四人族
アルカディア歴1834年11月29日
クレイモス王国軍西方国境ラバスト砦
結局、エレノアが眠ったのは3時間ほど。
外で鳥の鳴く声で、パッチリと目が覚めてしまったのだ。
きゅっと、クロを抱きしめて眠っていたらしい。
まずは髪の毛を切る。
眉より1センチほど上で切りそろえた。ついでにサイドも切る。すると、ロディと出会ってすぐに彼の髪を切ったことを思い出し、笑みが浮かんだ。
武具を身に着け、廊下へ出ると、扉の前で見張りをしてくれていた騎士が、驚いた顔になった。
「陛下、もうお目覚めになられたのですか?」
「もう? わたくしはしっかりと眠りましたわよ」
「しかし、陛下が部屋に入られてから、まだ3時間程度しか経っていないのですが」
「あら、そうですの? けれど、すっかり目覚めてしまいましたもの。問題ありませんわ」
あまりにも頭がすっきりしていて爽快だったため、まさか3時間しか眠っていないとは思わなかった。
「どちらへ?」
「食堂ですわ。朝食を頂こうと思いまして。構いませんわよね」
「そんな。すぐにお持ちします。お待ちください」
本来、侍女や従者が細々とした世話を焼くのだろうが、飛び込みで皇帝となったエレノアには、まだそんな者はついていない。
またもし、決めようとしても、誰もがエレノアに仕える栄誉に預かりたいと立候補し、中々決まらないだろう。
「いえ、食堂へ参りますわ」
「しかし、兵士たちが食事の最中でして。彼らに交じってというわけには」
なにしろ、城ではなく砦である。フレベル王がきたるべき日のため、改修したとはいえ、食堂までは手が回らなかった。
昨日は他の軍幹部と食堂でとったのだが、その時は一般兵士たちはいなかった。
「問題ありませんわ」
言ってエレノアは食堂へと向かう。
途中、騎士や兵士たちとすれ違う。皆、その場にひざまづかんばかりで、エレノアはいちいち、彼らにその必要はないと言わなくてはならなかった。
食堂は広いホールに長机が並んでいる。
兵士たちや騎士たちがそれぞれ数人ずつ固まって食べている。
エレノアが食堂へ入ると、全員が硬直した。それから即座に席を立ち、ひざまづこうとする。
「お待ちなさい。そのままで構いませんわ。わたくしは確かに皇帝を名乗りましたけれど。クローディウム帝国自体、まだ形も定かではないようなもの。それほど、かしこまる必要はありませんのよ。どうぞ、皆様、わたくしのことはお気になさらず、食事にお戻りくださいな」
とはいえ、誰も席に着く者も、食事に戻る者もない。ただ、ただ、直立してかしこまる。
エレノアはため息をついた。
確かに、これでは食堂で食べるのはやめた方が良さそうだ。他の者たちに迷惑だ。
結局、エレノアは朝食をとるのをやめて、砦の外に出た。砦内に収容しきれない兵士たちがいたるところで野営をしている。どこもかしこも朝食の準備をしているらしく、煙がたっている。
良い匂いも漂ってきて、エレノアの鼻孔をくすぐった。おかげで、エレノアの腹の音がぐうぅ、と鳴った。
さすがに誰にも聞かれてはいないが、ひとり顔を赤らめる。
なにしろ、何百という兵士たちがうやうやしく自分を見つめている中である。
考えてみれば、昨日は夜遅くまで起きていた上、夕食を食べてからなにも口にしていない。腹も減るはずである。
気をまぎらわそうと城門の外へと出る。
城壁外も兵士たちがごった返していた。
やはり、エレノアを見て、誰もがひざまづこうとする。
いや、ドワーフたちは別だった。彼らは次々とエレノアの元へと集まってきた。
「おはようございます、エレノア陛下」
「どちらへおいでですかな? 儂らもお供いたしますぞ」
とにかく熱心に話しかけてくる。
だが、エレノアとしては変にかしこまられるよりも気楽だった。
「皆様、しばらくは不便をおかけしますが、よしなに」
「なに。我らドワーフはヒューマンと違って頑丈にできておりますからな。どこでだって寝られますわい。少しばかりお見苦しい格好だが、それはお許し下され」
いつの間にか、エレノアの周囲にはドワーフが百人近く集まっていた。
なにしろドワーフ用の衣類などないので、ゴブリンの着ていたものをそのまま着ている。だが、服と呼べないような衣類を身に着けていてもみすぼらしい感じがしないのは、誰もが屈強な肉体をしているからだろう。鍛え抜かれた屈強な筋肉ばかりである。
