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神々の使徒

 再びアークドラゴンに乗ったエレノアは、まっすぐにクレイモス東の国境。ラバスト砦へと向かった。

 その砦の先に広がる渓谷こそが今回の戦場となるだろうことをジークフリートに聞いたのだ。


 フレベル王自らが出征しているという。

 エレノアはフレベル王となんとしても話をしたかった。フレベル王が相手ならばクレイモス王国の協力を得られやすいと思ってのこと。

 フレア教王国及び、エフィレイア王国の攻略。脅威となる両国が沈静化できれば、クレイモスも安心できることだろう。

 なにも統一王国を打ち立てなくても、フレア教の2国さえ、手に入れてしまえばよいのだ。


 この時、エレノアになにか深い考えがあったわけではない。とにかく戦場に行ってクレイモス王国軍に加勢すること。フレア教王国軍を追い払うこと。

 その程度の考えだった。


 だからこそ、ここからの出来事は完全にエレノアの想定外だった。

 なにしろ、彼女はまだ自分の体に起こった変化に気づいていない。ほんのわずかな発光。太陽の元では分からぬほど、かすかに淡い光でエレノアの体は輝いている。


「もっとお速く飛べませんの?」

 エレノアはドラゴンの角につかまりながら言った。すでに頭部に場所を移している。


「飛べるとも。そなたを気遣ってゆっくりと飛んでおったのだ。振り落とされるなよ」

 アークドラゴンが言って、さらに加速する。


 だが、エレノアは吹き飛ぶどころが、風すら感じなかった。いや、まるで自らが風になっているかのように感じた。

 またしても、エレノアの体は透明になっており、ともすれば体重すら無くなった。

 彼女を乗せているアークドラゴンがエレノアを振り落としてしまったかと思ったほどだ。

 だが、アークドラゴンはエレノアの魂が変わらず自身の角の根元に存在することを感じ取っていた。


 アークドラゴンは遥か昔を思いだした。

 そう、統一王国アルカディアの建国王とその妻も、神々との邂逅後にこのような変化をした。

 まるで精霊となったかのように。自然に溶け込む力を得たのだ。


 ならば、手加減は必要あるまい。

 アークドラゴンはさらに速度を上げた。


 本気を出したアークドラゴンの飛行速度は速く。瞬く間にクレイモス王国を横断していく。東の果てから、西へ、西へ。

 眼下に王都が見えた。


 風になった状態のエレノアはあらゆるものを知覚できた。真上から見下ろすように王都の様子を確認した。さすがに戦時中とあって、誰も彼も慌ただしく動いていた。


 王都を通り過ぎ、さらに西へ。いくつかの街を越えて、ついにクレイモス最西の都市リベルが見えた。ラバスト砦はもうすぐだ。


「アークドラゴンさん、少し速度をお緩めくださいな」


「承知」


 アークドラゴンが速度を緩める。

 と、地上を確認していたエレノアの知覚が大きな炎を感知した。

 さらにそちらへ知覚を向けると、村が焼けていた。その近くに人間がいる。


 あれは……。


「アークドラゴンさん」


「承知」


 エレノアがみなまで言わずとも、アークドラゴンは彼女の言いたいことを理解した。

 そもそも、彼女は言葉を発しているようで発していない。思念を飛ばしてきている。人と話すというよりも、まるで精霊との対話である(死した生き物の魂がさまよい続けることがある。それらが集まり、あるいは時間を経て精霊になる)。


 さすがに、エレノアも自分の異変に気が付き始めていた。なにか、自分の体が自然と一体化したような。重さがないような。


 エレノアは自身の体をあらためる。

 すると彼女の透明だった体が元の肉体に戻った。認識すると同時に存在が現れたのだ。


 アークドラゴンが燃え盛る村の上空に到着。

「では、少し行ってまいりますわね」

 言うと、エレノアはアークドラゴンの頭から飛び降りた。


 頭を下に、高速で落下していく。風魔術で窒息しないように自身を薄い膜でおおう。悠長に降りている時間はなかった。

 先ほどエレノアの知覚は、真下でひとりの女騎士が囚われている様子を認識した。黄金のビキニアーマーを着た赤毛の女。加護技スキルか、白色の光線によって、四肢を封じられている。

『紅騎士』レミー・ベラルルだ。

 

 地上がどんどんせまってきた。

 エレノアは風魔術を使い衝撃を緩めようとしたのだが、ふいにその必要もなく自分の体の落下が緩やかになったことに気づいた。まるで体が羽になったかのように、ふんわりと、降りていく。


