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ジークフリートとアライア①

 アルカディア歴1824年7月11日

 エフィレイア王国王都ウィンストン



 エフィレイア王ガリウス・レイアーは重いため息をついた。

 謁見の間。玉座に座り、報告をもたらした騎士を見下ろしている。赤い絨毯の上にひざまづき頭を垂れている騎士はアノー侯爵家の騎士だ。

 大規模な反乱がアノー侯爵領で起こったことの報告と援軍の要請のため、必至で馬を走らせて王都へ到着。謁見を願い出たのである。


「宰相よ。どう思う?」

 右脇に立つ老家臣を振り返る。


 ガリウスは40台後半。宰相ハリス・ローゼンは70近い。だが、くたびれた印象のガリウスに比べ、ハリスは若々しく見えた。


「必要ありますまい。アノー侯爵領に駐屯する兵士と侯爵の騎士団にて十分鎮圧可能かと思われます」


「だが、侯爵の騎士を手ぶらで返すのも忍びないぞ」


「むしろ、アノー侯爵は反乱を起こされる事態に陥った自身の無能を恥じるべきでしょうな。重ねて申し上げますが、援軍は不要」


 ガリウスが難しそうな顔で顎を撫でる。

 だが、実際のところ彼はなにも考えていない。ただ、悩んでいる振りをしているだけである。ガリウスが宰相ハリスの意見を聞かなかったことなど、一度もないのだから。


「騎士ロイドよ。アノー侯爵の元へ戻り、伝えよ。まだしばらく援軍は出せぬ、と。だが、余は決して、卿を見捨てはせぬ、と」


 はっ、と騎士が床につきそうなほど深く頭を垂れる。当然、不満はあるが王の言葉に反論などできようはずがなかった。


 騎士が退出する。

 その背中は明らかに落胆している様子だった。


 ガリウスは宰相を見た。

「今回の反乱はずいぶんと大がかりだ。軍を出した方が良かったのではないか?」


 宰相ハリスは首を横に振る。

「たかが平民の群れです。アノー侯爵ならば十分対処可能ですよ」


「そうか? ならば良いが。それにしても、ここのところ、平民たちが騒いでおる。なにか、良案はないか?」


「騒ぐのならば叩き潰せば良いのです」

 ハリス・ローゼンはにべもなかった。



 謁見の間から執務室に戻ったハリス・ローゼンは執務机につくと、ふむ、と結んだ両手に顎を載せた。

 平民の不満が限界に達している。

 第2王子のフランツ・レイアーもいよいよ活発に動いているというし、機は熟したといっていい。

 そろそろ次の段階に入った方が良いだろう。


 王太子ジークフリート・レイアーの廃嫡。代わりにフランツ・レイアーを王太子に据える。彼の讒言ざんげんを入れ、ガリウス王はいくつかの政策を打ち出す。

 ついでにアノー侯爵には責任を取らせ、息子に爵位を譲らせる。


「さて、アライア嬢がうまく踊ってくれると良いがな」


 そこへ家臣が報告にやってきた。

 エレノアがクレイモス王国へ入ったこと。

 ルゼス王国内でハリスの手足となり、裏仕事をしてきた集団が全滅したらしいこと。

 護衛に名うての冒険者『闇をまとう者』がついているらしいこと。


「さて、どうしたものかな」

 ハリスは口元に笑みが浮かぶのをおさえながら首をひねる。自身の手の者を次々と打ち破り、ついにはクレイモス王国へと逃げ延びたエレノア。

 しかも、国境近くでは2百人もの盗賊を倒してのけたという。これでまた彼女の武名は上がるだろう。


 クレイモスにも配下はいるがルゼスのような強力な者たちではない。諜報活動を主とした者たちである。彼らにエレノアの始末をさせるのも無理がある。


 結局、ハリスは引き続きエレノアの監視を続けるようにと指示を出す程度にとどめた。


 家臣が退出し、ひとりになったあと、ハリスはおさえていた笑みを浮かべる。

「ついに逃げ延びたか」


 このしたたかさ、強靭さ、まさにウィンデア家の女である。


「さあ、次はどうするかね?」


 親友の孫娘にひとり、問いかけた。



 エフィレイア王国王都のウィンデア公爵邸。

 つまりエレノアの住んでいた屋敷には、現在、第1王子ジークフリート・レイアーとその婚約者アライア・フローリー男爵令嬢が居住している。


 これはなんら法的な手続きを踏んだものではない。なにしろ、次期党首のエレノアが追放されたとはいえ、ウィンデア家が取り潰しになったわけではないのだ。

 ウィンデア家の親戚筋にはエレノアの代わりに当主に据えられそうな者いない。ウィンデア公爵の座は当面空位となり、最終的には王家の者をその座に据えるのではないか、というのが周囲の見解である。

