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クレイモス王国では

 アルカディア歴1827年6月

 クレイモス王国王都エルデヘリア



 ルゼス王国が国名をフレア教王国に変更したことは、エフィレイア、クレイモス両国に衝撃を与えた。特にクレイモス王国にとっては、今後かの国がフレア神殿の強い影響を受けることが分かり切っている。そして、それがクレイモスへの侵攻に結びつくだろことは火を見るよりも明らかだ。

 クレイモス国王フレベルは戦慄し、隠遁した『聖賢』に対応策を請うた。


「エフィレイアの宰相ハリス・ローゼン殿と連絡をおとりなさい」

 いよいよ、死の近付いている『聖賢』フォトン・メアーは、なんとかそれだけを王に告げた。


 フレベルは即座に動いた。かねてより、ハリス・ローゼンの手の者が王国内に入り込んでいることを知っている。

 彼らを使うことにした。


 王がハリス・ローゼンと連絡を取りたがっている、そう噂を広めたのだ。


 やがて、フレベルの前にひとりの男が現れた。夜中、寝ているところに闇に紛れて声をかけてきたその男を、フレベルは信用した。


「本当にハリス・ローゼン殿と内密に話ができるのだな。ありがたい」


 フレベルは柱の影に立つ男に頭を下げた。男の正体を確かめようとは思わない。ハリス・ローゼンと内密に話ができる、それが本当なら男の素性などどうでも良い。


「短時間ですが。何度もこの場に忍び込むのは私でもリスクが高い。今すぐ始めさせていただいても?」


「ぜひとも頼む」


「話は私を介してのものとなります。私の体にハリス様が乗り移るというように考えていただければ良いかと」


「分かった」


 しばらく間が空いた。その間にフレベル王はハリスとの会見でなにを話すべきかを考えた。短時間。腹を探り合っている時間はない。

 クレイモスの利害とエフィレイアの利害が一致する道。


「ご無沙汰しております。フレベル陛下」

 男の声が変わった。明らかに別人の声。話し方。

「エフィレイア王国宰相ハリス・ローゼンでございます」


「おお、ハリス殿。懐かしいな。そなたと最後に会ったのは、20年も前か。壮健そうでなによりだ。時間がないらしいゆえ、非礼ではあるが要件に入らせてもらうが。ルゼス、いや、フレア教王国への対処に良い案があればご教授願えぬか?」


 このあたり、フレベルは思い切りが良い。他国の宰相に自国の方針を相談しているのだから。


「さすがはフレベル陛下。亡きバイゼル・ウィンデアが陛下を敬愛なさっていたのもうなずける話です」


「余はお調子者ゆえ、あまり褒めてくれるな。それで、なにか良案はないだろうか」


「そうですな。陛下が改宗なさってはどうでしょう。実際に改宗なさる必要はありません。要するに、クレイモスではフレア教への改宗を進めていく。その方針だとフレア教王国に示すのです。もちろん、これはただの時間稼ぎですが、付け入る口実を無くすことができる。その間にフランツ王と陛下の血縁の姫君との間に婚姻関係を結ぶ。クレイモスと我が国が堅固な同盟関係にあるとアピールするのです。当面、できる対策としてはこのあたりでしょう」


「だが、それではエフィレイアの立場が悪くなのではないか? フレア教王国に睨まれよう」


「それを承知で陛下は私に助言を求めたのでしょう? フレア教王国の脅威はクレイモス王国だけにとどまらない。まずは、クレイモス。次いでエフィレイア。そうなるは目に見えていますからな。今、手を打たねば、我が国にとっても手遅れになりましょう。時間稼ぎの末に、フレア教王国が自壊してくれるのが最良」


「ところでハリス殿は、加護技スキルの消失についてどうお考えか?」


「そうですね。この問題が最終的にどこへ帰結するのかは見当もつきませんが。ただ、それが加護技スキルの消失で済むのならば、大陸に住まう者すべてがそうなったところで、さしたる問題ではないでしょう。一般人は不便になるという程度。兵士や冒険者の人数が増えるでしょうが。宗教問題に結びつかない限り、これはその程度の問題なのです」


「さすがはエフィレイアにその人ありと言われたハリス・ローゼン殿だな」


「だからこそ、フレア神殿さえ黙らせれば、問題は矮小化できます。そのためにはまずは」


「余の改宗か。分かった。助言に従おう。フランツ王との婚姻話、進めさせてもらうが、構わないかな」


「もちろん、こちらとしては願ったりですよ。フランツ陛下にはそろそろエレノア・ウィンデアの影を振り切っていただかなくてはなりませんからね」


「エレノア殿は……」


「契約の地へ向かい行方知れず。私の部下が彼女の死を確認しました。加護技スキルによるものですが、間違いないでしょう」


「なにもかもご存じだな、ハリス殿は」


「私は小心者ですので、運命に身を任せるというのがどうも苦手なのです。知りえることは可能な限り知り、対策をたてる。そうでなくては安心できませんので」


 それにフレベルは笑った。

 ハリス・ローゼンが小心者とは、それこそ誰も信じまい。


「陛下の改宗については、形だけで良いかと。あくまでもポーズが重要ですので」


「いや、余の改宗で時間稼ぎができるのならば安いものだ。歴代の王にはあの世で怒られそうだが」


「しかし、国民が不満を抱きましょう」


「なに、構わんよ。どのみち、そろそろ隠居しようと考えていたからな。まあ、できればフレア教王国の件が片付くまでは玉座に座っていたいものだが」


 クレイモス王フレベルが突如、自身のフレア教への改宗を宣言したのは、この3日後、アルカディア歴1827年6月15日のことである。

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