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ウィンストンのエルシュニーア

 エルシュニーアにとって、幼い頃から他の人間はどうも不可解であった。

 まだ、ドラゴンが村を焼く前。ニーアは何度となく父に尋ねたことがある。


「お父さん。悲しいってどういうこと? どうして他の子は涙を流すの?」


 父は我が子が単に鈍いのだろうと考えていたので、その質問を適当にはぐらかした。男やもめで日々に余裕がなかったせいでもある。


 やがて、あの日、村は一瞬で炎に包まれた。ニーアはその瞬間を覚えている。空から真っ赤な大きな鳥が降りてきたと思ったら、それが火を吐いたのだ。


 次の記憶は飛んでいる。

 兄の背中。ゆっくりとした歩調。


「ニーア、起きた?」

 兄が言った。


「うん」


「その、村がさ……燃えちゃったんだ」


「ああ、おっきい鳥さんが火を出してた」


「うん、あいつにやられたんだ。それで、その父さんも村のみんなも……」


「死んじゃった?」


「ああ、うん。死んじゃったんだ。もう会えない」


「ふーん。それで、どこに行くの?」


「うん、とにかく街に出ようと思う」


「降りた方がいい?」


「いや、大丈夫だよ」


 ニーアは村が焼けて無くなったことも、父やほかの村人が死んだことも、特に悲しくも寂しくも思わなかった。

 兄は時々、涙を拭ったりしていたので、ニーアも悲しんだ方がいいんかな、とは思った。


 兄とふたりきりでもまったく問題なかった。

 兄はもともと強くて頭が良かったが、不思議な力を使えるようになって、なおさら頼りがいがました。


 やがてニーアたちは孤児院に入った。

 ニーアは兄に守られながら快適に過ごした。兄は優しくてニーアをいつも助けてくれた。

 成長するに従い、ニーアは自分が人と違うことに気が付いた。どうも自分には欠けている感情があるらしい。特に悲しさや寂しさというのがよくわからない。人を大切に思うという気持ちもよくわからない。


 兄は頼りになるし、大好きだが、たぶんいきなりいなくなっても、へえ、いなくなっちゃんったんだ、と思うだけだろう。

 実際に、孤児院を出る前に兄が自分の命があと数年でついえるということを告白しても、ああ、そうなんだ、と思っただけだ。


 幸い、ニーアは加護技スキルに恵まれた。ある朝、いつものように朝の礼拝をしていると、自分の身内になにかが入り込んだのだ。同時に浮かぶ二つのイメージ。魔力の吸収。その魔力の結晶化。

 兄は我がことのように。いや自分のこと以上に喜んでいた。


「良かったな。ニーア。本当に良かった」


 きっと、これなら自分が死んだあとも妹はやっていけるだろうと思ったのだろう。


『魔力吸収』は楽しかった。魔力を吸われ過ぎて、干からびていく人の姿はなんだか滑稽で愉快。それに魔力が入り込むのは気持ちが良い。

 魔力を結晶化して体内にため込むのも、まるで宝石を集めているようで満たされる。


 悲しみも寂しさも知らないニーアにとって世界は楽しさに満ちていた。


 兄とふたり、孤児院を出て冒険者となってからも楽しかった。『聖女』と呼ばれるのはいい気分。本物の王子様のアルベルトがパーティに加わると、もっと楽しくなった。

 アルベルトは感情の起伏が激しくて、とても楽しい人だった。兄のことを苦手としていたので、そこを少しづつ刺激したら、どんどん兄への敵意が強くなった。うん、とても面白い。


