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全土放送

 アルカディア歴1834年11月30日

 クレイモス王国王都エルデヘリア


 クレイモス王フレベルの甥マクシミリアンはあまりの急展開にわけが分からなくなっていた。

 まず国境の戦場にあるフレベル王から書状が届いたのが最初だ。

 そこにはエレノア・ウィンデアが戻ったこと。彼女が神々と会ったこと。そして、これよりクレイモス王国は彼女の支配下に入ることが書かれていた。


 これだけでも、すでにわけが分からない。


 すぐに次の書状が届いた。そこには侵攻してきたフレア教王国軍と、かの国の聖騎士団もエレノアの支配下に入ったことが書かれていた。


 さらに次の書状ではゴブリンやオーガーが真の姿に戻り、ドワーフとトロル族となってエレノアの帝国クローディウム帝国民となったことが書かれていた。大陸中からゴブリン、オーク、オーガー、コボルトが集まってきていること。


 もはやこの辺りに来ると完全に理解の範疇を越えていた。


「ともかく、当面の危機は回避できたということではないでしょうか?」

 クレイモス王国宰相ジェリル・バールが言った。聡明なフレベル王の影に隠れて、いまひとつ目立たない宰相である。


「そもそも、王国そのものが無くなってしまうのではないか? エレノア殿の帝国に呑み込まれて」

 次期王を約束されていたマクシミリアンには、そこが面白くなかった。


「いや、そうではありますまい。三王国の上に帝国があるという構想を抱いているのではないのでしょうか。エレノア殿は」


「だが、結局は、エレノア殿の家臣になる。それで王だと言われてもな」

 マクシミリアンはエレノアに好意を抱いているし、女性蔑視の意識などもない。それでも自分よりも若い女性に上に立たれるのは、どうも気が進まない。


 そんなところにフレベルが戻ってきた。

 最後の書状が届いてから、半日と経っていない。

 ずいぶん早い、と思った。高齢の行軍である。最後の書状を出したすぐ後に砦を立ったとしても、10日は遅れそうなものだが。


 マクシミリアンは抗議したい気持ちで、フレベルを出迎えた。そして驚いた。

 フレベルは巨人の肩に乗っていたのだ。


「おう、マクシミリアン。よくぞ留守を守ってくれた」

 上から届く声は出立以前よりも若々しく、元気だった。巨人に抱えられて降りてくる。


「ありがとう。グレイン殿。ずいぶん楽であった」

 フレベルが巨人に言った。


「いえいえ、おやすいごようですよ」

 巨人が穏やかに言った。


 見ると巨人は他にも何人かいる。おまけに巨人だけではない。宙に浮く、小人。それに小柄で耳の尖った者たち。やはり小柄で筋肉質な老人たち。

 もちろん、クレイモスの騎士や兵士たちもいる。


「それにエルフの方々のおかげでもある。あなた方の魔法のおかげで、とても短い旅で済んだ。感謝いたしますぞ」


「当然です。エルフは五種族中、もっとも美しく、もっとも有能な種族ですからね」

 エルフのひとりがエッヘン、と胸を張る。


「そう。私はエルフに生まれて本当に良かった。エルフは最高です。このように美形だし。頭も良いですからね」


「それに長寿」


「もちろん、素晴らしい魔法の数々を使えることは言うまでもありません」


 エルフたちが面白いほどに調子に乗る。

 フレベルはそんなエルフたちをさらに褒めていい気分にさせておいた。


「陛下。いくら陛下でも勝手が過ぎるのではないでしょうか? 何の相談もなく、エレノア殿の支配を受け入れるなど。国民に申しわけないと思わないのですか」

 気を取り直してマクシミリアンはフレベルに詰め寄った。

「代々のクレイモス王にも面目が立ちませんよ」

 なにしろマクシミリアンは思ったことを口にする表裏のない男。おかげで言葉にも容赦がない。


「まあ、そう言うな。遅かれ早かれだと思うぞ。それならば、私の代で決断をしておいた方がよかろう」


「遅かれ早かれ……」


 その時だった。

 空から大音響が降ってきた。

 エレノアの声だ。


 見ると、空をキャンバスに巨大なエレノアが映った。宝石をちりばめた見たこともないほどに豪華な椅子に座っている。なにか、驚いた様子で何者かと話している。


 マクシミリアンは口をポカンと開けて、空に描かれたエレノアを見上げる。