「あら、お見苦しいなどと。とてもたくましくていらっしゃいますわ。わたくし、男らしい殿方は好きですわよ」
それにドワーフたちが大いに喜んだ。
ちなみに、ゴブリンから変身したドワーフの中には当然、女性もいた。彼女たちは男性ドワーフと違い、老人が少ない。子供を生むために成人してから老化が始まるまでの期間が長いのである。
「ところで、エレノア陛下は、なぜ銀の武具を身につけていなさる? 確かにこのミッド大陸では儂らがいた頃に比べ、魔法金属は貴重になっているようだが。それでも手に入らぬわけではありますまい」
「そうじゃ。そうじゃ。やはり、武具ならば青色金属に限る」
「いやいや、白色金属だろう」
「なにを言うか。黄色金属に決まっておろうが」
そこからドワーフ同士で喧嘩が始まった。
胸倉をつかみ合い、今にも殴り合いが始まりそうだ。
「おやめなさい。わたくしが銀の武具を愛用しているのは、剣の師に言われたからですわ。武において心は刃。そして、心を研ぎ澄ますには銀より優れたものはない、と。ゆえに、わたくしは銀を愛用しておりますの」
その言葉に、ドワーフたちが静まり返った。誰もかれも驚いた顔でエレノアを見ている。
「なにか、間違っておりますからしら?」
エレノアが側のドワーフに聞く。
「……いや、驚きました。確かに銀はもっとも魂を輝かせる金属だと言われています。黄金は魂を吸い、銀は魂を輝かせる」
「皇帝陛下は金属を知る方であったか。なんとい、素晴らしい」
「我らドワーフの主として、陛下ほど相応しい方はござらん」
などと口々に称賛する。
と、その時、ぐううっ、とエレノアの腹がかなり大きな音を鳴らした。
ドワーフたちが、おやっ、という顔で静まり返る。
真っ赤になるエレノア。さらにさらに、そこでまた腹が鳴った。
「陛下、ひょっとして、朝食をまだ食しておられませんのか?」
「……はい」
蚊の鳴くような声でエレノアは言った。
「なんと。では、我らの料理をぜひ召し上がって下され。女たちが今、作っておりますでな」
「ヒューマンの料理とは一味違いますぞ」
砦についた当初はヒューマンの兵士たちと交じって酒を飲んだが、それはただ酒が飲みたかっただけ。その後、ドワーフたちは一塊になっていた。
砦から食材を貰ってきて女性たちが朝食を作っているところである。
「よいのですか? お邪魔ではありませんか?」
食堂でのことを思いだし、少し卑屈になるエレノアであった。
「なにをおっしゃる。陛下が我らと同じ鍋で飯を食べてくださる。これほど嬉しいことはございませんぞ」
「左様、左様、ぜひとも食べていって下され」
というわけでエレノアはドワーフたちの野営している場所へと連れていかれた。
野営とはいえ、テントが張ってあるわけではない。たき火にかけられた鍋がそこらかしこで湯気をたてている。何人かいる子供たちが遊び回り、女たちが忙しく動き回っている。
もちろんテーブルも椅子もないので、氷のように冷たく硬い地面に座る。
今日中に全員の居住できる場所を造らなくてはなりませんわね。
夏場ならばともかく、冬場の野営は厳しい。
それにしてもドワーフの女たちは男たちに比べて筋肉質な様子はない。誰も彼もふくよかで柔らかそうだ。
それも砦で借りてきただろう、いたるところで大鍋をかき回したり、野菜を切ったりフライパンをひっくり返したりしている。
やがてエレノアの前にスープが運ばれてきた。素晴らしく良い匂いで、エレノアの腹がまたしても鳴った。
どうやらドワーフはみんなで一斉に食事をとるという習慣がないらしく、手の空いたものがパッパと食べるというものらしい。
エレノアを囲うように数人のドワーフが同じくスープの椀を手に食べ始める。
エレノアも食べてみた。
辛い。だが美味しい。
しかも、なんだか妙に癖になる味だ。
「美味しいですわ。とても」
あら、美味しい、まあ、美味しいと食べている間に椀は空になっていた。
「実に良い食べっぷり。さすがは我らが皇帝陛下」
「さあ、次はこれをどうぞ」と勧められるままに肉の炒め物を食べる。
これもやはり辛い。だが美味い。
エレノアはまたパクパクと食べた。
ハルベルガ山で神々と邂逅して以来、やたらと食が太くなった。
