固めた決意は、誰かの幸せを守るため
深夜0時、路地裏の空気が歪み、紫と青の光が渦を巻く。ワームホールが開く瞬間だ。ディファレンツの地下基地で準備を整えた俺たちは、バイクを飛ばしてあの時の路地裏に到着した。リゼのスチームパンクな衣装が街灯に映え、フィリオの青いマントが夜風に揺れる。俺はクロウリーレンチを肩に担ぎ、徐々に開いていくワームホールの先を見つめる。
「遊牙、初めてのワームホール突入よ。感覚が変になるかもしれないけど、ビビらないでね?」
リゼがガジェットを構えながら言う。彼女の目は真剣そのものだ。
「ビビるかよ。行くぜ!」
「ああ、行こう!」
俺はニヤリと笑い、フィリオが剣と盾を構える。リゼが先にワームホールに飛び込み、フィリオが続く。俺もクロウリーレンチを握り直し、渦の中へ突っ込む。
瞬間、視界が歪み、体が浮くような感覚に襲われる。まるで重力が消えたみたいだ。
次の瞬間、俺たちの足元に硬い土が現れる。目の前には、焼け焦げた村の残骸が広がっていた。空は赤く染まり、遠くで黒煙が立ち上る。崩れた家屋、燃え尽きた木々、地面には血痕のような跡。空気には焦げた匂いと、どこか金属のような異様な気配が漂っている。
「ここは……僕のいた世界だ……」
フィリオが目の前の光景を見ながら、静かに言葉を漏らす。彼の声には、懐かしさと痛みが混じっている。
「フィリオ、これって……」
リゼがデバイスを操作しながら振り返る。フィリオは頷き、剣を握り直す。
「弐世界:カイル。魔王に征服された僕の故郷だ。この村も、魔王軍に襲われたばかりだろう。」
俺は周囲を見回す。廃墟と化した村は、まるで時間が止まったかのようだった。魔王軍って、そんなファンタジーな世界から来ちゃったのかと一瞬思ったが、フィリオにとってはこれが現実だ。失礼なことを思ってしまった。
「そういえば、君たちが僕の世界に来るのは初めてだったね。本当なら、もっと美しい景色を見せてあげたかったけど、そう上手くは行かないものだね……」
村を眺めながら、フィリオは淡々と話し続けた。
「かつては緑豊かな場所だった。子供たちが笑い合い、村人たちが平和に暮らしていた。だが、魔王が現れてすべてが変わった。村は焼かれ、仲間は殺され……僕も、逃げるしかなかった。」
「逃げるしかなかった、か……」
フィリオの声は少し震えていた。最初に合ったときの明るい青年のような丁寧な言葉使いから、辛い気持ちを何とか覆い隠そうと放たれた言葉は、深く俺たちの心に突き刺さる。
「でも、なんでワームホールの先がここに繋がっているんだ?エーテルコアっていうのがワームホールを開いてるなら、近くにありそうなもんだけど。」
「エーテルコアは、さっきのドラゴンのように自然発生したものもあるが、魔法を使用した戦闘をした際に、完全に変換しきれず、漏れ出た魔力の残粒子が結晶となって生成されることがある。それが、悪さをしたんだろう。」
「つまり、魔法を使った魔王軍の蹂躙がエーテルコアを生んで、ワームホールができたと……」
「ああ、負の連鎖だ。この連鎖を早急に断ち、元凶たる魔王を討つ。それが、僕がディファレンツに入団した理由だ。」
「そうだったのか……俺、場違いみたいだな。」
「そんなことはないさ。遊牙君にも何か理由があって戦いに身を投じてたのだろう?仮にそれを忘れてしまっていたとしても、今、君は君のいる世界と、僕の世界を守るため、ここに立ってくれている……少し喋りすぎたね、周辺調査を開始しよう。」
そうフィリオが言って、一歩歩き出した。その瞬間だった。村の奥から甲高い叫び声が響いた。
「お父さん!お母さん!」
声の主は、10歳くらいの少年だった。ボロボロの服を着て、煤で顔が汚れている。彼は崩れた家屋の前で泣き叫び、その周囲を黒い鎧をまとった魔王軍の兵士たちが取り囲んでいた。少年の目の前には、二人の大人の遺体が横たわっている。血だまりが地面を濡らし、少年の小さな足元に広がっていた。
その光景を見た瞬間、俺の頭に過去がフラッシュバックした。飛行機のハイジャック事件で両親を失ったあの日の無力感。墓の前で祈ることしかできなかった悔しさ。
「両親を失って何もできない無力感は、俺もよく知ってる。」
俺は呟き、クロウリーレンチを握る手に力がこもる。リゼとフィリオが俺を振り返るが、俺は少年から目を離せず、足が一歩。魔王軍へと近づく。
「俺の両親は、俺がまだ7歳くらいの時に飛行機のハイジャック事件でポックリ逝っちまった。子供ながらに悔しさでどうにかなりそうだった。」
あの時、俺に力があれば。親の墓の前で手を合わせて祈ることぐらいしかできなかった。俺に何かできる力があればって何度も思ったし、願った。
「そこからかな、やさぐれてったのは。力ばかり求めて、闘争心に身を置いて、そのうちに忘れちまってた。」
俺は少年を見つめ、また一歩足を進め、続ける。
「俺は力が欲しい。俺みたいなやつがこれ以上増えないための力が欲しいってことを。」
少年の泣き声が、俺の心を突き刺す。ワームホールが開くせいで、こんな悲劇が増えるなら、俺はそれを止めたい。いや、止めてみせる!
