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開戦前夜

 アルカディア歴1834年11月6日

 クレイモス王国王城ホワイトパレス



 クレイモス王国王城。

 フレベル王は銀甲冑の騎士たちに囲まれている。今まさに出立の準備が済んだところだ。

 兵士たちは城外にあふれている。


 フレベル王は甥のマクシミリアンを振り返った。複雑な面持ちでなにかを言いたそうだ。

 マクシミリアンは軍装ではない。彼には国王の留守を守ってもらう。そして、万一、フレベルが戦場に果てた時は、新たな王として立ち上がってもらう。

 ひょっとしたらクレイモス王国最後の王となるかもしれないが。


「では行くとしよう。あとのことは頼んだぞ」

 フレベルはマクシミリアンに言った。

「良いか。何度も言うが、国の形にこだわるな。大切なのは中身。国民なのだ」


「分かっております。この命、我が国民のために捧げましょう」


「頼むぞ」


 もう一度甥に別れを告げると、フレベルは馬車に乗り込んだ。


 7年間。なんとかフレア教王国の難癖をかわし続けてきた。だが、それもついに限界を迎えた。

 すでにフレア教王国軍は国境へと向かっているという。

『聖女』と聖騎士団長がエフィレイアに入ってから3ヵ月が経っている。アレキサンデル教王が痺れを切らしたのか。あるいは、エフィレイアの援軍の目途が立ったのか。


 エフィレイア王国宰相ハリス・ローゼンから最後に連絡があったのは、やはり3ヵ月前。『聖女』と聖騎士団長がエフィレイアの王都へ使者としてやってきたという。

 ハリスの家臣を媒介にした会話はすぐに途絶えた。どうやらハリスの体調が悪いらしい。


 この7年間、ハリスとは何度となくやりとりをした。フレア教王国を押さえ続けられたのも、ひとえにハリスのおかげだった。最後の会話でハリスは言っていた。


「できるだけ長く『聖女』と聖騎士団長をこちらに留めるつもりですが。恐らく、今回は戦争を回避できないかと思わます。かの国が軍を発した折には、陛下も軍を率いて迎え撃つお覚悟を。良いですか。可能な限り戦いを長引かせるよう御心がけください。守りに徹することが重要ですぞ」


 フレベルはあれがハリスの最後の助言のように感じた。

 できるだけ時間を稼ぐ。敵軍が疲弊し、一旦、引くまで粘り続ける。


「陛下。どうぞご無事で」

 マクシミリアンが最後にそう声をかけてきた。


 恐らく、それは叶わないだろう、とフレベルは思った。

 フレベルは自らの命すら時間稼ぎに使うつもりなのだ。


 王都を発したクレイモス軍はいくつかの街を経由し、その度に兵士の数を増やしていった。フレア教王国軍は1万に達する軍勢だという。フレア神殿の呼びかけのせいか、義勇兵が多くそれだけの兵数が揃ったという。


