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星降る世界で君にキス  作者: コダーマ


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はげしく揺れる(3)

 可愛い女子高生たちは遠慮する様子もなく義弟の腕や背をベタベタ触っている。


「これはこれは、行……ユッキーはどうやらナメられているようですねぇ…………あれ?」


 ズシリ──。

 突然。石でも飲んだかのように、胃に重いモノが。


「アレアレ?」


 胸を押さえ、ゆっくりと擦ってみる。


「……そういや、お腹がへってるかな」


 自分を納得させるかのようにそう呟くも、目元が引きつっているのが分かった。

 女の子たちに囲まれた行人が向こうをむいていて、その表情が見えないことが妙に気にかかる。

 一瞬うつむき義弟の方を見ないようにしてから、思い切って顔をあげる。

 その瞬間、星歌は店の隅に自分と同じ表情を見つけ驚愕した。


 濡れたような視線。

 睫毛を震わせ、半眼をとじて。

 その視線は行人の後頭部に注がれているではないか。

 潤んだ瞳、頬は花びらのように色づいていて、すぼめられた口元は切なさをかもしだしている。


 その表情に、星歌の重い胃はピクリと痙攣した。


 ──この子、行人のことを?


 そう悟った瞬間、濡れた目がパチパチとまたたき、こちらに向けられた。

 スラリと背の高い身体にはみんなと同じ白いセーターとプリーツスカートをまとっており、生徒のひとりであることはうかがえる。

 その薄茶の長い髪には見覚えがあった。


「あっ!」


 意外と明るい声。

 その声は星歌には聞き覚えがあるものであった。


「さ、さっきはごめんなさい」


 身を縮めるようにして俯いたのは、朝方、店の横ですっ転んでいた女子高生だ。

 よく見ればスカートの尻のところが土に汚れている。


 なんとなく朝とは雰囲気が違って見えたのは、彼女の表情が幾分沈んだように見えるからだろうか。

 みんなと一緒に行人に絡むこともせず、所在なさげにひとりで立っているのも気になった。


「い、いや、そんな……そっちこそ、いやこっちこそ……ウグッ」


 さっきはごめんなさいと言われた翔太が「ウグッ」と唸って、肘で星歌の脇腹をつつく。


 保護者から訴えられるかも、なんて心配していたくらいだから、彼女にどのように返事をしたものか困惑しているのかもしれない。

 結局、戸惑いからくる翔太の攻撃の矛先も星歌を向いたようだった。


「い、いいかげんにしろよな。お前んとこの生徒、パンも買わずに大勢でいすわられちゃ迷惑なんだよ」


「わ、私の生徒じゃないし。私は関係ないし」


 唇を尖らせる星歌。

 しかし、もっともな理屈だ。


 新装開店の狭いパン屋。

その店内で、しかも昼時に客でもない者が居座っては営業妨害と言われても仕方がない。


 奥の調理スペースに通じる扉についた小窓からも、モノホン王子が心配そうにこちらを見ているではないか。

 だからと言って、両手をパンパン叩いて「買わないんなら出てってちょうだい」と仕切る勇気も、星歌にはない。


 要は若くて元気なJK──しかも集団──が怖いのである。

 だから、彼女はズルイことを考えた。


「ねえ、大丈夫? ホッペが赤いよ?」


「えっ?」


 ひとり離れたところに立つ背の高い女子高生の元へ駆け寄ったのだ。

 大袈裟なくらい大きな声をだして。


「奥で休んだらいいよ。こっちこっち」


 きっと心配そうな声に聞こえるに違いない。


「あの……」


 現に目の前の女子高生は戸惑ったように首を振って、小さな声で「大丈夫です」と繰り返している。

 JKに取り囲まれていた行人は、このちょっとした騒ぎにこちらを振り向くだろう。


 自分が困っていることにきっと気付く。

 行人のことだ。そうしたら、彼女らを追い返し「姉ちゃん、ごめんね。大丈夫?」と駆け寄ってきてくれるに違いない。

 なぜなら義弟は、生徒よりも義姉である自分のことを大切に思っているはずだから。


 不器用な星歌であったが、女である。

 これくらいの計算は簡単にできた。

 教師に想いをよせる女子高生を利用するなんて、ワケないのだ。


 声色を変えて彼女の頬に手を伸ばす。

 ふと、その指先が止まった。


「アレ、照れてるのかと思ったけど、ホントに顔色悪いよ? 大丈夫? 具合悪いとかじゃ……」


 てっきり行人を見て顔を赤らめているのかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。


 そうなると、胸に去来するのは罪悪感だ。


「だ、大丈夫ですから……」


 茶色の長い髪が頬にかかり、その隙間から沈んだ表情が覗く。

 星歌は焦った。


「いいってば。遠慮はいらないから休んでいきなよ。調子悪いんでしょ。それか、心配事があるの? ごめん、熱ない? おでこ触るよ?」


 再び動きだした星歌の手。

 その指先がそろりと彼女の額に触れる一瞬前。

 手首をグイとつかまれた。


「痛っ……」


 強引に引き戻される。

 行人であった。

 星歌の思惑どおり、生徒たちのもとからこちらへ駆け寄ってきてくれたのだ。


「行人、痛いよ」


 優越感から、苦情の声は甘く響いたに違いない。


 しかし、その言葉は途中で空しく掻き消えた。

 行人が、つかんでいた星歌の手を振り払ったのだ。

 そしてその手は星歌の目の前の薄茶の髪に伸ばされる。


石野谷いしのや、大丈夫だったか?」


「うん、先生……」


 至近距離で見つめ合うふたり。


「あのぅ……」と振り絞った星歌のか細い声など、ふたりの耳に届く前に消えてしまったようだ。


「学校に戻ろうか」


 石野谷と呼ばれた生徒は、コクリと頷く。

 JKらに一声かけると、行人は守るように背の高い女子生徒の傍らに立ち、店を出て行った。


「あの、ゆきと……」


 未練がましく伸ばされた星歌の手は空しく空をつかむ。

 その目の前で、扉が派手な音を立てて閉まった。


 ──あっ、ヤバイ。


 星歌は鼻をすすった。

 突然、目の前が霞んだのだ。

 手で覆うより先に、ポトリ──瞳から大粒の雫が一粒。零れ落ちる。


 行人は教師である。

 義姉より生徒を優先することは、時としてあろう。それは仕方がないと思う。


 ──ポトリ。

 ふたつめの雫。


 ──行人、さっきは私も方を一回も見なかったな……。

 あのとき、行人の眼中にあったのは石野谷という生徒の姿だけ。

 すぐ目の前でそんな姿を見せられたのだ。


 溢れそうな三つめの雫を、星歌は拳でグイと拭った。


「だ、大丈夫か?」


 明らかに狼狽えている翔太に対して反射的に笑顔を向けて、ノロノロとレジへ戻る。

 ひどく身体が重く感じられた。

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