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星降る世界で君にキス  作者: コダーマ


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18/30

彼のことば(1)

 周囲が夜に覆われていくなか、星歌はチラチラと隣りを気にしながら歩を進めていた。

 左手をぐっと握りしめて。


 翔太が去ったあと、忘れ物のスマホを届けてくれただけだよと、問われてもいないのに必死に説明したものだ。

「ふーん……」と、行人は半眼を閉じた微妙な表情で、聞いているのかいないのか。

 そのまま、ふたりは並んで歩きだした。


 無言である。

 この短い距離が異様に長く感じられたのは、星歌の迷い故か。

 行人が、どうやら自分の歩調に合わせてくれていることに気付くと、未練が足取りを更に重くする。


「じゃあね」と手を振れば良かったのに。


 なのに、ふたりの分かれ道はとっくに過ぎてしまっていた。


 結果的に行人のアパートに到着し、階段を上る。

 一段一段、足を持ち上げるのがこんなに重いなんて。

 一日中ヒールで立ちっぱなしだったというのも原因だろうが、圧しかかる気持ちが、より過重をかけていたに違いなかった。


 今はシレッとした表情にみえる行人だが何となく声をかけづらいのは、いつもに比べて足音が荒いからに他ならない。

 星歌は握りしめた左拳に更に力をこめた。

 バラバラに離れた星の飾りたちが皮膚に喰いこむことも厭わずに。


 体重など感じさせないかのように軽やかに階段を上る義弟の背中を見つめる。


 この男が、石野谷という名のあの生徒の元に行ったのは恐らく間違いないだろう。

 思いのほか早く戻ってきてくれて良かった。

 あのまま、ひとりで自分のアパートには帰りたくなかったから。


「星歌?」


 不意の呼びかけに我に返ると、段を上りきったところで行人が立ちつくし、見下ろしていた。


「大丈夫か? 足、痛い?」


「んーん、だいじょぶだよ」


 にわかに沸き立つ雨雲が空を汚すように、ともすれば、どす黒い感情が全身を蝕むところだった。

 星歌は平静を装って義弟の問いに首を振った。


 決して遅い時間ではないとはいえ、単身者向けのアパートだ。

 それ以降、ふたりは無言で廊下を進んだ。

 鍵を取り出す行人の手、骨ばった手首を何気なく見つめていた星歌は、チャリンという音に引き寄せられてそれを凝視した。


「あっ……!」


 行人の手からこぼれて、遊ぶように揺れている白い星形。

 今まさに星歌の左拳の中で眠っている壊れたブレスレット──その星のカケラとまったく同じものを、行人はキーチェーンに加工して持っていたのだ。


「行人、それ……」


「何?」


「……ううん、何でもないよ!」


 固く固く握りしめていた左手から力が抜ける。

 バラバラになったブレスレットの星たちを、星歌はそっと自分の鞄の中に滑り落とした。


「何だよ、姉ちゃん。急にニヤニヤして」


「んーん!何でもないってば!」


「しっ! 声でかい。近所迷惑になるから……」


 言いながら鍵を回し、扉を開ける。

 無意識の動作で、行人の手は壁をさぐった。

 室内は真っ暗な筈だからだ。


「あれっ」


 ところが、だ。

 玄関から正面に見える窓も、部屋も夜の静けさに充たされている中、手前のキッチンスペースだけが煌々と明るい。


 アッと声をあげた星歌の眼前。

 その視界いっぱいを義弟の背が覆う。

 やや強張ったその背中に、彼が身を固くしているのが分かった。


「あの……」


「しっ!」


 後ろから声をかけるも、鋭く遮られる。


 常とは異なる部屋の様子に、彼が用心しているのは分かった。

 なので、尚のこと星歌としてはいたたまれない思いだ。


「あのぅ……」


「黙って、星歌」


 玄関に置いてある傘の柄を握りしめる行人。


「あのぅ、違うんだよ……」


「何がっ?」


「私、出かけるとき電気消した記憶……ない」


 フウッと息を吐く気配。

 星歌の目の前で強張っていた肩から、力が抜けたのが分かった。


「朝だから部屋は明るかったんだ。でもこっちのキッチンは暗かったから、たしか電気つけたと思う。けど、消したかと言われたら……多分消してない。いや、絶対消してない」


「姉ちゃんーー…………」


 長くのびる語尾に思いを込めたか。ゆっくりと息を吐く行人。

 武器にと手にしていたものを傘立てに丁寧に戻し、彼はスニーカーを脱いだ。

 念のため、狭いキッチンスペースと部屋を確認してから星歌を手招きする。



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