おかげで、次から次へと持ってこられる料理をいつまでも食べ続ける。
それにドワーフたちはまたしても大喜びだった。
「皇帝陛下は我らドワーフの心をつかむのがなんとお上手なことか」
そんなところへ、ヒューマンの男がやってきた索敵部隊の隊長トルク・レイン。彼自身も探査師として非常に優秀な男である。
「陛下。今度は北からオーガーの群れがやってきます。数は50体ほど。あと1時間ほどでこちらへ来るかと」
「承知いたしました。ゴブリン同様、彼らにも我が帝国民になっていただきます。手出しはしないよう徹底を」
「はっ」
トルクはそれだけ言うと、さっと姿を消した。
「どこかに拠点を移した方が良いかもしれませんわね」
エレノアはつぶやいた。
それは昨夜の軍議でも話し合われたことである。
フレベルは一度、クレイモスの王都へ入ってはどうか、と言っていた。
当面の脅威は退けたことだし、王都エルデヘリアで改めてクローディウム帝国の建国を宣言するべきでは。
アルベルトと聖騎士ダルシアンはこのままフレア教王国へ侵攻しては、と言っていた。
なにしろ、旧フレア教王国軍も、旧クレイモス王国軍も大した被害は負っていない。
糧食なども十分にある。
敵軍に再び侵攻される前にフレア教王国東の大都市スライシオまで一気に進み、この都市を占拠してはどうか。
「でしたら、黄金都市ゴルディーヘルムはどうです? かつてのアルカディア王都。千年都市ですぞ。ここからならば、3日ほどの行軍でつきしょう」
ドワーフのひとりが言った。エレノアの独り言を聞いてのことである。
「それじゃ、それ。あそここそ、陛下の拠点に相応しい」
「忘れたか、ゴルディーヘルムは水の底に沈んだぞ」
「今から思えばロキシス陛下がフレア教に改宗したせいじゃな」
「そういう、儂らもまんまと騙されて、改宗してしまったがな」
エレノアは興味を惹かれて、その話の詳細を聞いた。
統一王国アルカディア最後の王ロキシス。
彼が戴冠した頃には、すでに王都にはフレア教がはびこっていた。ロキシスの妃は熱心なフレア教徒。やがてロキシスもフレア教に改宗した。
大雨が降り始めたのはその翌年の春。
雨は半年あまりも降り続き、川は氾濫し、王都を水の底へ呑み込んだ。
ロキシス王は現在のフレア教王国王都ルーベリアに居を移したが、心労が重なり、2年後に病没。ロキシス王の2人の子をそれぞれ王にしようと王国は二つに割れ、そこにフレア神殿が付け入り、ついにアルカディア王国を滅ぼしてしまった。
「恐らく、それがゴルディ湖なのですわね」
エレノアはフレア教王国の地図を思いだして言った。
あの周辺は湿地帯で危険な魔物も多い、と旅の途中にクローディアスも言っていた。
黄金都市。
もし、神々の怒りを買ったことで水没したのならば、神々の力添えを約束されたエレノアならば、蘇らせることが可能かもしれない。
黄金都市はクローディウム帝国の象徴として適しているように思えた。
「良いかもしれませんわね。黄金都市」
軍の幹部たちが起きたら、検討する価値はあるかもしれない。
◇
オーガーの群れが近付いてきた時には、軍幹部の何人かは起きており、その中にはアルベルトやダルシアンもいた。彼らはドワーフの帷幕で談笑するエレノアを見て、まさしく彼女こそこの大陸の君主に相応しいと確信した。
「では、オーガーさんたちを勧誘してまいりますわね」
エレノアは言って立ち上がる。
それにドワーフたちが、儂も、儂も、とついてきたがった。当然、ヒューマンの聖騎士や兵士たちもである。
「あまり大勢ではオーガーさんたちが警戒しますわ。代表者だけになさって」
エレノアは言ったが、その代表者を決めるのに、もめ始める。
聖騎士たちですらダルシアンは昨日もエレノアと一緒にいたのにズルい、などと言い始める始末。
「私もエレノア陛下のおそばにいたいのです」
「それならば私だって」
そうこうするうちにオーガーの姿が遠目に見えたので、エレノアは来たいなら全員ついていらっしゃい、と言って、さっさとオーガーの出迎えに向かった。
オーガーは体長5メートルほどの巨体だ。
青銅色の肌はまるで金属のようにテラテラと光り、体毛はない。両目はギョロリとしていて、口は耳のあたりまで裂けている。
「リーナさん、お下がりなさい」
