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大司祭エルシュニーア

 アルカディア歴1824年8月5日

 ルゼス王国王都ルーベリア


 壁も床もすべてが白石で造られた会議室。中央に円卓があり、それに6人の人間が座っている。円卓の中央にはフレア神のシンボルである二重正円の彫刻が台座に載って置かれている。

 着座する者たちは全員、白い神官着を着ているが、袖と襟に金糸で刺繍されており、生地も高価なものを使っているのがわかる。


 ルゼス王国王都ルーベリアのフレア大神殿。彼らはその大神官である。彼らの決定は同神殿だけでなく、ルゼス王国のフレア教徒全てに適用される。いうなればルゼス王国内のフレア教の総本山である。


「昨年は、30人。今年に入って、すでに40人に上っている。加護技スキルの消失は加速度的に増えている」

 高齢の男性が言った。

「いよいよ、放置しておけぬ」


「エフィレイアはもっと多いというが。あちらではなにか手を打っているのかね」

 別のやはり高齢の老人が言った。


「調査はしているそうだが。なにしろ、なんの手がかりもない。まだ無視できる数だと考えているのかもしれんな」


 彼らの議題はここ数年増えてきている加護技スキルを失う者たちについてである。


「神がお怒りになられている、そう訴える者もいますね」

 これは50台と思しき男。大神官ルイン・サークス。彼は皮肉っぽい目で、この場で最も若い少女を見る。

 彼女も彼らと同じ神官着、大神官である。


『聖女』の肩書を持つ、エルシュニーア。

 彼女はつい3ヵ月前に大神官となった。

 大神官の座に一つ空席ができたものだから、聖騎士団の強い推薦を受けた彼女がその座につくことになった。


 ルインには、どのような手段で彼女が聖騎士団を手なづけたのかは分からない。ただ、どうやら副団長とねんごろの仲だと言う噂がある。


 他の大神官にしてみてもニーアの大神官就任は都合が良かった。『聖女』の肩書は一般教徒たちに受けが良いし、なにより、派閥とは無縁の世間知らずの少女なら、どうとでもなる。


 だがルインはどうもニコニコと笑顔で老人たちの話を聞いているこの少女が気に入らなかった。

 なにか不気味なものを感じるのだ。


 そのニーアがルインの言葉を受けて口を開く。

「そう思いますよ。だって、加護技スキルはフレア様が私たちに授けてくださった力ですもの。それを取り上げるんですから。やっぱり怒っているんですよ」


「仮にフレア様がお怒りになられているとして。その理由はなんだと思うね」


「それはクレイモス王国じゃないですか?」


「クレイモス?」

 別の大神官が興味が引かれたらしく会話に乗ってきた。


「はい。だって、あの国はフレア様と一緒に闇の神を祭ってるじゃないですか。ダメですよね、そういうの」


「だが、クレイモスでは今のところ加護技スキルを失うという症例は確認されていないらしいが」

 ルインは慌てて言った。このままでは話が妙な方向に進んでしまう。


「そうなんですかあ? じゃあ違うのかな」

 ニーアが首を傾げる。


「いや、逆を言えば、なぜクレイモスでその症例が確認されていない? それこそが怪しいではないか」

 大神官のひとりが大声で言った。

 彼はクレイモスのアルカディア聖教(フレアとシャドーを同格の存在として、両者を祭る宗教)を邪教として、必ずや滅ぼすべしという信念の持ち主である。今年で70歳になるが、自分の生あるうちに邪教を滅ぼさねば、死ぬに死ねないとまで思っている。

 だからこそ、『聖女』の発言は彼の意にかなっていた。

「かの国では闇の神となんらかの取り引きをしたのやもしれん。そうだ。加護技スキルの消失は、闇の神の仕業に違いない」


「いや、そんな決めつけはよくありませんよ」とルイン。

 まずい、そう思った。

 6人の大神官のうち、2人は今の老人と大差ない意見の持ち主だ。クレイモスのアルカディア聖教を邪教と忌み嫌っている。


「では、なぜ、クレイモスでは症例が確認されないのだ」

 果たして、もうひとりの大神官が言った。


「たまたまかもしれませんし。単に調査をしていないだけかもしれない。あるいはなんらかの理由があるのかもしれませんが、なんでもかんでも邪教のせいにしてはいけませんよ」


