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もはや異世界しかない!(3)

「……載ってたんだ」


「何の話?」


 さめざめと泣きながら星歌、先を続ける。


「載ってた、私の家、大島てるに……」


「あぁ……」


 それが、今朝のできごと。


「俺もお母さんから聞いておかしいとは思ってたんだ。ずいぶん家賃が安いなって。即決する前に相談してくれれば……」


 もうあの部屋には戻れないよ……そう呟いてうなだれる星歌に向かって「それで? 出たの?」と実に無神経な質問を投げかける行人。


「出てないなら平気だろ? 姉ちゃん、ずぶといし」


「ヤだよ、ヤだよ。事故物件と知った以上、もうムリだよ。オシャレの極みと思ってた壁紙のマーブル模様が、もはや人の顔にしか見えなくなったもん」


 まさか、今日からうちに泊まる気なんじゃ……と呟いて目を見開く義弟を無視して、次なる災厄の話にうつる。


「どうしたものかと思ったんだけど、とりあえず学校に行ったんだ。そしたら職員用の下駄箱のところでね、かのイケメンの呉田くれた先生と会っちゃってね」


 かのイケメンの呉田先生は、繊細な風貌と柔らかな物腰、眼鏡が似合う知的さを併せ持った人気の美術教師である。

 上靴を履いて、運動場に面した渡り廊下を通って事務室に向かおうとしていたときのことだ。

 そのイケメンがこちらに歩いてきたのは。


 事務バイトの星歌にとって、遭遇出来たのは奇跡のようなもの。

 この機を逃すかとばかりに、彼の通り道に立ちふさがったのだ。


 実はぁ、うちの家が事故物件だって大島てるに載ってたんですぅと言うところが

「先生イケメンっぷりが尊すぎるんです。むしろ、付き合ってください」という心の声がダダ漏れてしまい、失笑を返された。


 その時点で「死にたい」と叫び出しそうになったというのに、トドメとばかりにイケメンはとんでもないことを言い出したのだ。


「社会の白川先生の妹さん? お姉さん? いとこか何かだったっけ。実はぼくは白川先生に絵のモデルになってもらいたくてね。あの美貌を、ぜひぼくのキャンパスに繋ぎ留めたい……」


 星歌としては「はぁ……」としか返しようがない。

 凛々しくも憂いに満ちた目元、色気の漂う口元、サラサラの黒髪……彼はすべてが美しく芸術的なんだと、勝手に悦に入ってる呉田。


「ぼくはね、美しいものが好きなんだよ」


 暗に己の顔面を否定された星歌。

 馬鹿みたいに「はぁ……」と繰り返すのみ。


「モデルになってくれないかと、白川先生に伝えてくれないか」


「………………」


「あれ、聞こえているかい? 従兄弟かはとこか何かの君?」


「……ア・ネ・だ・よっ!」


 乙女の想いを踏みにじられた星歌、すでにヤケクソである。


「エエイ!」と叫ぶと、呉田先生の眼鏡を奪って運動場の方へと放り投げた。


「ああっ、ぼくの眼鏡……」


 悲痛な叫びと同時に、朝練で走り込みをしている野球部員の足元で眼鏡は跳ねる。

 なぜか急に飛んできた眼鏡を踏んでこわしてしまい、驚いたのは野球部員である。

 フレームが曲がった眼鏡を拾って、あわててこちらに駆け寄ってきた。

 先生、すみませんとスポーツ選手らしくさわやかに謝る生徒に、呉田先生は目尻を下げる。


「いいよ、いいよ。君のせいじゃないから」と言ったのは、この場合当然のことであろうが。


 騒ぎを聞きつけた上司に呼び出されたのも、ある意味当然のこと。

 試用期間中のアルバイト事務員が起こした得体のしれない狼藉に、上司は軽いパニックに陥っていた。


 星歌が「すみません。辞めます」と告げたのも、致し方のないことであったろう。

 たとえお咎めなしですんだとしても、いたたまれない思いを引きずりながら通勤するのは辛すぎる。


「姉ちゃんが呉田先生にフラれて騒ぎを起こしたってのは噂で聞いたんだけど、まさかそんな下らないことになってたなんて……」


 うっ、僕がいたら……と俯く義弟の肩が揺れている。

 笑いをこらえているのだ。


 ココアを飲み干して、星歌は「アァ……」と大きく吐息をついた。


「住んでた家は事故物件。恋に破れ、職を失い……。なのに私は今、義弟に笑われているんだなぁ」


「ご、ごめ……、姉ちゃ……」


 遠くを見つめるように半眼を閉じる星歌。

 その顔やめてと行人がもだえている。


「私とお前がはじめて会ったのはいつだ? 忘れもしない小三の夏休みだ。あのころ、お前は可愛かった……。私より小っさくて、照れくさそうに、おねえちゃんって呼んでくれたな……」


 ああ、私の天使が降臨したと思ったものだ……。

 芝居がかった仕草で両手を広げると、行人はついに耐えきれなくなったという調子でのけぞった。

 ヒーッと喉から音が漏れているが、笑い声をあげるまいと懸命に堪える様子が、どこかいじらしくもある。


「けどな、お前は大きくなるにつれ背は高くなるわ、顔は美人になるわ、頭はいいわ、運動もできるわ、モテるわ。どんな悪魔になってしまったんだ」


「だ、だから、俺のせいじゃな……」


「憧れの先輩に呼びだされて胸おどらせて行ったら、行人と付き合いたいから仲をとりもってって相談ばかり。何だそれは……BLか! 全国の乙女がキュン死するボーイズラブの主人公か何かか!」


 それから星歌は、やおら指を折り始めた。


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