 それに見た目も綺麗だった。ニーアは綺麗なものが好きだ。綺麗な男が好きだ。だからアルベルトも好きだった。


 それにアルベルト様は楽しいし。


 やがてアルベルトが自分を求めてきた。性行為に対しては、それほど快楽を感じなかった。けれど、相手の反応を見るのは楽しい。

 アルベルトが悶えているのが楽しかった。

 あんなにプライドが高くて、強気なアルベルト様が。


 少しアルベルトを刺激しすぎたかもしれない。

 アルベルトが兄を追放しようと言い出した。

 ニーアはまだ兄の命は1年残っているので、もったいないと思った。せっかくなら、最後までニーアのために頑張ってもらったらいいのに、と。

 ただ、少しだけ、兄を解放してやりたいという気持ちもあった。不思議な感情で、ああ、ひょっとしたら、これが愛というものなのかもしれない、と思った。

 妙に嬉しかった。


 兄がいなくなったら、どうなるのか好奇心がうずいた。

 アルベルトはきっと自分の無力さに絶望して、苦しむことだろう。惨めさにさいなまれることだろう。

 アルベルトのそんな顔を見るのが楽しみだった。


 アルベルトは兄をパーティから追い出した。そしてニーアが思った通り落ちぶれていった。思えば、ニーアが人が傷つき、もがく様を見ることに悦びを感じたのは、この時からだったのかもしれない。


 落ちるところまで落ちたアルベルトは酒に逃げた。ニーアはここからどうなるのかドキドキした。


 酔っぱらって喧嘩をして、身ぐるみをはがされたりしたら、すごく惨めだわ。

 ぜひ、そうなってくれないかしら。


 そんな時にアルベルトの家臣が助っ人の冒険者を連れてきて。

 ニーアは一気に白けてしまった。だから、アルベルトを挑発した。自分の家臣とかすごい冒険者とかの前で、恋人の私を殴ったら、とっても惨めになるんじゃないかしら。


 結局、それはうまくいかなかったが、その直後、兄に再会した。アルベルトに力を貸して欲しいと頼んだ。あんな冒険者たちにしゃしゃり出られたら、つまらない。

 知らないうちに兄の力でまた這い上がって欲しい。そうして兄が死んだあとにバラしてあげよう。実は兄さんが助けてくれていたの、って。

 どんな顔をするか楽しみでしょうがなかった。


 それなのに。

 兄は行ってしまった。エレノア・ウィンデアという女とともに行ってしまったのだ。

 自分の願いを聞かず、エレノアを守るために。


 どうしてよ。兄さんは私のもののはずなのに。


 胸の中に、黒い炎がおこったようだった。

 ああ、そうか、これが憎しみというものなのね。


 憎しみは実に良かった。

 毎日、エレノア・ウィンデアをどのように苦しめるかを考えた。直接手をくだしたのではつまらない。徹底的に痛めつけるためには、大切な人をどんどん奪っていけばいい。捨てられ、裏切られ、憎まれ、そねまれ。


 エレノア・ウィンデアへの憎しみは、ニーアの強い原動力になった。

 人の心を思い通りにする技を開発できたのもエレノア・ウィンデアのおかげだった。


 手始めに聖騎士団を乗っ取り(レディウス様はとっても綺麗で好き)、ルゼスを乗っとるつもりだった。

 レディウスを使って分かったこと。肌を重ね合わせながら、魂に干渉すればより一層、相手を強く支配できるということ。

 しかも、その相手に新たな加護技スキルを覚醒させることまできる。それだけではない。レディウスは眠っていたカリスマ性を発揮し、周囲の人間を支配し始めた。

 まったく素晴らしい効果。


 だが、そんな時に。

 これからルゼスを乗っ取って。クレイモスを侵略して。エレノア・ウィンデアにたっぷりと復讐をしようと準備をしていた、その時に。


 エレノア・ウィンデアが死んだ。

 ニーアは実に久しぶりに怒った。怒り狂った。その怒りを沈めるために、2百人くらいの人間の魔力を吸い取って干からびさせなくてはならなかった。


 なんとか怒りが鎮まったあとは、虚しさが訪れた。

 兄も死んだ。エレノア・ウィンデアも死んだ。

 ああ、つまらない。つまらない。

 もう、いっそ、世界を滅ぼしてしまおうかしら。


 エレノア・ウィンデアが死んでから、ニーアは人の悲しみや絶望を楽しむようになった。特に、親しい者から裏切られた時の顔はいい。必死になって守った人間から裏切られた時の顔はとっても魅力的だ。