「ルイン。お主は邪教の肩を持ちすぎるぞ」

 これまた別の大神官。


 ルインはニーアに恨みがましい目を向けた。下手をするとルゼス王国の全フレア教徒が聖戦の名のもとにクレイモスに攻め込むことになるかもしれない。


 ニーアがポンと手を叩いた。なにかを思いついたらしい。

 ルインは嫌な予感がした。


「じゃあ、調べてみたらいいんじゃないですか? 例えば、この国のフレア教徒に移住してもらって。それで、そのうちのひとりでも加護技スキルを失くしたら、それはもう、アルカディア聖教のせいなんですよ」


「うむ、それは良い案だな」

 最高齢の大神官が言った。

 この場では議長のような立場である。


「数十人では埒があくまい。最低でも百人は移住させるべきだ」

 もっともアルカディア聖教を憎む大神官が言った。


「クレイモス側には真なる理由は伏せるべきだろう。なにか公けの理由を付けた方が良いが」


「ならば、技術習得のため、というのはどうだ? 確か、かの国で新たな収納魔法具が出回り始めたと聞く。代わりに、かねてより、クレイモスから要請されている魔法金属の鋳造方法を教える。それならば、我が教徒たちをクレイモスへ住まわせ、かの国の者を我が国へと住まわせられる」


 ルインはなんとかこの馬鹿げた案をとりやめにさせたかったが、どうにもくつがえす手だてが浮かばなかった。


「少し性急すぎませんか。ともかく、もうしばらくは様子を見てみては?」


「なにを悠長なことを言っておるか。こうしている間にも、加護技スキルを失う者が増えているというのに」


「そうだぞ、ルイン。加護技スキル無くして、魔物と戦うのは困難。手遅れになる前に手を打つべきなのだ」


 パチパチパチとニーアが拍手をした。

「その通りですよ。どんどん進めていかないと、そのうち、みんな怒っちゃいますよ。私たち、怒られちゃいますよ」


 ニーアのこの言葉はあまりにも事態の核心をついていた。そう、問題は加護技スキルそのものというよりも、それを与える神殿の権威である(神殿で祈りを捧げることで加護技を得られる)。


「そうだ。その時に笑うのは、クレイモス。アルカディア聖教だぞ」


 それはそうだろ。フレア教の神殿では加護技スキルが得られないのに、アルカディア聖教の神殿では加護技スキルが得られる。そんなことになったら、フレア教とたちが邪教へ転ぶかもしれない。


