夜闇に吠えるは、千貌の使者たる月の魔物
「な、なんじゃこりゃ!?」
時刻は昼過ぎ、銀行手帳に振り込まれた莫大な臨時収入に俺は腰を抜かしていた。桁の数が普段のバイトの10倍、いや100倍の額が一気にポンと出されている。ディファレンツに正式加入せずに貰える報酬がこんなにも美味しいとは夢にも思わなかった。
家は親が残してくれた一軒家だ。都心から少し離れた静かな住宅街にあって、庭には雑草が伸び放題、屋根にはたまにカラスが止まってギャーギャー騒ぐ。両親がいた頃はもっと賑やかだったが、今は俺一人で住むには広すぎる。まあ、家賃がかからないだけマシだ。
銀行の通帳を手に、俺はリビングのソファにどっかりと座り、頭を掻く。ディファレンツの仕事で得た臨時収入、数字が多すぎて目がチカチカする。ドラゴン退治にゴーレム破壊、ワームホール封鎖と、命がけの仕事だったが、報酬は桁違いだ。これだけあれば、バイクの改造パーツでも買って、残りは……そうだな、食い物にでも使おう。
「よし、腹減った! せっかくの金だ、豪勢に食べ歩きでもするか!」
俺はニヤリと笑い、ヘルメットを手に取る。こんな大金、ただ貯金しててもつまらねえ。せっかくの夏休みだ。旨いもんでも食い尽くしてやる! バイクに跨り、エンジンを唸らせながら、俺は地元の繁華街へと向かった。目指すは、食い倒れの聖地とも言える商店街だ。焼き鳥、たこ焼き、ラーメン、なんでもありのあの通りなら、腹も心も満たせるはずだ。
商店街に着くと、昼間の喧騒が俺を迎える。屋台の煙と、焼き物の香りが鼻をくすぐる。まずは、いつも行列ができてるラーメン屋「龍の髭」に突撃だ。カウンター席にドカッと座り、特製豚骨ラーメンを注文。スープの濃厚な香りが立ち上り、チャーシューが丼から溢れそうなくらいデカい。箸を手に、俺は一気に麺をすする。
「うめえ! これだよ、これ!」
スープの濃さが喉にガツンとくる。チャーシューも、口の中でとろけるような柔らかさだ。隣の客がチラッと俺を見るが、構わずガツガツ食う。こんな幸せ、久しぶりだぜ。
ふと、カウンターの隣に誰かが座った気配がした。視線をやると、ピンクに赤いメッシュが入ったロングヘアの少女が、ニコニコしながらメニューを眺めてる。白い服に身を包み、背丈は高校1年生くらい。なんか、妙に目立つ雰囲気だ。彼女は店員に声をかけ、信じられない量の注文を始めた。
「えっと、特製豚骨ラーメン三杯、チャーシュー丼二つ、餃子二十個、唐揚げと麻婆豆腐二つで、デザートに杏仁豆腐三つ! あ!烏龍茶も!」
店員が一瞬固まり、俺も思わず箸を止める。なんだこの女、食いすぎだろ! でも、彼女はケロッとした顔でスマホをいじりながら待ってる。しばらくして、テーブルに運ばれてきたラーメンや丼を、まるで魔法でもかけるように次々と平らげていく。そのスピード、まるで胃袋がブラックホールだ。
「すげえな、お前……どんだけ食うんだよ。」
思わず呟くと、彼女がパッと顔を上げ、俺をジロリと見る。純粋で明るい目だが、どこか鋭さも感じる。
「ん? 何か用? それともナンパってやつ?すみませんけど、わたしそういうのいいんで」
「は? 違うし! 食べっぷりが凄すぎて思わず声が出た。そんだけだ。」
俺はムッとして返す。彼女は「ふーん」と言い、チャーシュー丼にかぶりつく。
「まあ、いいけど。美味しいもの食べるの、最高だよね! わたし、月島獣子! よろしくね!」
「天野遊牙だ……で、お前、なんでそんな食えるんだ? 腹、ブラックホールかよ。」
「ふふっ、秘密! 美味しいもの食べてると、幸せ感じるじゃん? だから、たくさん食べるの!」
月島はニコニコしながら、餃子を一気に五個頬張る。俺は呆れつつも、なんかこの子、嫌いじゃねえなと思いながらラーメンをすすった。
その後も、俺は商店街をハシゴして食いまくる。たこ焼き屋でソースたっぷりのたこ焼きを頬張り、クレープ屋で生クリーム山盛りのスイーツを堪能。で、毎回、どこに行っても月島獣子が隣に現れる。たこ焼き屋では百玉、クレープ屋では五つも食べて、しかも全部一瞬で消滅させる。どんだけ食うんだ、こいつ!?