「遊牙、君も……」
フィリオが俺の肩に手を置き、静かに言う。
「僕と同じ痛みを知っているんだな。なら、一緒に戦ってくれるか?この世界を、魔王軍から取り戻すために。」
「お前らに出会ったおかげで守れる力を得れた。だから、この力で一緒に守らせてくれないか?」
俺はクロウリーレンチを振り上げ、魔王軍の兵士たちに向かって突進する。
「行くぜ!あのガキを助ける!」
「遊牙、待ちなさい!作戦を立てるわ!」
リゼが叫ぶが、俺の足は止まらなかった。少年の叫び声が、俺の過去と重なり、頭の中で響き続ける。魔王軍の兵士が俺に気付き、赤い光の槍を構える。俺はクロウリーレンチを振り回し、最初の兵士を吹き飛ばす。
「オラァ!てめえら、ガキに手を出すな!」
エネルギーコアが青く輝き、衝撃波が兵士たちを薙ぎ払う。リゼとフィリオがすぐに追いつき、戦闘が始まる。リゼのガジェットから放たれる光弾が兵士を貫き、フィリオの剣が鎧を切り裂く。
「遊牙は少年の方を!他は、私が抑える!」
リゼの指示に従い、兵士の群れを突破。少年の近くにたどり着くと、魔王軍の兵士が少年に剣を振り上げる。
「やめろ!」
「ソニック・スタート!」
間に合わないと思ったその刹那、俺の横を凄まじいスピードで突風のように走り抜ける何かが過ぎると同時に、金属同士がぶつかり合う鈍い音が響く。
「手出しは……させないッ!!」
少年を守ったのは、フィリオだった。そして、よく見るとフィリオの体に青いオーラのようなものがゆらゆらと覆い被さっていた。きっと魔法か何かなのだろう。
「大丈夫か、少年!」
「う、うん……」
フィリオの青いオーラが揺らめく中、魔王軍の兵士たちの間にざわめきが広がった。リーダーらしき兵士が、黒い鎧に身を包み、赤い光を宿した大剣を引きずりながら、ゆっくりと前に進み出る。その声は低く、嘲るような響きを持っていた。
フィリオの前まで近づいたそいつは、頭の装備を外す。そこにあったのは、フィリオとは対照的な銀髪で褐色肌の男の顔だった。
「カイルの勇者、フィリオ・モードリスか。魔王様が探していたお前が、こんなところで出くわすとはな。逃げ出した臆病者が、よくも戻ってきたものだ。」
「確かにそうだ。僕は臆病物さ。だが、こうして戻ってきた。臆病者が本物の勇き有る者として魔王を討ち倒し、この世界を取り戻すために!」
フィリオの声は力強く、剣を握る手に力がこもる。少年はフィリオの背後に隠れ、怯えた目で戦況を見つめていた。俺はクロウリーレンチを握り直し、少年を守るように前に立つ。
「加勢はいるか?」
「いや、ここは僕に任せてほしい。やつは、僕の村を滅ぼした魔王軍の将軍ガイスト。人の身でありながら、魔王に魂を売った……僕の幼馴染だ。」
「相変わらず威勢だけは強いらしいな。いいだろう。このガイストが、古き友を今ここで消し去ってやる。」