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フレベルは躊躇せず

アルカディア歴1834年11月28日

クレイモス王国西方国境ラバスト砦



 クレイモス国王フレベルはその報せを聞いて、どういうことか、と頭をひねった。

 聖騎士と義勇兵を討つべく出ていったレミー・ベラルルが戻ってきた。それも敵である聖騎士と義勇兵を引きつれてである。彼女は至急の面会を求めているという。


 寝返った、というわけではないようだが。

 フレベルとしてはそれは考えたくないことだ。レミー・ベラルルは敵にするには危険すぎる。


 聖騎士や義勇兵でなければ、和解や調略の成果だろうと考えたかもしれない。だが、さすがに相手が悪すぎる。

 なんらかの罠か? あるいはレミーが敵の手に落ちたか。


「さらに、その敵兵を率いている女性ですが非常に美しく。その美貌は人ならざるほどに美しく」

 報せを持ってきた騎士がさらにそんなことを言う。


「その女性は聖騎士ではないのだな?」


「はい。金糸のような美しい長い髪でした。身に着けている白銀の鎧がよくお似合いで。その白い肌ときたら、まるで輝いているかのように美しく。そう、女性はエレノアと名乗っていました」


「エレノア? まさか、エレノア・ウィンデアか?」

 フレベルの声が怒声ように大きくなった。


 すぐに席を立って、騎士を追い越して、外に向かう。途中、騎士たちが何人も報告に来たが、放っておいて、走る。

 やがて城門についた。城壁の上に騎士や兵士たちが張り付いて、なにやら熱心に舌を眺めている。


 フレベルも城壁に上った。確かに聖騎士たちを先頭に、まばらな装備の者たちが千人ほど。そして、聖騎士の中央に2人の女性が立っていた。

 ひとりは胸元と腰を申し訳程度に黄金の鎧で包んだ赤毛の美女。レミー・ベラルル。


 そしてもうひとり。癖一つない鮮やかな黄金の髪長く伸ばした女性。美しいが、攻撃的な雰囲気のある大きな目が特徴的な美女。

 間違いなく、エレノア・ウィンデアだ。


「エレノア・ウィンデア。生きておったか」

 フレベルはつぶやいた。


 まるでその声が聞こえたかのようにエレノアが顔を上げた。フレベルに向かって微笑む。

 なにか強力な圧力を感じて、フレベルは一歩下がった。威圧感? いや、なにか自然と彼女をあがめたくなるような。

 とにかく、彼女を見下ろしているのがひどく、居心地が悪いのだ。


 それはほかの兵士や騎士たちも同じらしく、まるで催促するようにフレベルへと視線を向ける。

 早く城門を開く命令を出せと言うかのように。


 それでもフレベルは軍を率いる者として。国の王としての務めを果たす。敵の罠だということも考えられるのだ。


「エレノア・ウィンデア、生きておったか」

 大声で呼びかける。


「お久しぶりございます、フレベル陛下。ご壮健そうでなによりですわ」

 エレノアが言った。大声を張り上げているわけでもないのに、その澄んだ声音が耳に届く。


「どのようなことになっているのか、説明願いたいが。なぜ、敵兵とともにいる?」


「彼らはわたくしの家臣になりましたの。ですので、もはや敵兵ではありませんわ」


「家臣? しかし、聖騎士に、義勇兵たちだぞ。もしや、そなたもフレア教の聖職者になったのか?」


「この者たちもわたくしも、アルカディア聖教に改宗いたしましたの。そして、わたくしはこれより、大陸中にアルカディア聖教を広めるため、戦いを始めます。ゆえに、わたくしとクレイモス王国は利害が一致していると思われますわ」


 フレベルはますますわけがわからなくなった。聖騎士や熱狂的なフレア教徒たちが改宗? 