 一方、クレイモス軍は総勢3千。3ヵ国の中でもっとも規模の小さいクレイモスである。3千が精一杯だった。

 ただ、有利な点としては加護技スキルを持つ者が多い。クレイモスでは加護技スキルの消失がない、そういう噂を聞き、冒険者で移住する者が増えたせいである。

 対して、フレア教王国の加護技スキルの消失率は加速度的に増えている。

 今や、加護技スキルの所持者は10年前の10分の1。以下の人数だという。

 そういったところも、フレア教王国がしびれを切らせた原因だろう。


 やがてクレイモス王国軍は国境付近に到着。長い渓谷の前に陣を張る。谷の両側にも兵を配置し、上から攻撃をしかけらるようにした。

 天然の要害。古くは神聖フレア教国を迎え撃つために、クレイモス王国が戦った場所。

 その後、3ヵ国の歴史の中で、何度か、ルゼス王国がクレイモスへと攻めてきたが、その際にも、この場で迎え撃っている。

 国境のラバスト砦を背後に背負ったこの渓谷こそがクレイモスの必勝の戦場なのだ。


 フレア教王国軍が渓谷の反対側に布陣したのはクレイモス王国軍の到着から3週間後、アルカディア歴1834年11月27日のことである。


 フレア教王国軍を率いているのは王太子アルベルト・アルク。その下にドーマン・ガース、ルーン・ルドマン、両将軍。あとは各領主も兵を率いて参戦している。

 フレア教王国軍は渓谷の反対側、同国の国境側に陣取った。


 その軍議は紛糾していた。


「そのような作戦、承知できません」

 長い赤毛の美女が言った。胸元と腰に申し訳程度の黄金の鎧をつけている。

 セクプトからの軍を率いてきたレミー・ベラルルである。

「平民を盾にするなど」


「私もレミー殿と同意見だ。あの渓谷を歩兵で進めば、いい的になるだけだろう。騎兵にて突撃していくのがよいと思うが」

 これはアロアーの領主カイル・シルヴィオである。ドラゴン退治の折、長子を失ってからというもの一気にふけこみ、頭髪は白く変わった。


「だが、敵も渓谷の出口に陣を張るだろう。生半可なことでは破れまい。いたずらに騎兵を失うのは愚策だ」

 これは作戦を提示した今回の戦争の作戦参謀ダルシアン・ロディッツ。聖騎士団の副団長でもある。


「数の多い歩兵を先に出し、敵の消耗を誘うべきというのは、悪くないと思うがな」

 ドーマン将軍が言った。将軍は軍部に常設された役職ではなく、この戦争における役割である。本来は王国騎士団の団長職についている。


 それに多くの者が同意を示す。先鋒でも申しつけられて自分の家臣を減らされたらたまったものではない。それくらいならば、平民の数が減った方が良い。


「それにだ。士気の高い者たちに先鋒を任せた方が先々のことを踏まえれば、良いと思うぞ」

 これはもうひとりの将軍ルーン・ルドマン。辺境伯で、東方国境周辺は彼の領土である。


 彼は暗に聖騎士団が率いている熱心なフレア教徒たちを使おうと言っているのだ。彼らは義勇兵として各神殿に志願してきた者たちである。


「アルベルト殿下はどうお考えです?」

 ルーンが今まで無言を通してきたアルベルトに聞いた。


 アルベルト・アルクはすっかり顔つきが変わっていた。無精ひげを生やし、目は落ちくぼんでいる。その瞳も虚ろで、焦点があっていない。


「アルベルト殿下?」

 ルーンが再度、声をかける。


「……先鋒には私が出よう」

 かすれた声でアルベルトが言った。


 それには一堂、瞠目。

 すぐにドーマン将軍がそれを無謀だと却下する。

「殿下はこの遠征軍を率いる身。万に一つも倒れてはなりません」


 それにレミーは内心ひらめきを得た。

 彼女にしてみれば、このような戦争は無意味に思える。この10年でようやくヴァミリアン伯爵領も復興してきた。できれば最小限の犠牲で兵を引きたい。だが、どうすれば戦争を終わらせられるか、それが悩みどころだったのだ。

 王太子アルベルト・アルクの死で戦争に幕を引くというのは悪くない考えに思える。


「『聖戦』を宣言した教王の息子として責任を取るべきだろう。ゆえに、私が先陣を切る。よいな」

 アルベルトの虚ろだった目に、強い意志の光が宿る。ただ、それは狂気のようにも見えた。


「確かに、アルベルト殿下御自ら死地に飛び込んだとあれば、我が軍の士気は大いに上がりましょう。僭越ながら、私、個人も殿下のお供をさせていただきます。万一の時は、私が身を盾にして、殿下をお守りいたします」

