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暴力少年、スチームパンクな美少女と出会う。

 洗面台の前に立ち、寝起きの顔に冷水をぶっかけて目を覚まさせる。青緑の瞳にコンタクトをはめ込み、ぼやけた視界が冴え始める。ボサボサのウルフヘアをかき上げ、長い襟足を三つ編みで纏め、青いハチマキを巻く。青いアロハシャツを白シャツの上から羽織り、黒のハーレムパンツを履いて、最後に頬を両手で叩いて気合を入れる。


「よし、ルーティン完了!あとは……」


 俺は自室に移動し、勉強机の近くに置いたヘルメットを手に取って家を出る。玄関の扉を開けて迎えてくるのは、空に雲一つない夏の快晴と燦々と降り注ぐ太陽の陽ざしだ。俺はヘルメットを被ってバイクに跨り、夏の熱さを吹き飛ばすようにエンジンを鳴らしながら道路を走る。


 高校1年生の夏休みは、暇で仕方がない。学校の友達はいないから遊ぶ予定もなければ、彼女もいないからデートの予定もない。夏休みの宿題はなんだかやる気が出ないから、後半戦に差し掛かった辺りで答えでも見ながら終わらせればいい。


 じゃあ、なぜ、俺はバイクに乗ってかっ飛ばしているのか。その理由はただ一つ。


「さあ、ヤンキー狩りの時間だ。」


 前方の路地前に見えた四人程度のヤンキー集団に狙いを定める。少し離れた位置にバイクを停め。少しづつ、ゆっくりと荒ぶる闘志を押さえ込みながら、一歩また一歩と集団へと足を進める。そして、集団に近づくにつれて気付いたことがある。


 あいつら、女を囲ってやがるのか?


 集団の中心にいたのは、頭には猫耳のような衣装が備え付けられたゴーグル付きのマジックハット。服は純白の長袖のランタンスリーブブラウスに、革のコルセットとブラウンのハイウエストショートスカート、脹脛を覆い隠すブーツを履く。スチームパンクな衣装に身を包んだ、銀髪ミディアムヘアの遠目からでも分かる同年代くらいの美少女だった。彼女は、少し困った顔をしながらヤンキー共の受け答えをしていた。


「お姉ちゃん可愛いねえ、コスプレイヤー?」


「俺たちと遊ばない?」


「悪いようにはしないからいいだろ?なあ?」


「やめてください……私、急ぎの用事があるんです……」


「あ?抵抗知んなよ!」


 ヤンキー共の内一人が女の腕を強引に掴み、その場を立ち去ることを許さない。


「痛いです!離してください!」


「話したいなら、早くそう言ってくれればいいのになあ。お前ら、こいつあそこに連れてくぞ。」


 集団の中の取り分けデカいリーダーらしき男が声をかけると、他のヤンキーも女の腕を掴み、口を手で押さえて路地裏の方へと連れていく。その光景を見た俺は、考えるよりも先に足が動いて走り出して後を追っていた。そしてヤンキー共を追って路地裏の奥へと進んで行くと、錆びた鉄骨と古びた看板が積み重なった、少し開けた薄暗い空間だった。スチームパンクな美少女は、ヤンキーたちに囲まれ、壁際に追い詰められていた。彼女の目は鋭く、怯えつつもどこか冷静な光を湛えている。


「お前、いい加減大人しくしろよ!」


 リーダー格の男が声を荒げ、彼女の肩を掴む。その瞬間、俺の我慢が限界を超えた。


「おい、てめえら!その手を離せ!」


 俺の声が路地に響き、ヤンキーたちが一斉に振り返る。リーダーの男がニヤリと笑い、舌打ちしながら俺の方に近づいてきた。


「なんだ、テメェ?ヒーロー気取りか?一人で何ができるってんだよ!」


「試してみるか?」


 俺はヘルメットを外し、地面に放り投げる。カランと金属音が響き、ヤンキーたちの目が一瞬俺に集中する。俺の顔を見たリーダーが、酷く引きつった顔になる。


「お、お前は天野遊牙(あまのゆうが)……!?」


「よく見たらお前、入学早々に俺がボコった番長の顔に似てるな。いや、俺がボコっちゃったおかげで、顔ブサイクになっちゃったんだ!いやー気付かなかったなー!!!まさか番長さんだったなんて、いや、今は俺が番長だったから、元番かなあ?」


