委員長攻めも捨てがたい。佐々木君にやきもちをやかせたくて、わざと冷たく接して、他の女といちゃつく委員長。
『どうしてあんな女を構うんですか』
そんな風にやきもちをやく佐々木君。
『佐々木には、関係ないだろう』
『お願いだから俺を捨てないでください。もう俺は、委員長の奴隷になるから。だから、俺のことは、佐々木じゃなくて雌豚と呼んでください。』
『いいぜ、雌豚』
ニヤリと笑う委員長。
『ありがとうございます。もっと僕をいじめてください』
恍惚とした表情をしながら、鞭を差し出す佐々木君。
『お前は、本当にかわいい奴だな。永遠に飼い殺してあげる』といいながら委員長は……。
「……さん」
誰かに話しかけられたような気がして、ハッと顔をあげた。「山田さん!」
「どうかしたの?佐々木君?」
私は、何事もなかったように平然と話しかけた。思ったことが顔に出にくいタイプであるため、さっきまでの妄想は、絶対に気が付かれていないだろう。
「山田さんが帰ろうとしないから、ちょっと気になったんだ。掃除が終わったのに、まだ帰らないの?」
「帰るよ。ちょっとぼうっとしていたみたい」
ちょっとあっちの世界に行ってしまっていた。
「山田さん。もしよかったら、今日一緒に帰らない?」
佐々木君は、美しいエメラルドグリーンの瞳で私を見つめながらそう聞いてきた。
「え?どうして?」
地味な私とリア充ピラミッドのトップに君臨する佐々木君は、今まで大して接点もなく仲良くなった記憶もなかった。どうして私なんかに構うのか、全く訳がわからなかった。
「この間、帰っていく時に、山田さんが見えて同じ方向だということに気が付いたんだよ」
「でも、佐々木君なら方向が違っても一緒に帰りたい子がたくさんいるんじゃないか」
例えば、今、教室に残っている青木君とか誘ってみたら、恋愛フラグが立つかもしれない。
「俺は、他の人間じゃなくて山田さんと一緒に帰りたいんだ。だめ、かな……」
佐々木君は、上目遣いで私を見ながら聞いてくる。まるで公園で捨てられたチワワのようなかわいさだ。だめだ、断わる理由が思いつかない。
「……べ、別にいいけれども」
私がそう答えると、佐々木君は華やかなバラのような笑顔を浮かべた。