 レミーが言った。レミーの戦闘能力は軍の中でも一、二を争う。鉄壁の防衛線に穴を穿つには最適である。


「それならば、我が騎士団の者もお連れくださいますよう。選りすぐりの者たちです。殿下にはかすり傷ひとつ負わせないでしょう」

 作戦参謀のダルシアンが言った。

 すでに自身の立案した作戦は放棄している。


 こうなると二将軍をもってしても抗うことはできない。なにしろ、最終決定権は遠征軍トップのアルベルトにある。


「では、アルベルト殿下とともに先陣を切る者たちを編成しましょう。強力な加護技スキルを持つ者を集め、最大の攻撃力で突破を図る」

 ルーン将軍が言った。

 彼も実は戦争の早期終結を目指している。領地がクレイモスと隣接しているために、同国とは親しいのだ。


「正気か? 殿下に万一のことがあったら」

 ドーマン将軍がまた言った。

 彼は彼で現在のフレア教王国に不満を持っている。できれば、無駄な戦争を起こしたくはないと思ってもいる。だが、それ以上に、アルベルトの身は大事だ。彼が国王となり、フレア教王国をまたルゼス王国に戻してくれることを願っているのだ。


 カイル・シルヴィオは居並ぶ者たちの顔をそれとなく観察していた。

 彼ももちろん、現状に不満を持っている。戦争を回避したいと願ってきたひとりだ。

 この場にいる誰が強く戦争を支持しているか。誰が自分と志を同じくしているか。それを見抜くにはちょうど良い状況だった。


 比較的、王国中央に近い領主や領主代理たちは戦争支持のようだ。一方、北方や南方の港を持つ領主も戦争支持している。ただ、彼らは戦争における利益に釣られているようで、アルカディア聖教を敵視しているようではない。


 問題はやはり大きなフレア神殿がある領土を治める領主たち。日頃、フレア神殿に突き上げを喰らっているのが分かる。


 そして作戦参謀のダルシアン。彼の率いる聖騎士団とその下の義勇兵たちが一番士気が高い。逆に言えば、彼らをどうにかすれば、戦争を終結させることが可能だろう。


 結局、アルベルトの意向を聞き入れ、作戦は彼が率いる精鋭による騎兵突撃ということになった。

 それに続くのは義勇兵たち。アルベルトが切り開いた道になだれ込み、数で押す。


 作戦決行は明朝4時。

 それまでにアルベルトが率いる部隊を編成する。


 軍議が終わったあと、レミー・ベラルルはカイル・シルヴィオに声をかけられた。


「レミー殿、少し話をしないか?」


「はい。私もお話しをしたいと考えておりました」

 言いながらもレミーは僅かに頬を染める。

 カイル・シルヴィオは50半ば。麻色の髪は白く染まったが、彫りの深い顔立ちは実に良い男ぶりである。

 ちなみにレミーは30後半。未だ独身である。


「常々、貴殿とお会いしたいと願っていたが、中々、それも叶わず、時が過ぎてしまった」


「いえ、そんな滅相もない」


「貴殿に謝罪をしたいと考えていたのだ」


「謝罪? 私にですか? なぜ」

 レミーにはまるで心当たりがない。


「セクプトに無法者がはびこっていた時のことだ」


 その言葉でレミーの顔が青ざめる。無法者の奴隷と化していた時代は、レミーにとって思いだすのも苦痛な地獄だったのだ。


「隣領のこと。なにかできることはあったはずだが、結局、なにもできなかった。それを心苦しく思っていた」

 それからカイルはまっすぐにレミーを見つめた。

「本当にすまぬことをした」


「そんな、シルヴィオ伯爵が負い目に思われるようなことではありません。あれは、すべて、セクプトの、ヴァミリアン伯爵領の問題ですから。ヴァミリアン伯爵に仕える者として、ただただ不甲斐なかった。それだけのことです」

