黄金都市
アルカディア歴1834年11月29日
クレイモス王国軍西方国境ラバスト砦
フレベル王がラバスト砦を立ったのはその日の午後一番である。その間にも、ゴブリンやオーガーが続々とやってきては、クローディウム王国に合流していった。
エレノアは大忙しである。
アルベルトはアルベルトで、自分が率いていく別同部隊の編成の指揮を取らねばならず忙しかった。
ただ、エルフが合流したことでかなり物事がスムーズに進んだ。
ルヴァーシが言ったように、エルフは遠距離で会話をする魔法を持っている。
他の種族同様にエレノアに忠誠を誓ってくれたので、彼女の命で軍の幹部たちの側近としてついてもらった。
確認事項などがある際や、全体連絡など、エルフの魔法で簡単に行える。実に便利だった。
ただ、きちんと感謝したり褒めてあげなくては、すぐに拗ねてしまうのが玉に傷ではあるが。
「エルフというのはとにかくプライドが高く被害妄想が強いのです。使うのではなく頼るという姿勢で接すると良いでしょう」とルヴァーシから教えられていたため、諸将は彼らと上手くやることができた。
「あと、エルフはなんというかロマンティックな種族なので、やたらと色恋沙汰を起こします。なにか訳の分からないことを言ってくるかもしれませんが、あまり気にしないように」
一方、レプラコーンについてはあまり注意点はないらしかった。
「彼らは見かけは子供ですが、もっとも成熟しています。穏やかだし、働き者で、頭も良い。話し相手としても、仕事相手としてもとても頼りになりますよ」
レプラコーンは裁縫や細工物など細かい仕事が得意とのこと。どの種族とも友好関係を築き、共棲することが多いのだという。
身長は30センチほど。成人の容姿はヒューマンの10歳前後に似ている。寿命は30年ほどで、5歳で成人となる。
ちなみに蘇った他人族たちは、全員、変身魔法が使えるらしい。
「まあ、肉体強化魔法の応用のようなものですので難しくはありませんよ。我々の時代では、ヒューマンの子供も使えていましたから」とトロルのルヴァーシが言っていた。
「アルカディア王国時代では、定期的に他種族婚ブームがやってきていましたよ」
エレノアは各種族からひとりずつ側近を迎えた。なにしろ、ヒューマン以外の四種族についてはエレノアも無知である。上に立つ者として、一刻も早く彼らのことを知らなくてはならないのだ。
トロルからはルヴァーシが側近になった。彼は参謀として非常に得難い存在で、エレノアはすでに頼りにしていた。
聖騎士たちはアルベルトと同行したが、ひとりだけエレノアの側近として残った。
『エウリュア流槍術』の使い手の女聖騎士リーナである。明るい水色の髪を肩のところで切りそろえており、スラリとしていて背が高い女性だ。
聖騎士たちは皆エレノアに心酔しきっているが、中でもリーナはそれがいっそう強かった。
「ああ、エレノア陛下は椅子に座っていてもお美しい。神々しい」などとうっとりしている。
「陛下の想い人の男性は、どのような方なのですか?」
エルフの側近のシンフォニアがロマンを求めてそんなことを聞くと、リーナはキッと彼女を睨む。
「シンフォニア殿、なんというぶしつけなことを聞くのです」
「だって気になるじゃないですか。陛下のような完全無欠の美女の心を射止めるなんて。どれほどの殿方なのかって」
シンフォニアが言った。薄い緑色の髪の女性で、エルフらしく美形で小柄、そして痩せている。
「リーナは気にならないの?」
「もちろん、気になりません。なにしろ、エレノア陛下と吊り合う殿方です。それこそ、完全無欠。強く、賢く、そして美しいのでしょう」
リーナが言った。
クスっとエレノアは笑った。
