激戦②
アルカディア歴1824年6月28日
ルゼス王国エイダ男爵領スライシオ
「エレノア・ウィンデア? セクプトでレミー・ベラルルを倒したり、アロアーでドラゴンを倒したりした女丈夫か。彼女がどうしたんだ?」
射手のウェルが言った。
小さな町の酒場。ちょうど魔物退治の依頼を終えて、今夜はこの街で一泊しようということになった。そこで『ブルースカイ』メンバーは酒場に繰り出し、夕食と酒盛りを始めた。
リーダー、リーアが良い話がある、と言って声をひそめたのは食事がひと段落ついた頃である。
「さる筋からの依頼です。エレノア・ウィンデアを倒すために手を貸して欲しいというもの。報酬は6千ルーガ(6千万円)。ひとりにつき千ルーガになります」
「千ルーガ、だと」
長剣使いロビンソンが言った。声が大きい。
ただ、酒場は客でごった返しており、喧騒に満ちている。誰も彼の大声に注目した者はいない。
「声が大きいですよ」
リーアが眉をひそめる。
「マジかよ。そりゃあ」
ロビンソンが声を落として言う。
「はい。信用しても問題ありません。それほど確かな筋からの依頼です」
本来、冒険者は冒険者ギルドを通しての依頼だけしか受けてはいけないことになっている。だが、冒険者の中にはギルド以外から直接依頼を受ける者たちもいる。
主に、非合法な裏の依頼を、である。
『ブルースカイ』も過去に何度かそういった依頼は受けている。非合法組織の護衛。魔法道具の強奪。暗殺の補助。
なにしろ、その手の依頼は報酬が良い。
「僕らには関係ない女性を殺すのかい?」
治癒魔術師レデルカが言った。顔がすでに不快感を現している。
「私も気が乗りませんね。裏の仕事はどうも良くない。金銭の代わりに矜持を売り渡しているようなものですよ」
攻撃魔術師のカルヴァンが同じく苦い顔で言った。
「おいおい、お前らちょっと頭が硬いんじゃねえのかい。6千ルーガだぜ。6千ルーガ。そりゃあ、エレノア・ウィンデアには恨みはねえけどよ。だったら、魔物にだって恨みはねえだろ? あいつらだって必死に生きてるだけなんだからよ」
ロビンソンが言った。
「魔物は人を襲うじゃないか」
レデルカが隣のロビンソンを睨む。
その肩にロビンソンが手を回した。
その耳に囁く。
「俺とお前の分で2千ルーガだぜ。その金でよ、冒険者なんてやめて、どっかで楽しく暮らそうぜ。2人きりでよ」
それにレデルカの顔がカアと赤くなる。
「おい、こんなところでイチャつくな。鬱陶しい」
射手ウェルが迷惑顔で言う。それからカルヴァンに真剣な目を向ける。
「だが、実際のとこ、この国からそろそろ出た方がいい。フラナガン伯爵の件がそろそろヤベエ気がするんだ」
半年前。『ブルースカイ』は同じように裏の仕事を受けた。フラナガン伯爵の暗殺に手を貸したのだ。実行部隊はまた別におり、あくまでも彼らはそのフォロー。ルゼスの派閥争いの一幕であった。
問題はその派閥を率いていたグリンニル侯爵が数日前に死んだこと。これからその派閥に加担していたものが粛清されていくことだろう。『ブルースカイ』もそのあおりを受ける可能性がある。
「エレノア・ウィンデアを倒すことで、エフィレイアに恩を売れんか?」
今まで黙っていたもうひとりの戦士ゲイルが言った。
「彼女の抹殺の依頼ということは、例の宰相が裏にいるんだろう?」
エフィレイアの宰相ハリス・ローゼンがエレノアの婚約破棄と追放を画策したというのは、もはや周知のこと。
リーアがうなずいた。
「それもあって、今回の依頼は受けたいのですよ。報酬とともに、エフィレイア王国への口利きも約束してもらいました」
「でも、それでエフィレイアに行っても飼い殺しにされるだけじゃないか。僕はそんなのは嫌だ」
レデルカがロビンソンの手を振りほどいて言う。
「同感ですね。口封じに殺されることも考えられます」