 宰相ハリス・ローゼンがなんらかの絵を描いていることは間違いがないので、とりたてて意見する者もいない。


 そのため、ジークフリートとアライアのふたりがウィンデア公爵邸を我が物顔で使っているのも、ハリス・ローゼンの采配に違いないと周囲は考えている。

 それにしても、と良識を持つ貴族たちは思うのだった。


 婚約破棄をした上に、その屋敷を乗っとるとは、なんという非道な真似を。

 エレノア・ウィンデアがこれを知ったら、どれほどの屈辱を感じることか。


 さて、アルカディア歴1824年7月13日。この日、ウィンデア公爵邸では大々的なパーティが開かれた。

 もちろん、主催したのはアライアである。

 男爵令嬢とはいえ次期、王妃。声をかければ尻尾を振って人が集まる。

 パーティは盛況であった。


 ウィンデア公爵邸には次々と大型の馬車が到着し、きらびやかな夜会服に身を包んだ貴族たちが会場の大ホールへと足を運ぶ。

 飾り立てられた大ホール。ゴテゴテとしているがとにかくきらびやかだ。天井はガラス張りになっており、そこから満点の星が見える。

 やがてホールではダンスが始まった。演奏するのは王都で一番の楽団。


 もちろん、最初に踊るのはジークフリートとアライアである。


 青い髪に濃紺の瞳のジークフリートは少女が夢見るような甘い顔立ちの貴公子。濃紺のタキシードが似合っており、女性たちは羨望の瞳で彼を眺める。


 ジークフリートと踊るアライアもまた美しい。さすがは絶世の美少女と名高いエレノア・ウィンデアから婚約者を奪っただけのことはある、と誰もが思った。

 肩口で切りそろえた燃えるような赤毛に焦げ茶色の瞳。生き生きとした生命力あふれるような美少女である。今夜の装いは少し装飾過剰で、やたら宝石がきらめいている。

 ダンスの腕前はなんとか及第点というところか。

 ジークフリートが影ながらフォローして、1曲を踊り終えた。


 そこから他の者たちも交じって踊る。

 ジークフリートとアライアは立て続けに3曲踊り、一度、ダンスが行われているホール中央から離れた。

 そこへ次々と人が寄ってきて彼らを誉めそやす。


「大成功ですわね。ジーク様」

 アライアが頬を紅潮させて言った。


「ああ、そうだな。これほど華やかなパーティは王家主催のものでも中々ない」

 言うジークフリートの顔は浮かない。


 つい先日、アノー侯爵領で大規模な反乱が起こったという話があったばかりだ。

 どうやら今夜のパーティでもその話題が飛び交っている様子。平民の不満が爆発しているこの時期に贅をつくしたパーティを行うのは、暗愚なジークフリートをしてみてもまずいような気がした。


「やはり、クローム伯爵令嬢は出席なさっていませんのね」

 アライアが口を尖らせた。


「ああ、体調不良とのことだが」

 ジークフリートは欠席の連絡を受けている。


 クローム伯爵令嬢はエレノアと仲が良かった。アライアは何度となく茶会に誘っているが、一度も参加したことはない。毎回、なんらかの理由をつけているが、エレノアに義理をたてていることは間違いない。