「そうですわね。クローディアスさんはわたくしの知る中で、もっとも強く、賢い方でしたわ。美しいかどうかは個人の審美眼によるところもありますけれど。わたくしは一日中、彼を眺めていてもまったく飽きませんわ。それにユーモラスで。穏やかで。頼りにもなりますし。声も低すぎず、高すぎず、素敵ですの。クローディアスさんに愛を囁かれるだけで、わたくしはもう頭がクラクラとしてしまいますの。あと、クローディアスさんは誰よりも、そうこれは絶対に誰よりも、お優しいのですわ。わたくしは思いますの。真の男らしさとは勇ましさではなく優しさなのだと。ああ、そうですわ。気高くもありましてよ。わたくしは公爵令嬢でしたから、上流階級の殿方にお目にかかることは多かったのですけれど。その誰よりも、クローディアスさんは気高い人でしたわ」
それからエレノアは、クローディアスがいかに強かったか。いかに優しかったか。延々と語った。のろけ続けた。
これにはロマンス好きのエルフ、シンフォニアも圧倒された。
逆にリーナの方はさすがはエレノア陛下の想い人と、目を輝かせて聞いていた。
ドワーフの側近はジェロリンという男性で、やはりといおうか老ドワーフである。彼はいかにもドワーフという感じで、細かいことはあまり気にしない、大雑把な性格であった。
「だがなあ、陛下よ。今は恋焦がれているからそんな風に美化しているが、一緒に暮らして3年も経てば、悪いところばかり目につくものですぞ」
エレノアののろけをバッサリと切って捨てる。
「そんなことはありませんわよ。クローディアスさんに悪いところなどありませんもの」
「そんなことを言いなさって。浮気されても知りませんぞ」
「クローディアスさんは浮気などいたしません。わたくし以外の女性を愛することなど、万に一つもありませんわ」
エレノアは当然のことのように言った。
「まあ、浮気しゅる男は浮気しゅるし。浮気しない男はしないでしゅよ」と言うのはレプラコーンのエッズという女性。
子供を小さくしたような見た目だが、年齢は20歳。エレノアより年上である。レプラコーンで20歳といえば、中年である。
「もちろん、クローディアスさんは浮気をしない男性ですわ。これは間違いありません。もう、確実ですわ」
エレナアは胸を張って言った。クローディアスへの信頼は絶大である。
「だとよいですがの」
ドワーフのジェロリンが少し心配そうな顔で言った。
◇
アルカディア歴1834年11月30日
エレノアがラバスト砦を立ったのは、翌日、早朝。
昨夜も結局、エレノアは3時間程度しか寝ていない。なにしろ、深夜まで、ゴブリンやオーク、オーガ、コボルトの来訪があったのだ。
ただ、3時間でもまったく寝不足という感じがしなかった。むしろ眠らなくても平気なくらいだ。
ヒューマンの兵士は大半はアルベルトが率いることになるため、砦に残った。
エレノアが率いていくのはヒューマン以外の四人族。昨日、次から次へとやってきてはエレノアによって魂を解放されたため、その人数が一気に増えた。
ドワーフが千5百人。トロルが5百人。エルフが千人。レプラコーンはなんと3千人。
「あまり四人族を解放しては、闇の神の力が弱まるのではありませんか?」とルーンが心配していたが、それにトロルのルヴァーシが大丈夫でしょう、と太鼓判を押す。
「なにしろ、神々が陛下の元へ行くようにお導きになったのですから」
もっともな話である。
四人族を解放することで闇の神シャドーの力が弱まるのならば、彼らをエレノアの元へ寄こすわけがない。
「当時は我々もフレア教に染まっておりましたからね。毎日のようにフレア教を称える放送がされていましたし」
ルヴァーシの言うには、魔法で映像を伝える放送技術が発達しており、フレア教の布教がそれらを使ってされていたという。