「そういうがなあ。お前の変態趣味のせいで、ギルドからも目を付けられてんだよ」
ロビンソンがカルヴァンを睨む。
「冒険者の中にも俺たちを狙ってる奴がいる。恨みを買いまくってるのは分かるだろ?」
「変態趣味とは酷い言われようですね。ただ、私の方がパートナーよりも魅力的だというだけの話だというのに」
カルヴァンは恋人のいる女性をものにするのが大好きなのだ。そのせいでそこらかしこで恨みを買っている。その趣味以外は品行方正で優しい男なのだが。
「では決を取りましょうか。今回の仕事を受けたい者は」
リーアが言った。
まずロビンソンが飲みかけのジョッキを上げる。次にウェルがこちらは空のジョッキを上げた。
ゲイルが重々しくうなずき、カルヴァンが仕方なさそうにフォークを立てた。
「待って。僕は反対だよ。こんなのは良くない」
ロビンソンは泣きそうな顔で言った。
「おい、恋人の説得はしとけよ」
ウェルがロビンソンに言って席を立つ。
「俺はちょいと女でも買ってくる」
「それなら儂も付き合おう」
ゲイルも立ち上がった。
「とにかく、今回の仕事は引き受けます。いいですね。レデルカ」
リーアがレデルカに冷たい目を向けた。
リーアはロビンソンに懸想しており、レデルカに嫉妬心を抱いていた。
「僕は反対だ」
レデルカはうつむいて言った。
「嫌な予感がするんだよ」
◇
アルカディア歴1824年6月30日
ルゼス王国エイダ男爵領スライシオ
依頼人であるグランド・オルクと『ブルースカイ』の面々が会ったのは2日後のことだった。
その間にロビンソンはレデルカを説得。レデルカはしぶしぶ今回の依頼に参加することに決めていた。
『ブルースカイ』の面々がリーアに案内されたのは、彼らが最近拠点としているルゼス王国の東の大都市スライシオ。その屋敷の一つである。
グランドは表の顔として親から莫大な遺産を受けついだ資産家という肩書を持っている。実際に商隊に投資したり、職人に店を持たせたり、といったような事業もしており(部下に任せているが)、上流階級の社交界にも顔が売れている。
高価な黒い上着にズボン。襟に結んだネクタイ、と紳士的な装いをしたグランドは、黒甲冑姿からは想像もできぬほど理知的な雰囲気があった。
だが、口を開けばその雰囲気は一変。豪放な性格が顔を出す。
グランドは自分がエフィレイア王国宰相ハリス・ローゼンの飼い犬であることをあっさりと明かした。
「いろんなしがらみがあってな。俺が宰相の犬になる代わりに、オルク家は取り潰しをまぬがれた。親父は勝手にくたばればいいんだが、兄貴にはずいぶん世話になったもんだからよ」
などと誰も聞いていないのに、自身の境遇を話した。
「エフィレイアで便宜を図ってくれるという件は間違いありませんね?」
リーアが念を押す。
「ああ、兄貴、オルレイン・オルクを頼ってくれて構わんぜ。ただ、宰相に飼われることになるかもしれんが、それは勘弁してくれ」
グランドはどこまでも、ざっくばらんな男であった。
「口封じに殺される可能性は?」
ゲイルが問う。
「その意味がない。宰相がエレノア・ウィンデアの婚約破棄と追放の糸を引いたって話は、もう誰でも知ってるからな。ここでエレノアが殺されたら、当然、ハリス・ローゼンの手の者だってのは分かるだろ」
「確かに」とカルヴァンがうなずいた。
「俺に言わせれば、そのままルゼスに留まる方が危険だな。この国でエレノア・ウィンデアは英雄だからなあ」
「しかし、エフィレイアの宰相もなにを考えてんだかな。そこまでして、エレノア・ウィンデアを殺したいのかよ」
ウェルが言った。
「あの男にはあの男の考えがあるのさ。まあ、エフィレイアのためになるなら、手を汚すのも厭わん男だ」
その後、グランドは対エレノア・ウィンデア戦の打ち合わせを始めた。
