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エルデヘリアに到着

 アルカディア歴1824年8月2日

 クレイモス王国王都エルデヘリア



 クレイモスは統一王国アルカディアの文化を3ヵ国の中でもっとも強く残している国である。その王都ともなればなおのこと。

 建物は背の低いずんぐりとした建物が多く、家々の間隔は広い。


 残暑のせいもあるだろうが、道行く人々の服装は露出が高く涼し気。

 女性のスカートの裾などは短く、エレノアは隣のクローディアスの視線が彼女たちの足へと向かっていないか、気になってしまった。


 そんなエレノアの内心などつゆ知らず、クローディアスが言った。

「まっすぐに城を目指していいんだね」


「お願いいたします。まずは国王陛下へ挨拶をしておきたいのです」


 エレノアも自分が目立つことは知っている。クレイモス王フレベル・モスもエレノアがこの街へ向かっているという報告は受けているだろう。

 恐らく客人として迎えられると思うが、例え、王宮に迎え入れてもらえなくても(エフィレイアとの関係を考えて冷遇する可能性はある)、『聖賢』を訪ねる許可は得ておきたい。


「あとはわたくしの親戚筋。祖母のご兄弟の子や孫ですが。そういった方々へも挨拶が必要ですわ。一度もお会いしたことはありませんけれども」


「そうか。なんだか大変そうだね」


 それにエレノアがムッとした。クローディアスを睨む。

「なにを他人事のように。クローディアスさんにもご一緒していただきますわよ」


「いや、そういうわけにはいかないだろう。聞いた話じゃあ、かなり高貴な方々みたいじゃないか。俺みたいなどこの馬の骨ともわからない男が……」


「殴りますわよ」

 エレノアがドスの効いた声で言った。


「怖いな。なんで怒るんだかわからない」


「クローディアスさんはわたくしをここまでお守りくださいました。わたくしの大恩人。そしてわたくしの愛する人ですわ。馬の骨などではありません。わたくしの……、わたくしの幸福ですわ」


 そんなストレートな言葉にクローディアスの顔は真っ赤になった。エレノアはあまりにも真剣で、そのために照れてすらいない。本気なのだ。


「そうストレートに言われると、なんというか、反応に困るな」


「困ってください、いくらでも。わたくしは譲りませんわよ。クローディアスさんはわたくしの幸福。わたくしの未来。わたくしのすべてですわ」


 クローディアスは両手に手綱を握っていなければ、顔を押さえていただろう。それほど照れ臭かった。だが、同時に泣きたくなるほど嬉しかった。


「ですから、わたくしはクローディアスさんにご同行願います。クローディアスさんを、わたくしの愛しい人を、紹介したいのです」


「エ、エレノア、その、もう、やめて欲しい。なんというか……」

 声を上ずらせ、クローディアスが言った。


 エレノアの顔が曇る。

「その、クローディアスさんはお嫌ですの? わたくしがこのように思っていることが。お嫌ですの?」


「いや、そんなわけがない。なんというか恥ずかしさで、身悶えしそうなんだ」


 それにエレノアが泣きそうな顔になる。

「恥ずかしいのですか? わたくしのことが」


「いや、違う、違うんだよ。つまり、照れ臭いんだよ。君の言葉はストレートすぎて。その、俺はあまり、そういうことに慣れていないものだから。本当なら気の利いた言葉でも返せばいいんだけど。すまない」


 エレノアの顔がパッと輝く。

 それから唇を尖らせる。

「もう、クローディアスさんはいじわるですわ。わたくし、とても悲しい気持ちになりました」

 

