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星降る世界で君にキス  作者: コダーマ


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16/30

夜空に降る涙(1)

 一瞬の静寂。


 朱の一滴が藍色に呑みこまれる僅かな間、街の雑音が消える。

 ああ、闇に取り込まれてしまいそう。


 耳を澄ませば、小さなビルから吐き出された大人たちが疲れたような、けれども軽やかな調子で互いの労を労う言葉が聞こえる。

 住宅地の狭間にある保育園からは子供の歓声と、大人たちの笑い声。

 一本むこうの大通りは、店を開けた居酒屋の喧騒と元気な呼び込み。

 車が何台も通り過ぎているのが分かる。


 しかし、星歌が取り残された細い道には街灯も設置されておらず、何の音もなかった。

 左側は月極ガレージ、右側は廃業した印刷工場の建物。


 そこは小さな町の、人通りの少ない裏道である。

 星歌と行人どちらのアパートへ向かうにも近道とはいえ、普段だったら彼女もひとりでここを通ったりはしない。

 行人がいたから、暗い道も怖くなかったのだ。


 でも今、彼女はたったひとり。

 向こうの道路や、ガレージの向こうに立ち並ぶ民家から漏れるあたたかな灯かりが照らす道路には、うっすらと白い星が散らばっていた。


 それは、星歌のブレスレットの馴れの果ての姿である。


 手作りのアクセサリーだ。

 作られてから長い年月の間に中の糸が劣化していたのだろう。

 僅かな衝撃で弾け、バラバラに壊れて飾りが落ちてしまったのだ。


「……行人は覚えてないよね」


 震える指先が、小さな星をひとつひとつ拾い集める。

 次第に星の輪郭がぼやけていくのが分かり、星歌は下唇を噛みしめた。

 義弟の態度がいつになく冷たく感じられたこと、それ以上に押し寄せる自己嫌悪。


 負の感情をいっぱい詰めていた水風船の残骸が、まだ腹の奥にこびりついているようだ。

 押し潰されまいとするかのように、わざと明るい声をあげて現状を嘆いてみせる。


「あーあ、義弟も独り立ちだよ。や、とっくに独り立ちしてたよね、あの子は。もう私なんて完全に見捨てられちゃったよ……昔はお姉ちゃんって呼んでくれて……可愛くて……」


 ダメだ。

 拾い集めた星が、手の平でにじんで見える。


「リ、リア充はほっといて、もう私には本格的に異世界しかないようだね。いっそイケメン魔王にさらわれて城に閉じ込められたいもんだよ。そして、寂しい過去を背負った魔王と恋に落ちるんだ……」


 ハハッと力なく笑う。

 いつもの妄想だが無理にでも笑ってみせたことで、幾分気持ちが明るくなったかもしれない。


 カラ元気であっても構わない。

 星歌はその場に立ち上がる。


 次の角を右に曲がれば行人の家、左に曲がったなら数分で星歌のアパートが見えてくる。

 もちろん左に曲がりかけたところで、星歌はふと我に返った。


 ──さっきまでイケメン魔王にさらわれて、なんてひとりで喋っていたけれど大丈夫だったかな?


 人通りの少ない道だけど、もし誰かに聞かれてたら異世界どころじゃなくて社会的に即死だよと、両手で肩のあたりを抱えて身震いしてみせる。


 だから、である。

 ポンと肩を叩かれ、星歌は反射的に悲鳴をあげた。


 次の瞬間、腕を取られ重心が傾ぐ。

 弾力あるものに顔をぶつけて、一瞬息が詰まったのだ。

 それが人の身体であることに気付き、二度目の悲鳴。


「しっ、しーっ!」


 硬い手の平で口元を覆われる。


「しーっ、脅かすつもりじゃなかったんだって! ごめん、あの……」


「む、むーっ!」


 声には聞き覚えがあった。

 恐怖に強張っていた星歌の全身から力が抜ける。


「……翔太、さん?」


「ごめんってば! 何回も声をかけたんだけど……」


 背中越し。すこし下から聞こえるのは、本日一番多く聞いた声であった。

 チラリと視線を送ると視界に飛び込む金の渦。


 暗がりの中でも目立つ跳ねっ毛の金髪だ。その中心部のつむじのあたりは闇に沈んでいる。


 星歌の新しい雇い主である藤翔太だった。

 身長に似合わず意外と逞しい腕、そして厚い手の平を唇に感じ、星歌は再び焦る。


 パンをこねる手はやっぱりゴツイんだなぁ。だから私もビックリしちゃったんだなぁ──持ち主の意志に反して高ぶりそうな心臓を必死で宥めにかかる。

 あたたかくて、どこか甘い香りがするのもきっとそのせいなんだ、と。

 その手は遠慮がちに放された。


「ごめん。白川さん、ずっと一人で喋ってて……その、ちょっとよく分かんないことを一人で喋ってたから、大丈夫かなって思って。びっくりさせたよね……」


「い、いや……」


 しっかり聞かれていた模様。


 ──ヤバイ! 「一人で喋って」と二回言われた……。


 星歌の背を、冷たい汗が伝う。

 薄暗い道なので、恥ずかしさに赤く染まった顔を見られないのだけが救いだ。

 視線を逸らしつつ、星歌は一歩、二歩と後ずさる。


「そ、それで、何用で……?」



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