やはりアルカディア最後の王ロキシスの王妃がフレア教とだったことが大きいのだろう。
エレノアたちは全員徒歩である。なにしろ馬が足りない。
本来ならば、エレノアの目指すゴルディ湖はラバスト砦から徒歩で二週間はかかる。だが、ルヴァーシの言った通り、エルフが役に立ってくれる。
「渓谷にゲートがありますから。そこを通れば、半日程度で到着しますよ」とエルフのシンフォニア。
ゲートとは遠方と遠方をつなぐ、近道のようなものらしい。アルカディア帝国時代は大陸の各地にそれがあり、遠い距離を自由に行き来していたとのこと。
「ゲートを使用できるのは我らエルフ族だけなのです」
エッヘン、と薄い胸を張ってシンフォニアが言った。
「それは一度に大勢入れますの?」
「はい、大丈夫ですよ。私たちの時代では、開きっぱなしにして、ぞろぞろ入っていったものです」
「そうなのですね。では、それを使わせていただきましょう」
エレノアが先頭に立ち軍を進める。彼女も徒歩だ。エレノアは馬車を勧められたが断った。彼女が次に馬車に乗る時、それは御者台。クローディアスと隣り合って座ると決めているのだ。
トロルのルヴァーシなどは実にゆったりと歩いていた。なにしろ一歩一歩が大きすぎる。
反対にドワーフは忙しなく歩いている。
こちららは歩幅が短いので、ほとんど走るように歩かなくては置いていかれてしまう。
「まあ、儂らは鍛えておりますからな。まったく問題ありませんぞ」とドワーフの側近ジェロリンは笑った。
もっとも小さいレプラコーンは常に魔法で宙に浮かんでおり、滑るように移動している。念動魔法が得意らしい。
ただ、蘇った四人族は、さすがアルカディア時代の記憶を持っているだけあり、他の人族との行軍も慣れたもの。移動は予想よりも整然としていた。
「陛下、こちらです」
エルフの側近シンフォニアが渓谷の途中で足を止めた。
「さっそくゲートを開きますね」
そそり立つ岸壁の片側に向かう。
エレノアの目には特に目印があるようには見えなかった。ありふれた岸壁である。
シンフォニアが岸壁の前に立ち、そっと岩に手を置いた。
ゴニョゴニョとなにやらつぶやいている。
呪文というより歌のような感じだった。エレノアには彼女がなんと言っているのか聞き取れなかった。
「門よ、開け」
最後にシンフォニアが言って、パッと両手を広げた。
すると、緑色の閃光が起こった。閃光はすぐに弱まり、岸壁に10メートルの半円を描く。やがて緑色に輝く光の扉が現れた。
「はい、開きました。では、行きましょう」
行って、シンフォニアは緑色光の半円に入っていってしまう。彼女の体は、するりと光に呑み込まれた。
「入れば良いのですわね」
エレノアは後ろのルヴァーシを見る。
「はい、ただ進めば良いだけです。簡単ですよ」
巨人の言葉にエレノアは覚悟を決め、光の半円に向かった。そっと手を伸ばすと、確かに緑色の光の中に、なんの感触もなく入っていく。
エレノアは一気に飛び込んだ。
視界が緑色に染まったのは一瞬。
すぐに光は晴れて、目の前には薄暗い森が広がっていた。
「すっかり荒れちゃいましたね。やっぱりエルフがいないとダメですよね」
シンフォニアがそんなことを言った。
振り返ると、背後には高い岸壁がそそり立っていた。そこに緑色光の半円がある。側近の者たちが次々とそこから現れた。
邪魔にならないように少し離れる。
エレノアは指輪から地図を出した。
「ここはどの辺りなのですか?」
「ゴルディーヘルムの近くですよ。ゴルディーヘルムはここから北へ1時間くらいですね」
「大助かりですわ。さすがはシンフォニアさん。エルフの魔法は本当に素晴らしいですわね」
エレノアの言葉にシンフォニアが嬉しそうな顔になった。
「私たちエルフはとても有能な種族ですからねえ。五種族でもっとも美しく、もっとも優秀。それがエルフなのですよ」