 クローディアスは強い酒でも飲んだかのように体中の血が熱くなった。頭がクラクラとする。

 エレノアが可愛すぎて。愛おしすぎてたまらない。


 馬車はやがて街の北側の丘を上る。王城はその丘の上にあるのだ。

 坂の途中で門があった。門番はエレノアの馬車を見てもピクリとも動かない。


 クローディアスは門の前で馬車を止めた。

 エレノアの顔を見る。


 エレノアは馬車から降りると門番の前に立った。


「エフィレイア王国公爵家のエレノア・ウィンデアですわ。恐らく、フレベル陛下はわたくしの話を聞いているかと思いますわ。お取次ぎいただけまして?」


 すると、2人の門番は深々と礼をした。

「どうぞ、お通り下さい」


 エレノアは御者台に戻った。


「後ろに戻った方がいいんじゃないか? 御者台では体面が悪いと思うが」


「またそのようなことをおっしゃって。わたくしの席はクローディアスさんのお隣ですわ。なにも悪いことはしておりませんもの。正々堂々と入城いたします」


 エレノアの腹はとっくに決まっている。

 クローディアスとともに生きる。もし、貴族社会から締め出されるのであれば、それでも構わない。

 クレイモス王国にクローディアスを救う可能性を感じなければ、行き先を変更し、この国にはこなかっただろう。

 別大陸に渡っていたかもしれない。


 城門からさらに坂道を上る。その途中に広場があり、そこに多くの馬車が止まっていた。城はさらに高い位置にあり、その広場から長い階段が続いている。


「さあ、行きますわよ」


「ちょっと待っててくれ。馬車をつなぐから」


 馬車馬をつないでおく杭がある。そこに馬をつなぎ、ついでに近くで馬車の手入れをしている御者に金を渡して、見張ってもらうように頼む。


「では、あらためて。行きますわよ。クローディアスさん」

 エレノアが手を差し出す。


 クローディアスは、一瞬ためらってから、その手を握った。エレノアのこれは覚悟を示している。クローディアスを自身の恋人として紹介する、という覚悟が。


 その手を無視することはクローディアスにはできなかった。


 さて、どうなることか。


 ふたりとも足腰が強いし体力もある。長い階段でも息切れひとつすることなく上り切る。

 白石で造られた白色の城。クレイモスの王城は『ホワイトパレス』の愛称で親しまれている。


 開け放たれた大扉。

 それをくぐったところでエレノアはピタリと足を止めた。

 目の前にずらりと並ぶ赤い甲冑の騎士たち。その先には文官たちが並び、最後に初老の男が立っていた。絹の真っ赤なマント。がひと際目立つ。

 エレノアもクローディアスもそれがクレイモス王フレベル・モスであることが分かった。


 エレノアは騎士たちの間に歩を進める。もちろんその手の先にはクローディアスの手がある。

 彼の手がとても心強かった。この手を握っている限り、勇気が無限に湧いてくる。


 騎士の列が終わり、文官や大臣の並ぶ列のところで、エレノアはひざまづいた。ここでようやく手が離れた。

 クローディアスも彼女に習う。


「ひざまづく必要はないぞ。エレノア・ウィンデア殿。そなたは余の家臣でもなければ、人民でもない。そして、これは謁見ではなく、歓迎であるのだから」

 フレベル王が言った。


 エレノアは立ち上がった。恐らくそういうことなのだろう、とエレノアにも分かっていたが、だからこそひざまづく必要があった。それが礼というものだ。


 フレベル王は文官たちの列の間を歩いてくると、エレノアに手を差し出した。

 エレノアはその手をそっと握る。


「かえって気を遣わせてしまったか? だが、『正義の天秤』『セクプトの解放者』『竜殺しの公爵令嬢』『正義令嬢』などと数々の異名を持つそなたを謁見の間でひざまづかせるなど、どうも気が進まなくてな」


「いえ、わたくしなどに、それほどのお心遣い痛み入ります。これほどご歓迎頂けるとは思っておりませんでしたので、正直、驚きました」


「歓迎せずにおられるものか。エフィレイアから遠路はるばるやってきた親戚なのだから。叔母上の孫であるしな」


 先王でフレベルの父はエレノアの祖母の兄なのである。


「バイゼル殿とは手紙のやりとりをしておったよ。そなたのこともたびたび記されておったぞ」


「そうなのですか?」

 エレノアの顔が赤らむ。

「お爺様がどのようにわたくしを評していらっしゃったのか。わたくしはあまりできの良い孫ではありませんでしたので」


「もちろん、絶賛だ。バイゼル殿があれほど手放しで褒めるなど、よほどの者なのだろう、と思っておった。いつか会いたいものよ、と楽しみにしておった」


 エレノアの顔がさらに赤くなった。


 その場に居並ぶ男たちからため息が漏れる。それほど恥ずかし気な顔をするエレノアは美しかった。


「そなたに礼を言わねばならぬな。『闇をまとう者』クロウよ」

 フレベルは影のようにそっとエレノアの斜め後ろに控えるクローディアスに言った。


「私のことまでご存じでしたか」

 クローディアスは言った。


「『ホライズン』は我が国でも有名ゆえな。そなたが『ホライズン』から追い出されたと聞いたときには、ぜひ我が国へと願ったものよ。我が国に、闇の神への偏見はないゆえ。居心地も悪くはないと思うぞ」


