マクシミリアン
その夜。
クレイモス王城ではエレノアとクローディアスを歓迎するパーティが開かれた。
エフィレイアやルゼスのパーティと比べれば華やかさは劣るが、その分、温かさと賑やかさがあった。
フレベル王はもとより王妃も気さくな人柄で、エレノアを心より歓迎している様子だった。
ふたりの間に子供はなく、次期王としてはフレベルの弟の息子であるマクシミリアン・モスが有力であろうと言われている。
クレイモスに王太子の制度はないため、いまだ後継者は明確にされていないのだ。
そのマクシミリアンはエレノアの美しさにすっかり心を奪われていた。
焦げ茶色の髪を後ろに撫でつけた背の高い青年で、この夏に28歳になった。
彫りが深くも整った顔立ちに、手入された口髭が良く似合う。派手な赤いフロックコートを粋に着こなしている。
もちろん、そんな目を引く男ぶりなので、浮名も頻繁に立っている。先月はあの伯爵令嬢と、今月はかの男爵婦人と、と言った具合である。
マクシミリアンもエレノアの護衛として同行したクローディアスが彼女の恋人だとは知っている。なにしろ、出迎えに並ぶ騎士の中に彼もいたのだから。
だからといって遠慮はしない。恋愛は自由。例え、パートナーのいる女性であっても、気後れせずに口説くのが彼の信条である。
「楽しんでおられますか?」と飲みもの片手にエレノアに話しかける。
ちょうどクローディアスがエレノアのたために料理を見繕いにいったたころだ(テーブルに並ぶ料理を自由に取る形式)。
「ごきげんよう、マクシミリアン様」
言ってエレノアは優雅に礼をした。
昼間のうちにすでにマクシミリアンを始めとする親戚関係には挨拶をしてある。
マクシミリアンは身近で見るエレノアの美しさに圧倒された。青いドレスがエレノアの黄金の髪と白い肌を見事に映えさせている。
「楽しんでおられますか?」
「ええ、とても。クレイモスのパーティに参加するのは初めてですが、温かくて素敵ですわね」
「エフィレイア出身のあなたからしたら野暮ったくはありませんか?」
「そんなことはありません。エフィレイアは洗練という言葉を使って形式に落とし込み過ぎているという気がしますもの。宴とはそもそも楽しむべきものですわ」
「なにを飲んでおいでです?」
「オレンジジュースですわ」
「酒は、飲めないのか、飲まないのか。どちらです?」
「飲みません。醜態をさらしたくはありませんもの。以前、とても酔ってしまったことがあって。それに懲りてしまったのですわ」
「それなら無理には勧めませんよ。いつか、あなたが私になら醜態をさらしても構わないと思って下さるまでね」
ひょっとして口説かれているのかしら、とエレノアは今更ながら気づいた。
なにしろ、今まで口説かれた経験がない。
「それにしても、本当に、噂以上にお綺麗だ。エレノア・ウィンデア。お気づきですか? この会場にいる男たちのすべてが、あなたに夢中になっている。もちろん、この私もね」
エレノアは上手く返せずに顔を赤らめる。その様子がまた色っぽくも愛らしい。
マクシミリアンはエレノアを抱きしめたくなる衝動をこらえた。
一方、これはやはり口説かれていますのね、とエレノアは思った。
だが、だからといってどうすれば良いのか分からない。こういう場面に未だかつて遭遇したことが無いので対処法が分からないのだ。
「明日の予定を聞いても構いませんか?」
「『聖賢』様をお訪ねしようと思っています」
「『聖賢』フォトン・メアーですか。なにか調べ物でも?」
「わたくしのもっとも大切なものを守るためですわ」
「もっとも大切なもの? 謎めいたおっしゃりようだ。どんなものかは教えていただけないわけですか?」
「いえ。マクシミリアン様はすでにご覧になっておいでですわ。ほら、戻ってきた」
エレノアが横を見る。その顔に微笑みが浮かんだ。今までのようなどこか硬さのある笑みではなく、真に優しい微笑み。愛しい者を見つめる瞳。
その横顔はあまりにも美しく。マクシミリアンはぼうっと見惚れてしまった。
「お邪魔でしたか?」
小さなパイ包みがいくつか載った皿を手したクローディアスが言った。
彼ももちろん正装している。黒いフロックコートは、男性も派手な色使いの多いクレイモスのパーティでは地味だ。
それでもエレノアの目には彼は輝いて見えた。
クローディアスさんは本当に素敵、などと何度も心の中で称賛している。
「なるほど。エレノア殿は君にぞっこんらしいぞ。クローディアス君」
いきなりそんなことをマクシミリアンから言われてクローディアスは面食らった。
言葉に詰まる。
「その通りですわ。わたくしはクローディアスさんに惚れ抜いておりますの」
言ってエレノアはクローディアスの腕を取った。
「そして、クローディアスさんもわたくしを憎からず思っているはずですわ」
「いや、憎からずどころか……」
「どころか? なんですの?」
エレノアがずいっと顔を寄せる。
「まあ、その、大切に思っているよ。誰よりも」
それにエレノアの顔が輝く。
さすがのマクシミリアンもこうも当てられてはこの場は撤退するしかなかった。