「悠長なことは言っておれん。すぐに陛下に進言せねば」


 ルインは暗澹たる気持ちで加熱する老人たちを眺めた。

 これはダメだ。もうどうしようもない。

 あとは、クレイモスに移住した者たちの中で加護技スキルを失う者が出ないことを祈るしかないだろう。



 なにかがおかしい。

 聖騎士団長のグレゴリー・ラオンは困惑顔で聖騎士団の訓練の様子を眺めていた。


 フレア大神殿に併設された聖騎士団本部。

 その裏にある訓練場である。


 白色金属ミスリルの鎧に身を包んだ男たちが1対1の立ち合い稽古をしている。気合の声とともに剣を振り、それを盾で受け止め。あるいは魔術を放ち、それを結界で弾く。


「リヴォル殿、もっと気合を入れるんだ。そんな剣では魔物は倒せないぞ」

 副団長レディウス・オルセンが大声で叱咤する。


 それに攻め手をしていたリヴォルが、おう、と応えて相方の盾に向かって激烈な一撃を振り下ろす。

 その威力に盾で防いだ聖騎士が後ろに下がる。


「いいぞ。その調子だ」

 レディウスが笑顔で言った。かと思えば、別の団員の魔術結界が気に入らないらしく、また叱咤する。


 叱られた団員は、それならば、と気合を入れて次の攻撃を見事に弾く。


 もともと、レディウス・オルセンをエフィレイア王国の聖騎士団から引き抜いたのは、聖騎士たちの指導のためだった。

 隣国の聖騎士レディウス・オルセンの剣と魔術の腕前は超一流。その噂はルゼスの聖騎士団にまで聞こえてきた。

 ただ、エフィレイアの聖騎士団は貴族の子弟が幅を利かせている。レディウスは順当にいけば次期団長となるだろう腕前だが、それが同騎士団にしてみれば厄介の種でもあった。

 平民出のレディウスが騎士団長になるのはまずいのだ(聖騎士は王国の貴族階級とは別であり、両国とも平民からも募集している)。


 そこでエフィレイアとルゼスの聖騎士団長は話し合い、彼をルゼスに移籍させることにした。指導者として。副団長のポストを用意して。


 なので、この光景はごく自然のもの。

 なんらおかしなところはない、そのはずである。

 だが、グレゴリーはなにかが引っかかる。

 強いて言うならば団員たちの熱量。あるいはレディウスとの関係性だろうか。


 レディウスが移籍して副団長になってから、当然、彼をやっかむ者は多かった。当たり前である。優秀だとは言え、エフィレイアから来た平民出の男に指図されるのだ。

 ルゼス王国の聖騎士団はエフィレイアに比べて平民が多い。それでもある程度の数は貴族がおり、それなりにデカい顔をしている。やはり彼らが反発したのだ。


 レディウスもそんな彼らに気を遣い、自然と訓練は緩いものになっていた。


 これではなんのためにレディウスを引き抜いたかわからないな。

 などとグレゴリーは思ったものである。

 レディウスの指導で聖騎士たちの質を向上させようという目論みがあったのである。


 ところが、それがいつの間にかこのようなことになっていた。

 先ほどレディウスが叱り飛ばしたふたりは、貴族出の者で彼に反発していた者たちなのだ。


 もちろん彼らだけではない。

 団員の誰もがレディウスの指導を熱心に受けている。

 指導だけではなく普段の任務の際にも彼らはレディウスの命令によく従う。おまけに休憩時など多くの団員がレディウスを囲んで談笑しあう。


 そう、まるでレディウスが強いカリスマ性を発揮して、団員たちの心をつかみ取ったかのような。

 つまり、そういうことなのだろうか?


 グレゴリーは首をひねった。

 悪いことではない。むしろグレゴリーが望んだ結果である。

 ただ、なにか、こう釈然としないものがある。


 そこへタッタッタと駆け寄ってくる者があった。袖と襟元に金糸で刺繍された神官着の少女。長い黒髪の可憐な少女だ。

『聖女』エルシュニーア。


 3ヵ月前にレディウスが熱心に大神官に推薦したため、現在は『聖女』であり、大神官でもある。


 レディウスの顔がぽおっと赤くなる。

 ニーアは笑顔でレディウスになにかを告げ、レディウスが何度もうなずく。


 グレゴリーはその様子をうさんくさい気持ちで眺めていた。あの『聖女』はどうも気味が悪い。なにか見つめられると心が吸い込まれるような妙な感覚に陥るのだ。


 そういえば控えめだったレディウスが、妙に張り切りだしたのもニーアと会ってからのようだ。


 そんなことを思っているとレディウスがニーアをともなってやってきた。


「団長殿。『聖女』様がお話があるとのことです」


「話? 私にですか? なんでしょう?」

 グレゴリーは意識して『聖女』と目が合わないようにしながら言った。


「うーん、なんだかグレゴリー様は私のことを疑っているようですから。ちゃんと誤解を解いておこうと思ったんですよ」

 ニコニコ笑顔でそんなことを言う。


 これにグレゴリーはギクリとした。だが一切、顔には出さず、困ったような苦笑いを浮かべる。

「そう見えますか? それは失礼しました。きっとあなたがあまりにもお美しいので、緊張してしまって顔が強張るのでしょうね」


「ダメですよ。心にもないことを言っちゃあ。グレゴリー様は、こう思っていますよね。どうして、レディウスはこんなにも他の団員に信頼されているのか? そういえば、レディウスが積極的になったのは、この『聖女』と会ってからだ。違います?」

 ニーアが小首を傾げる。


「はははっ、そんなことは思っておりませんよ」

 グレゴリーは内心冷や汗をかきながらも、なんとか誤魔化す。


「私、人の心が分かるんです。なんとなくですけど。だから、グレゴリー様が私を警戒なさっているのも分かるんです。でも、ちょっと悲しいな」

 言いながらもニーアはまるで悲しそうではない。無邪気な笑顔のままである。


 それにレディウスが加勢した。

「団長殿。どうか『聖女』様をお信じください。『聖女』様は素晴らしい方です」

 熱い口調でそんなことを言う。


「いや、十分信頼しているつもりなのだが」


「嘘です。だって、先ほどから、目も合わせてくれないじゃないですか」


「団長殿」


 グレゴリーは仕方なく、ニーアの黒い瞳を見つめた。相変わらず、スー、と引き込まれるような心地。

 一瞬。その瞳が白色に輝いように見えた。すると、反対に、なにかが自分の中に入り込んでくるような気がした。頭の中が真っ白になる。


「やっと目を合わせてくれた。嬉しいです」


 ニーアの声に意識を呼び戻される。すると、グレゴリーはかつてないほどの高揚感を覚えた。胸がかあっと熱くなり、力がみなぎってくる。


「まだ、私のこと疑ってます?」


 グレゴリーはつい先ほどまで自分がニーアを疑っていたことが不思議でならなかった。


 私は一体彼女のなにを警戒していたんだ?