「お前たちの情報はある程度調べてある。訂正する部分があれば言ってくれ」
まずは『ブルースカイ』のメンバーの能力を一つ一つ読み上げていく。
その正確で詳細な情報に『ブルースカイ』の面々は驚いた。
「次に俺の能力だが」と今度は自分の加護技について説明。1対1に持ち込めば、エレノア・ウィンデアだろうと、この国で最強の剣士ということになっているバージル・ルドックすら倒せるだろうということ。
「それなら私たちの出る幕はないのでは?」
カルヴァンが不思議そうに言う。
「確実を期したいというのもあるが。少しばかり、面倒な奴が護衛についている可能性がある」
「面倒な奴?」
ゲイルである。パーティでは最年長。グランドと同年代だけあり、対面した当初から彼の強さを肌で感じ取っていた。加護技を聞いてからは、なおさら、その強さを確信している。
この男が、応援を頼まねばならぬほどの相手というのならよほどの者だろう。
「いや、これはまだはっきりとした情報じゃないんだがな。だが、悪い予想というのは、存外当たるもの。用心に越したことはないと思ってな」
「もったいぶるじゃねえか。その護衛ってのは有名な奴なのか?」
ウェルが言った。
「まあ、お前らは知っているだろうな。俺の予想が当たってるならば、『闇を纏う者』だ」
その言葉に『ブルースカイ』の面々が息を飲んだ。
当然、知っている。ルゼス王国では『ブルースカイ』と一、二を争う冒険者パーティ『ホライズン』の探査師。
そして目のあるものならば、『ホライズン』の突出した武功の数々が、『闇を纏う者』の働きによるものだということも知っている。
闇にちなんだ加護技をいくつも持っているという謎の多い男である。
「『闇を纏う者』か。ヤベエな」
ウェルが言った。彼は射手と探査師を兼任している。同業者だからこそ、『闇を纏う者』がとんでもない存在だということを理解している。
「あいつは本当にヤベエんだ。『ホライズン』はあいつと『聖女』以外は大したことなかったんだが。あの2人、中でも、『闇を纏う者』は危険すぎるぜ」
事実『ホライズン』は『闇を纏う者』をパーティから追い出して以来、凋落に凋落を重ね、ついには解散したという話だ。
「そうかあ? 俺は何度か話したことがあるけどよ。ただのガキって感じだぜ。まあ、年の割には落ち着ていてけどよ」
ロビンソンが言った。
「ウェルの認識で間違いない。『闇を纏う者』は危険極まりない奴だよ。だからこそ、お前たちの力がいるんだ」
グランドはそういうと、具体的な作戦を説明し始めた。
あらかじめ、リーアの『感覚共有』でつながっておくこと。リーアとウェルは遠距離に陣取り、そこから魔術を付与した矢でけん制する。
「ここで『闇を纏う者』がそっちに行けば一番楽だな」
誘い出した『闇を纏う者』をあらかじめ設置しておいたレデルカの『発光』による罠で、彼が纏う闇を消す。その上で、これもあらかじめ作り置いた攻撃魔法とウェルの矢で倒す。
「僕の加護技が効くのかい?」
レデルカが首を傾げる。
様々な物を永続的に光らせることのできる加護技。日常使いには便利だが、戦闘では目くらましくらいしか使いようのない加護技である。
一般的には外れと言われる類の加護技である。
「ああ。若い頃、ノーシアン大陸に渡ってたことがあるんだが。そこで、闇の加護技を使う奴に会ったことがある。そいつに聞いた話だ」
もともと加護技はミッド大陸に住まう者特有のものである。だが、その男は鬼王という邪神に寿命を捧げる代わりに、加護技のようなものを身に着けたという。
「話を戻すぜ。まあ、ともかく、やっこさんがまんまと誘い出されてくれた場合は、倒せなくても手傷を負わせればいい。その間に、俺がエレノア・ウィンデアを殺してしまう」
