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渡河

 アルカディア歴1824年9月13日

 ミッド大陸東部大河



 ついにふたりは森の終わりへとたどり着いた。

 ゴロゴロとした大きな岩や大きな流木がそこらかしこに転がっている。大岩や流木を避けて進むと、やがて大河が目の前に現れた。


 それはまるで海のようだった。

 地平線までも水面がある。川上も川下も対岸などまるで見えない。

 川べりは黄色い砂浜になっており、それもまるで海岸のように見えた。


「これが川ですの? 本当に?」


「ああ、大きな川だよ。対岸まで数キロはある」


「舟を造るのですわよね」


「うん。そうしようと思う」


「お任せください。わたくし、一生懸命手伝いますわ」

 エレノアがぎゅっと両手を握った。その肩にはクローディアスの影人形クロ(エレノア命名)が、エレノアの真似をした。


「まあ、それほど大した手間はかからないけどね」


 言ってクローディアスは砂浜から大岩が転がっている辺りへと戻った。

 幹の直径が5メートルはあろう巨大な流木の前に立つと、片手で触れる。

 闇がクローディアスの手から流れ、流木を包んだ。闇はすぐに晴れる。すると、大きな楕円形のボートが出来上がっていた。

 闇消化で溶かしたのだ。


「うん、こんなものかな。オールも必要か」

 溶かした残りの流木に触れる。しっかりとしたオールが2本出来上がる。

「どうだい、エレノア?」


 振り返ったクローディアスは無表情のエレノアと対面することになった。


「……ええと」

 クローディアスは、ガラス玉のような目で自分とボートを見るエレノアに面食らい、半歩後ずさりした。


「素敵な舟ですわね。とてもご立派」

 淡々とした無感情な声。


「エ、エレノア?」

 冷や汗が流れる。

 どうも、なにか怒っている様子である。

「その、どうかしたのかい? なにか気を悪くしているみたいだが」


「あら、わたくしがなぜ気を悪くしなくてはならないのです? クローディアスさんはとても良いお仕事をされたではありませんか。わたくしの手伝う余地などないほどに。ええ、本当に、なにもするこがありませんでしたもの」


 楽しみにしていたのか。

 クローディアスは今更ながらエレノアの気持ちを察した。エレノアは舟づくりに大工仕事のようなことを思い浮かべ、ワクワクしていたらしい。

 それを、クローディアスが実にあっさりと、数秒で造ってしまったものだから、落胆し、寂しくなったようだ。


「そ、そうだ。せっかくだから、もう少し工夫しようか。これじゃあ、乗り心地も悪いしね。クッションを敷き詰めたり、重心が安定するように重りも付けた方がいいな。あとは、オールを固定する場所もあった方がいいね。すまない、エレノア、手伝ってくれるかい?」


 その言葉にエレノアの顔がパッと輝いた。

「お任せください。わたくし、一生懸命手伝いましてよ」


 そういったわけで、ふたりはそこからボートを改造していった。クローディアスが『影倉庫』から金槌や釘、のこぎり、ロープなどを出す。それをエレノアが手ほどきを受けながら使用して加工していく。


 影人形クロもエレノアを手伝って木片を支えたり、釘を渡したりと小さいながら細々と動いた。


 そのおかげで簡素だったボートもずいぶんとしっかりとしたものに変わった。もともとボートは水に浮かびさえすれば、クローディアスが加護技スキルでフォローするつもりであった。

 だがこれならば、フォローも最小限で済みそうだ。


「おつかれさま。今晩はここに泊まって、明日の朝、出発しようか」


「せっかく完成いたしましたのに」

 エレノアは今すぐにでも船出したいらしい。


「あまり水の上で夜を過ごしたくないんだ。なにがあるか分からないからね」


 もっとも、未知なる大河である。昼だろうが夜だろうが危険は変わりないだろう。どちらかというと気分の問題である。


「分かりました。楽しみは明日にとっておきます」


 砂浜ではなく岩場の開けた場所にテントを張った。とはいえクローディアスが整地したので地面は平らだ。

 流木でたき火をおこし、スープを作る。ついでにフライパンで香草とともに肉を焼いた。


 お決まりのテーブルセットを出して、ふたりで夕食をとる。影人形クロはエレノアの肩に座って、左右にゆっくり揺れている。


「そういえば、エレノアは海を見たことがあるんだね」

 クローディアスは言った。


「はい。ウィンデア家の領地は西側の海に面していますから。お爺様が何度か連れて行ってくださいましたの。大きなお船に乗ったこともありますのよ。停泊中のお船でしたけれど」