 エフィレイアとルゼスは、光の神フレアを唯一神とあがめるフレア教。クレイモスは統一王国アルカディアからのアルカディア聖教を受け継いでおり、光の神フレアと闇の神シャドーを同格の存在としてあがめている。


「そなたの終わりの地としては適切であろう」


 その言葉にエレノアの顔に緊張が走る。

 クローディアスの寿命が残り少ないことを知っているかのような口ぶりであったためだ。


 クローディアスの方は穏やかに微笑んだ。

「ありがたいお言葉です。残りも少なくなりましたが、私にできることがあるのならば、なんなりとお申しつけてください」


「なんにしても、ふたりとも大いに歓迎するぞ。さあ、場所を移そう。このようなところで長々と話すものではない」


 フレベルが先に立って歩く。

 その後ろをエレノアはついていく。手をクローディアスに伸ばすが、彼はその手を握ってくれなかった。



「ジークフリート様が?」

 エレノアはつい、大きな声を出してしまった。すぐに自分の無作法さを思い、謝る。


「よいよい。そなたが驚くのは無理もないでな」

 フレベルが言った。


 王城の一室。片側の窓は開け放たれており、そこから涼し気な風が吹き込んでくる。

 中央に大きな円卓があり、そこにエレノアとクローディアス、フレベルが座っている。


 エレノアを驚かせたのはエフィレイア王国の最新ニュースだった。元婚約者のジークフリートが王太子を退位するという意志を表明したというのだ。


「なぜ、そのようなことを」

 聞くエレノアの脳裏にアライア・フローリーの顔が思い浮かぶ。


 フレベル王は事件を説明した。

 クローム伯爵家襲撃事件。

 それを行わせたのがアライア・フローリーであったこと。さらに彼女が王太子の印章を使って冒険者と契約して、賊を討ったこと。王宮裁判でジークフリートが彼女をかばい、退位の意志を表明したこと。


 エレノアはクローム伯爵令嬢シェリアが惨殺されたと聞いて平静ではいられなかった。シェリアとは本当に親しくしていたのだ。あまり社交的ではないエレノアにとって、唯一といっていい友人だった。


 エレノアが青ざめ、唇を震わせているのが、ジークフリートのことだろうと誤解したフレベルは、その話題を打ち切ることにしてクローディアスの方を見た。


「そなたの妹のニュースも届いておるぞ」


「ニーアの? なにか、しでかしましたか?」


 それにフレベルが面白そうな顔をする。

「ルゼス大神殿の大神官の座についたそうだ」


「はあ?」

 今度はクローディアスが大きな声をあげてしまった。すぐに非礼を詫びるが、内心の動揺は鎮まらない。


「聖騎士団からの強い推薦を受けたらしくな。ちょうど、大神官のひとりが老齢のために隠居したがっておったようで、その代わりとなったようだ」


 ルゼス大神殿は王都ルーベリアにあるフレア教の神殿である。ルゼス国内のフレア教の総本山。そのトップには6人の大神官がおり、要するに彼らがルゼス王国内のフレア教徒を統べる立場なのである。


「しかし、ニーアは『聖女』ですよ」


「『聖女』という役職があるわけではないのでな。大神官となるのも問題ないのだろう。いや、名の売れた『聖女』が大神官となればその恩恵もあろうし。そう、おかしなことでもあるまい」


「それはそうかもしれませんが」

 なにしろクローディアスは妹の性格を熟知している。妹には人として大きく欠けた部分があるのだ。


「心配か?」


「はい。たったひとりの家族ですから」


 その言葉にエレノアの頬がピクリと動く。彼女の顔は未だ蒼白。頭の中はシェリアのことと、ジークフリートやアライアのことでいっぱいだった。

 それでもクローディアスの言葉はエレノアの胸を刺した。


「そなたは妹よりもエレノア殿を選んだのではないのか?」

 フルベルが言った。


「そこまでご存じでしたか」


「なに、推測したまでよ。『闇をまとう者』には余も興味があったでな。なぜ、若くしてそれほどの力を持つのか。なぜ、『ホライズン』などというパーティを作ったのか。特に、なぜ、ここにきてエレノア殿の護衛についたのか。そうであろう? そなたが余の推測通りの人間であれば、自分が抜けたせいで落ちぶれた『ホライズン』、いや妹ニーアを放ってはおけまい。例え、寿命が残り少なかろうとな」