「私のことを侮っているんですのね。クローム伯爵令嬢は。きっと私の悪い噂を流しているのも彼女に違いありませんわ」

 言うアライアの目は怒りに燃えている。


「いや、そんなことはないだろう。彼女はそういうタイプではない。穏やかで控えめな女性だよ」


「まあ。ジーク様はクローム伯爵令嬢の肩を持つのですね。私の誘いを何度も袖にした女の肩を」

 アライアが大きな声で言った。

「あんな野暮ったい地味な女の肩を」


「落ち着け、アライア。淑女がそんなに声を荒げるものではない。みんな見ているぞ」


「そんなの関係ありません。私は次期王妃なんですよ。その私をないがしろにするなんて、許されことじゃないわ。違いますか?」

 今度はジークフリートに詰め寄る。


 周囲は静まり返り、ただ楽団の調べだけが流れ続ける。


「とにかく落ち着きなさい。それでなくても、エレノアと君は比較されているんだ。彼女ならばどんな時でも取り乱すような真似はしないぞ」


 だが、ジークフリートのこの言葉はアライアの逆鱗に触れた。

 アライアは手にしていたグラスを床に叩きつけると、ジークフリートを睨みつけた。


「やっぱりジーク様はエレノア・ウィンデアに未練があるのね。口では気が詰まるだの、肩がこるだの、悪く言っていても、本当は彼女のことを好きだったのだわ」


「そんなことはない。私は本当に彼女が苦手だったんだ。君と比べるべくもない。私が愛しているのは君だけだ」


「ジーク様」

 アライアが泣きながらジークフリートの胸に飛び込む。ジークフリートは彼女を抱きしめた。


 恋人同士の熱い抱擁。だが、周囲の視線は冷めていた。



 自身が主催したパーディにも関わらず、アライアは途中で退席した。

 彼女はドレスの上から外套を羽織ると、馬車に乗り、屋敷の外に出た。ジークフリートにねだった2頭つなぎの馬車ではなく、華美ではあるが1頭つなぎの馬車。


 その馬車が向かった先は、王都内のとある屋敷。

 上流階級の住まうだろう大きな屋敷ではあるが、次期王妃のアライアが訪問するにはいささか不似合いである。

 アライアは護衛どころか侍女も連れていない。単身、馬車から降りるとスタスタと扉に向かう。

 

 扉の前に立つクロスボウを手にした門番は、アライアの姿を見ると無言で頭を下げた。

 アライアは門番を無視して玄関扉を荒々しく開けた。


「ゼット。ゼット・ランダース」

 玄関ホールで声を張り上げる。


 すぐに屋敷の主が奥の部屋から現れた。

 30前後のスラリとした青年だった。シャツにベストにネクタイと、きちんとしたかっこうだが、どこかカタギではない雰囲気が漂っている。

「こんな夜分にどういたしました。アライア様」


「喜びなさい。久しぶりに仕事をあげるわ」


「とにかく、こちらへ。お茶くらいだしますよ」


「必要ないわよ。こんなところに長居はしたくないもの。今夜もクローム伯爵令嬢は来なかった。私を舐めているんだわ。あんた、どう思う?」


「まあ、それは仕方がありませんよ。パッと出の男爵令嬢が親友の婚約者をかっさらっていったんですからね。とても仲良くする気など起きんでしょう」


「放っておいていいのかって言ってんのよ。あんたならどうする? 自分のことを舐めてる相手がいたら?」


「そうですね。すぐさま叩き潰しますね。放っておいたら他の連中まで舐めてくる」


「そうでしょう。なら、そうして。報酬なら言い値で払うわよ」


「やり方はこちらに任せてくれるんですか?」


「任せるわ。ただし、私が怖いってことが伝わるようにしなさい。それから、できるだけ早く。できれば今夜にでも」


「分かりました。では、すぐにでも準備を始めなくてはなりませんね。報酬については後ほど相談させていただきましょう」


「頼んだわよ」

 それだけ言うと、アライアはくるりとゼットに背を向けて屋敷を出ていった。


 玄関扉が閉まると、それまで殊勝な顔をしていたゼットの顔に笑みが浮かぶ。


「ロイン、いるか」

 無人のホールに声をかける。

 

 はっ、と彼のかたわらにひざまづく者あった。黒いマントで全身をおおっており、フードによって顔も隠している。


「聞いたな? アライア嬢の要望通りクローム伯爵のご令嬢を潰してやろうじゃないか」


「どのように?」


「そうだな。できるだけ、むごたらしく。荒々しくだ。一家皆殺しってとこだな。使い捨て用の連中がいるだろう? そいつらを使え」


「分かりました。ただ今夜中は難しいかと」


「ああ、それはいい。こちらも我らの飼い主様に報告しないとならんしな」


「では、明日の夜、決行します」

 言って、ロインはまた姿を消した。


 ゼット・ランダース。

 ハリス・ローゼンの裏仕事を請け負う者のひとりである。似たような者はこの王都に大勢おり、日々、諜報活動や裏工作に励んでいる。

 その中でもゼット・ランダースはハリス直々に命令を受ける身。任されている仕事も大きい。


 なにしろ、アライア・フローリーをジークフリートに近付け、ふたりの仲を進め。またエレノア・ウィンデアの罪を捏造し。時には、邪魔者を消し、脅し、エレノアを追い込んだのはゼットの手腕である。