オホホホ、と妙な笑い方をする。
「エルフはすぐに調子に乗りますから気を付けてくだしゃいね。それで失敗しゅるのでしゅ」
レプラコーンのエッズが言った。彼女の体は浮いており、エレノアの胸元辺りに頭がある。
「そうなんだよ。エルフって連中は走れば転ぶような奴らだからなあ」
ドワーフのジェロリンが言った。
「悪気はないんだが、面倒くさい連中なんじゃよ」
ゲートを閉じる役目は後続のエルフに任せ、エレノアは先に進んだ。やはり、森の中、魔物も現れるが大軍の前に尻尾を巻いて逃げ出してしまう。
やがて木々が途切れ、森の外へと出る。
眼前に広い湖が広がっていた。太陽の光を反射して鏡のように輝いている。
「これがゴルディ湖。この下にアルカディア王国の王都が眠っているのですわね」
エレノアは広大な湖を見渡して言った。
「大雨。そして大河の氾濫。当時、アルカディア王国はなんとか王都が沈まぬように試行錯誤をしました。それでも、雨はあまりにも長く激しく降り続き、このように広大な湖の底に沈んでしまったのです」
ルヴァーシが過去に想いを馳せるように言った。当時、彼は若手の文官だったそうだ。
「さあ、陛下。どうぞ、黄金都市ゴルディーヘルムの復活を」
シンフォニアが両手の指を結んで言った。
「私にとって、青春時代を過ごした思い出深い場所なんです」
シンフォニアの言葉に、他の者たちも一斉に祈るような目をエレノアに向ける。
ヒューマンとレプラコーン以外の三種族は長寿である。黄金都市が水没するところに居合わせた者も多いのだ。
「そうですわね。ともかく、神々にお願いをしてみますわね」
エレノアとしても他に方法も考えつかない。もし、黄金都市を水没させたのが神々の怒り故ならば、神々のために働くエレノアの願いを聞いてくれるはずである。
エレノアは湖の上を歩いた。
神々との邂逅以来、自在に体を浮かせることができるようになった。さらに、このように水の上に立つこともできる。
エレノアは浮くのではなく水面を歩いた。レプラコーンたちだけがエレノアの後に続いて飛んでくる。
水の中には魚影がチラチラと見える。エレノアはかつて、クローディアスと水中を散歩したことを思い出して懐かしい気持ちになった。
そうですわ。わたくしは前に進まなくてはなりませんものね。
決意を新たにして、湖の上を歩き、中央付近へ到着。
目を閉じた。深呼吸をして心を落ち着ける。
「光の神フレア様、闇の神シャドー様。どうか、かつての黄金都市を蘇らせてください。わたくしが築くクローディウム帝国の帝都にしたいのです」
エレノアは目を開くと両手を天に向かって掲げた。
「どうか、神々よ。わたくしに御力添えをお願い致します」
次の瞬間、強烈な光が世界に広がった。
視界は白く染まり、すべてが溶けていくように感じられる。同時になにか温かいものに包まれたような感覚を覚える。
神々の世界だ。
周囲には小さな黒いシルエットがいくつもある。レプラコーンたち。振り返れば、遠くにいくつもの人影が見えた。
ふいに、足元に青い巨大な蛇のようなものが見えた。それはあまりにも巨大過ぎて、大陸そのものに見えた。
よく見ると青い蛇は水で出来ているようだった。
水神ウォルティ。
フレア神がそう言った。
そして、水神に命じよ、と。
「水神ウォルティ。光の神と闇の神のため、わたくしに御力をお貸しくださいませ」
「承知した」
凛とした女性の声が響いた。
ふっ、と世界が戻る。
形が戻り、色彩が戻る。
依然、エレノアはゴルディ湖の水面に立っていた。レプラコーンたちが夢見るような顔でエレノアを見ている。
突然、エレノアは水の中に落ちた。なにが起こったかわからず、水の中を泳ぐ。エレノアは水の中でも呼吸ができるようになっているので、慌てることはなかったが、状況が理解できない。