 だが、確かに聖騎士たちもフレア教徒たちも様子が変だ。まるでエレノアの言葉を神殿での神官の説教のように真摯な顔で聞いている。


 フレベルは腹をくくった。

 罠にしてはあまりにも陳腐すぎる。それにこれ以上、エレノアを見下ろして問答を続けているのは精神的に辛かった。


「では、ひとまずエレノア殿だけ中に入れよう。門を開け」


「その必要はありませんわ」

 言うとエレノアが飛んだ。


 フワリと宙に浮き上がり、そのままスタスタと空を歩いてくる。

 おお、と城壁の上に並ぶ兵士、騎士たちが声をあげる。


 エレノアはフレベルと5メートルほど離れた空中に立って、ニコリと笑った。

 近くで見るエレノアはあまりにも美しく、そしてやはり人ならざるような威を備えていた。そう、ひと言でいえば神々しい。


「申しわけありませんが、陛下の御前とはいえ、ひざまづくわけには参りませんの。わたくしはこれより先、誰を前にしても膝をつくことはありませんわ」


「なにがあったか聞いても良いか?」


「東の果て。ハルベルガ山に行きました。そこで神々とお会いし、約束をいたしました。クローディアスの命をお返しいただくために、真の教えたるアルカディア聖教を大陸中にひろめることを」


「して、クローディアスは?」


「未だ、神々の御許みもとですわ。彼を取り戻すため、わたくしは戦います。どうぞ、陛下、わたくしに手をお貸しください」

 エレノアの青い瞳がフレベルをまっすぐに射抜く。


 フレベルはエレノアの目に確かに神々の残滓ざんしのようなものを見た。世界を変えるべく遣わされた神々の使者。


 世界が大きく変わる。フレベルは強くそれを感じた。


 即座に決断する。彼は首を横に振ると、ひざまづいた。

「今より、クレイモス王国のすべてをあなたに捧げましょう」


 フレベルには分かったのだ。

 世界は変わる。新たな時代が始まるのだと。それは3ヵ国の歴史の終了を意味すると。その前に、クレイモス王国の存続など、なんの意味もない。



 国王自らがエレノアに臣下の誓いをした。

 本来ならばクレイモス王国軍に反発する者がでるものだろう。

 だが、誰もフレベル王の決断を不思議には思わなかった。

 それどころか、敵であった聖騎士や義勇兵たちを砦に迎え入れるのに、まるで抵抗がなかった。

 エレノアを目にして、彼女の話を聞けば、疑うことが罪悪のようにしか感じなかった。


 あのあと、フレベルは砦の者を集め、エレノアが神の使者であること、これより自分とクレイモス王国は彼女に従うことを宣言。さらに、その後、エレノアが自分の身に起こったことと、自分の使命を話した。話している間、エレノアの体が強く輝き、神聖としか言いようのない光を放っていた。

 誰もが自然にひざまづいていた。


 聖騎士や義勇兵たちを砦に収容して、1時間ほどあと。エレノアは会議室にいた。

 エレノア、フレベル、クレイモス軍の将軍たち、それに聖騎士副団長ダルシアンと義勇兵の代表者。

 ロの字方に並んだ机に座り、これからの方針を話合っているところである。


 エレノア以外の者は、どうも居心地の悪さを感じた。エレノアが自分たちと同格に座っていることがどうも強い違和感を感じさせるのだ。彼女だけは何段か高い位置に据えられた椅子に座った方が良いのではないか、と感じるのだ。

 先刻まで王位にあったフレベルですら、そう感じるくらいである。他の者はいっそう強く感じた。

 

「まずは目の前のフレア教王国軍をどうにかしなくてはなりませんね」

 レミーが言った。エレノアの右隣に座っている。彼女の存在を神々しく感じ、緊張しながら話す。

「ただ、こう言ってはなんですが、彼らの戦意はあまり高くはないように思います。今ならば、十分交渉の余地はあるかと」


「私が使者として赴いても構いません」

 ダルシアンが言った。数時間前まではエルシュニーアにすべてを捧げていた彼は、それ以上の熱量をもってエレノアに仕えている。


 フレベルが、ふむ、と顎に手を当てる。

「ただ、敵方は渓谷を抜けて陣を張っている。このタイミングでの交渉に応じるかな?」


「しかし、アルベルト殿下の身もこちらにありますしね。フレア教王国軍としては、王都の教王へ、おうかがいをたてたいところでしょう」

 レミーが言った。


 そのアルベルトはというと、昨日の無理がたたったのか、レミーが出陣してすぐに倒れてしまった。エレノアたちがこの砦に入った時も寝ていたため、ふたりはまだ再会していない。