次に、もし、『闇を纏う者』がそちらに行かず、下方に待機していた『ブルースカイ』とグランドの元へ向かった場合。
「なにしろ奴の探査能力はずば抜けているのでな。こちらの可能性の方が高い」
その場合、『闇を纏う者』が狙うのはまず間違いなくレデルカだろう。
「お前たちが奴の情報を知っているなら、奴もお前たちの情報を知っていると見るべきだからな。『発光』の加護技を奴が警戒している可能性が高い」
逆を言えば、それは囮として使えるのだ。
「おい、ルカを囮にするなんて聞いてねえぞ」
ロビンソンが怒鳴る。
「いきり立つなよ。危険はみんな同じだろうぜ。あの『闇を纏う者』が相手ならな」
ウェルがなだめる。
グランドはさらに続けた。
『闇を纏う者』がレデルカを攻撃に来た際、レデルカが即座に『発光』を発動。同時にカルヴァンの『死の嵐』を見舞う。
「お前らのとっておきの作戦だよ」
確かに『死の嵐』を『感覚共有』した上で『時間離脱』して回避するという荒業は、『ブルースカイ』の切り札ともいうべき作戦である。
本来なら自爆技ともなる仲間を巻き込んでの範囲攻撃。それを無傷で行えるのだ。
「万一、『闇を纏う者』にエレノア・ウィンデアがついてきた場合も、こいつで共倒れになる。まあ、俺としては彼女と1対1で手合わせしたいものだがなあ」
◇
アルカディア歴1824年7月9日
ルゼス王国ルドマン辺境伯領
作戦決行前日。
すでに配置についていたグランドは深夜に同僚の『入れ替わる者』クレスト・ロットンの来訪を受けた。
そこで『貪る女』の死とエレノア・ウィンデアの護衛が間違いなく『闇を纏う者』だと知らされる。
「たく、エレノア・ウィンデアだけでも厄介だってのによ」
クレストが吐き捨てた。
「まあ、ちゃんと対策は立ててある。お前は念のためイースに先回りしていると良いぞ」
クレストの加護技は『変化』。戦闘能力は高くはない。この場にいられても足手まといになるだけである。国境そばの街イースに向かわせておいた方がましだ。
クレストンはもう一度、『闇を纏う者』に毒づいて、去っていった。
その後、グランドは『ブルースカイ』のメンバーと最終的な打ち合わせをした。
すでに準備は万端。いくら『闇を纏う者』でもこの死地からは逃れられないだろう。
事実、グランドの作戦は見事にはまっていた。彼の誤算は二つ。自身がエレノア・ウィンデアに敗北したこと。
そして、もう一つ。それは……。
アルカディア歴1824年7月10日。
「どうする。エレノア・ウィンデアがグランドを倒しちまったぜ」
ウェルはリーアを振り返った。
エレノア、クローディアスの2人と『ブルースカイ』、グランド連合が戦っている山の隣山の山頂。
リーアの『千里眼』はまだウェルも共有している。上空から現場の状況を見下ろし、戦況を把握している。
「言っている暇があったら、さっさと矢を放てよ。グズ」
リーアが口汚く、ウェルを罵った。
「てめえが、ボーとしてるから、グランドが負けたんだろうが」
「んなこと言ってもよ。あんなとこから逆転するなんて思わねえだろうが」
ウェルもカチンときて言い返した。
リーアは普段は上品ぶっているくせに、自分の思った通りに状況が運ばないと、とたんに柄が悪くなる。
「いいから、エレノアを『絶対命中』で射殺せ。それしか能がねえだろ、てめえは」
リーアにピシャリと言われ、ウェルは怒りで顔を赤らめながら再び弓を構える。
その時だった。
ウェルの体を黒い球体が包み込んだ。
「なっ、なんで」
リーアが声を上げるが、言い終わる前に彼女も黒い球体に包み込まれる。
彼らはそのまま骨すらも残さず消滅した。
代わり、全身たゆたう闇を纏うた者が立っていた。
「これで3人」
◇
同時刻。
主戦場とかした山の裾野では下半身の治療を受けていたロビンソンが叫んでいた。
「ルカ」