見れば、レプラコーンたちも水の中に落ちており、顔の周りに丸い大きな空気の球を作っている。
下を見たエレノアは驚いて目を見開いた。
遥か下に光があったのだ。
そして気が付いた。水の中に沈んでいるとばかり思っていたが、そうではない。
エレノアは動いていない。
動いているのは水だ。
湖の大量の水が浮き上がっていくのだ。
魚たちは構わずに泳いでいる。彼らはエレノアたちと違って、水ごと運ばれているようだ。
やがて、唐突に水が終わった。エレノアは空を見上げる。青い球体が空へ空へ上っていくのが見えた。
「なんという幻想的光景でしゅか」
側近のレプラコーン、エッズが言った。
巨大な水球はどこまでも高く高く昇っていき、小さくなった。
そして、足元には。
黄金の街があった。
「黄金都市ゴルディーヘルムでしゅ。実際に黄金なわけではないでしゅよ。街の外からだと黄金に見えるだけでしゅ」
もともと盆地にあったらしく椀の底のような地形。そこに三方向から川が流れ込んでいる。
黄金の建物はどれも巨大。ひとつがひとつが城のように見えた。それが互いにつながりあっている。空中回廊や空中庭園。数10メートルはあろう高い塔。
エフィレイア、ルゼス、クレイモス、三王国の王都を見てきたエレノアだったが、黄金都市ゴルディーヘルムはその三つを合わせたよりもまだ広かった。
◇
黄金都市は、エッズの言った通り、高い外壁の中に入ると、建物も道も黄金色では無くなった。
それでも、この巨大な都市はどこもかしこもエレノアを圧倒した。
もちろん、他のヒューマンたちもである。
黄金都市が水没する前にも生きていた三種族の者たちは、懐かしさで感動していた。目に涙を貯めていたり、その場にひざまづいて、おいおいと泣く者もあった。
エレノアが向かったのは街の中央にあるひと際巨大な建物アルカディア王城である。
黄金城と呼ばれていたそうで、実際に、そこだけは本物の黄金で建てられているらしい。
「キンピカなお城なんて、まぶしくて住みにくそうですけれど」
エレノアの言葉に、エルフのシンフォニアが大丈夫です、と請け負った。
「キンピカなのは外側だけで、中は割と普通なんですから」
「そうですの? シンフォニアさんは入ったことがおありですのね」
「はい。私、ロキシス陛下の後宮に入っていましたから。3百番台の側室で、一度も、ご寵愛を頂けませんでしたけれど」
「そ、そうなんですの?」
「まあ、おかげで割りと自由にできましたけど」
「陛下。私は少し外しても構いませんか? いくつか確認しておきたい施設がありますので」とルヴァーシが言った。
「はい、よしなに」
ルヴァーシは他種族も何人か引きつれてどこかへ行ってしまった。
「皆様も、懐かしいでしょうし、しばらくご自由にしていただいて構いませんわよ」
だが、誰も軍の中から出ていかなかった。みんな、少しでもエレノアの近くにいたいのだ。
エレノアとしては数千人も引きつれて移動するより、もう少し身軽になりたかったのだが。
そのまま黄金城を目指して歩く。
水の底に眠っていたにも関わらず、街は綺麗だった。まるでアルカディア時代からそのまま現れたかのようだ。
道は広く、馬車が5台は並んで通れそうだ。石畳は隙間なく綺麗に張られ、街灯も等間隔に立っている。
ガラス張りの店。円筒形の建物もあり、彩りも豊かだ。建物はとにかくスケールが大きかった。体の大きなトロル族に配慮したせいだろう。
「黄金都市は魔力線の中心なのでしゅ」
エッズが言った。
「なんですの? 魔力線とは」