 アライアは彼のことを盗賊団の頭目とでも思っているようで、ちょこちょこと荒事を頼みにくる。かなり信頼しているようだ。もちろん、ゼットがそうなるように仕組んだのである。


「さてアライア嬢の退場ももうじきかな」

 ゼットはつぶやくと、主人ハリスに報告するため、屋敷を後にした。



 アルカディア歴1824年7月14日

 ウィンストン街クローム伯爵邸



 ウィンデア公爵邸でのパーティ翌日。

 クローム伯爵家にも昨夜のパーティでの一幕(アライアがクローム伯爵令嬢シェリアの欠席に激怒し、ジークフリートとやりあっていた)のことが伝えられ、当主ラフェル・クロームを大いに慌てさせた。


「まずいじゃないか。あんなでも、次期国王と王妃だぞ。ああ、クローム伯爵家も私の代で終わりか」

 ソファで頭を抱える小太りのクローム伯爵。

 娘のシェリアが、公爵令嬢で次期王妃のエレノアと仲が良いと聞き、小躍りしていた日が懐かしい。


「落ち着いてください。そのようにお取り乱しになられては、皆に示しがつきません。それに、シェリアの気持ちもお考えてください」

 クローム伯爵夫人エルザである。こちらは夫と違い、肝が座っている。


「そうだ。シェリアだ。すぐに彼女をアライア嬢の元へ謝罪に行かせよう。昨夜はせっかくのお誘いに出席できず、申しわけございませんでした、とな」


「そのような真似をさせるわけにはまいりませんわ。それこそ、物笑いの種になりましょう。それにわたくしはシェリアの態度を正しいと思います。エレノア様にあれほどご懇意にしていただいたのに。アライア嬢に尻尾を振るようなこと、恥ずべきことですわ」


「そういうが、相手は次期王妃だぞ。これからのことを思えばだな……」


「先のことなどどうなるのか分かりませんわよ。万一、エレノア様が戻ってくるかもしれませんし」


「まあ、その可能性もあるな」


 第2王子のフランツが王国の保守、良識派の者たちと会っているという話が伝わってきている。

 これはいよいよ、フランツ王子がジークフリートの対抗馬として頭角を現してくるか、と期待する者も多い。

 もし、フランツが王位につけばエレノアの追放は取り消されるだろう、というのが大方の見方だ。フランツがエレノアに並々ならぬ好意を抱いていることはエフィレイア貴族ならば誰でも知っている。


「まあ、今更、尻尾を振ってもなあ」

 言って口髭を引っ張るクローム伯爵であった。



 その頃、クローム伯爵令嬢シェリアは自室にて本を読んでいた。肌は青白く、痩せており、17歳という年齢の割には体が小さい。整った顔立ちをしているが目立つタイプではない。


 もともと病弱で幼い頃は床に伏せりがちであった。エレノアが婚約破棄され、追放処分を受けてからは、ショックのあまり食も細くなり、ろくに外へも出ていない。

 そのため、体調不良というのもあながち間違いではないのだ。


 それでもアライア・フローリーからの誘いを断るのは勇気がいった。家格からいえば男爵令嬢と伯爵令嬢で、シェリアの方が上だ。

 だが、相手は次期王妃の座が約束されている。王妃ともなれば貴族の女社会ではトップ。それに睨まれてはお茶会すら開けなくなるだろう。


 今回のパーティは大々的で、誘いの手紙からもアライアが並々ならぬ情熱を抱いていたことがわかった。なにがなんでも来い、来なかったら知らないぞ、という圧力が感じられた。


 だが、僅かな家臣だけをともない国外追放になったエレノアのことを思えば、アライアの顔を見る気にはなれなかった。それに、友人として反抗のひとつもしなくてはエレノアの立つ瀬がない。


