影人形クロ
アルカディア歴1824年9月8日
ミッド大陸東部大森林
クローディアスが自身が昏倒した際の対策を完成させたのは、彼が昏倒してから4日後のことだった。その間、彼は隙を見ては『闇武装』して、試行錯誤を続けた。歩きながらも常に頭を働かせ続けた。おかげで何度かエレノアの言葉を聞き逃し、彼女を不機嫌にさせた。
クローディアスがそれを披露したのは、醜悪な形の巨大蛙、マッドフロッグの集団との戦闘後、昼食を食べたあとだった。
「実はようやく完成したんだ」
クローディアスは満面の笑顔で言った。
その子供のような笑みにエレノアは思わず見惚れてしまった。クローディアスがこんな風に笑うことは滅多にない。
「完成? なにが完成したのですか?」
「ほら、気を失った時のために対策を考えていると言っただろう。あれだよ」
「……ああ、あれですか」
エレノアが途端に仏頂面になる。
エレノアにしてみれば、クローディアスが自分を信用していないように思えてしまうのだ。
「そんな顔をしないでくれよ。君を信用してないわけじゃない。ただ、君の負担を少しでも減らしたいんだ。この先、ああいったことが増えていくかもしれないからね。ちょっと見ててくれ」
言ってクローディアスは椅子から立ち上がった。彼の影から闇が伸びあがり、クローディアスを覆う。『闇武装』だ。
クローディアスが両手でなにかをギュっと握りこむようにする。しばらくその姿勢のまま固まった。
突然、クローディアスの両手の間から白い閃光が起こった。それは一瞬で収まり、代わりになにかウネウネとした闇が漏れ出てきた。
クローディアスがゆっくりと両手を開く。
ドロドロのなにかしっかりとした質感を持った闇が、地面にこぼれ落ちた。
それは集まり、なにか丸っぽい形を作っていく。
それは例えるなら雪だるまに似ていた。球体が球体の上に乗っている。そこにやはり丸い足と手が生えた。球で造った人形のような。
最後にまん丸の顔の下部に口のような小さなへこみができた。
「まあ、お可愛い」
エレノアが先ほどの不機嫌など忘れたかのように、闇人形の元へと寄ってきた。
「触れても良いですの?」
「うん、大丈夫。というか、まあ、それが少し問題なんだが」
エレノアが手を伸ばす。だが闇人形が先に動いた。ぽんっと飛んで、エレノアの腕にキュッとしがみついたのだ。小さな手と足で。
「お可愛い。お可愛いですわ」
エレノアがメロメロになった。
「その、こいつは俺の分身みたいなものなんだ。こんななりだが、かなり強い。俺の使える加護技はほとんど使えるし、『影倉庫』もつながっている。完全に自律していて、俺が気を失っていても勝手に動いてくれる。なにより、影の中に入っていれば力を回復できるんだ」
クローディアスがそう言っている間にも、影人形はちょこちょことエレノアの腕を上っていく。その仕草がまた可愛らしくて、エレノアはメロメロになった。
「本当は君の影に潜ませてるようにしたかったんだけど。どうも、俺の分身だからなのか、その……」
影人形がエレノアの肩にたどり着き、エレノアの頬に吸い付いた。
エレノアが、ふぁあ、と変な声を漏らす。
クローディアスは影人形を捕まえようと手を伸ばすが、影人形はささっとエレノアの背中に回って隠れた。
「君が大好きなんだよ。君にベッタリで離れようとしない」
言いながらクローディアスはエレノアの背中にべたっと貼り付いている影人形を取ろうとする。今度はささっとエレノアの前面に移動し、その胸に収まった。
エレノアがすかさずそれを抱きしめる。
「最高ですわ」
感極まったように言った。
「そ、そうかい? 気持ち悪くはないか?」
「お可愛いですわよ。それにクローディアスさんの肌触りとそっくりですわ」
ナデナデする。
「えっ、そうなの?」
「そうですの」
言って今度は顔を近づける。クンクン臭いを嗅ぐ。
「まあ、匂いまでご一緒ですわ」
「それは気が付かなかったよ」
クローディアスは予想外にエレノアが喜んでくれたのでホッとした。
エレノアがクローディアスの昏倒対策をよく思っていないことは知っていたし、それでなくても闇の塊がまとわりついてきたら不気味で落ち着かないだろうと考えていたのだ。
「ずっとこのままですの?」
「邪魔なら命令すれば影の中に入ると思うんだが……たぶん」
なにしろクローディアスにも自信がない。
「このままで構いませんわ」
言って、うふふっ、と笑った。
「お可愛いですもの。小さなクローディアスさんですわ」
「とにかく気に入ってもらえたなら良かったよ。これで、俺が倒れた時も安心だ」
だが影人形と戯れるエレノアは聞いていないようだった。無邪気な顔で遊んでいる。
クローディアスの脳裏に小さな子供と遊ぶエレノアの姿が思い浮かんだ。黒髪のクローディアスそっくりの子供。
胸が熱くなった。
そうだな。いつか、そんな日が……。




