ジークフリートとアライア③
アルカディア歴1824年7月20日
ウィンストン街クローム伯爵邸
夜。
ガイエスたちアライア部隊はクローム伯爵家襲撃犯のアジトへと踏み込んだ。
まず、汎用魔術師のリックが、全員に『透明化』の魔術をかける。10分程度の効果だが、これで機先を制することができる。
さらに探査師の女フェリルが『障害物無効』の加護技を使って、先に邸内に侵入。
門と玄関扉の鍵を開けておく。
特に見張りも門番もない。無防備な連中である。
あとは全員で静かに邸内に侵入した。
さすがは全員Cランク以上の冒険者である。
1階の奥。広いリビングに10人の男がたむろしていた。
扉の影で攻撃魔術師のエレナが『衝撃球』の魔術を使う。『衝撃弾』上位魔法だ。
緑色の閃光。だが、誰も廊下の様子には気づかない。緑色の魔法陣から放たれた見えない球が、テーブルでカードに興じる男のひとりに当たった。男の体が破裂する。
リビングの男たちが呆然と、胸から上が吹き飛んだ仲間を見る。
冒険者たちは一気に室内になだれ込んだ。
とはいっても、まだ『透明化』の魔術が効いている。足音はすれども、姿は見えず。
盗賊たちはわけがわからない。
ガイエスはソファから立ち上がりかけた男の首を一刀のもとにはねた。
ほかの者たちもそれぞれ『透明化』したまま、賊を斬り、あるいは射殺し、刺殺す。
さすがの冒険者たちの手際である。リビングに突入してから、3分とかからずに室内の賊は全滅した。
そこで、ちょうど『透明化』が切れた。
「もう1回ずつならかけれるぜ」
リックが言う。
「いや、このままでいいさ」
ガイエスは言った。
すでに賊の手並みは知れた。本当に素人だ。
物音を聞きつけたのだろう。
別の部屋から男2人が飛び出してきた。
だが、射手のメアリーが矢継ぎ早に短弓で矢を放ち、射殺してしまった。
「本当にカスね」
吐き捨てる。
シャワーを浴びていたのだろう、半裸の男が出てきた。フェリルの投げナイフが首に突き刺さり絶命。
「手分けした方がいいな。俺は上に行く。ロックは下を探してくれ」
ガイエスが言った。
ロックはガイエスについで年長の男だ。
やはり暫定的に副リーダーということになっている。
「おう。油断すんなよ」
「そっちもな。こんな連中相手に怪我でもしたら目も当てられん」
2階に上ったガイエスほか4人。寝室やら客間やらで女と楽しんでいる賊をひとり、またひとり、殺していった。明らかに娼婦らしき女たちは放っておく。おびえて、逃げることもできずに裸のまま震えていた。
かどわかされてきた様子の少女もいた。正気を失っているらしく、呆然と宙を見たまま動かなかった。
結局、2階にいたのは8人。その中に首に黄色い三角錐のペンダントを下げた男がいた。
どうやら、こいつがゼットらしい。
女にのしかかったまま、驚愕の表情で振り返ったまま固まっていたところを、メアリーの矢で後ろ首を貫かれ、絶命した。
悲鳴をあげる女を無視して、ガイエスは血まみれのペンダントを外して、ポケットに入れた。
これであとは残りの賊を殲滅すれば終了だ。
1階に降りると、ちょうどロックたち5人と行き会った。
「5人、殺したぜ」
ロックが言った。
「30人だとすると、あと四人か」
「外に行ってるやつらもいるだろうしな。もう一度、邸内を見回ったら終わりでいいだろう」
「了解」
その後、再び、邸内を探したところ、隠れていた者が2人見つかった。当然、見つけたと同時に殺した。
「さて、引き上げるか。みんな、初仕事、お疲れ様」
ガイエスは仲間たちを上機嫌でねぎらった。同じ冒険者ギルドだったので、見知った顔であったが、実際に一緒に戦ってみると誰もが満足いく技術の持ち主。同僚として心強い限りだった。
◇
意気揚々と戻ってきたガイエスたちをアライアは上機嫌で迎えた。
クローム伯爵家での事件以後、ジークフリートはウィンデア公爵邸に帰ってこなくなった。
アライアは多分に打算はあるもののジークフリートのことは愛しているので、今夜こそはと夜遅くまで彼の帰還を待ち続けていた。
そこへ冒険者たちが戻ってきて成果を告げる。
「そう。よくやってくれました。これでクローム伯爵令嬢も浮かばれるでしょう」
などと心がまったくこもっていない賛辞を述べる。
ガイエスが黄色いペンダントを見せると、奪うように取った。