「そうか。それはいいね」


「船乗りさんたちから、いろんな話をお聞きしましたの。航海のお話ですとか、別大陸のお話しですとか」

 目を輝かせるエレノア。

「大人になったら、絶対に船出をしたいと思っておりましたのよ」


「なるほど。それで楽しみにしていたんだね」


「そうなのです」


 クローディアスはボートをさっさと作った時のエレノアの無表情を思いだして、笑みが浮かんだ。あの時は本当に驚いた。


「楽しみにしていたのですもの。船大工さんのお仕事も。クローディアスさんは海をご覧になったことがありますの?」


「うん。南の海だけどね。船には乗ったことはないが」


「いつか、ふたりで船に乗って大海原を渡りたいものですわね」


「ああ、そうだね。別大陸に行ってみるのも楽しそうだ。君となら」


 ふたりは熱い眼差しで見つめ合った。

 そっとエレノアがクローディアスに手を伸ばし、クローディアスはその手を握った。


 影人形クロがクローディアスの感情に影響を受けたらしく、エレノアの頬にちゅっと吸い付いた。



 翌日は曇り空だった。風も少し強い。

 クローディアスは迷ったが、結局、渡河することに決めた。

 エレノアの期待に満ちた眼差しに負けたのだ。

 ゆっくりとエレノアの乗ったボートを川に押していく。流れはずいぶん緩やか。グイグイと川下へながされていくということも無さそうだ。

 ボートが完全に浮かぶ。クローディアスは力一杯押すと、飛び乗った。


 あとはクローディアスがオールを使って漕ぐ。


「わたくしにも漕がせてくださいな」

 エレノアがキラキラした目を向けて言った。


「いいよ。やってみるかい?」


「はい」


 というわけで、エレノアと漕ぎ手を交代。エレノアはクローディアスの真似をして、見よう見まねで漕ぐ。それをクローディアスが指導する。

 さすがはエレノアである。魔力で肉体を強化しているためか、ぐいぐいと力強く漕いで、ボートを前へ前へと進めていく。


 さらにはクローディアスはボートの底面を加護技スキルでコーティングしている。極力、抵抗を減らすようにしているのだ。本当はもう少し推力なども与えたいのだが、せっかくエレノアが楽しんでいるので野暮なことはやめておいた。


「そろそろ代わろうか?」


「いえ、まだまだ、これからですわ」

 エレノアはコツをつかんでいっそう楽しくなったらしく、なかなか代わろうとはしない。


 クローディアスはそんなエレノアを微笑ましい気持ちで眺めていた。

 と、水の中でこのボートめがけて近付いてくる気配があった。魚だ。それもかなり数が多い。


「エレノア、魚が来る」


「まあ、お魚さん?」


「どうもそう可愛らしい感じではなさそうだね。こちらを狙っている」

 言っている間にも、ボートの底面にガツンガツンとぶつかってくる。かなり強い力だ。


 だが、クローディアスが闇でコーディングしたボートである。いくら攻撃しようと傷つきはしない。それどころか、ぶつかってきた魚を飲み込んでしまう。


 魚たちが今度は川面に現れる。そこからなんと飛んできた。まさか魚飛んでくるとはクローディアスも予想外で、対応が遅れた。

 一直線に飛んできた魚を手刀で叩き落としたのはエレノアだ。


 魚はヒレが羽のように大きく、それを使って飛んでいるらしい。体長は30センチほどだろうか。口がギザギザとしていて、いかにも肉食という様子だ。


 クローディアスもすぐに魚たちの迎撃をする。ただ、『闇消化』は使わず、小さな棘をいくつも出して魚たちを串刺しにしていく。せっかくの魚。食料にしようという算段である。