「となると、一時的な休戦協定を結ぶ余地はありますね」

 クレイモスの将軍が言った。


「いや、だが、総大将不在のまま休戦協定というわけにもいくまい」


「交渉するにしても役者が揃わないということか」

 フレベルが言った。


「交渉ではなく、説得するのはどうでしょう。エレノア様を前にすれば、彼らもこれ以上無益な争いをする気にはなれないのではないでしょうか」

 ダルシアンが言った。彼からしてみれば、エレノアの神聖さは、彼女をひと目見ればわかろうというもの。そのエレノアを前にすれば、抗うことなどできようはずがない。


「俺もそう思う。エレノア様の御姿を見たら、神々のお使者であらせられることは一目瞭然なわけだし」

 義勇兵の代表者の男が言った。ガイラという40男である。彼もすでにエレノアに心酔している。もともと素朴な人柄で、熱心なフレア教徒だったのだが、それが本物の奇跡を体験したのだ。

 あまりの神々しさにエレノアを直視することができない。


「そうですわね」

 エレノアが言った。


 ガイラはあまりの衝撃に身が震えた。

 エレノア様が俺なんかの言葉を聞いてくださった。


 ガイラだけではない。その場にいる一堂はエレノアの声に、魂が惹きつけられたかのようだった。


「わたくしには味方が必要ですわ。そして、敵軍を取り込むのは今が好機のように思えます。アルベルト様と一緒に、一度、敵陣を訪れてみるのはどうかしら?」


「ならば、私もお供しましょう。まさか、敵軍も私が来るとは思いますまい。私がエレノア様に臣従する姿を見れば、思うところもあるのではないでしょうか?」

 フレベルが言った。


 それならば、私も、と次々と同行を申し出る。誰もがエレノアの供という栄誉を受けたがっていた。

 結局、聖騎士副団長ダルシアンと義勇兵代表ガイラ、レミー・ベラルルも同行することになった。


「ところで、エレノア様。我らがエレノア様にお仕えすることは良いのですが、組織名はどういたしましょう」

 将軍のひとりが言った。


 自分で言い出しておいて、この状況に妙なおかしみを感じる。なにしろ、先刻まで仕えていたフレベルがエレノアにひざを折り、自身もそれを自然と受け入れているのだから。いや、自然どころか、もはやエレノアを新たな主として忠誠を誓えることが心底喜ばしいのだ。


「そうですわね。クローディウム帝国といたしましょうか。わたくしの愛しい人の名前から取りました。やがては、三つの王国を支配下におくつもりですので、帝国を名乗る方が良いかと思うのです。フレベルには引き続きクレイモスを治めて頂きたいですし」


 フレベルが臣従してくれたので、エレノアも構想を変更した。3ヵ国を支配下においた帝国を造り、そこでアルカディア聖教を保護すればよいのだ。

「名乗るのは自由ですものね」


「では、エレノア様は初代クローディウム皇帝ということになりますな。ところで、エレノア様の大願が叶い、クローディアス殿と再会したあとは、クローディアス殿に帝位をお譲りになるのですか?」

 フレベルが聞いた。


「クローディアスさんは政治には向きませんわ。優しすぎますもの。全てが終わったあとは、わたくしの配偶者として、ともに、帝国を治めていければと思いますけれど」

 ポッと頬を赤らめるエレノア。

 神々しいほどの美しさのエレノアにあでやかさがまじる。その場の男たちは全員彼女に見惚れてしまった。いや、男だけならず、レミーや女将軍も見惚れている。


 その時、ドアがノックされた。

 部屋の外から、兵士がアルベルトが目覚めたことを告げる。


「ちょうど良い。アルベルト殿下にはこちらに起こし願おう。エレノア様はアルベルト殿下とは旧知の中でしたな」


「はい。最後にお会いしたのはルゼス王国の王都。エフィレイアを追放されたあとですわ」


「アルベルト殿下も『聖女』には苦しめられていたそうです。ダルシアン殿たちのように魂を歪められるということはなかったようですが」

 レミーが言った。


 それにダルシアンがうなずいた。

「『聖女』エルシュニーアのやりようは、本当に酷いものでした。アルベルト殿下でなくては、絶望し、自死を選んでいたかもしれません」

 ダルシアンにはもう『聖女』に対する想いは皆無だった。あの神々の世界で魂を修復された時、すべてが洗われたのだ。今のダルシアンからすると、『聖女』はただただ邪悪な存在に思えた。