 すると、いきなりその視線が鋭くなった。まるでマクシミリアンを睨むように。

 エレノアの体を白い光が炎のように揺蕩たゆたっている。


 そしてエレノアは語りだした。

 この世界の歴史を。光と闇の神のバランスについてを。そして自分がクローディウム帝国を建国した旨を。

 エレノアが話している最中、マクシミリアンは片時も彼女から目を離すことができなかった。

 惹きつけられる。強く惹きつけられるのだ。以前の彼女とは存在そのものが違うような、圧倒的なカリスマ性を感じた。


 最後にエレノアははっきりと宣言した。自分がこの大陸の三王国を支配下に置くことを。


 マクシミリアンは知らずに震えていた。寒いわけではない。逆だ。

 体中になにか熱いものがこみあげて、体を振るわせるのだ。


 次の瞬間、空のエレノアが光に変わった。光が降りそそぐ。まるで太陽がもう一つ生まれたかのようだった。


 マクシミリアンの意識は一瞬、なにか大きなものに飲み込まれた。そう、魂が帰る場所のような。自分がそこから来て、そこへ戻る場所。

 すぐにそれは覚める。

 光は無くなっていて、空のエレノアも消えていた。


「エレノア……陛下」

 マクシミリアンの口から、自然にそんな言葉がこぼれた。



 アルカディア歴1834年11月30日

 フレア教王国ダリア子爵領ロアー



 この日、ジョージ・バゼルは朝から不機嫌だった。相変わらず孤児院の子供たちは我がままで、どうしようもなく不敬。少し見どころがあると思えば、いつの間にか孤児院からいなくなってしまう。

 彼は孤児院から優秀な聖職者を何人も輩出しようと考えているが、未だにその野望は叶っていない。

 この日、不機嫌だったのも、昨夜、14歳のロミナが孤児院からいなくなったためだ。


 ロミナはジョージのお気に入りだった。

 神学もよく学んでいたし。聖歌も惚れ惚れするほど良い歌声で唄った。

 そしてなにより美しかった。

 将来、聖職者とならずとも、自分の手元においておきたいと考えていた。


 それがあっさりといなくなってしまったのだ。なんという忘恩。なんという考え無し。

 不機嫌にもなろうというものである。


 ジョージがなによりも耐えがたいのは、『聖女』で大神官でもあるエルシュニーアを育てたのが、前院長マリア・エフィールだということだった。

 ジョージはこの孤児院の院長に就任した当時思ったものだ。なんという、下品で不道徳な孤児院だと。

 前院長のせいで、子供たちの教育レベルは最低で、年長者たちは礼儀もなにもなかった。


 ジョージは彼らの心根をあらためるために奮闘した。朝4時に起きて礼拝堂を掃除させ、朝食前に聖歌の練習をさせ、朝食後は神学を学ばせた。少しでも気を緩めたものには容赦なく鞭で打った。食事も抜きにした。裸で立たせることもあった。


 生意気な年長者たちは次々と孤児院から居なくなっていった。年長者で残り続けていたのはアンナという少女で、彼女もかなり生意気なところはあったが、働き者だし、美しくもあった。なにより、彼女は罰を与えても決してへこたれなかった。不屈の精神でジョージに立ち向かってきた。


 ジョージはアンナに期待した。彼女ならば素晴らしい聖職者になれるだろう、と。

 ある日、5歳の男の子がこともあろうに礼拝堂で粗相をした。それも夕食前の礼拝中に。

 ジョージは怒り、鞭打ちの上に、明日一日は食事を抜くことを決めた。


「待ってください。院長。カイルはまだ5歳なんですよ。しょうがないんです」

 アンナは反抗的だった。


 ジョージの怒りはあまりにも大きく、アンナを殴った。手が痛くなるほど殴った。

 その後、倒れたアンナのスカートから伸びた足が妙に気になり、ジョージは気まずい気分でその場を後にした。


 夜、眠る際にはアンナはもう少しで孤児院を出なくてはならない年齢だが、職員として部下として、おいておいてやろうと考えていた。


 ところが、である。翌朝、なんと、孤児たちは誰もいなくなっていた。全員がである。

 ジョージの執務室には手紙があった。

 アンナからの手紙だ。

 もうこの孤児院にはいたくないこと。全員で孤児院から抜けること。


 ジョージは怒りのまま街へ出て彼女を探した。すると、孤児たちが夜のうちに街を出ていったことが分かった。アンナはあらかじめ馬車を3台も用意していたらしい。

 もちろん、御者付きで。


 どこにそんな金があったのか?