 魚たちは次々と飛びついてくる。一体、何匹いるのやら。なにしろ一匹一匹が大きいので、集まってくると重くなる。クローディアスは倒したそばから『影倉庫』に放り込んでいった。


「エレノア、魚の方はいいから、君は操船を頼む」


「了解いたしました」

 エレノアがオールを握り、よいしょっ、よいしょっ、と再び漕ぎだす。


 クローディアスの方はだいぶ魚にも慣れた。水面ギリギリに棘をつくり、どんどん串刺しにしていった。

 ちなみに影人形クロもきちんと活躍。

 魚が飛んできた直後から、エレノアの肩の上に立ち、飛んでくる魚を闇の刃で切り裂いていた。


「当分、魚には困らないな」

 クローディアスは言った。

 もう何百匹捕まえたことか。さすがにこれ以上は良いだろう、と今度は『闇消化』で溶かしている。


 1時間ほど、魚の襲撃は続いたが、やがてそれも収まった。


「いい加減に代わろう。疲れただろう」


「いえ、お気になさらずに。わたくし、楽しんでおりますの」


「そうなのかい? それならいいけど。あまり無理はしないようにね」


「あら、これくらい。一日中だって漕いでいられますわ」


 とはいえ、昼も近くなってくると腹も空いてくる。クローディアスはスープの残りや果実、焼いておいたイモを出して皿に盛りつけた。


「エレノア、交代だ。君は食事をとりなさい」


「口に運んでくださいな」


「まだいくらでも漕げるだろうに」


「いいのです。楽しいのですもの。ほら、口に放り込んでください」


 あーん、と口を開ける。それがあまりにも可愛くて、クローディアスは彼女の口に切り分けたリンゴのような果実を放り込んだ。

 シャクシャクとエレノアが噛む。

 すると、影人形のクロがなにかジェスチャーした。


「お前も欲しいのか? 食べられないだろう」


 クローディアスが聞くと、首を横に振る。

 どうも、エレノアにあげたいらしい。さすがクローディアスの分身である。


「じゃあ、こいつだな」

 言ってクローディアスはブドウをひと房、影人形クロに渡した。小さな体でブドウを支えるクロ。丸い手がニョーと伸びて、一粒口に放り込んだ。


 そんなわけで引き続きエレノアはボートを漕ぎ続けた。エレノアの頑張りのおかげでやがて、地平線のようだった向こう岸が大きくなってきた。よほど平坦な地形なのだろう。


 クローディアスは向こう岸へ向けて視界を飛ばした。きちんと接岸できるか確かめたかったのだ。岸辺が岸壁ということもありうる。

 だが、タイミングが悪かった。


 ちょうど川底からボートへと巨大生物の手が伸びていたところだったのだ。

 それに真っ先に気づいたのは、影人形クロだ。エレノアの肩に座っていたクロは、すくっと立ち上がると、片手を天に向けた。

 ボートを闇がドーム状におおう。


「なんですの?」

 エレノアが不思議そうに聞く。


 それでクローディアスも気が付いた。

「なにかが川底から伸びてきてる。蛇のようにニョロニョロとしているな。いや、触手のようなものか。クロの張ってくれた結界でこちらを見失ったようだが」


「このままでは進めませんわよ」

 なにしろ、闇のカバーでおおわれてしまった。前も見えない。


「仕方ない。片付けてくるよ」

 言うとクローディアスは『闇武装』した。


「泳げますの?」


「泳いだことはないね。まあ、なんとかなるさ」


「ダメですわよ。わたくしが行きます」


「君は泳げるのかい?」


「ありませんわよ。泳いだことなんて」


 それに状況も忘れて、クローディアスは吹き出した。


「笑いごとではありませんわよ。水中で発作がおこるかもしれませんし」


「しかし、水中なら俺の加護技スキルの方が使い勝手がいいと思うんだ」


「あら、わたくしはエレノア・ウィンデアですわよ。水中での戦い方も心得ておりましてよ」


「泳げないのに?」


「関係ありませんわ」


 そうだろうか、とクローディアスは思ったが、言い合いをしていても埒が明かない。