◇
エレノアとクローディアスは当然、別々の部屋。とはいえ、リビング、応接室、シャワー室、寝室を備えた居住施設ひと揃えである。それぞれに侍女3人がつき、身の回りの世話をしてくれる。
落ち着いたら屋敷を用意してくるとのこと。
だがエレノアはクローディアスと別々というのが気に入らず、案内された部屋を早々に出て、クローディアスの部屋へと行った。
「こんな広い部屋ですもの。ふたりで住めば良いのですわ。侍女の方々もご遠慮くださいな。わたくしたちふたりきりで問題ありませんわ」
などと言って侍女まで追い払おうとする。
「いや、エレノア、それは良くない。用意していただいたんだ。ご厚意に甘えるのが礼というものじゃないかな。それにやはり未婚の女性が男と住むというのは外聞が悪いよ」
「クローディアスさんはわたくしと離れ離れになって、平気になんですの?」
キッと睨みつける。
「そういう問題じゃないんだが」
「そういう問題ですわ。外聞など、今更。わたくしは婚約者の愛人にさんざん嫌がらせをしたあげく、殺そうとまでした酷い女ですのよ」
「いや、君は誰よりも正しく、誰よりも勇敢な公爵令嬢だよ」
「クローディアスさんはわたくしをお守りくださるのではなかったのですか?」
その言葉はエレノアの意図した以上にクローディアスに効果があった。
確かに、そうなのだ。このクレイモスにハリス・ローゼンの手の者が潜んでいないとは限らない。
そう、一番厄介な罠というのは、相手がホッと一息ついたところに張り巡らせる。
気を抜いたタイミングこそが要注意なのだ。
そう考えるとエレノアを守る上では同じ部屋の方が都合が良い。
「言ったはずですわよ。わたくしは、もうひとりでは眠れません。クローディアスさんと一緒でなくては眠れませんのよ」
「淑女としてはよくないんじゃないかな」と言いながらも、クローディアスは降参した。クローディアスだとて、エレノアと一緒にいたいに決まっている。
本当ならばクレイモスについた時点で別れるべきなのだ。だが、なんのかんの理屈をつけてエレノアの側にいる。
「分かった。君といるよ」
エレノアがニッコリと満面の笑顔を浮かべる。ふたりのやり取りを内心呆れる思いで聞いていた侍女たちは、エレノアの子供のような無邪気な笑顔に心を射ぬ抜かれた。
「というわけですので、あなた方もご遠慮ください。愛し合う恋人の邪魔をしてはいけませんわよ」
侍女に言う。
侍女が困った顔になる。
クローディアスはその思いをくんで助け舟を出した。
「いや、それはそれで困るだろうし。仕事を取り上げるようなことをしてはいけないよ」
「それは、そうですわね」
そういったわけで、侍女たちはそのままいてもらうことになった。
その後、シャワーを浴び、着替え、寝室へ。
ロノアスの街から、ふたりはずっと同じベッドで眠っている。とはいえ、なにがあるというわけでもなく。本当に同じベッドで眠っているだけなのだが。
「クローディアスさん。クローディアスさん」
ベッドの中に入るとエレノアは妙に甘えてくる。クローディアスの胸に顔をすりつける。
クローディアスはそんなエレノアが愛おしくてたまらず、彼女の頭をそっと撫でた。彼女の髪はサラサラとしていて柔らかく、触れているだけで気持ちよい。
「こうしているととても幸せ。わたくしはあなたの虜ですわ」
エレノアの手がクローディアスの二の腕を撫でる。それがくすっぐったくてクローディアスは身じろぎした。
「クローディアスさんも、もっとわたくしに触れてくださいな」
「触れているじゃないか」
「髪だけではなく」
エレノアの手がクローディアスの背中にまわり、さわさわと上っていく。
クローディアスはエレノアの頬に触れた。
じんわりと温かい。
しばらくそうしているとエレノアが、ふぁ、と可愛いあくびをした。
「おやすみ、エレノア」
「おやすみのキッスがまだですわよ」
言って、エレノアがもぞもぞ動きながら上ってきた。
「マクシミリアン殿はなかなか良い男だと思うけど。なんというか君の好みの容姿じゃないか?」
クローディアスは言ったあとに、自分が彼に嫉妬したことに気づいた。彼の人生がまだまだ先があることに。エレノアを見守れることに。
「そうでしたか? あまり覚えていませんわ。それに、わたくしの好みはクローディアスさんですわよ」
「君は、なんというか、本当に率直だね」
ついつい照れてしまうクローディアスである。
「仕方がありませんわ。人に嘘をつかせない癖に、自分が嘘をつくわけにはいきませんもの」
「なるほどね。確かにそうだ」
クローディアスは昼間のことに思いをはせる。城に入ってすぐ、王との会見のあとふたりきりになったときにエレノアは泣いた。
親友のシェリアが殺されたことがエレノアにとっては本当にショックだったのだ。
「わたくしのせいで」
自分を責めながら嗚咽していた。
クローディアスは黙ってエレノアを抱きしめていた。妹ニーアにはこういうところが欠けていた。
他人に心を配ることがなく、共感することもない。その彼女が大神官。それはクローディアスを妙に不安にさせてた。