 しばらくして、部屋にアルベルトが入ってきた。ゆっくりと休んだせいか、だいぶ顔色が良い。肉体的には疲労の極みであったが、フレア教王国を裏切ったことが精神を解放したことも大きいのだろう。


 アルベルトは部屋の奥に座るエレノアを見て、体が固まった。

 エレノアだと気が付いたわけではない。彼女の美しさと、抗いがたい威に打たれたのだ。

 何者だろうか、と思いながらも、フレベルの隣に座る。


「ご心配をおかけしました」

 フレベルに言う。


「いや、無理もないことです。お気になさらずに」とフレベル。


「あの、あちらの御仁は?」

 小声で聞く。


「お久しぶりですわね。アルベルト殿下。10年と少しといったところかしら」

 エレノアが微笑んだ。


 アルベルトがそれに動揺する。

 まさか旧知の者だとは思わなかったのだ。

 これほど美しい女性だったら、一度見れば決して忘れることはなさそうなのだが。

 彼女の美しさといったら、あのエレノア・ウィンデアすらも凌駕するほどの……。


 ああっ、とアルベルトがうめいた。

 目の前の人物がそのエレノアだと気が付いたのだ。髪型こそ違うが、確かにエレノアだ。だが、それにしても雰囲気が違い過ぎる。なにか、薄っすらと光っているようにすら思える。


「エ、エレノア殿。生きておいでだったのか」


「はい、この通りピンピンしておりますわよ」


「お、驚いた。どなたかと思いましたよ。以前もお美しかったが、なんというか、神々しいというか……」

 それからアルベルトはクロウのことを思った。エレノアは最後にクロウともにクレイモスに旅立った。彼の寿命がせまっていて、それをどうにかするために。その後どなったか? 

 エレノアがいて、クロウがいない。そのことが答えのように思えた。


「その、クロウはやはり……」

 アルベルトにとってクロウは冒険者時代の仲間。さらにニーアの兄でもある。


「クロウ……クローディアスは神々の御許みもとですわ」


「そう、ですか」

 アルベルトは寂しい気持ちでうつむいた。

 冒険者時代は彼に対する劣等感から敵意すら抱いていた。だが、クロウがどれほど自分たちのために尽くしてくれたのか、今ではよくわかる。

「彼には助らてばかりだった。残念です」


「あら、誤解させてしまいましたわね。クローディアスは死んではおりませんわよ。文字通り神々にお預かり頂いているのです。わたくしは東の果てのハルベルガ山で、神々にお会いし、約束をいたしました。この大陸中に光と闇の神を祭るアルカディア聖教を広めることを。その報酬としてクローディアスさんのお命を返していただくこととを。わたくしはそのために戦いますの。どうか、アルベルト殿も私に御力添えください」


「アルカディア聖教を? それでクロウは救われるのですね? 私で良ければ、ぜひとも協力させてください」

 アルベルトは勢い込んで言った。


「では、アルベルト殿もクローディウム帝国の一員となるということでよろしいか?」

 フレベルが言った。


「クローディウム帝国? なんです、それは」


「皇帝エレノア陛下の国ですよ。私を始め、この場にいる者たち、いやこの砦にいる全ての者が、エレノア陛下に臣従しています」


「……」

 アルベルトは最初、フレベルの言葉を冗談かと思った。だが、彼は真剣そのものであったし、他の者も、うんうん、とうなずいている。


「わたくしはこの大陸を再びひとつにまとめてみせますわ。それが唯一の方法ですもの」

 エレノアの眼差しに強い光が宿る。


 アルベルトは彼女の燃えるような瞳に圧倒された。彼女は本気だった。本気で、この大陸を一つにまとめようとしている。


 クロウ……クローディアスのために。


 アルベルトの心に火が付いた。かつて、冒険者時代に『勇者』と呼ばれ、いつかはSランクの冒険者になってみせると、燃えていた頃のように。

 愛のために戦おうという美しい女帝のために。ひとりの騎士として力を尽くしてみたい。王太子でもない、『勇者』でもない、ひとりの騎士として。

 身が震える。武者震いだ。


 アルベルトは立ち上がると、エレノアの元へと行った。

 彼女も立ち上がった。

 アルベルトは彼女の前で立ち止まると、ひざまづいた。

「エレノア陛下。今より、このアルベルト、あなたのために剣を捧げましょう」

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