「この中の音は聞いてないでしょうね?」
「魔法道具なんですか、それは?」
「なんでもないわ。おやすみなさい」
言って、アライアは冒険者たちに背を向けてさっさと寝室へと戻っていった。
その態度に冒険者たちは肩をすくめたり、仏頂面になったり。
解散し、それぞれ自分たちにあてがわれた使用人用の部屋に行って、その夜は終わった。
一方、アライアの方はペンダントをいじり回してみたがゼットがやったようにあの時の会話が聞こえることはなかった。
「まあいいわ。とにかく、これで問題は解決。使える奴らも手に入ったしね」
満足げにひとり笑うアライアだった。
◇
アルカディア歴1824年7月21日
ウィンストン街ウィンデア公爵邸
一夜明け。
アライアはどのように賊退治を公表するべきか悩んでいた。ジークフリートに伝えるべきか。それともいっそう、ハリス・ローゼンに直に伝えるべきか。
そこに侍女のリオッテが助言する。
「でしたら、王都守備隊に匿名の手紙を出したらどうでしょう? 賊のいたアジトを告発し、昨夜、アライア様の家臣の方々がそれを襲撃するのを目撃した、というような」
「ずいぶん、回りくどいやり方ね」
「手紙を受けた守備隊は、念のために、アジトの屋敷を捜索するはずです。そこで賊たちの死体を発見し、大騒ぎになるでしょう。手紙は本当のことか、とアライア様へ問い合わせにくるでしょうから、そこで正直にお話しになれば良いのです」
「なるほど。いいわね。とってもスマートなやり方だわ。じゃあ、リオッテ、それでお願い」
「分かりました。お任せください」
アライアとしてはクローム伯爵令嬢を見せしめにできたし、冒険者の護衛も手に入った。ゼットを始末することもできたので後顧の憂いも断てた。考えてみるといいことづくめである。
私、やっぱりついているわ。
自身の幸運に酔いしれる。
またひとつ、あの女に近付けた。
アライアは目を閉じた。
幼き日の思い出が頭をよぎる。
アライア・フローリーは元平民である。王都で小さな酒場を営む両親の元に生まれた彼女は、幼い頃から夢見がちであった。
両親は忙しく、兄弟も多いために放っておかれることが多く、空想ばかりにふけっていた。その中でもお気に入りは、自分が本当は貴族の血を引いていて、いつか本当の親が迎えに来るというもの。貴族の家に迎えられ、社交パーティで王子様と出会い、恋に落ちる。
そうだわ。母さんはあんなに美人なんだもの。お貴族様に目をつけられてもおかしくないわ。
実際、アライアの母ミレーヌは目を引く美人だった。既婚者であっても彼女目当てに酒場に来る客もいるほどだ。
その血を引くアライアもまた将来を嘱望される整った目鼻立ちだった。
そんな空想がだいぶ薄れ、現実の厳しさ、つまらなさを理解し始めた頃。アライアが10歳の時に、彼女の人生を一変させるできごとが起こった。
その頃になるとアライアは昼間、店の手伝いに駆り出されるようになっていた。上の兄たちは学校に通っていたが、さすがに4番目ともなるとその金もない。
エプロンドレスで、ようやく空いてきた店を歩き回っていると、ひとりの男に声をかけられた。
「お嬢さん、貴族になりたくはないかね?」
「なりたいに決まってるじゃない」
なにを言ってるんだ、という顔で男を見る。
「家族と会えなくなっても?」
「もちろん、構わないわ。お貴族様になれるなら」
「それなら今夜迎えに来よう。家族には秘密にしているんだよ」
「あら、待ってるわ」
なんの冗談だろう、と思いながらも、そのことはすぐに忘れてしまった。
なので、その夜、寝ているところをいきなり起こされたときには、パニックになりかけた。
「しっ。迎えに来たよ。さあ、行こうか」
部屋には他に3人の兄たちが寝ている。
だが、誰一人起きていない。
男はアライアを背負った。
そして、窓からいきなり飛び降りたので、アライアは悲鳴をあげた。男は音もなく地面に着地すると、滑るように地面を走った。
これは夢の続きなのかしら、とアライアは思った。これからどうなるのだろう、とワクワクした。
男がアライアを連れてきたのは大きな屋敷だった。まるで本当に貴族の屋敷のようで、どこもかしこも珍しかった。