「テメエ!!!調子に乗りやがって!ここで死ねや!!!!!!」


 激高した元番が、近くの鉄パイプを振り回しながら襲い掛かる。相も変わらない大振りのド素人な動きのの隙を突いて、俺は一気にリーダーの懐に飛び込み、右の拳を奴の腹に叩き込んだ。グハッと胃液を吐き、男が膝をつく。


「てめっ……!」


 他のヤンキーが俺に襲いかかってくるが、さっきと同様に動きは雑だ。左のフックをかわし、カウンターで一人の顎を打ち抜く。もう一人がバタフライナイフで振り上げるが、俺は軽々と足払いで転ばせる。最後の奴はビビって後ずさりし、フラフラの仲間を頑張って起こし、「覚えてろよー!!!」と捨て台詞を吐きながら逃げて行った。


「チッ、雑魚か……もっと骨があると面白かったんだけどなあ。これじゃあ、準備運動にもなりやしねえ。」


 俺は息を整えながら、少女の方に目をやる。彼女は壁に寄りかかったまま、じっと俺を見つめていた。スチームパンクな衣装が薄暗い路地の中で異様に映えていた。


「大丈夫か?」


 俺は声をかけ、近づこうとする。


「近づかないで。」


 彼女は何か銃のようなガジェットを俺へと向ける。声は低く、落ち着いていた。パニックという訳ではなさそうだ。


「助けてくれたのは感謝するけど、あなたが何者か知らない。」


「は?俺はただ……」


 俺は手を上げ、敵意がないことを示す。


「……喧嘩好きなのと、悪い奴らを放っておけなかっただけだ。名前は天野遊牙。で、お前は?」


 彼女は一瞬目を細め、俺を値踏みするように見つめる。やがて、ガジェットを下ろし、かすかに口元を緩めた。


「リゼ。リゼット・クロウリー……少し、誤解してたみたい。悪かったわ。」


「誤解も何も、俺がそんな奴に見えたってのか?」


 俺は苦笑しながら肩をすくめる。リゼは小さく笑い、ゴーグルを外して首に下げる。


「見かけは、まあ……その、ワイルドな感じ?でも、動きは悪くなかった。どこでそんな喧嘩の仕方を覚えたの?」


「喧嘩は…まあ、場数踏んでりゃ自然と身につく。」


 俺は曖昧に答える。過去の話はしたくなかった。


「それより、お前、なんでこんなとこでヤンキーなんかに絡まれてたんだ?その……派手な格好でさ。」


 リゼの目が一瞬鋭くなるが、すぐに軽い笑みに変わる。


「この服?私の仕事着よ……まあ、今は説明してる時間がないわ。さっきの連中、仲間を呼ぶかもしれないから、ここを出るべきよ。」


「仕事着?お前、なんか怪しいな。」


 俺は半信半疑で彼女を見つめる。


「怪しいのはそっちでしょ、天野遊牙。」


 リゼは軽くウィンクし、路地の出口に向かって歩き始める。


「ついてくる?それとも、ここで別れる?」


 俺は一瞬考える。夏休み、暇を持て余してた俺にとって、こいつの登場は退屈を吹き飛ばす何かになりそうな予感がした。それに、あのガジェットとスチームパンクな雰囲気……なんか、ただのコスプレイヤーじゃなさそうだ。


「ついてくぜ。面白そうだからな。」


 俺はヘルメットを拾い、バイクを押しながら彼女の後を追う。リゼは振り返り、挑戦的な笑みを浮かべる。


「ふーん、度胸あるじゃない。いいわ、天野遊牙。私の世界に少しだけ付き合ってみなさい。後悔するかもしれないけど?」


 その言葉に、俺の胸は妙に高鳴った。こいつと関わったら、ただのヤンキー狩りじゃ済まなそうな気がした——いや、絶対にそうなる!


