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星降る世界で君にキス  作者: コダーマ


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【第二章 砕け散る星】鎌首(1)

 空に零した朱の絵の具が、涙でにじんだような夕焼けであった。


 夕方が近付くにつれ、新規開店のパン屋には客が訪れるようになり、慣れない仕事に星歌は追われることとなる。

 ガラス張りの間口は西に面しているのだろう。

 すぐ向かいの校舎をバックに射しこむ夕陽の眩しさに目をしばたたかせる以外、外を気遣う余裕はない。


「白川さん!」


 少し高い声で名を呼ばれ、星歌は「ヒッ!」と悲鳴にも似た返事をした。

 昼間から翔太には注意を受けてばかりなのだ。

「お金の計算は丁寧に」だの「見栄えの良い商品の並べ方は」等々。

 可愛い顔して、少々キツイところがあるのは確かなようで、星歌は心の中で彼を「デーモン」と名付けた。


「いや、それじゃあ閣下か……」


 「チビデーモン」と新たに名付け直して、ひとりでウンウンと頷く。

 人にあだなをつけるのって面白いよね……、と自分に言い聞かせながら。

 できれば学校の方は見ないようにしながら。


「何笑ってんの、白川さん?」


「や、何でもないデス!」


 少々ぼんやりしていたのは事実であり、その点については星歌としても反省している。


「はぁ……何だか、もうイヤになってきたよ。バイトや派遣に対して、育てましょうって気がないんだよ。試しに軽く雇って、もし使えそうなら安い時給でこき使うかんじじゃない。ちょっとでも使えなさそうなら速攻契約解除。もう辛くなるよ。厳しすぎるよ、こんな世の中……ああ、爆モテ間違いなしの異世界へトリップしたいものだよ……」


 うつろな眼差しでブツブツ言っている。

 星歌としては、もはや被害者気分満々なわけだ。


 朝いきなり雇われて、叱られたりしながら夕方まで。

 腿のあたりはパンパンに張っているし、腰も痛い。

 白川さん、と呼ぶ声が遠くに聞こえるものの、星歌は意に介さなかった。


「……もはや異世界じゃなくてもいい。働かずに楽に暮らせるところに行きたい。できれば誰のことも考えたくないよ」


「白川さん? ねぇ、大丈夫?」


 今度は耳元で怒鳴られ、星歌は文字通り悲鳴をあげた。


「大丈夫? さっきから呼んでたんだけど……」


 心配そうに眉根を寄せてこちらを見上げるのは、星歌曰く「チビデーモン」翔太であった。

 ピョンと跳ねる金色の毛先と、つむじの黒を見比べながらも星歌、余裕のない笑い声をあげる。


「今度は何ですか。ダメだしですよねぇ……」


「いや、そうじゃなくて」


 目の前のつむじが、翔太自身の手で隠された。

 目を覆う前髪をかきあげてから、彼は星歌に封筒を差し出す。


「今日はありがとうございました」


 そう言ってペコリと頭を下げたのだ。


「オープン初日だったから本当に助かりました。バイト募集してなかったのはこっちの手抜かりなのに、急にお願いしてこんなに手伝ってもらって……」


「いやぁ、べつに……」


 心の中で「ミニデーモン」と悪態をついていた相手に礼を述べられ、星歌は戸惑うと同時にじわりと胸にあたたかな灯が点るのを感じる。


 働いて「ありがとう」と言われたのは初めてだった。

 きっと、口元もニヤけているに違いない。

 察するところこれは……と、反射的に受け取った封筒を指で触ってみる。


 薄い──。

 これはもしかしたら万札か?

 ニヤつきながらサスサスと封筒をさする星歌を前に、しかし翔太の真剣な表情が崩れることはなかった。


「今日はいきなりだったから、それをお礼ってことで受け取ってもらえないかな。それで、あらためてお願いなんだけど。良かったら、本当にバイトしてくれないか?」


 今日、すごく助かったから──その言葉に、星歌は封筒を握りしめる。


 さっきまで異世界トリップを夢みていたのに、今は現実世界に心躍っていた。


「う、うん! 私で良かったら、ここで働きたいよ。そんなふうに言ってもらえること、今までなかったし……」


「そ、それじゃあ……」


 翔太の笑顔が弾ける。

 あらためてよろしくおねがいします、とお互い照れながら頭をさげた。


「じゃあ……じゃあ、エプロン用意するな。お前の弟が言ってたケイヤクショもちゃんと作っとくから」


「うん、お願いします」


「ああ、兄さんに言ったら喜ぶだろな。兄さんと僕ふたりだけじゃ手が足りないって、今日骨身にしみたから」


 語尾が跳ね上がっている。翔太の興奮が伝わってきて、星歌の口角もニッと上がっていた。

 その兄──モノホン王子は、今は二階の事務所で帳簿つけや発注などの事務作業を行っているという。


 星歌は気付いた。

 朝方、モノホン王子に対して抱いたトキメキは不思議なことにきれいに消えていることに。


「兄さんはすごいパン職人なんだ。パリで賞をとったこともあって……僕も専門出てから大きなパン屋で修行させてもらったんだけど、なかなか兄さんみたいには……」


 大きかった声が徐々に小さく掠れたものになって翔太は一瞬、口を噤んだ。



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