ロビンソンを治療していたレデルカが突如、黒い球体に覆われ、消えてしまったのだ。
そして、恋人の代わりに立っていたのは、炎のようにたゆたう闇を纏った者。
「1人目」
クローディアスはつぶやいた。
「てめえ、ルカをどうしやがった」
ロビンソンがまだ腿の一部しか治っていない下半身で、なんとか起き上がろうとしながら叫ぶ。
「殺した」
クローディアスは短く答えると手の平をロビンソンに向ける。
ロビンソンの顔が恐怖に染まる。
それはすぐに闇の中に消えた。ロビンソンを呑み込んだ黒い球体はすぐに溶けるように消える。青年とともに跡かたなく。
「4人目」
ここで気を失っていたカルヴァンとゲイルが目を覚ます。
同時に『感覚共有』が切れていること。目の前に『闇を纏う者』いることに気が付いた。
まずカルヴァンの首が飛んだ。
グランドを倒したエレノアが駆けつけたのだ。斬撃を飛ばす『飛び刃』での一撃である。
ゲイルは身を起しかけるが、その体が闇に包まれる。クローディアスの『闇消化』である。後には骨も残さずに消えてしまった。
盗賊を返り討ちにした時は、エレノアの誉れとなるだろと考えて骸骨だけは残した。ゲイルとロビンソンに最初の一撃を加えた際は、レデルカに治療させるために骨だけ残した。
だが、本来の『闇消化』は相手を完全消滅させてしまう強力な加護技なのである。
「八つ身のジンに感謝だな」
クローディアスはつぶやいた。
セクプトで戦った別大陸の探査師『影』。彼の得意技だった分身術のおかげで、敵を欺くことができた。
「さすがはクローディアスさんですわ。お読み通りに運びましたわね」
クレーターのふちに立ったエレノアが愛しい男を見下ろして言った。
ウェルの第1矢による爆発直後。空に離脱した際、クローディアスは簡単にエレノアに作戦を説明した。
「俺は分身を使おうと思う。前に話したね。セクプトで『影』使った技だよ。分身体の一体を奴らの罠にかけようと思うんだ」
「上手くいった、とたばかるのですわね」
相手を罠にはめるには作戦が上手くいったと思わせるのが一番良い。
「そういうこと。敵がどういう罠を張っているか分からないからね。罠を確実に発動させるために、君には囮になってもらう。もちろん、必ず俺が守るが」
「望むところですわ。では、わたくしはクローディアスさんの分身体とともに山裾へ向かえば良いのですわね」
「ああ、まあ、どれが本体ってこともないんだけどね。もう分身はしているから、このままで大丈夫。あと、くれぐれも、無茶はしないようにね」
その後は予定通り、分身体の1体が罠にかかり消滅。その際、巻き添えになりそうだったエレノアを魔術範囲外に退避させた。
あとは射手と汎用魔術師側に送り込んでおいた分身体と同時に『ブルースカイ』を倒した。
それにしても、とクローディアスは惚れ惚れとエレノアを見上げた。
スカートが風に揺れ、白い腿がチラチラと見える。
分身体はすでに消してクローディアスはひとりに戻っている。
「よく、あの男を倒せたもんだ。さすがだね」
あの黒甲冑の男。魔力を全身に纏い、武器にも纏わせていた。
クローディアスですら魔力の直接放射などを受ければ無傷では済まない。勝てなくはないが苦戦は必至の相手だった。
分身体を1体、加勢に出そうかというところで、エレノアは見事、逆転勝利を収めてのけたのだ。
エレノアがぽん、ぽん、と宙を光らせながら、降りてくる。クローディアスに抱き着いた。
「わたくしだとて成長しているのです。愛しい人がおりますもの」
甘えた声で言う。
クローディアスはあまりにも愛おしくて、強くエレノアを抱きしめた。
◇
日が暮れる前にエレノアの馬車はイースに到着した。国境近くの街で国境の砦までこの街から2時間ほどでつく。
「さて、宿を決めないとね。なにか要望はあるかい?」
クローディアスは隣に座るエレノアを見た。