「魔力を伝える糸のようなものでしゅ。しょれが地中から大陸中に伸びていましゅ。それを使って、アルカディア時代はいろんな魔法が使われていました。しゃきほどのゲートも、魔力線から魔力を供給しゃれています。魔力が残っていて良かったでしゅ。ルヴァーシさんはたぶん、魔力を作る魔力炉を確認しに行ったんだと思いましゅよ。当時、この大陸は他の大陸を圧倒するほどの文明を誇っていたのでしゅ」
「それでも神々のお怒りの前にはなすすべもなかったのですわね」
「そうなのでしゅ。そもそもが、魔力炉の元となっているのが、初代アルカディア王が神々から貰った『約束の石』なのでしゅが、それは一つしかないでしゅし。動かすこともできないのでしゅ」
やがて黄金城へとついた。
光を受けてまばゆく輝く外壁。周囲は広々とした公園になっており、ぐるりと城の周りを深い堀が囲んでいる。
橋を渡り、閉ざされた城門の前にやってくる。やはり黄金。そして大きい。とてもではないが、開けられそうにない。
「これは我らが役目ですね」
言って、トロルが20人扉に取りついた。
ゆっくりと扉が開く。
「建物に関しては、トロルしゃんたちの担当なのでしゅ」
エッズが教えてくれた。
城内はシンフォニアの言っていた通り、黄金ではなかった。ただ、ただ、壮麗で豪華。それに不可思議だった。立っているだけで前へ運んでくれる絨毯や階段。通りかかると勝手につくシャンデリア。
突然、どこからか鳴り響く音楽。
「ところで、わたくしたちはどこへ向かっているのかしら?」
「それはもちろん、謁見の間ですわ。エレノア陛下に玉座について頂かなくてははじまりませんからね」
シンフォニアが言った。
「そうですの?」
「はい」
各所に自動階段や自動絨毯が設けられていたので、移動は楽な上に早かった。おまけに、どこもかしこも大きくだだっ広い。エレノアの後ろに数千人が続くのだが、まるで息苦しくない。
「ここですわ」
案内役のシンフォニアが足を止める。
目の前にはまたしても黄金の巨大な扉があった。やはりトロルが20人がかりで扉を開く。
エレノアは思わず、声をあげていた。
真っ赤な絨毯がまっすぐに伸びており、途中途中で数段の階段を経て、最奥の玉座へと続いている。
その距離は長く、千メートル近くありそうだ。さらに絨毯以外は色とりどりの水晶で造られている。天井は黒い水晶で造られており、まるで星がきらめくように、ところどころキラキラと輝いている。
「素晴らしいですわ」
あまりにも美しくて、こんな凡庸な感想しか出てこなかった。
「さあさあ、陛下。どうぞ、玉座へ」
シンフォニアがうながす。
エレノアは玉座へと向かって歩きだした。
ほかの者たちは途中で足を止め、ひざまづいた。エレノアはそれには気づかず、歩き続けた。
黄金の玉座。宝石で飾られており、この玉座ひとつでエフィレイア王国政府の数年分の予算が賄えそうな代物だった。
エレノアが座ると、玉座が縮み、彼女の体にピタリとあった。座り心地はとてもよく、ともすれば眠くなってしまいそう。
「これはとても気持ちが良いですわね」
その声が謁見の間に大音響として響き渡った。
「こ、これはこういうものなのですの?」
またしても大音響で響くエレノアの声。
いきなり空中に絵のようなものが現れた。ルヴァーシの顔が映っている。
「陛下。玉座に座られたのですね。おめでとうございます」
「皆様のおかげですわ。ところで、わたくしの声がものすごくうるさいのですけれど」
「ああ、全土放送になっていますね。今、エレノア様のお姿とお声は、大陸中の各所に投影されているはずですよ」
「な、なんですって。どうすれば?」
「玉座を操作する必要がありますね。そういった操作はドワーフの領分ですから、彼らに命じられると良いですよ。ですが、せっかくなので、このままクローディウム王国の建国宣言をしてはどうでしょう?」
建国宣言? いきなり?