「それならふたりで行こう。それならいいだろう?」


「ええ、望むところですわ」


 ということで、ふたりで謎の触手を退治することになった。

 影人形クロがボートをおおう闇を晴らす。とたんに白っぽい吸盤のたくさんついた触手が複数伸びてきた。


 クローディアスはそれを『闇消化』で撃退。その間に、エレノアが水の中に飛び込んでしまった。


 まったく、無茶をする。


 クローディアスもすぐ彼女のあとを追い水中へと入った。


 クローディアスは暗闇でも関係ない。気配感知で視力の代わりができるのだ。エレノアは魚のようにスイスイと泳いでいた。その背中にクロがへばりついており、近付いてくる魚たちを棘で撃退している。


 さすがにこれだけ広い川だ。水深も深い。

 クローディアスはすでに水底に鎮座する巨大生物を見つけている。巨大なナメクジのような生き物。それが川底に体を沈めて、触手を振り回している。


 触手がエレノアに向かって伸びるが、エレノアはそれをするりとかわす。すかさずクロが触手を溶かした。


 クローディアスはなにかあればエレノアをフォローするつもりだったが、どうもその必要もなさそうだ。

 彼女に追いつき、魔物の潜む辺りを指さした。魔物は沈殿した土だか砂だかに埋もれており、触手だけが、川底のそこらかしこから伸びているという状況なのだ。


 エレノアがうなずいた。

 ふたりで並んで川底へと潜っていく。

 クローディアスは隣を泳ぐエレノアを眺めながら不思議に思った。彼女は目を閉じている。それなのにまるで見えているかのようだった。


 実際に、エレノアには見えていた。

 エレノアは目を閉じ、肉体の感覚を遮断していた。代わりに『魂斬り』の感覚を呼び起こす。相手の魂を感じようとするあの感覚。あれをもう少し広げる。魂で世界を感じるように。

 すると、確かにまるで目を開いているかのようにすべてがはっきりと認識できたのだ。


 これが心眼ですのね。

 

 剣の師ハリエッタ男爵夫人が使っていた技術。心の目。これならば、見えに見えるものでも隠れているものでも見える。

 そのため、エレノアはクローディアスに教えられるまでもなく、川底の巨大生物の居場所も突き止めていた。


 それにしても川の中はなんとも美しかった。魚たちが泳ぎ回り、川底では水草が揺れている。色とりどりの貝類。


 隣には自分を心配そうに見るクローディアス。泳いだことなどないと言っていたのにまるで魚のようにしなやかに、美しく泳いでいる。


 やがてふたりは川底に到達した。

 すでに触手はその大半を消失してしまった。巨大生物はふたりを捕らえることを諦めたらしく、砂利の中、深くに潜った。

 ただ、生かしておくと、またちょっかいを出されないとも限らない。クローディアスはエレノアに合図すると、片手を体積した砂利へうずめた。


 そこから闇を伸ばし、巨大生物へと突き刺す。あとは一気にその巨体を包み込んで溶かした。


 その後、ふたりはせっかくなので、と水の中を散歩しつつ、貝を拾った。やはり食料集めである。

 ふたりとも呼吸の心配はない。エレノアは魔力で体を強化しているため、クローディアスも『闇武装』しているため、である。 ゆっくりと貝を拾い集めた。


 ふたりはボートに戻った。

 クローディアスは『闇武装』を解除。当然、一切濡れていない。

 エレノアの方はというと、こちらは髪の毛以外は濡れそぼっている。だが、すぐに服にかかっている『自動洗浄』の魔法のおかげで乾燥した。


「楽しかったですわね。とっても」

 エレノアが、はあ、と吐息を発した。


「どうやって水中で物を見ていたんだい。目を閉じていたようだけど」


 それにエレノアが得意満面。心眼について教える。


「これで、わたくしも闇の中でも戦えますわ」

 胸を張って言った。


「頼りにさせてもらうよ」

 クローディアスはそんなエレノアが可愛くて仕方がなかった。

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