 やはり、なにか変ですわね。

 神々の御許みもとへ、行った影響かしら。


 思考をする時間はなかった。すでに、大地は目前。

 

 レミーを捕らえているのは、白色金属ミスリルの鎧に身を固めた背の高い男だ。

フレア神殿の聖騎士だとひと目でわかった。

 聖騎士は彼の他にも何人かいた。


 エレノアは地に着地すると、腰の剣を一閃。レミーを光で捕らえていた聖騎士の体が縦に割れた。

 レミーを束縛していた光線が消える。


「お、女、な、何者だ?」

 聖騎士副団長ダルシアンが、突如、空から振っていた美女に問う。


「答える必要がありまして?」とエレノア。


 直後、自身に向けて突きを放ってきた女聖騎士の槍を無造作に手でつかんだ。

 驚愕する女聖騎士を見る。なにか、違和感がある。

 なにかしら、とその違和感を探ろうとした瞬間、女聖騎士の胸にまぶしい白いもの見えた。魂だ。

 もともと『魂斬り』で霊体を操り、さらには心眼を開いているエレノアは、魂を知覚できていた。それが神々との邂逅により、さらに進化をとげていた。


 それにしても、この女聖騎士の魂。形がひどく歪んでいる。


「あなたの魂。ずいぶんといびつですわね」


 それは他の聖騎士たちも同様のようだ。 常人とは違う存在。彼らのグニャグニャに歪んだ魂が感じられる。


 ふいに足元に魔力を感じた。エレノアは軽く手を振って、それをキャンセルした。いくらエレノアでも魔術に関しては剣ほど傑出した能力はない。本来なら、このような高度な技術は使えない。だが、エレノアは自分が、それをできることが不思議には思えなかった。