ある部屋の前で下ろされ、ここで待っているように言われる。廊下に同じくらいの年頃のパジャマ姿の女の子が何人も立っていた。どの女の子もアライアと同じか、それ以上に可愛かった。
きっとお貴族様になる試験を受けるんだわ。
アライアはそんな風に思った。
部屋の扉が開き、3人が中に入る。しばらくすると出てきて廊下にいた男に連れられて行く。
すぐにアライアの番がきた。
ほかの2人と一緒に部屋に入った。
真っ白いカーペット。大きなシャンデリア。ソファがこちら向きにたんくさん並んでいて、そこに何人もの大人が座っていた。
アライアたちは指示された通り、大人たちの前を歩いたり、質問に答えたりした。
「この子が良かろう。エレノアと見事に対照的だ」
アライアの肩にそっと手を置いてそう言ったのはひとりの老人だった。立派な身なりをしてていて背筋もすっと伸びている。優しそうで、賢そうで、なにか絵に描いたような老紳士という雰囲気だった。
「良いかな。フローリー男爵殿」
「はっ。承知しました」
あとで分かったことだがその老人こそが、エフィレイア王国宰相ハリス・ローゼンだった。
「彼女には明日からフローリー男爵令嬢として、この屋敷で過ごしてもらう」
ハリスはそう言うと立ち上がった。
アライアに微笑みかける。歳を取っているが、とてもハンサムな人だとアライアは思った。
「君は未来の王妃だ。王子様を頼んだよ」
その日から、アライアはフローリー男爵令嬢として過ごした。新たな両親となった男爵夫妻は優しくアライアに接してくれた。
貴族としての教養を身に着けるため、何人もの家庭教師がつき、授業を受けた。
日々の生活は素晴らしかった。移動は馬車。着るものにも食べるものにも不自由しない。
おつきの侍女に言えば大抵の望みはかなった。
ときどき、本当の家族に会いたくなったが、それよりも新しい生活に夢中になった。
まさか本当に貴族になれるなんて。
瞬く間に月日は流れ、アライアは15歳となった。
この頃になると自分が、ある目的のために男爵家に引き取られたのだと理解していた。
第1王子で王太子のジークフリート・レイアーを誘惑し、公爵令嬢エレノア・ウィンデアから奪い取ること。
恐らく、ハリス・ローゼンは自分以外にも似たような娘をいくつか仕込んでいるのだろうことも予想がついた。
王子と恋に落ちて王妃になるのは私よ。
初めて王家主催のパーティでジークフリートを見た時、アライアはその美男子ぶりにとろけそうになった。まさしく夢見た王子様といった様子だった。彼が自分の恋人、ゆくゆくは夫になると考えるだけで、体が熱くなった。
だが、それ以上に衝撃的だったのは、エレノア・ウィンデアだった。
初めて見たジークフリートの婚約者。自分が倒さなくてはならない敵。
黄金を糸にして紡いだような鮮やかな金髪。それがいくつもの螺旋を描いた髪はただただ豪華で華やか。前髪は銀の髪飾りで片側に寄せ、額を晒している。それがとても知的でオシャレ。
大きな目はつんと目尻が上がっていて、目が合っただけで威圧感を感じる。だが、青い瞳と目が合うと吸い込まれそうな心地になった。
そして、はっ、と気が付く。なんという綺麗な顔。どこにも欠点が見当たらない。これ以上、美人を作るにはどうしたらいいかと、神様だって悩んでしまうだろう。
美しい顔は小さく、手足はすらりと伸びている。もちろん胴もほっそりとしていて、ウェストなど一体どうなっているんだ、というほどに細い。
アライアは泣きそうになった。
エレノア・ウィンデアはあまりにも美しく、圧倒的な存在感があった。
彼女を見たあとで、鏡を見た時の惨めさ。
毎日、鏡を見ては、自分はなんて可愛いんだろう、と自画自賛していた昨日までの自分のなんと滑稽なことか。
アライアはエレノアに強く憧れた。ジークフリート以上にエレノアに恋したかのようだった。
毎日、エレノアのことばかり考えた。
エレノアになりたい。エレノア・ウィンデアになりたい。
そうよ、私はエレノア・ウィンデアになる。
ジークフリートを奪い、彼の婚約者となれば、きっと自分もあのように輝いて見えるに違いない。憧れは、このように変容して彼女の新たな原動力になった。
やがてジークフリートと接触する機会が訪れた。それはもちろん、ハリスの命を受けたゼットの采配である。
あるパーティで、夜風に当たろうと邸内を散歩(エレノアから逃げていた)していたジークフリートとばったりでくわす。