 路地の出口を抜けると、夏の陽射しが再び俺たちを照らしつける。リゼは軽快な足取りで歩き出し、俺はヘルメットを手に彼女の後を追う。彼女のスチームパンクな衣装は、街中でやたらと目立つ。革のコルセットにちりばめられた金属の歯車や、ブーツからチラ見えする機械仕掛けのパーツが、まるで別の時代から飛び出してきたみたいだ。


「なあ、リゼ。お前、ほんとに何者なんだ?そのガジェット、ただのコスプレの小道具じゃねえだろ?」


 俺は彼女の背中に声をかけながら、さっき彼女が俺に向けた銃のような道具を思い出す。あんなもん、普通のコスプレイヤーが持ち歩くわけねえ。リゼは振り返らず、肩越しに軽く笑う。


「鋭いわね、天野遊牙。まあ、確かにただの小道具じゃない。でも、説明する前に、ちょっと寄るところがあるの。ついてくるなら、黙ってついてきて。」


「黙って?上から目線だな、おい。」


「文句あるなら、ここでバイバイしてもいいのよ?」


 彼女の挑戦的な口調に、俺は思わずニヤリとする。こいつ、見た目だけじゃなくて性格も一筋縄じゃいかねえな。面白い。


「へっ、置いてかれねえよ。さっさと案内しろ。」


 リゼは小さく鼻を鳴らし、街の雑踏を抜けて路地裏のさらに奥へと進む。しばらく歩くと、彼女が立ち止まったのは、古びたビルの前だった。看板も何もない、まるで廃墟のような建物だ。リゼは周囲を素早く見回し、ポケットから小さな金属製のデバイスを取り出す。ボタンを押すと、カチッと音がして、ビルのシャッターがゆっくりと開き始めた。


「お前、これ……何だ?秘密基地でもあんのか?」


「秘密基地、ね。まあ、似たようなものかしら。」


 リゼはそう言うと、シャッターの奥に続く暗い通路へと足を踏み入れる。俺も迷わず後に続く。通路の先は、薄暗い階段を下りた先に広がる広大な地下空間だった。そこには、歯車やパイプがむき出しの機械装置が所狭しと並び、壁には古びたモニターがいくつも設置されている。まるでスチームパンクの世界そのものだ。


「ここ、なんなんだよ……?」


 俺が呆然と呟くと、リゼはモニターの一つに近づき、何かを操作し始める。画面には、奇妙な地図のようなものが映し出される。そこには、点滅する光点と、まるでワームホールのような渦がいくつも表示されていた。


「ここは、私たちの……いや、『ディファレンツ』の拠点の一つよ。」


「ディファレンツ?なんだそれ?」


 リゼはモニターから目を離さず、淡々と答える。


「世界各地にワームホールが開いて、異世界のモンスターや住民が流れ込んでるって話、聞いたことあるでしょ?それを収束させるために結成されたチーム。それが『ディファレンツ』。私もその一員なの。」


「待て待て、ワームホール?異世界?お前、頭おかしいんじゃねえの?」


 俺は思わず笑いそうになるが、リゼの真剣な目つきを見て、言葉を飲み込む。彼女はモニターを指差し、続ける。


「笑い事じゃないわ。ほら、この地図を見て。東京近郊だけでも、すでに5つのワームホールが確認されてる。その中の一つが、さっきの路地の近くにあったの。ヤンキーたちに絡まれたのは、そこの調査に向かう途中だったってわけ。」