エレノアは隣に立つ女聖騎士に言った。『エウリュア槍術』の使い手の聖騎士で、今日一日、エレノアの護衛の座を勝ち取った。
リーナは地響きをたてて近付いてくるオーガーたちに気圧されまいと槍を構えている。
「大丈夫ですわ。わたくしをお信じなさい」
言ってエレノアは近付いてくるオーガーを出迎えるため、単身歩いていく。
それにしても巨人たちが集団で歩く様は迫力がある。文字通り、大地が揺れている。
エレノアは人を頭からバリバリと齧るというオーガーの話を思いだし、すぐに頭を振った。
彼らはゴブリン同様に、この大陸を守ってきた者たちなのだ。
オーガーが足を止めた。
やはりその目はエレノアを凝視している。
エレノアは昨夜のゴブリン同様に、オーガーの魂が闇の膜に覆われていることを感じた。右手を上げて、彼らにかざす。
先頭にいるオーガーたちの体がグニャリと歪む。エレノアはそのまま歩き続ける。変身するオーガーたちの間を歩き続ける。まるで森を散歩しているかのように、悠々と。
エレノアが通過すると、その列にいたオーガーの体が歪む。
変身したオーガーは大きさはそのままに、青みが薄れ、薄っすらと青白いような肌。
緑ががかった体毛に頭髪。顔もヒューマンと同じようなものになった。
変身した直後のドワーフと同じく、混乱している様子だった。
エレノアはそんなトロルの間を戻ってくると、彼らと目線を合わせるように、宙に上った。
「さあ、皆様はこれで、我がクローディウム帝国の国民ですわよ」
エレノアは巨人たちにニッコリと笑いかけた。
◇
ドワーフのことがあったので砦の兵士たちはすんなりとトロルを受け入れた。さすがに巨人に慣れないために、顔に怯えの色はあったが、混乱するというようなことはなかった。
トロルもドワーフ同様に初代クレイモス王ガリオンが四人族に闇の神を降ろす直前の時代の者たちの生まれ変わりだった。
「なるほど、そういうわけですか。実に興味深い」
聖騎士ダルシアンの歴史の説明を聞き終えたトロルのひとりが、顎に手を当てて言った。
「しかし、我らトロルがいなくては建築工事が困難ではないのですか?」
別のトロルが言った。
「さて、私たちの社会ではトロル族は存在していませんでしたので。なんとも」
ダルシアンが言った。
「トロル族は建築が得意なのですか?」
「建築に限らず、工事が得意ですね。どうも他種族は家を建てるのも橋をかけるのもいい加減で困ります」
トロル族は誰もが穏やかで礼儀正しかった。
やはり、エレノアが彼らを解放した時の体験は身に刻まれているらしく、クローディウム帝国民となることを当然のように受け止めている。
「エレノア陛下のような聡明な御方を主と仰ぐことになんの抵抗がありましょうか」と誰も彼も大乗り気である。
それにしてもトロルが集まっていると威圧感がある。さらに物理的に手狭でもあった。
「我らの同胞や他二種族も続々と陛下の元へ集まってくるでしょうし。やはり、早々に拠点を移すべきでしょうな」
トロルのひとりがエレノアにそう進言。
「そのつもりですわ。実は黄金都市……」
エレノアが言いかけたところで、また索敵部隊長トルクが現れた。
「陛下、東よりオークの群れが」
「今度はオークさんたちですの? 本当に続々といらっしゃいますのね」
まさに落ち着く間もなく、である。
「今度はかなりの大軍でして。数は5百ほど。村や街を無視して、まっすぐにこちらへ向かってきます」
「どのくらいでこちらへ到着いたしますの?」
「今の速度ならば2時間程度でしょうか」
「では、2時間のんびりといたしましょうか」
◇
オークは全身毛むくじゃらで豚の頭をしている。ゴブリンに比べると力や魔力が強く、オーガーに比べて知的でもある。大規模なコミュニティを作り、個体によっては人間と交渉したり、取り引きをするような者もいる。
ラバスト砦へと向かっているオークたちもいくつもの群れが合流して膨らんだものらしい。
すでに軍幹部は全員目覚めており、オークがクローディウム帝国に合流するだろうことを前提として会議を行っていた。問題はやはり拠点である。
あまりにも軍が膨らみ過ぎて、とてもではないが砦で収容しきれない。さらには、このままどんどん他人族が合流すれば、食料の問題も出てくる。
「食料ならば、クレイモスはかなりの貯えがあります。各都市には3年は籠城可能な食料を備蓄しておきましたゆえ」