 お父様には申しわけないけれど、でも……。


 こればかりは譲れなかった。


「わたくしはあまり人に好かれる性格ではありませんの。シェリアさんに見放されたら、絶望してしまいますわ」

 いつだったかエレノアがそんなことを言っていた。


 公爵令嬢。さらには王太子の婚約者という立場上、エレノアのそばにはいつも多くの人が集まっていた。

 ただ、エレノアはそんな者たちに社交辞令以上の言葉はかけなかった。


「ピーピーとうるさいのですもの。仕方がありませんわ」


 エレノアの加護技スキル『虚言看破』が彼らの嘘を暴くのだ。

 シェリアもエレノアと知り合った当初は緊張した。嘘をついてしまうのではないか。機嫌を損ねてしまうのではないか。そんな心配ばかりしていた。


 だが、何度か会ううちに、エレノアと嘘のない言葉を交わし合うことが心地よく感じられた。

 コンプレックスばかりで人づきあいが苦手なシェリアだが、不思議とエレノアといるときは心が安らいだ。


 友人付き合いが年単位になると話す内容も際どいものが多くなった。

 ある時、ジークフリート王子との結婚について聞いたことがある。


「そうですわね。わたくしなりにあの方をお慕いしています。これは間違いないかと思うのです。ただ、それが本当の恋といものかは、わたくしにはわかりませんけれど。妻としてあの方の力になり、王妃として少しでもこの国を良くしていけたら良いと」

 エレノアらしからぬ歯切れの悪い言い方だった。


 シェリアは、エレノアが自分自身にジークフリートへ好意があると思いこませているように思えた。必死に自分自身を騙そうとしているように。


 エレノアは決して愚痴も悪口も言わなかったが、シェリアには分かった。エレノアがジークフリートと会ったあとは気が沈んでいることが多いのだ。


 相性が悪いのかもしれない。

 シェリアはなんとなくそんな風に思った。

 シェリアはほとんど話したことはないが、行動や評判などを鑑みるに、ジークフリートは軽挙が目立つ。不真面目というわけではないのだが言動に芯がない。ひと言でいうと軽いのだ。


 対してエレノアは責任感と正義感を両肩に載せ、おまけに平民や良識派のウィンデア家に対する期待を背負っている。こちらは重すぎる。


 シェリアからしてみたら、それこそがエレノアの魅力なのだが、軽薄な人間は息がつまるのかもしれない。


 結局、シェリアの父クローム伯爵もくだんのパーティでの一件について、娘に話さなかった。

 小心ではあるものの彼も良識があり、エレノア・ウィンデアの追放に理不尽さを感じていたからだ。



 深夜。

 クローム伯爵邸の門番はいきなり胸にクロスボウの矢を受けた。

 その直後に無数の矢が体に突き刺さる。魔法金属の鎧ならばともかく、通常の金属鎧ではよほど頑強なものでなくてはクロスボウの矢は防ぎきれない。


 門番はハリネズミのようになり、倒れた。息を引き取る瞬間までなにが起こったのか分からなかった。


 鉄柵の門を開き、男たちがなだれ込む。剣やクロスボウを手にした男たちだ。中にはナイフや手斧といった得物を下げる男もいる。

 見るからにならずものといった風体で、革鎧や金属の胸当てを適当に身に着けている。

 ゼット子飼いの盗賊団のひとつである。

 子飼いとは言っても彼らからゼットの素性がバレるようなことはない。いつ切り捨ててもよい捨て駒たちだ。


 領地の屋敷ならばともかく、王都の屋敷ともなると伯爵家とはいえ警備はそれほど厳重ではない。せいぜい10人程度の護衛。領地から騎士を連れてくる者もいれば、滞在中だけ冒険者を雇う者もいる。


 クローム伯爵は騎士を5人連れてきていた。2人は邸内の守りを。残り3人はそれぞれ自分と妻、娘の護衛に当てている。クローム家譜代の家臣の息子や孫で、幼い頃から騎士として育てられてきただけあって、腕は立つ。