『聖女』はこんなにも素晴らしい人なのに。


 グレゴリーは目の前の少女に深々と頭を下げた。

「あなたを疑ったことを恥じます。『聖女』様。本当に、本当に自分が恥ずかしい」


「いいえ。分かってくださったならいいんですよ。ところで、グレゴリー様。私、お願いがあるんですけど」


「はい、なんでしょう」

 グレゴリーはニーアの瞳を見つめる。もはや躊躇など欠片もない。『聖女』がどんな頼みごとをしてもかなえたいという気持ちになっていた。


「たぶん、グレゴリー様は、近々、大神官のルイン様とお会いになられると思うんですよ。その時に、きっとこんなことを言われるはずなんです。『聖女』はレディウスに操られている。そしてそのレディウスはエフィレイアの宰相の命を受けている」


「そんな。大神官ともあろうお方がそのような根も葉もない嘘を」

 レディウスが大きなショックを受ける。


「ひどいですよね。でも、きっとそういうことを言ってくるんですよ。だって、ルイン様はクレイモスと戦争したくないんですもの。私がクレイモスと戦争を起こすように誘導している、そういう風に持っていけば反対しやすいですよね。それで団長様に、レディウス様の怪しいところをいろいろ捏造させるんです。それでそれで、ふたりで陛下に直訴。わあ、大変。レディウス様は牢屋に入れられて、私も大神官から降ろされちゃう」


「馬鹿な。そんな……」

 レディウスが言葉を詰まらせる。それからニーアを見て、拳を固める。

「『聖女』様。ご安心ください。私が命をかけてそのようなことをさせません」

 言って、今度はグレゴリーを見る。その目に殺意がこもっていた。


「大丈夫ですよ。ねっ、グレゴリー様」

 ニーアはグレゴリーの手を取った。


 グレゴリーの体が大きく震えた。


「グレゴリー様はそんなことを言うルイン様に憤慨。どの口で『聖女』を貶めるのか、ってお怒りになって。それで腰の剣を抜いて、斬りつけちゃうんですもの。そうですよね。ねっ、ねっ」


「当然です。『聖女』様を疑うなど許されないこと。必ずや私が決着をつけてさしあげましょう」

 グレゴリーはルインと仲が良い。同年代ということもあり、ふたりがまだ現在の地位につく前から親交があった。


 だが、グレゴリーは今、そのルインに強い怒りを持っていた。同時に殺意だ。ルインを殺さなくてはならない、という切羽詰まった思いを抱いている。


「もちろん、大神官を殺してしまったらまずいですよね。それにルイン様には利用価値がありますから。だから、殺さないようにしてくださいね。それで、それで、あとのことをレディウス様に託して、自決なさってくださいね」


「もちろんです。見事に果ててごらんにいれましょう」

 グレゴリーが大きくうなずいた。


 もはや彼の頭の中には、ルインを一刀の元に斬り殺し、その理由を大声で叫び、ついには自刃することイメージが焼き付いていた。『聖女』のために死ねる。それを思うと、グレゴリーはその時がくるのが待ち遠しくなった。


「お願いしますね。グレゴリー様」

 念を押すニーアの声がしっとりと濡れている。


 グレゴリーはそれに体中が燃えるような昂りを感じた。目の前の少女のために命を捧げたい。今すぐにでも。


 大神官ルイン・サークスが聖騎士団長グレゴリー・ラオンにより斬りつけられ、大怪我を負ったのは翌日のことだった。

 大神官ルインを斬ったあと、グレゴリーは返り血を浴びたまま大神殿の前で、自刃。その際、ルインが自分に副団長レディウスをはめるため策謀を持ち掛けたために、やむを得ず手をかけた、と大声で説明。さらには、後任に副団長レディウス・オルセンを指名。自分の喉を短剣で突き、倒れた。



 聖騎士団長による大神官傷害事件。それはルゼス王国内のフレア教徒たちを驚かせた。

 大神殿はフレア教徒たちを落ち着付けるために、説明。

 大神官ルインはクレイモスのアルカディア聖教に対して友好的な考え方をしていたことから、アルカディア聖教にたぶらかされて、ついには邪教のために便宜を図ろうとしていた。聖騎士団長グレゴリーは正義の刃を振るい、親友の名誉を守ったのだ、と。