 言いながらも、レミーはカイルの真摯さに打たれていた。


「貴殿とは他にも接点があるな。ともにエレノア・ウィンデア殿に救われた」


 カイルの言葉にレミーが懐かしさで緩んだ。もう10年以上前。エレノア・ウィンデアと会ったのは本当に短い時間だったが、それでも彼女のことは片時も忘れたことがない。

 セクプトを、いやレミー・ベラルルを救ってくれた大恩人。黄金の巻き毛を舞わせて戦う彼女の美しい姿は今でも目に焼き付いている。


「惜しい人を亡くした。彼女こそ、この大陸の至宝ともいうべき人だったのだが」


「ええ、本当に」


 エレノア・ウィンデア。ルゼス王国を駆け抜けた英雄。もし、彼女が生きていたら、この国はこんな事態にはなっていなかったのではないか。そんな夢想すらさせられる。


 エレノアをしのぶことで2人の距離が一気に縮まった。もともと、誠実さと良識を備えた2人である。それぞれの生き方、あり方に敬意を抱いていた。


「それにしても、エレノア殿が連れていた御者が、まさか『闇をまとう者』だとは思わなかったが」

 カイルは言った。


 一時、話題となった冒険者パーティ『ホライズン』。なにしろ王太子アルベルトと『聖女』が所属していたのだ。カイルも『闇をまとう者』の噂くらいは知っていた。異形の技を操る最高の探査師スカウト


「私はその二つ名を聞いたことがなかったのですが。なにしろ、当時は自身を見失っておりましたので。ただ、確かに強力な力の持ち主だと感じました。あとから有名な冒険者だったと聞き、得心がいきましたよ」


 エレノア・ウィンデアの物語とともに『闇をまとう者』クロウの名も広く知られるようになった。今や、この国で彼らの名を知らぬ者はいないだろう。


 その後、2人は今回の戦争について話し合った。やはり、といおうか、互いに戦争の早期終結を目指していることが分かった。


「結局、フレア神殿に動かされる形でここまで来てしまったが。無益な戦だ。できるけ被害を出さぬように、終わらせたいものだが」


「例えば、王太子殿下が死亡なされた場合はどうなりましょう?」

 不敬とは思いながらも、レミーは自身の考えを腹を割って話した。


「確かに、この戦は終わるかもしれないが。ただ、この国にとっては致命的なことになるだろう。ルインクス様はもとより、他の王子王女殿下方も皆、陛下の言いなり。それこそ、『聖女』が女王となるやもしれん」


「『聖女』エルシェニーア」

 レミーの声は苦々しい。


『聖女』が神殿を動かし、国王を動かしていることはそれなりに明敏なものならば分かる。

 諸悪の権化。レミーは、いっそう、彼女を殺しに行こうかとすら考えたほどである。

 もし、そんなことをすればヴァミリアン伯爵にも類が及ぶことは間違いないので思いとどまったが。


「いずれにしても、アルベルト殿下にはことがすべて終わったあと、次の時代を築いてもらう必要がある。こんなところで死んでもらっては困るよ」


「それはそうなのですが。アルベルト殿下は狂気に魅入られているといいましょうか。どうも、嫌な感じを受けるのです」


「それは同感だ。噂では王宮でただひとり、クレイモスを庇っていたそうだ。ひょっとしたら、そのあたりで陛下や神殿と衝突し、消耗されたのかもしれん」


「それにアルベルト殿下と『聖女』ニーアは冒険者時代同じパーティだったそうですし」

 アルベルト・アルクに対して、どうも懐疑的なレミーであった。



 夜。アルベルトはひとり剣を振っていた。

 とはいえ、彼から少し距離おいて、護衛の騎士たちが立っている。いや、護衛というよりもお目付け役だろう。なにしろ、彼らは慇懃な対応こそすれど、アルベルトを気遣う様子はない。

 彼らが忠誠を誓っているのは『聖女』エルシュニーアなのだ。


 アルベルトは常にニーアに見張られている。彼が心を開き、親しい者を作れば、それはたちどころにニーアの知るところになる。そして、彼女は一体どうしたものか、と考えだろう。


 どうやって、アルベルトの心を痛めつけようか、と。


 思えば、まだ、冒険者だった頃。恋人だったニーアは、今ほどひどくはなかった。

 何を考えているのか分からないところはあったが、ことさらに人をさいなむような真似はしなかった。


 やはり兄クロウの存在が大きかったのだろう。ニーアがどれくらい意識していたかは分からないが、クロウはニーアの良識であったのだ。クロウを範としてニーアは振る舞っていたのではないだろうか。