 さては私の目を盗んで売春婦の真似事をして稼いでいたに違いない。


 まあいい、とジョージは思った。

 孤児などいくらでも集まる。前院長マリア・エフィールの負の遺産は厄介払いできたし、次はしっかりと教育していこう

 

 その後、アンナと孤児たちがどうなったのかジョージは知らない。恐らくどこか野垂れ死んだか、仮に生きていても浮浪者か犯罪者となっているに違いない。


 朝食後、孤児たちに神学の授業をして、その後、雑務をさせる。ここ10年でジョージは厳しくし過ぎては逆効果だと分かったので、規則違反をしてもあまり大きな罰は与えなかった。


 孤児たちが雑務している間にジョージは礼拝堂で祈り続けた。

 壁に飾られた二重正円のレリーフの下でひざまづき目を閉じて、ひたすらに祈る。

 世界の平和。人々の心の安寧。そして邪教徒どもへの天罰を。


 ジョージは邪教徒にひと際強い嫌悪感を持っている。邪神をあろうことか、フレア様と同格にあがめるなど。

 そのため、フレア教王が邪教の国クレイモスへと侵攻すると聞いたときは、感動したものである。ぜひ、自分も義勇軍に入りたかった。


 だが、さすがにそれは自重した。

 孤児たちを放り出していくわけにはいかないし、年も年である。

 自分の代わりに同胞たちが邪教徒どもを皆殺しにしてくれることを願った。


 ジョージが祈っていると、ふいに、空から女性の声が響いた。

 大きな声だ。


 ついに私にもフレア様の神託が……。


 声は何者かと話しているようだった。

 それにしても、なんと美しい声か。耳から優しく入り、心をすっと撫でていくような声。


 そこにバタン、と乱暴にドアが開いた。


「院長。大変です。空に……」

 10歳のバザックである。


「なんですか。騒々しい。礼拝堂では大きな音を立ててはいけないと言っているでしょう」

 ジョージは怒り顔で振り返った。赤子の頃から育てており、一番なついているバザックでなければ、罰を与えていたところである。


「すみません。でも、空に女の人が映ってるんです。それにこの声も」


 どうやら神託は自分ひとりに下されたのではないらしい。ジョージは少し白けた気分で、外の様子を確かめようと礼拝堂を出た。


「なんだ、あれは」

 驚いた。空に巨大な絵が描かれている。美しい女性だ。あれこそフレア神の御姿ではないか、とジョージは思わずひざまづきそうになった。

 女性は炎のように白い光を身にまとっている。


 しかし、女性の話を聞くうちに、彼女がフレア神どころか邪神の手先だとわかった。

彼女の話す内容ときたら、邪悪そのもの。

 光の神フレア様と邪神を同格に扱っており、なおかつフレア教を間違った教えだと糾弾していた。そのせいで加護技スキルを失う者が増えているなどと言い、あげくの果ては、この地が人の住めぬ場所になるなどと。


 女性はエレノア・ウィンデアであると名乗った(同時にウィンデの姓を捨てたことも話した)。ジョージもエレノアの英雄譚えいゆうたんは知っている。その英雄譚えいゆうたんにはこの孤児院の出身者で『聖女』エルシュニーアの兄クロウも出てきた。それもジョージには腹立たしい点である。闇を使うなど、なんと邪悪な。


 孤児たちは誰もが空を見上げている。10代半ばに達する年長者も、まだよちよち歩きの年少者も。


 あとで、しっかりと言い聞かせねば。

 あれは邪神の手先であると。


 邪悪なるエレノアは皇帝を名乗った。自分がこの大陸の支配者になり、フレア教を駆逐し、邪教を広めて見せると。


 なんという邪悪な女か。


 ようやく話が終わった、と思ったその時だった。

 空のエレノアが光に変わった。

 強い白色の光が降りそそぐ。

 その光はあまりにも強く、世界そのものが白色に溶けていった。


 光はジョージの意識を呑み込む。


 白い世界。なにか温かく心安らぐ世界にジョージは立っていた。

 意識が朦朧としていて、自分が何者なのか、どんどんおぼろげになっていく。

 恐らくこれこそが神の御許みもとなのだろう、と思った。


 ああ、私は死んだのだな。 


 この光こそがフレア神そのものなのだと分かった。自分たちの魂はここから生まれ、この場へと戻り、形を変えてまた出ていく。


 ジョージが自身の存在を完全に忘れ去ろうという、その時。


 ふいに、影があられた。ひとつ、ふたつ、みっつ。小さな黒い影。見ると自分も影となっていた。

 消え去ろうとしていた記憶がよみがえる。自分がジョージ・バゼルであることを思い出す。


 ああ、そうか、と気づいた。

 光と闇は二つで一つ。


 ジョージは自分が人生を捧げてきたフレア教が間違ったものであることを理解した。

 そして、周囲にいる小さな人影が、孤児院の子供たちだろうことが分かった。


 神々よ。どうか、お願いです。彼らはまだ、人としての生を始めたばかりの者たちです。どうか、今しばらく、猶予を与えてください。

 一心に、そう願った。


 すると、まばゆい光の世界は突然消えて、良く知る礼拝堂の前の庭先に立っていた。

 空にはもうエレノアの姿はなかった。


「院長。どうしたんですか?」

 バザックが心配顔で見上げていた。


 ジョージは自分が泣いていることに気が付いた。そのまま嗚咽をあげて、バザックを抱きしめた。

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