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星降る世界で君にキス  作者: コダーマ


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鎌首(3)

「あっ、ゆき……」


 電話の相手はあの生徒なのか?

 昼間、行人に庇われるようにして学校へ戻っていった背の高い儚げな美少女。


 そもそも、教師が一生徒に携帯番号を教えるものなのだろうか。

 だが、そんな問いを口にする暇はなかった。


 スマートフォンを耳にあてると、行人は彼女に背を向けてしまったから。

 何をしゃべってるのかな──ジワリと湿った感情が鎌首をもたげる。


 この距離では何と言ってるかまでは聞き取れないし、聞いてはいけないのも分かっている。

 右腕の星のブレスレットが警告のように小さな音をたてたが、星歌の足はジリジリと前に進んでいた。


「──そこにいて。すぐに行くから」


 行人の声がいつになく固く聞こえたのは、きっと自分と彼の距離のせいだと星歌は悟る。

 ねぇ、どこに行くの──そう問うと、通話を切った行人の肩が驚いたように強張った。


「……ちょっと、緊急事態で」


 いつになく凄みを感じさせる星歌の声に驚いたのだろう。

 行人の口調はどこか言い訳がましく聞こえた。


 ゴクリと喉を鳴らしたのは星歌である。

 砂を食んだように、口中は乾いていた。

 ジワジワと胸を蝕む激情そのままに、行人に向かって手を伸ばす。


「ダ、ダメなんだよ? 生徒とこんな時間に会ったりしたら。コンプライアンスがアレなんだよ」


 抗議するにも、己の語彙の乏しさが恨めしい。

 結局、口より先に手が出る。


 気付けば星歌の右手は、義弟のスマートフォンをひったくっていた。

 タイミングよく点滅しだした画面には『石野谷』の文字。


 水風船が割れるように、感情が爆発した。流れ落ちる負の感情。

 液晶を叩き割る勢いで着信拒否をおすと、そのまま右手を振り上げる。


「ちょっ、嘘だろ! やめろよ、姉ちゃん!」


 投げ捨てられては敵わないとばかり、行人が彼女の腕に取りすがる。


「放せっ!」


「どうしたんだよ、姉ちゃん?」


「うるさいっ、姉ちゃんって呼ぶな!」


 叫んだ拍子に、手からスマートフォンが滑り落ちた。


「あっ!」


 恐怖の波が押し寄せる。


 行人の携帯を、本当に放り捨てる気はなかったし、壊すつもりもなかった。

 ただ、少しだけ心臓の奥がざわついただけだ。


 だから、反射的な動きで行人の左手が翻って、宙で軌跡を描くそれをつかんだのを確認したときは安堵したものだ。


 同時に、液晶がまたもや瞬く。

 刺すような光が視界を奪い、星歌の上体が傾いだ。

 苦手なヒールのせいで数歩、よろけてしまう。


「わっ……!」


 そのまま地面に尻もちをついた。


「何やってんだよ。大丈夫か、姉ちゃん?」


「うぅ……だいじょうぶ……」


 とっさに右手を地面についたためか、怪我はなさそうだ。

 少し右手首とお尻が痛いだけ──そう言うと、行人は大きな溜め息を吐く。

 安心したというよりも呆れているようにも見て取れて、星歌は地面を見つめた。


「ごめん……」


 どうしてあんなことをしたのだろうか。

 電話に出た行人を咎め、その手からスマートフォンを取り上げようとした。

 突然、感情が高ぶって身体が勝手に動いたのだ。


 ──ごめんね。私、昨日から……ううん、今朝からヘンなんだ。


 このとき、そうやって言葉を紡げば良かったのか。

 ふと、空気が漏れるような小さな笑い声。


 見上げれば行人が手を差し伸べてくれている。

 唇の端を歪め、苦笑いの表情。


 いつもの義弟の顔だ──そう感じた星歌は破顔した。

 地面に腰を落としたまま、モゾリと尻を動かして体勢を整える。

 右手をゆっくりと浮かせた。差し出された手を握るために。


 しかし、無情なバイブ音。

 スマートフォンがまた例の女の名を映し出している。


「ごめん、姉ちゃん。俺、ちょっと行ってくるよ? 姉ちゃんはひとりで大丈夫だろ」


 向けられた背中。


「待っ……」


 宿り木を失った星歌の右手は宙をさ迷った。

 細い指のはるか先には薄闇が忍び寄る夕の空。

 朱色の手前に白く輝く星が揺れた──その瞬間。


 プツン。という音とともに何かが切れる。

 呆然と目を見開く星歌の眼前で、ブレスレットの星がバラバラと地面に零れ落ちた。



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