「なあ、お前、ストーカーじゃねえよな? なんで毎回近くにいるんだよ。」
クレープ屋のカウンターで、俺は半笑いで獣子に聞く。彼女はイチゴクレープをパクつきながら、ケラケラ笑う。
「やだ、ストーカーじゃないよ! ただ、美味しいものがある場所って、自然と集まるじゃん? わたし、食べ物の匂いに敏感なの!」
「匂い? 犬かよ、お前。」
「むー! 失礼な! でも、美味しいものには負けるんだから、仕方ないよね!」
月島は笑いながら、クレープをもう一つ注文。俺もつられてチョコバナナクレープを追加した。なんだかんだ、こいつのペースに巻き込まれてる気がする。
辺りがすっかり暗くなり、月明かりと街頭が辺りを照らす頃、俺と獣子はベンチに座ってた。何だかんだ一緒に店を回って雑談できるくらいの仲になってしまった。腹はもうパンパンだが、やつの食欲はまだ止まらない。俺がお腹をさすっている横で、袋にぱんぱんに詰まったパン屋のカレーパン取り出し、頬張りながら次は何を食べようかなと袋の中を漁っている始末だ。
「ふぁ、美味しかった! 遊牙くん、今日は楽しかったね!」
「まあな。けど、お前、ほんとすげえ食うな。金どうしてんだよ?」
「んー、バイトとか! あと、運がいいと臨時収入もあるし!」
月島はウィンクして、謎めいた笑みを浮かべる。なんか、こいつ、ただの食いしん坊じゃねえ気がしてきた。
その時、遠くから低い唸り声のような音が聞こえてきた。ゴオオオ……と、空気が震えるような不気味な響き。俺は立ち上がり、周囲を見回す。しかし、辺りを見渡せど、特段怪しい気配や動きはない。公園からじゃわからない位置に何かある。そんな気がする。月島は、あまり事態を上手く把握してないのか、はたまた呑気なのか、食い意地なのか、メロンパンを頬張っている。
「何かおかしい……」
「ん?なんかおかしなことあります?」
「……ちょっと食い過ぎでお腹痛くなってきたかも。」
「え!?それはまずいよ!」
「ああ、ちょっと近くのコンビニ行ってくる。ついてこなくても大丈夫だ。」
「じゃあ、ここで待ってるね。」
「おう。」
我ながらに完璧な演技でその場を切り抜け、周囲を散策する。そうしていると、誰もいない公園近くの小学校の屋上にワームホールが開いているのを発見する。俺はすぐさま学校に入ろうと校門の門扉を乗り越え、校舎の中へ入ろうとすると何やら異音が聞こえてくる。
「羽ばたく音……上!?」
上空から巨大なものがはたく音が聞きこえてきた。それはどんどん近づいてきて、俺の目の前に降り立った。屋上に近づくのを制止させるように、今までに見たこともないような生き物が立ちふさがった。人間よりやや大きいほどの身体で、巨大なコウモリのようなと、尖った角と尻尾を持つ生き物だった。そして、顔のあるべき場所はただのっぺりとしていて、異様な雰囲気をまとっていた。
「モンスターってことは、やっぱり、あれはワームホールだった見てえだな。」
それにしても、このモンスターに見覚えがある。どっぷり漬かっていたという訳ではないが、クトゥルフ神話に出てきたえーっと、ナイトゴーントだっけか?そんなヤツに容姿が似ている。
「だが、何にせよ。ぶっ飛ばすことには変わりねえよな?覚悟しろよ?」
クロウリーレンチを握りしめ、ナイトゴーントに突撃する。だが、ナイトゴーントは翼をはためかせ空中に回避する。流石にドラゴンのように地に足ついて活動するようなやつではないらしい。だが、このクロウリーレンチには、まだ使ってない機能がある。
「マジックハンドー!」
そう告げると共にクロウリーレンチの先がまるでマジックハンドのように伸び、ナイトゴーントの足をガッチリ掴む。
「おお!さすが万能レンチ!痒い所に手が届くなっ!」
クロウリーレンチを振り回し、地面へとナイトゴーントを叩きつける。そして、自分もろともグルグルと回転し、レバーを離す。その場で回転することにより生まれた遠心力によって、ナイトゴーントは、校舎の壁に激突する。
「さあ、仕上げといくか!」
クロウリーレンチに組み込まれた青い結晶が輝き出す。クロウリーレンチには、俺が今までぶっ壊していたものと同じくエーテルコアを使っているらしい。エーテルコアは一度結晶体となれば無尽蔵でエネルギーを供給できる。そこから得たエネルギーを圧縮し放出することでクロウリーレンチの必殺技が使える。
レバーを三回連続で握り、大きく振りかぶり、ホームランを打つように豪快にスイングする。
「絶対破壊の豪快打撃!」
銘々に関しては、完全に俺の趣味だが、いい威力だ。何と言うか、クロウリーブレイクを食らったナイトゴーントの顔が形容しにくい、なんかくちゃくちゃっとしている。それぐらいに丸く表さないといけないぐらいグロい。正気度が削られる。
「あとは上るだけか。」
俺は学校の階段を駆け上がり屋上の扉の前までくる。この扉の先、ワームホールが開いているのは確かだ。そして、守護モンスターのナイトゴーントもうじゃうじゃいるのだろう。心を固め、恐れず、ただ目の前に敵を蹂躙するのみと意を決して屋上の扉を開ける。だが、その心が得まえも空しく、目の前の光景に軽々と押しつぶされることとなった。
「Guooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
扉の先は、まさに地獄絵図というに相応しかった。乱雑に、いや逃げ惑った挙句、空中から引きづり下ろされ、串刺しにされた後であろう無数のナイトゴーントの死骸の中心に、いた化け物。肌は白く、表面はぬるぬるとして、月明かりで返り血に濡れたヒキガエルのような体表が、若干の光沢を帯びている。手には赤く染まった螺旋状の槍を持ち、鼻にあたるであろう部分にはピンク色の短い触手が生えた異形の化け物が、高らかと勝利宣言をするように闇夜に光る月に吠えていた。
「こ、こいつは……ムーンビースト!!」
すまない。体調不良で小説が書けなかった。
二次創作の方を見てくれてる人には嬉しいかもね。