 惨めさに打ちひしがれて、もがくさまも素敵。

 固い絆が崩壊して、互いに憎しみあうのもワクワクする。


 ニーアは聖騎士団や神殿でたっぷり遊んだ。玩具が無くなってきたので、今度はお城へ。王様を虜にして、この国そのものを遊び場にした。


 ニーアにしてみれば、フレア神殿で盛り上がっているアルカディア聖教滅ぼすべし、などというスローガンは、どうでも良かった。

 ただ、クレイモスにもたくさん玩具がありそうだから、戦争そのものは賛成。


 国名をフレア教王国に変えようとしたら、アルベルトが怒鳴りこんできた。

 アルベルトはすっかり男らしくなり、ボロボロになっていたあの頃から見違えていた。

 そんなアルベルトを使ってずいぶん遊んだ。側近を支配して、彼らにアルベルトを裏切らせたのはとっても良かった。興奮した。父王がニーアの言いなりになる様を見せつけて、悔しがらせるのも良かった。傑作だったのは、せっかく3年間かけて改善した領地に、別の領主を派遣して圧政をしかせたこと。


「なぜだ。ニーア、なぜこんなことをする。私がそれほど憎いのか」

 血を吐くようにアルベルトは言った。


「とんでもない。私、アルベルト様が大好きなんですよ。今だって、アルベルト様を見て興奮しているんですもの」


 自分を嫌悪し、憎しみを抱くアルベルトを抱くのも良かった。ただの性行為とは一線を画する快楽。


 アルベルトはまだ支配していない。とっても良い玩具なので、時間をかけて楽しもうと思った。

 だいぶ魂がすり減ってきて、壊れてきたが。


 クレイモスはなんとしても戦争を起こさせないように頑張っていたようだ。ニーアは特に興味はなかったので、アレキサンデル教王のさせるがままにした。

 魂に干渉しすぎたせいか、彼は人柄は百八十度度変わってしまい、覇気に満ち溢れている。


 いつのまにか大陸に統一王国を築く野望まで抱いてしまった。

 ニーアとしては面白そうだから、ぜひぜひ、頑張って欲しい。


 今回、エフィレイアに援軍の派兵要請をする使者となったのは、単に物見遊山のつもりだった。

 レディウスとふたりでゆっくり観光でもしようと思ったのだ。

 レディウスはニーアの芸術作品。彼にはたっぷり愛を注いで、その魂を作り変えてきた。加護技スキルだって、5つも与えた。


 ニーアにすべてを捧げた絶対の騎士。

 まるで昔の兄のよう。

 アルベルトのような玩具もいいが、やはり女は守ってくれる存在に弱いのだ。


 せっかくだから、フランツ王を新しい玩具として手に入れようと思った。

 会ったことはないが、美形だという噂だし、性格もまっすぐで、感情豊か。正義感が強い。

 娘の名前がエレノアだというのも気に入っている。


 壊れかけのアルベルトの代わりになるかもしれない。まずは彼の家族を支配して。ああ、そうだ。目の前で王妃の裏切りを見せつけてやろう。

 そうして。娘を私になつかせて。うん、それはとても面白そう。

 当分、エフィレイアで楽しめそうだ。


「ずいぶんと楽しそうですね。ニーア様」

 馬車の隣の席に座るレディウスが言った。


「はい。とっても。この国、素敵ですよね。ワクワクします」

 ニコニコと笑顔でニーアは言った。


「そうですね。エフィレイアはフレア教王国に比べ街並みが整然としている。特にこの王都は」


「フランツ陛下にはなかなか会えないけれど、すごく歓待してもらっているし。ゆっくりと楽しんでもいいですよね。ねっ」


「ニーア様の御心のままに」


「あっ、レディウス様、見て。とても仲が良さそうな家族が歩いているわ」


 レディウスが遠慮がちに、ニーアのそばに体を寄せて窓を見る。若夫婦とその幼い息子。実に仲良さそうに家族3人手をつないで歩いている。


「ぜひ、お近づきになりたいわ。レディウス様、お願いできます?」


 レディウスはすぐに馬車を止めると、驚く家族の元へと話しかけに行った。

 どういう風に楽しもうか、ニーアはワクワクしながら仲良し家族を眺めていた。

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