「は?あの路地裏にワームホール?マジかよ……」


 俺は半信半疑でモニターを見つめる。確かに、画面上の光点の一つが、さっき俺たちがいた場所の近くを示している。リゼはモニターから目を離し、俺の方に振り返る。


「で、天野遊牙。あんた、ただの喧嘩好きじゃないわよね?あのヤンキーたちを一瞬で片付けた動き、普通じゃない。どこでそんな戦い方を覚えたの?」


「さっきも言ったろ。場数だよ、場数。」


 俺はまた曖昧に答えるが、リゼは納得した様子もなく、じっと俺を見つめる。


「ふーん。まあ、いいわ。どうせ、これから嫌でも分かることだし。」


「どういう意味だよ?」


 リゼはニヤリと笑い、腰に下げていたガジェットを手に取る。


「あんた、さっき言ったよね?「面白そうだからついてく」って。だったら、ディファレンツの仕事にちょっと付き合ってみない?」


「仕事?お前、俺を何だと思ってんだ?ただの高校生だぞ?」


「ただの高校生が、あんな動きできるわけないでしょ。ねえ、遊牙。ワームホールの中、覗いてみたくない?」


 彼女の言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。ワームホール。異世界。普通なら笑いものだが、目の前のこの女の真剣な目と、この地下基地の異様な雰囲気は、冗談じゃ済まされない何かを感じさせた。


「仮に、だ。俺がついてったとして、何すんだよ?」


 リゼはモニターの地図を指差し、挑戦的な笑みを浮かべる。


「簡単よ。ワームホールに飛び込んで、向こうの世界を調査する。場合によっては、モンスターと戦ったり、異世界人と交渉したり。で、最終的にはワームホールを閉じる。それがディファレンツの仕事。」


「戦う?モンスターと?お前、頭イカれてんじゃねえの?」


「イカれてるのは、この世界よ。ほら、決断しなさい。天野遊牙。ついてくる?それとも、ここで安全に夏休みを過ごす?」


 リゼの言葉に、俺は一瞬考える。安全な夏休み。宿題を適当に終わらせて、バイクで走り回って、ヤンキーをボコって……そんな毎日も悪くねえ。でも、目の前にいるこのスチームパンクな女と、彼女が言う「ワームホール」の先には、なんかもっとデカい、ぶっ飛んだ何かが待ってる気がする。


「チッ、仕方ねえな。面白そうだから、付き合ってやるよ。」


 俺の答えに、リゼは満足げに頷く。


「いい選択よ、遊牙。じゃあ、準備しなさい。次のワームホールは、12時間後に開く予定なの。そこから、私たちの本当の仕事が始まるわ。」


 彼女はそう言うと、モニターに向き直り、忙しそうに操作を始める。俺は地下基地を見回しながら、胸の奥で高鳴る興奮を抑えきれなかった。ヤンキー狩りなんかより、よっぽどヤバい夏休みが始まりそうだ。


 そう期待感に胸を高まらせていると、無線音のようなものがモニターに繋がるスピーカーから流れだす。そこから聞こえたきたのは、何かの雄たけびと、息遣いが少し荒い青年の声だった。


『リゼット君、これは繋がっているのか……?』


「繋がってるわよ。息上がってるみたいだけど、もうドラゴン退治は済んだの?」


『いや、それがちょっと手古摺っててね、応援に来てもらえると助かる。』


「ええー、わかった。すぐ行く。」


『感謝するよ。』


 通信を切ったリゼは、ニヤリと笑みを浮かべながら俺の方へと振り向く。


「遊牙。私の覚えが確かなら、準備運動に足りなかった的な事言ってたわよね?」


「待て待て、嫌な予感がする。」


「今からドラゴン討伐しに行こっか♡」

過度な設定と世界観の混合オンパレードで風邪をひいてほしい。

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新作きちゃ
ヤンキー×スチームパンクの組み合わせいいですね。 いきなり異世界に順応する主人公もいいキャラしてます。
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