 この夜も、もし、ただの盗賊団の襲撃であったのならば、彼らが返り討ちにしてのけただろう。戦闘訓練をしてきた者と、ただの素人では強さの桁が違う。


 クローム伯爵家の騎士のひとり。

 ドルベルク・ドッカーは『危険察知』の加護技スキルを持っている。

 文字通り脅威が身近にせまった時、すぐに知ることができるという加護技スキルである。


 屋敷の見回りをしていたドルベルクの頭の中で『危険察知』の加護技スキルの警鐘が鳴った。まさしく鐘の音だ。

 ドルベルクはすぐにもうひとりの屋敷防衛担当のガイアスを起こそうと、彼の居室に向かう。今夜はドルベルクが夜勤だったのだ。


 廊下を走る彼の前に、ふっ、と黒い影が立ち塞がった。

『危険察知』の加護技スキルが最大級の警鐘を鳴らす。


「何者だ」

 剣を抜き、問う、ドルベルク。


 次の瞬間、その後ろ首に短剣が突き刺さる。ドルベルクは絶命し、その場に崩れた。


 黒いマント。顔もフードで口元以外を隠した男は、音もなく、次の獲物の元へと向かった。

 ゼットの部下ロインである。ならず者たちの邪魔をさせないように、騎士や兵士を片付けるのが今夜の彼の役目である。


 クローム伯爵と伯爵夫人エルザは同じ部屋で寝ている。

 結婚して20年にもなるが夫婦仲は良好で、クローム伯爵は愛妾も囲っていない。小心者だが真面目で誠実な男である。


 そのため護衛の騎士ふたりは交代で夜勤を務めている。この夜、部屋のドアの前に立っていた騎士はザックという名の20半ばの男だった。父が長年、クローム伯爵家騎士団長を務めており、彼自身も剣の腕では家中で一、二を争う。


 だが、いかんせんまだまだ実戦経験が少ない。異様な気配を感じ、腰の剣に手をかけた時には、黒い影が懐に飛び込んできて、首を一閃。なにが起こったのかすら分からず、ザックは扉に背中を打ち付け、半ばまで割れた首から大量の鮮血を降らせながら倒れた。


 これで5人。

 暗闇の廊下を駆けながらロインはもう一度、見落としがないか頭の中で確認した。

 盗賊の手助けという不名誉な仕事ながら、彼は忠実に職務をこなす。

 警備の兵士たちは全部で15人。騎士が5人。兵士たちも大半は始末しておいた。

 あとは、盗賊団の者たちに任せても問題ないだろう。


 念のため、もう少し殺しておくか?


 クローム邸に襲撃をかけているならず者の数は30名。暴力には慣れているが素人は素人。信頼はおけない。

 だが、あまり手を出すと不自然になる。


 ロインは首を振ると、手にしていた短剣をしまった。あとは様子を見ることにしたのだ。



 はっ、と目を覚ましたシャリアは部屋が暗いことを見て、まだ寝ていても良い時間だとホッとした。目を閉じるが、その耳に、なにか声のようなものが聞こえた。


 なにかしら?


 サイドテーブルの上のベルを鳴らす。

 侍女を呼んだのだ。

 だが、いつもならば誰かしら夜勤で隣室に控えているはずの侍女が、一向に来ない。

 代わりに、今度ははっきりと声が聞こえてきた。悲鳴のように思えた。

 それに乱暴に歩く足音。


 なにかただならぬ事態が起こっている。

 シャリアはランプ(魔法道具)を付けるとベッドから抜け出した。

 その時、ドアが乱暴に開いた。なにかむせかえるような臭いが流れ込んでくる。


 暗闇に男が立っていた。

「おい、見つけたぜ。ご令嬢さんだ」

 顔の下半分を髭でおおった野卑な雰囲気の男。その手にクロスボウを持っている。


「おい、逃げんじゃねえぞ、嬢ちゃんよう。間違って撃っちまうからよう」

 男はクロスボウでシャリアに狙いをつけたまま、大声をあげた。

「ここにいたぜ。ご令嬢だ」


 その声にバタバタと多くの足音が近付いてきた。

 部屋に次々に男たちが飛び込んでくる。どれもクロスボウを構える男と大差なく、粗暴で下劣な雰囲気の者たち。


「おお、おお、やっぱり伯爵令嬢様はお綺麗だなあ」


「なんつう細さだ。折れちまいそうだぜ」


 ギラギラとした目を向けられ、シャリアは恐怖のあまり自身の肩を抱くようにしてへたり込んだ。

 

「さあ、まずは楽しもうぜ。たっぷりなあ」

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