「なぜ、魔術が発動しない」

 聖騎士のひとりが焦った顔をする。


 女聖騎士が槍を離した。腰の剣を抜いて、切りかかってくる。

 エレノアにはその動きがひどく緩慢に見えた。先ほどの槍もそうだが、まるで遊んでいるかのように急に動きが遅く見えるのだ。


 エレノアは女聖騎士を斬った。女聖騎士の体が二つに割れて、上半身が地に落ちた。


 ほかの聖騎士たちが剣を抜き、または魔術や、加護技スキルで一斉に襲い掛かってきた。


 だが、遅い。

 エレノアは余裕をもって飛んできた風の刃をかわし(エレノアには魔力が感じられた)、伸びてきた土できた巨大な手を溶かし、斬りかかってきた聖騎士に返り討ちにする。

 あまりにも敵の動作が遅いので、実に簡単だった。


 束縛から逃れられたレミーが助けに入るまでもなかった。彼女はまだ空から降ってきた女性がエレノアだとは気づいていない。

 どうやら助けられたらしい、とレミーが状況認識した時には、聖騎士たちが攻撃をしかけており、次の瞬間、ダルシアンを含め、その場にいた8人の聖騎士が倒れた。

 展開があまりにも早すぎた。


「安心するのはまだ早い。そいつらは死なないんだ。死体が怪物になって復活する」

 レミーは言った。


「魂をあれほど変容させてしまったのですもの」

 エレノアは聖騎士の死体を見ながら言った。

 エレノアには聖騎士たちの魂が死体に留まり続けているのが分かる。本来ならばそれが溶けるように消えて、この世界から神々の世界へと移るはずなのだ。


「とすると、あちらはそういう方々ですのね」

 エレノアがごうごうと天へと届かんばかりの炎を上げて燃える村の方を見る。

 その村からいびつな怪物たちが歩いてくる。


 どうしたものかしら、とエレノアが思っていると、粗末な武装をした者たちが声をあげて襲い掛かってきた。

 聖騎士たちが率いてきた義勇兵だ。


 トン、とエレノアは地面を足で叩いた。

 義勇兵たちがまるで背中に重しでも乗せられたかのように、ぐらりと倒れ、あるいはよろめき、膝をつく。


 特に魔術を使ったわけではない。ただ、やはり、自分がそのようなことをできることを不思議には思わなかった。


「ひょっとして、エレノア・ウィンデア殿か?」

 レミーが今更気がついた。


「お久しぶりですわね。レミー・ベラルル様」

 エレノアが親しみのこもった笑みを向ける。

「ただ、わたくし、ウィンデアの名を捨てましたの。今は、ただのエレノアですわ」


「生きておられたのだな」

 レミーがまぶしいそうな顔でエレノアを見つめる。彼女の目には真実、エレノアが煌々と光って見えた。


「はい。この通りに。レミー様もご壮健そうでなによりですわ」


「あなたに2度も助けられるとは。この恩、以前の恩と揃えて、必ず返す。だが、今はこの場を離れよう。こいつらが、怪物に変わるとやっかいだ」

 レミーは言った。


 特にダルシアン。彼は怪物になってからも他の者と違い行動に意志が感じられた。


 すでに死体が膨らみ始めている。

 後ろからはレミーの襲撃で焼け死んだ聖騎士たちが怪物となって近付いてくる。


「このようないびつな者たち。私が始末いたしますわ」


 いくら相手が不死の存在であっても、魂を切り裂けば倒すことができるだろう。『魂斬り』ならば効果があるだろう。


「どうやら『聖女』になにかされたらしいんだ」


「『聖女』ニーア様ですか?」


「そうだ。エルシュニーア。あいつがアレキサンデル王をそそのかしている。いや、恐らくはこの者たちのように変容させられて……」


「……そうですのね」

 エレノアはため息をついた。それならば話は別だ。魂を歪められた聖騎士たちを放っておくわけにはいかない。

 なにしろ、エルシュニーアはクローディアスの妹である。


「エレノア殿、時間がない。この場は……」

 レミーがもう一度言う。


 死体がつながり肉の塊になり始めた。ぶくぶくといびつに蠢いている。

 エレノアはそんな肉の塊の間に立つと、そっと片手を天に伸ばした。


「フレア様。シャドー様。どうか彼らの魂を修復する力をお貸しください」

 

 目を閉じる。あの時の、神々の御許みもとでのフレア神の強い光を思い浮かべる。シャドー神の暗闇を思い浮かべる。

 彼らのいる場所と、自分がつながっている。呼びかけは聞こえる、その確信がある。


 エレノアの体が強く輝いた。

 光は膨れ上がり、エレノアの体を呑み込む。それどころかその場にいる全ての者を呑み込んだ。


 なにごとだ?

 レミーは訳が分からず、白色に染まった視界のまま周囲を見回す。なにか体が温かいものに包まれているようだ。

 白い世界。自分が光と一体になっている。


 なんという心地よさ……。


 溶けていく。

 意識がぼんやりとしていき、自分が自分であるという感覚が消えていく。

 光の中、世界の中に溶けていく。世界の真理が、すべての理が流れ込んできて、それらと一体化していく。


 ああ……心地よい……。


 もう少しで、レミー・ベラルルの存在が、完全に消える。その時だった。

 ふいに、白い光の中に黒いシルエットが立っていることに気が付いた。

 髪の長い女性。


 はて、誰だったか……。

 彼女はとても勇敢で、強く、美しく。

 そう、大きな恩がある。

 

 エレ……ノア……。


 エレノアだ。


 黒い影のエレノアがそっと手を広げる。

 それで、レミーは一気に覚醒した。溶けかけた意識は戻り、はっきりと自分を認識できた。


 見ると、その場にエレノア以外にもいくつものシルエットが現れていた。それどころか自分の体も黒いシルエットとして現れている。


 ああ、ここはフレア神の御許みもとなのだな。

 そして、この影は、闇の神の……。


 光の世界はどこまでも続いている。まるで世界そのものを包み込んでいるように思えた。


 ふと、いびつな影があることに気が付いた。人形ひとがたなのだが、ひどく細かったり、逆に太かったり、頭が長かったり、いくつも手が生えていたり。そんな影が近くに8個。遠くに20ほどある。


 エレノアの影が、そっといびつな影に触れていく。すると、その影は一度、グニャグニャと形を崩し、球体になった。そこからまたグニャリと変形して、人型に戻る。いびつさがすっかり無くなっていた。


