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もはや異世界しかない!(2)

「な、なにっ?」


 反射的に声が裏返ったのは、今日という日が最悪だったからだと星歌は自分に言い訳をした。


「姉ちゃん、ジャージ貸すから履いて。その格好、パンツ丸見えだよ?」


「えっ、ええ……?」


 義弟の前だからと、いつもの調子で両足を広げて座っていたことにようやく気付く。

 ヒールといっしょだ。頑張って履いた慣れないスカート。

 少しでも女性らしく見えるようにと朝早く起きて巻いた髪も、睫毛だって、今やダラリと力を失っていた。


「わ、私のパンツを見たな!」


「見たくないよ。見せられたんだよ」


 自分の方が被害者だという口ぶりで、行人はキッチンからカップを二つ持って奥へと行ってしまう。

 玄関すぐの四畳半のキッチンスペースを、星歌はズルズルと四つん這いで進み、奥の八畳間に転がった。

 その顔面目がけて、グレーのジャージが放られる。


「もっとかわいいやつがいいんだけど」


 苦情を述べながらも、いそいそとスカートの下にそれを履く。


「……武家の長袴みたいだね」


「ブケノナガバカマ?」


「武家が履いてた袴で、すそが長くて後ろに引きずるような。忠臣蔵の松の廊下のシーンで浅野内匠頭が着ていたやつって言ったら一番分かりやすい?」


「ブケガハイテイタハカマデマツノロウカでアサノ……キテタ……」


 一瞬、オヒメサマ的なものを想像したのだが、それが足元に布を引きずって履く男性用の袴であると気付き、しかも暗に足の短さを小馬鹿にされているのだと悟った星歌はプクッと頬をふくらませる。


「意味の分からないことを言う。そういやお前はどうしようもない歴オタだった」


 ごめんと言いながらも漏れる笑い声。


「別に姉ちゃんの足が短いわけじゃなくて……まぁちょっと短いかもだけど。そのズボンは男ものだから丈が余るのは当たり前だって」


「うぬぅ……フォローしつつも、さりげなくディスられた気分だ」


 同年代女性の平均身長より幾分背の低い星歌は、慣れないヒールのある靴を履いて背伸びをしていたというのに。

 うつむいた彼女の周囲を、甘い香りが包み込む。


「はい。元気出して」


 いつものマグカップを手渡された。


 濃い目のココアが湯気をたてている。


「あ、ありがと」


 カップを両手で持ち、ズズと音をたてて少しずつすする彼女の向かいの床に行人は座った。

 ひとつしかない座布団は星歌が使っているので、フローリングにあぐらをかく格好だ。


 思えばこの部屋にたったひとつのマグカップも星歌が使っており、彼は湯呑にココアを入れていた。

 やはり床が冷たいのか、裸足の足先がすこし縮こまっている。


「俺はいいと思うけど?」


「なにが?」


 義弟の足を凝視していたことに気付かれてはマズイとばかりに、星歌は顔をあげた。


「いや、その……短いスカートの下にジャージのズボンっての」


「な、なにがいいの!? 義弟よ、お前の性癖なんて知らないよ!」


「性癖って……」


 行人の笑い声を聞きながら星歌は自問していた。

 なんだかホッとする。なんだかホッペが熱い気がするのはナゼだろうと。


「そりゃ、ココア飲んでるからだよ」


「何が?」


「いやいや、こっちの話」


 単純な回答を見付け、安堵したように彼女はウンウンと頷いてみせる。


「昔は可愛かったのになぁ、この子」


 小学三年生のときに親同士の再婚で義弟になった行人への恨みが、ふと漏れる。


「……ごめんね、姉ちゃん。俺、聞いちゃった」


「なにが?」


 義姉の視線を痛いと感じたのだろうか。行人が湯呑を座卓に置いた。


「……姉ちゃん、またフラれたんだって? ごめんな。俺が美人なばっかりに」


 ──チクショーーー!


 か細い声で、星歌が吠える。


「自覚があるだけタチ悪いよー!」


「ごめんってば。けど、俺のせいじゃないし……」


「その言い草がすでに……すでに腹立つんだよ! かってに相手がホレてくるんだもの、アタクシのせいじゃなくてよって言ってる高慢ちきな令嬢みたいだよ!」


「い、意味が分からな……? 姉ちゃん、ラノベの読み過ぎだって」


「ラノベは私の生きる糧なんだよぅ……」


 涙をポロポロこぼしながら、尚もココアをすする星歌。


「かくなるうえは、すべて聞いてもらうからな」


 そう前置きすると、彼女は最悪な一日を語り始めた。


「今朝起きてパソコンひらいて、まず大島てるをみたんだ。そしたらね……」


「ちょっ、待って待って。平日朝イチ、大島てるってどういう思考回路でそうなってんだよ」


 早速、話の腰を折られて、星歌は「もうっ」と義弟を睨みつける。


「もうっ……って、言ったって……なにそれ。もうっ……って」


 何故だか手の平で顔を覆って、行人は俯いてしまった。


「お前、耳が赤いよ? ココアで酔ったか?」


「うるさい。ココアで酔うか。いいから続けて」


 同い年の義姉弟は、小・中学はもちろん、高校、大学とずっといっしょだった。

 大学卒業後、教師の職を得て独り暮らしを始めた義弟に対して、就職にあぶれてバイト生活をする自分はいつまでも実家暮らし。


 母に怒られる毎日に、いい加減嫌気がさしていた社会人三年目の冬の朝。

 行人の口利きで、彼が勤める私立高校の事務員として採用されたのだ。


 アルバイトであることは変わりないし、それも試用期間中なのだが、堅い職に就けたということでようやく独り暮らしの許可を得た星歌。

 お洒落なワンルームマンションを、びっくりするくらい格安家賃で借りられて有頂天になっていた。


 ──それが、ちょうど二週間前のこと。

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