「お察しの通りです。私はエレノアのために残りの命を使おうと決めました。ただ、やはりニーアのことは心配ですね」


「できるだけ、そちらの情報も集めさせてはいる。新たな情報が入ったら、そなたにも伝えよう」


「ご厚意、感謝いたします」


「なに、『聖女』の、いやフレア教の動きはこの国にとっても他人事ではないゆえな。ここ数年、加護技スキルを失う者が現れていることは知っておるか?」


 それもクローディアスは初耳だった。

「なんですか、それは?」


「突如、加護技スキルを失う者が現れ始めたのだ。最初にその話を聞いたのは10年も前だったか。確かエフィレイアだった。前日まで使用できた加護技スキルが急に使えなくなったそうなのだ。それを皮きりに、ポツポツとそういった者が現れるようになってきていてな。年を追うごとにその数は増加している」


「突然に失うのですか?」

 今まで黙って聞いていたエレノアが言った。まだ顔は青ざめている。


「そうだ。新たな病という疑いもあるのだが、どうも余にはもっと根深い、そう世界のことわりに関わった問題のように思える」

 フレベルがクローディアスを見つめる。


「闇の神シャドーの力が弱まっているため、そうお考えですか?」

 クローディアスはフレベルの考えを読み、言った。


 フレベル王はうなずいた。

「闇と光は表裏一体。光失くして闇たりえず、また闇失くして光たりえぬ。二つは同一のもので、いってみれば見え方の違いにすぎない。光ばかりでは、物は形を失うのだ。余には、まさに、そういった事態が起こり始めているように思える」


「クレイモスでは現れていないのですね。加護技スキルを失う者は」

 だからこそ、フレベルはその推測に至ったのだろう。


「そうだ。我が国では現れていない。それゆえに危ういのだ」


 加護技スキルは神殿で神に祈ることで、ある日、覚醒する。いつ覚醒するかは個人差があり、物心ついてすぐの者もいれば、成人してからの者もいる。毎日祈り続けても生涯、加護技スキルを得られぬ者もいる。いや、むしろ加護技スキルを得られる方が少ないのだ。

 加護技スキルの形は様々で、それらは何千という種類があると言われている。一説には人々の願望の種類と同等の数があるとも。


「エフィレイアとルゼスのフレア大神殿がクレイモスの陰謀だと責めるということでしょうか?」

 エレノアが言った。


 もともと、両国とクレイモスの関係はあまり良くない。国教の違いのせいである。

 統一王国アルカディアの末期にフレア教が興り、急速に広まった。そのフレア教徒たちが独立したのが、エフィレイアとルゼスの元となる神聖フレア教国。神聖フレア教国はアルカディア王国の領土をどんどん削り、国土を広げていった。ついにはアルカディア王国は滅ぼされ、その一部が大陸東に逃れてクレイモスを作った。

 神聖フレア教国はクレイモスを滅ぼそうとするが、途中で内乱が起こり、エフィレイア、ルゼス両国に別れた。


 だが、3国になっても、ほか2国にとっては、クレイモスが共通の敵であるという認識は変わらず。

 クレイモスは歴史の中で何度となくルゼス・エフィレイア連合に攻められている。


「そう、邪教の仕業、とな」

 フレベルが暗い顔で言った。


「でしたら、きっとわたくしが根本原因を解き明かしてみせますわ。わたくしがこの国に来たのは、エフィレイアに戻るためでも、公爵令嬢としての暮らしを取り戻すためでもありません。わたくしは、クローディアスさんの……、わたくしの愛しい人の命を取り戻しに来たのです。その二つは必ず結びついているはずですわ」


 その宣言にフレベルが笑い出した。

 エレノアがキョトンとした顔になる。

 クローディアスは困った顔になる。


「いや、すまぬ。愛しい人、とまっすぐに堂々と言ってのけるそなたが、なんというか、まぶしくてな。だが、それでいい。本当に大切なものであるならば、口に出すことになんのはばかりがあろう」


「私としては、その、もう少し、時と場所をわきまえてもらいたいのですが」

 クローディアスが言った。


「あら、クローディアスさん。ご存じありませんの? エレノア・ウィンデアのやり方は、いつでも中央突破ですのよ」


 それに再びフレベルが吹き出した。

 あまりにも笑い過ぎて、咳き込むほどであった。

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