 そのクロウが死に。

 ニーアを押さえるものがなくなった。


 アルベルトはこの7年間。さんざん、ニーアによって精神を痛めつけられてきた。

 ロベルトほか側近はアルベルトを裏切り、今やニーアの言うがまま。

 3年間、寝る間も惜しんで改革をしてきた旧グリンニル公爵領。王宮に呼び戻されたアルベルトの代わりに領主として据えられたのは、グリンニル公爵の派閥だった者。別の領土で平民を軽視し、圧政を敷いていた者だった。


 ニーアはアルベルトが大切なものを目の前で壊すことに楽しみを見出しているようだった。


「アルベルト様の綺麗なお顔が失望や悲しみで歪むところが素敵なんですよ」

 などと笑顔で言っていた。


 それでもアルベルトはもがき続けた。なんとか父や側近たちのニーアの洗脳を解こうと、言葉を尽くしたし、密かに高位の治癒魔術が使える者や回復系の加護技スキルが仕える者に治療をさせたりもした。

 だが、ニーアはどのような手段を用いているのか。魔術や加護技スキルの類ではないらしく、効果はなかった。もちろん、説得などなんの役にも立たなかった。


「頑張ってくださいね。アルベルト様。ニーアは無駄な努力をして、もがき苦しむアルベルト様を、もっともっと見たいんです」


 何度、あの女を殺そうと思ったことか。

 実際に、加護技スキル『光の剣』で斬りかかったことは何度もある。

 だが、レディウス・オルセン。あの男にいつも阻まれる。


 あるいは2人きりの時。ニーアは絶望し、弱り切ったアルベルトに欲情するらしく、無理やり性交渉に持ち込んでくるのだが、そういった時に攻撃を仕掛けたこともある。

 彼女が眠った隙をついたこともある。


 だが、ダメなのだ。『光の剣』は彼女の体に刺さることなく、軽々と弾かれる。首を絞めても、彼女はまるで平気らしい。


「わあ、すっごい殺意。アルベルト様、私のこと、そんなに殺したいんですかあ。分かりました。じゃあ、今から10分間、好きなだけ攻撃していいですよ。もう全力でやっちゃってくださいね」

 言ってニーアは裸体のまま目を閉じる。


 アルベルトは『光の剣』で彼女を斬り、刺し、それが通用しないと知ると、短剣で喉を斬り、椅子で彼女を殴った。

 まるで通じなかった。彼女にはかすり傷一つ負わせることができなかった。


「残念。アルベルト様が非力すぎて、ぜんぜん殺せませんでしたね」

 ニコニコしながらそんなことを言った。


 恐らくは彼女が体内で結晶化してため込んでいる魔力のせいなのだろう。

 それでもアルベルトは諦めなかった。

 ニーアを殺す方法を探し求め、強力な加護技スキルの者を呼び寄せ、暗殺を謀ったこともある。

 結果、その暗殺者は取り込まれ、彼女の駒のひとりになった。


 憎悪で気が狂いそうになる毎日。

 目の前で父がニーアの言いなりになる様子を見せつけられ、ロベルトたちは自分を蔑視し、罵り。なんとか密かに作った家臣は取り込まれ。

 それでもアルベルトは逃げ出さなかった。


 暴走する王国を少しでも止めるために。

 クレイモス王国をその被害から守るために。

 足掻き続けた。


 いつしか、心は壊れていき、ただただ、死を渇望するようになった。

 だが、ただでは死ねない。自分の死を少しでも価値のあるものにしたかった。ニーアに嬲られ続け、死に追いやられたなどということでは、アルベルトの矜持が許さなかった。


 だから、この遠征軍の総大将という立場はチャンスだった。総大将たる自分が戦死すれば最小限の被害で戦争を終えられる。

 遠征軍は一度軍を引き、王太子の葬儀や新たなる後継者の擁立をしなくてはならない。

 次の侵攻まで半年はかかるだろう。


 その半年でなにが変わるかはわからない。

 それでも時間は稼げるのだ。


「死んでやるさ。しっかりとな」

 アルベルトは素振りをしながらつぶやいた。


 死に対する恐怖などまるでなかった。

 むしろ、それこそが唯一の救いなのだ。

 アルベルトはそれほどまでに追い詰められていた。

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