さすがのエレノアも怯む。大陸中に。大陸に住まうフレア教徒に喧嘩をうることになるのだ。
だが、確かに、どこかでそれをしなくてはならない。避けては通れないのだ。
エレノアは目を閉じた。
落ち着け、落ち着け、と自身に命じる。
戦いを始めたのは自分自身の意志。
クローディアスのために、エレノアは戦い続ける。いつか彼と再会する日を夢見ながら。
ちょん、と頬をつつかれる。懐かしい匂い。
目を開けると影人形クロが肩に座っていた。エレノアはクロを肩から降ろして胸に抱いた。
勇気が。力が湧いてくる。
エレノアはまっすぐに宙を睨んだ。
その先にいる大陸中の人々を見つめる。
「わたくしはエレノア。かつてはエレノア・ウィンデアを名乗っていた者ですわ。わたくしはこの大陸の東の果てにて、光の神フレア様と闇の神シャドー様にお会いいたしました。この大陸は今、危機に瀕しています。ここ10数年で、加護技を突如失う者が増えています。それは始まりに過ぎません。遥か昔。わたくしたちの祖先がこの大陸にたどり着いたとき。この地はとても人の住むことのできない、不毛の大地でした。統一王国アルカディアの初代王と王妃は、この大陸を守護する光の神フレア様と闇の神シャドー様と契約を交わしました。彼ら二神を祭る代わりに、この地に住まわせていただけるようになったのです」
そこでエレノアは一度、呼吸を整えた。ここからはきっと宣戦布告のようなものになる。
さあ、戦いを始めますわよ。
エレノアは心の中でつぶやいた。
「けれど、時は流れ、アルカディア王国の末期。フレア教が生まれました。人々は死を恐れ、闇の神を邪悪なものと断じたのです。光の神フレア様のみを祭り、闇の神シャドー様を邪悪として忌み嫌いました。ついには、アルカディア王までがフレア教に改宗してしまったのです。神々は怒り、かつてアルカディアの王都だった黄金都市ゴルディーヘルムを水の底に沈めてしまいました。その後、最後のアルカディア王は亡くなり、神聖フレア教国が台頭します。これをよしとしない者たちが東へ逃れ、クレイモス王国を作ったのです」
エレノアはさらに説明を続けた。フレア教徒が増えたおかげで、神々の力のバランスが大きく狂い、この大陸が不毛の地に戻りかけたこと。だが、クレイモスの初代王ガリオンがヒューマン以外の四種族に闇の神を降ろしたおかげで、バランスは保たれたこと。それにより、他の四種族がゴブリンやオーク、オーガー、コボルトに姿を変えたこと。
やがて神聖フレア教国もエフィレイアとルゼスの二つの国に分裂したこと。
長い年月の末、かろうじて保たれていたバランスが限界にきていること。このままでは大陸は人の住めぬ大地に変わること。
「ゆえに。わたくしは神々に誓いました。大陸中の全ての者たちに再び、光の神フレア様と闇の神シャドー様を等しくあがめさせると。真の教えを広めてみせると。わたくしはそのためにこの大陸の人々をひとつにします。わたくしはここに宣言いたします。クローディウム帝国の初代皇帝として、クレイモス、エフィレイア、フレア教王国全てを支配下に置き、偽の教えを駆逐します。神々はわたくしに御力添えくださっています。わたくしが今、座るのはアルカディアの王都、黄金都市ゴルディーヘルムの黄金城が玉座。かつて湖の底に沈んでいた黄金都市をわたくしは取り戻しました。さあ、大陸中に住まう者たち。わたくしの帝国の民とおなりなさい」
エレノアが最後の言葉を結ぶと、まるで祝福するかのように光が爆発した。その光はかつてないほど強烈で、黄金都市を飲み込み、天へと突き刺さるように伸びた。まるで光の柱だった。




