ないしょのはなし(2)
「ちっ、ちがうから!」
星歌は顔を赤らめる。
「いまの、オナラじゃないからっ! 口がプッっていっただけ!」
玄関灯と家から漏れる光の中で、行人がチラッとかのじょを見やる。
口元を微妙に震わせながらもウンウンと頷く仕草を繰り返すが、笑いをこらえているのは瞭然だ。
「ちがうって! ほんとに口だもん!」
「………………ウン」
「しんじてないでしょ? こうやって口をプクッってしたら音でるもん。もっかいやるよ? ほら、プッ!」
「………………」
ダメだ。また俯いてしまった。
全身がプルプル震えている。
笑うなら、むしろ大きな声で笑えばいいのに。
声をあげないところ──そこが新しくできたこの義弟の可愛くないところでなのだ。
「…………だね」
「えっ、なに?」
ひとしきり笑いをこらえることにエネルギーを費やしていたらしい行人、ようやく顔をあげた。
頬は紅潮しており、くだんのやり取りがよほど面白かったとみえる。
声も幾分かすれていた。
「……星歌ちゃん、はじめて喋ってくれたね」
「うっ!」
シマッタとばかりに両手で己の口を押える星歌。
「しゃべらないって決めてたのに! 私はいつも、ツメがあまい……」
今度は行人は静かな笑い声をあげる。
「うれしいよ。星歌ちゃんとお話できて」
「うっ、それは……私はべつにおはなしなんて……」
ついに星歌はあきらめた。
「いいよ。おなじ年なんだし、私のことは星歌ってよびなよ。そのかわり、おまえのことも行人ってよびすてするからね」
おまえ呼ばわりされたのに、行人の顔に笑みが弾けた。
「星歌ちゃ……星歌はこんなとこで何してたの?」
言われ、彼女は「義弟」のために人差し指をかかげて、それをぼんやりした空へと向ける。
「おほしさまを探してたんだよ。私のいたところにはいっぱいいっぱいあったのに、ここにはひとつもないんだもん」
ああ、大気汚染と地上の明かりのせいだねと行人が尤もらしいことを並べる。
「たいきおせ……」
聞いたことがあるようなワードなのだが、意味が分からず彼女は黙り込んだ。
思わぬかたちで学力の差を突き付けられ、さりげなくショックを受けている様子だ。
「星歌の名前には『星』の字が入ってるもんね。そりゃ見えないとさみしいよね……」
ちょっと待って──そう言うと、せっかく打ち解けた義弟は家の中へと駆けこんでいった。
こんな時間に外に突っ立っていたのはヘソを曲げていただけなので、おしゃべりをしたら気が紛れたというのは事実だ。
なので、自分も行人の後を追って家に入ろうかと考えたところで、彼が急いで玄関に戻ってきた。
行人くん、どこ行くのという声が家の中から聞こえるが、返事もしやしない。
やはり母のつっかけサンダルを引っかけて飛び出してくる。
手にはちょっと高級なバームクーヘンの箱を持っていた。
「なぁに、それ?」
紙箱は角が擦り切れており、ところどころ汚れている。
容れ物として使っているだけで、箱の中にバームクーヘンが入っているわけではないことは星歌にも想像がついた。
首をかしげる星歌の前に、行人がしゃがみこむ。
玄関の前。
庭なんてろくにないので、ドアから数歩ですぐに生活道路が横切っている。
比較的細い道なので車の通行は少ないとはいえ、車道であることにはちがいない。
行人はおもむろに箱を開けて、中から更に小さなケースを取り出してそれを地面に並べ始めるではないか。
星歌は焦った。
「ちょっと、なにやってんの」
「これね、亡くなったお母さんの宝石箱なんだ」
「えっ……」
すこし高価なものかもしれない。でも、お菓子の箱だ。
その中にはやはりお菓子の缶や、小さな紙箱が入っている。
行人が手にした缶がジャラッと軽い音をたてたことに興味をひかれて、星歌もその場に座り込んだ。
小さな手によって、ゆっくり開かれる上蓋。
覗き込むふたり。
「ほら、見て。星歌!」
中にはビーズが詰まっていた。
子供の小指の爪よりずっと小さなそれを一粒一粒つまんで、街灯の灯かりに透かす行人。
「なにしてるの? それ、宝石なんかじゃないよ?」
「ん……。ほとんど丸いんだけど、この中に星型のがいくつか混ざってるんだ。欠陥品だって、お母さん言ってた。でもキレイだから好きなのって」
「でも……」
玄関をチラッと見やる星歌。
行人のお母さんということは、お義父さんの前の奥さんになるわけで。
そうすると、なんとなく母に申し訳ないのではないかという気持ちが押し寄せる。
「あった!」
行人が声をあげた。
この子のこんな大きな声を聞いたのは初めてで、驚きのあまり星歌の中のモヤモヤした気持ちも弾け飛ぶ。
金平糖のような、いびつな星のかたちをした白い小さなビーズ。
行人の手の平で、それはキラキラと輝いている。
「きれい。ほんとのお星さまみたい……」
玄関灯の光を受けて、それはニセモノの輝きかもしれない。
でもそのとき、星歌は行人の手に小宇宙を見た。