 これにより一気にルゼス王国内のアルカディア聖教に対する憎しみが膨れ上がった。


 同時に聖騎士団では副団長レディウスが団長に昇格。本来ならば、いくら前任者の指名があったとしても、エフィレイアから移籍したばかりの平民出のレディウスがすんなりと団長にはなれなかっただろう。

 だが、なにしろレディウスの昇格には団員たちの熱烈なる支持があった。

 レディウス殿こそ我らを率いる団長に相応しい、と誰も彼も声をそろえているので、団長を指名するべき大神官たちも、それならば、とレディウスを昇格させたのだ。


 一方、ルゼス王アレキサンデル・アルクはそんなフレア教のごたごたを我関せずと眺めていた。

 エフィレイアとルゼスの両王国政府は、フレア教とはつかず離れずの距離を保っている。特にルゼス王国の歴代の王はその距離感に心を配っていた。

 あまり接近しすぎるとクレイモスへの侵攻をそそのかされる。実際に、そのような経緯でクレイモスへと戦争をしかけた王もいる。


 現ルゼス国王アレキサンデルはそれをきちんと心得ており、王としてフレア教に最大限の敬意は払うものの、政治には一切関わらせなかった。


 ただ、大神殿からの強い要請でクレイモスとの大規模な交換留学をすることは了承せざるを得なかった。

 クレイモスが生み出した新技術による収納魔法具(従来よりも圧倒的な低コストで生産可能)の技術を教えてもらう代わりに、こちらは魔法金属の鋳造方法を教えようという試みである。


 ノーシアン大陸から伝来してきた魔法金属は現在のところ、同大陸からの輸入が大半である。だが、ルゼス王国ではなんとかその技術を再現し、自国生産までこぎつけた。

 すでにエフィレイアには魔法付与の新方式と引き換えに、これを伝授しており、クレイモスからもぜひとも我が国とも技術交換をして欲しいという要請があったのだ。


 クレイモスの生み出した方法をつかえば、収納魔法袋が安価で流通する。それは莫大な富を生むことになるだろう。ルゼス王国としても、クレイモスにそれを独占させておきたくはなかった。


 そういう経緯があったのでルゼス王アレキサンデルも大神殿からの要請に応じることしたのである。なにしろ、今までクレイモスとの取り引きは大神殿がいい顔をしなかった。

 難癖をつける種になっていたのだ。

 それが今回は大神殿からの提案である。

 アレキサンデルも、その裏にあるのはアルカディア聖教への疑いがあるのだろう、と感じてはいたが、国益とも一致するので話に乗ることにしたのである。


 そういったわけでルゼス王国からは百人の留学生が、クレイモスからは同じく百人の留学生がそれぞれ移住することになった。

 アレキサンデル王は知らない。クレイモスへ送られた未来の魔法具職人たちが、生粋のフレア教徒であることを。



 アルカディア歴1824年8月22日

 ルゼス王国王都ルーベリア



 レディウスの腕の中で目を閉じるニーアは自分の仕事ぶりに満足していた。

 レディウスが愛おし気にニーアの髪を撫でている。今や彼は聖騎士団長である。


 ニーアが魔力を圧縮して愛を注ぐ方法を完成させたのはレディウスとの出会いによってである。

 レディウスが自身に好意を持っていることを察したニーアは、以前から考えていた方法を試してみたのだ。

『魅了』や『洗脳』の魔術ではない。純粋な魔力放射による人心掌握術。大量の魔力を瞳に込めて、相手の魂へと直接送り込む。それは加護技スキルよりもさらに原始的で直接的な魂の使い方。神の御業に近いだろう。

 だからこそ、誰もそれに抗えない。


 また、それほどの魔力を操作できるのもニーアの持つ加護技スキル『魔力結晶化』のためである。彼女は加護技スキルを使い、膨大な魔力を結晶化して体内にため込んでいるのである。


 グレゴリーと違い、レディウスにはゆっくりとじっくりと愛を注ぎ込んでいる。

 魂を鎖で縛り付けるように、じっくりと幾重にも。

 これならば絶対に自分を裏切ることはないだろう。

 公明正大にして非凡なる聖騎士レディウス・オルセンは永延にニーアの愛の虜となったのだ。


「ああ、ニーア。私もこの命をあなたのために捧げたい」

 レディウスが囁く。


 ニーアは思った。

 ダメですよ。レディウス様。あなたには、あの人を殺してもらわないといけないんですから。それはもう、残酷に。


 待っていてくださいね。エレノア・ウィンデア。

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