フレベルはそう太鼓判を押した。
なにしろ、7年間の猶予があったのだ。
その間、徹底的に戦争への備えをしてきた。
「王都へはすでに早馬を送ってあります。少しばかり混乱するかもしれませんが」
「それは少しでは済まないのではありませんか?」
ルーンが言った。
「私も、我が留守を預けた者へ、書状を送りました。ただ、さすがに直接、話をしなくては埒が明かぬかと」
「父、アレキサンデル教王の動きも気になりますね」
ちなみに会議は砦内ではなく、野外で行わている。なにしろドワーフのみならずトロルの代表者たちも出席しているのだ。トロルの体の大きさでは砦に入れない。
「では、一度、フレベル王には王都へ戻っていただきましょうか。それにアルベルト殿には別同部隊を率い、フレア教王国軍の新たなる軍勢を抑える役目を負っていただきましょう。同時にフレア教王国内の反教王派を糾合していただく」
スラスラとこう言ったのは、トロルの代表者ルヴァーシである。アルカディア時代に城勤めの上級文官だったという切れ者である。
他の者たちが椅子に座っているのに対し、ルヴァーシだけはあぐらをかき、背を曲げて頭を低くしている。他の人族とコミュニケーションを取る時はこの姿勢になるのがトロルの文化とのこと。
「エレノア陛下にはやはり、黄金都市へ行っていただくのが最良かと。湖の底にあるかの都市にはアルカディア時代の遺物が眠っています。それらを蘇らせられれば、クローディウム帝国は盤石となりますから」
エレノアはルヴァーシの案を採用。
それから各部隊の編成に話が移った。
最大の兵はアルベルトが率いる。フレア教王国軍の諸将もアルベルトに従う。
フレベルは騎士団を率いて王都へ帰還。
残りの兵と他種族はエレノアとともに黄金都市を目指す。
「エルフが合流すれば移動と連絡手段の問題が一気に解決するでしょう」
ルヴァーシはエルフは遠距離で話をする魔法や、遠方へ一気に移動する魔法を持っているという。
ちなみにそれぞれの種族には魔法があり、ヒューマンの魔術とは違った方法で魔力を操作するのだという。
やがて、オークの群れがラバスト砦から見える位置に来た。
「では、行ってまいりますわ。皆様、そのまま会議をお続けくださいな」と言ったエレノアだったが、他の者たちはやはり皇帝の起こす奇跡を見たいらしく、なんのかんのと理由をつけてついてきた。
残る人族はエルフとレプラコーン。
エレノアはまだ見ぬ人族にわくわくとしていた。
オークの大軍と対峙。
オークは武具を身に着けており、歩く様子も隊列を組んで整然としている。ヒューマンの軍隊とそれほど違いがあるようには見えなかった。
彼らは他の亜人族と同様にエレノアは前でピタリと足を止めた。それが当然のように、声すら発さない。
エレノアは自分を見つめる彼らを、堂々として見つめ返す。
ふいに、彼らの中に袋を手に提げていたり、背負っていたりする者がいることに気づいた。その袋から小さな頭が二つ、三つと顔を出している。
毛に覆われた顔で猫のような耳が頭についている。コボルトだ。
そういえば、クローディアスが以前、言っていた。オークはコボルトと共棲することがあると。
「どちらも、我々とそれほど変わらない知性がある。ただ、どうも群れの数が少なければ少ないほど野性的で攻撃的になるようなんだ」
エレノアが彼らの魂を解放しようと、一歩、前に足を踏み出した時、先頭のオークが言葉を発した。人語だ。
「神の声、聞こえた。お前、神の使いか?」
「そうですわよ。今まで闇の神をお守りくださり、ありがとうございました。これより、その役目、わたくしと、わたくしのクローディウム帝国がともに負いましょう」
言うとエレノアはオークたちの元へと向かった。
エレノアの目には彼らの魂が、その魂を覆う闇の膜がはっきりと見える。
それを取り払う。エレノアにはなにも難しいことではない。すっと、闇の膜を吸いだしてやるだけでいい。
オークの体が歪む。袋から顔を出していたコボルトもだ。
オークはその体がすっと痩せ、小柄になる。耳が尖り、体毛は薄くなり、顔も繊細な造形となる。
袋の中のコボルトたちは顔の毛が抜け、猫のような耳も消えた。
人族のエルフ、それにレプラコーンである。