 エレノア、あなたは……。


 レミーはいつのまにか、ひざまづいていた。あふれる畏敬の念。感謝の念。

 レミーだけではない。その場にある影たちも同じ思いなのか、全員がひざまづき、エレノアの所業を見守っている。


 やがて、エレノアはすべてのいびつな影を修復した。

 すると、すっと世界に色が戻っていく。

 音が戻っていく。

 感覚が戻っていく。


 世界には形が戻り、色彩が戻り、匂いと音が押し寄せてきた。


 ほうっ、と誰かが息を吐いた。


 レミーの視界は涙で歪んでいた。

 ひざまづき、泣き続けている。

 彼女だけではない。目に入る誰も彼もがひざまづいて泣いていた。


 狂信的な義勇兵たちも。

 死し、怪物となり、魂を修復されて、再び人に戻った聖騎士たちも。

 ただひとり、その場で立つエレノアを見つめながら。


 炎は消えていた。

 それどころか、焦げ跡もなにもなく、つい先刻の大火などまるでないかのようだった。


「奇跡の大盤振る舞いですわね」

 エレノアが微笑んで言った。


 レミーは彼女の視線を追って村を振り返った。するとレミーが燃やしに燃やした村が元に戻っている。焦げ目ひとつ見当たらない。

 村を背後に聖騎士たちが歩いてくるのが見えた。その後ろにはレミーが殺したはずの義勇兵まで続いている。


 レミーはたまらなくなって顔をおおって泣いた。


 一方、奇跡を起こしたエレノアは妙なことになったと困惑していた。

 クローディアスの妹ニーアが起こした所業ならば、尻ぬぐいをしなくては、と思い、神々に助力を請うたら、予想を上回る奇跡が起こった。

 聖騎士たちは元より、フレア教王国の兵士たちまでもが涙を流してひざまづいている。


 おまけに炎に包まれた村も見事に再生し、そこから来た聖騎士や兵士たちも他の者たちに習って、ひざまづいている。

 立っているのはエレノアだけで、誰も彼もエレノアの言葉を待っているように、彼女を見ていた。


 コホン、とエレノアは咳払いした。

「あなた方が、先ほどの体験をどのようにとらえているのか分かりませんが。あれは、間違いなく、光の神フレア様と闇の神シャドー様ですわ。そう。光の神と闇の神は二つで一つ。光が無ければ何も見えませんし。闇が無ければ光に呑み込まれます」


 それからエレノアは説明した。

 初代アルカディア王と王妃が創造双神と契約し、この大陸に居住できるようになったこと。だが、アルカディア時代の末期に光の神のみを祭るフレア教が現れたこと。フレア教は瞬く間に勢力を広げ、アルカディア王国を滅ぼしたこと。

 この際、真の教えであるアルカディア聖教を守る勢力が東に逃れ、クレイモス王国を作ったこと。現在、フレア教を信じる者が多くなり、神々の力のバランスが崩れていること。

 加護技スキルや魔力を失うものが現れていのは、その影響であり、今後、さらにバランスが崩れれば、この大陸は人の住めない不毛の大地に変わるだろうこと。


「わたくしは東の果て。かつて、初代アルカディア王と王妃が神々と契約をかわした地にて、神々にお会いしました。そこでわたくしは、必ずやこの地に創造双神を祭る真の教えを広めることを誓いました。そして神々にそのための御力添えを願いました。先ほど、わたくしたちが体験した奇跡は、その証ですわ」


 その場にいる誰もが、エレノアの言葉を一言も聞き漏らすまいと、真剣な面持ちで聞いていた。

 なにしろ、彼らは実際に神々の存在を体験したのだ。それは何万の言葉よりも優る。

 特に狂信的なフレア教徒たちは、自身の信じてきたものがあまりにも偏狭だったことに気づいてしまった。


 そして聖騎士たち。

 彼らは『聖女』ニーアによって魂を歪められていた。ニーアにされたこと。自分が行ってきたこと。心の動きなどはっきり覚えている。自分たちがひどく邪悪な所業により、魂を玩具にされたことが分かった。

 そして、それが綺麗に浄化されたのだ。

 まさに奇跡だった。


 エレノアが説明を終えたあと、代表するようにダルシアンが言った。

「私は自分になにが起こったのか、覚えています。『聖女』としとねをともにするうちに、徐々に自分が自分でなくなっていったことが分かります。だからこそ、あのような邪悪な存在にまで堕とされた私を救ってくださった神々のために、全てを捧げたい。神々の使者たる貴方様にお仕えしたい。どうか、貴方様のお名前を。我が主となる方のお名前をお教え願えませんか?」

 この場でもっとも汚された者。ニーアによって歪めに歪められた男が言った。


「私の名はエレノア。かつてはエレノア・ウィンデアを名乗っておりましたが、ウィンデア家の名は捨てました。だから、ただのエレノアです。フレア教の聖騎士方、それにフレア神殿に仕えていた方々。これより、あなた方はわたくしとともに歩みなさい。光の神と闇の神を祭る真の教えを広げるために。わたくしは戦います」


 エレノアの言葉に、ダルシアンを始め、聖騎士たち、それに義勇兵たちが一斉に頭を下げた。

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