最初、ジークフリートはアライアの歯にきぬ着せぬ物言いに圧倒されたようだった。だが、すぐにそれに新鮮味を覚えたようだ。
二度、三度、と偶然(もちろん仕組まれたものではあるが)の出会いが重なり、ジークフリートはすっかりアライアに夢中になった。
なにより、アライアがジークフリートの求めていた自由さ。闊達さを持っていたからだ。ハリスが見抜いた通り、アライアはジークフリートを虜にしてしまった。
やがて、ジークフリートはちょくちょくと城を抜け出してはアライアと逢瀬を重ねるようになった。
初めての夜。もちろんジークフリートもアライアも未経験であり、それはあまりにもロマンチックな一夜になった。
ここまでくるとジークフリートももはや自分を自制することができなくなった。
様々な場面でアライアを連れまわすようになる。
結果、エレノアとアライアは何度か顔を会わせることになった。
エレノアは矜持を傷つけられながらも目に余るアライアの態度に注意をする程度に留めた。
アライアの方はエレノアと話せたことが嬉しかった。自分が彼女と同格になれたかのように錯覚した。
見てらっしゃい。今に、あんたのいる場所に私が立って見せるわ。
アライアの胸の中で情熱の炎がごうごうと燃えていた。
エレノアからの嫌がらせを受けたという捏造。さらには賊に襲われ命に危機にあった、という事件の捏造。これらはゼットからの提案だった。
「なにしろ、相手は2大公爵ウィンデア家の令嬢。やがて当主となる御方です。大きな事件でもなければ、婚約破棄などなかなかできるものではありませんからね」
「でも、うまくいくかしら」
「そこはお任せください。しっかりとエレノア・ウィンデアの罪をでっちあげてごらんにいれましょう」
こうしてエレノア・ウィンデアを陥れるための作戦が決行された。
証拠の捏造。証人の捏造。アライアの周囲でいかにも何者かの悪意が感じられる妨害が起こり始める。
そして、アライアはそれを逐一、ジークフリートに報告した。
すっかりアライアに夢中になっていたジークフリートはその度に怒りを露わにした。
エレノアの犯行だと匂わせる数々のちょっとした証拠。目撃情報。
「私は、エレノア・ウィンデアという女を見誤っていたようだ。まさか、こんな姑息で悪辣なことをするなんて」
ジークフリートはすっかりエレノアがアライアに嫌がらせの数々を行っていると思い込んだ。
そして、仕上げ。暴漢たちによるアライアの馬車の襲撃。運よく、王都守備隊の巡回にかち合ったから良かったものの、もしそれがなければ殺されていただろう。
ゼットによる襲撃事件の捏造は実に巧みで、襲撃に雇われたならず者も、エレノアが雇い主だと信じ込んでいた。
こうして、すべての準備が整った。
おあつらえ向きのパーティ。ジークフリートがそこで婚約破棄を言い渡せば、すべてはアライアのものになる。
そう、私はエレノアになるのよ。
本当にパーティが待ち遠しかった。
婚約破棄された時のエレノアの顔を想像すると、それだけで興奮した。
私が、あのエレノア・ウィンデアを完膚なきまでに叩き潰すの。あの、完璧な、最高の公爵令嬢を。
ことは予想以上にスムーズに進んだ。
無事にジークフリートはエレノアと婚約破棄をして。おまけに彼女は国外追放となった。
だが。
だがなぜか、アライアはすっきりとしなかった。
エレノアは泣き叫び、みっともなく、無様に、情けなく、ジークフリートにすがりつく。そんな姿を想像していたのに。
エレノア・ウィンデアは最後まで華麗で、強く、美しかった。彼女の凛々しい相貌が。去り際に見せた背中が。アライアの目に焼き付き、頭から離れなかった。
私は勝ったのよ。エレノア・ウィンデアから全てを奪ってやったんだから。
そう自分に言い聞かせても、なにか足りないのだ。とても足りない。
そうよ。あの女はすごい馬車に乗っていたわ。2頭の馬が引く大きな馬車。
だから、ジークフリートに馬車をねだった。
そうだわ。あの女は大きな屋敷に住んでいた。そうよ。ウィンデア公爵邸。中に入ったことはないけど、何度も前を通ったわ。
憧れとともに。
だから、ジークフリートにエレノアの屋敷を望んだ。
だが、まだだ。アライアはまだ足りない。
まだあの女、エレノア・ウィンデアにはなれない。