エレノアはクローディアスの肩に頭を預け、うっとりとした顔で目を閉じている。
「お任せいたしますわ。あっ、けれど」
「うん?」
「お部屋は一つでお願いいたします。わたくしはもうひとりでは眠れませんもの」
その言葉にクローディアスはとろけかけた。エレノアは本当に凶悪なほどに可愛い。
目抜き通りの上等な宿の前で馬車を止める。
「部屋が空いているか聞いてくるよ」
クローディアスが馬車を降りる。
「わたくしも行きますわ」
エレノアも慌てて後に続く。
その時、ちょうど道を走ってきた童女がエレノアにぶつかりそうになった。エレノアならば軽くかわせたが、そうすると女の子が転びそうであったので受け止める。
「淑女たるもの、そんなに走ってはいけませんわよ」
恐怖に顔を引きつらせる女の子。片手を不自然なほど後ろに回している。
その頭にクローディアスが手を置いた。
「言い残すことはあるかい? 暗殺者殿」
エレノアが驚いた顔でクローディアスを見る。次の瞬間、童女は闇に包まれ消えてしまった。
「ロノアスで毒を盛られただろう? そいつだよ。確かに倒したと思ったんだが、油断したらしい」
「では、今、わたくしは狙われておりましたの?」
エレノアにしてみれば、二重の驚きである。
「というより、殺されかかっていたね。ぶつかりざま手をナイフに変形させていた。溶かしたけどね」
「ああ、それで手をお隠しなさったのね。本当に油断がなりませんわね」
「だが、これで3人。ハリス・ローゼンの手の者は全員返り討ちにしたってことだろう」
「さて、どうでしょうか。あの方のことですもの。クレイモスにもそういった者を置いている可能性はありますわね」
それなら自分が生きているうちに、どんどん襲ってきて欲しい、とクローディアスは思った。
すべてを綺麗に掃除して死んでいきたい。
エレノアが安心して暮らしていけるように。
◇
その夜もクローディアスとエレノアは同じベッドで眠った。正確にいうなら、クローディアスはエレノアに添い寝したということころだが。
昨日に比べ宿のランクが高めなため、ベッドも大きく豪奢。ただ、だからといってなにがどうなるということもなく。エレノアは昨夜同様、クローディアスに甘えて、最後に口づけをして、眠ってしまった。
クローディアスはスヤスヤと安らかな寝息をたてるエレノアの頭を優しく撫でながら、眠る前に彼女が言っていたことを思いだした。
クレイモス王国は光の神フレアを唯一神とあがめるフレア教ではなく、統一王国アルカディア時代と同じく光の神と闇の神の双神を守るアルカディア聖教が主流であること。
かの国には『聖賢』と呼ばれる賢者がおり、彼ならばクローディアスの命を助ける道を知っているかもしれないこと。
エレノアが王都からここまでの間に、何度か言っていたことである。
「ですから、必ずや道は見つかりますわ。わたくしが見つけて見せます。わたくしはもう、クローディアスさん無しで眠れないのですから」
クローディアスだとて、なにも死にたいわけではない。いや、彼はシャドーと契約してから初めて、1日でも長く生きていたいと願っている。
エレノアと1日でも長く同じ時を過ごしたいと願っている。
だが、希望を持つのは怖すぎる。
死はずっと昔に覚悟を決めたことである。
「もしかしたら」、その想いを抱いたとたん、死への恐怖が自分をすくませることだろう。
「俺には十分すぎるよ。エレノア」
クローディアスはつぶやいた。
エレノアとともに過ごした日々のなんと輝いていたことか。エレノアのような、世界の宝のような女性が、自分を愛してくれていることが、どれほど幸福なことか。
だから、これで良いのだ。
残りの時間をこの人のために。
エレノア・ウィンデアが幸せに生きられように。
そのためだけに命を使おう。




