激戦①
アルカディア歴1824年7月10日
ルゼス王国ルドマン辺境伯領
ロノアスからしばらく進むと山道となった。ここからはいくつか山を越えていかなくてはならない。それでも主要道路である。道幅は広めに作られているし、舗装もしっかりされている。
「揺れが大きくなるから君は中に入っていた方がいい」
クローディアスはうっとりとした顔で寄り添っているエレノアに言った。
「嫌ですわ。エレノアはクローディアスさんから離れらません」
今朝から一事が万事この調子である。
どうやら一緒に寝たことで、もはや遠慮することはなにもない、と吹っ切れたらしい。
「じゃあ、ちゃんとつかまっていてくれ」
「はい」
坂道はやがてつづら折れになり、上へ上へと上っていく。途中、前から馬車の一団が来てすれ違うのに難儀する。それでも相手がエレノアの馬車を見て遠慮したためだろう、なんとかやり過ごすことができた。
エレノアの馬車は最上級のものである。サスペンションも魔法で工夫されており、揺れが少ない。ただし、御者台ともなれば話は別で、それなりに揺れる。
おかげでエレノアは山一つ越えたところで、気分が悪くなった。
「やはり、後ろで休んでなさい。まだまだ山を越えないといけないんだから」
クローディアスは青ざめた顔のエレノアに言う。
「大丈夫ですわ。治しますから」
言って、すぐに治癒魔術を自身にかける。すっかり顔色が良くなった。
「ほら、もう大丈夫ですわよ」
「また酔うよ」
「また治します」
「強情だなあ」
「だって、幸せなのですもの」
こんなことを言われてはクローディアスも何も言えない。エレノアは本当に可愛すぎる。
「それなら歌でも歌っていこうか。そうしたら気分が紛れて酔いにくいよ」
「歌ですの? わたくし、聖歌くらいしか歌ったことがありませんわよ」
「俺は聖歌も唄ったことがないけどね。ほら、シャドーと契約しているから。フレア神を称えるような歌は唄えないんだ」
「そうですの? では、わたくしが唄ってさしあげますわね」
「いいね。君の歌を聞いてみたかったんだ」
きっと素晴らしい歌声なんだろうな、とクローディアスは思った。
しかし、エレノアが唄い出すと、あまりの調子外れぶりに唖然となった。もっとも有名な聖歌で難しい歌ではないのだが、音程もリズムもすべてがちぐはぐだった。
「唄うと気分が良いですわね」
エレノア本人は良く唄えていると思っている。それどころかクローディアスが自分の歌声に聞き惚れているとまで思っていた。
「次は『契約の歌』を唄いますわね」
言って次の聖歌を唄い出す。
今度はさらにひどかった。
まあ、本人が気持ち良さそうにしているし、いいか。
クローディアスは唄うエレノアを微笑ましく眺めて、うなずいた。
ただ感想を聞かれたら困るな。
唄っていたせいかエレノアは酔わなかった。山の頂上付近の眺めの良いところで昼食を取り、山を下る。そこからは一番の難所。道幅もだいぶ狭く、エレノアの大型馬車では際どいところも多かった。
その難所もなんとか終わったところだった。クローディアスは道のずっと先に待ち伏せする者の気配を感じ取った。人数は5人。
すぐさま視覚を飛ばす。
道から外れ、木々に隠れている男女。冒険者のようだ。
3人は戦士。それに魔術師が2人。ひとりは黒いローブ姿。もうひとりは白い神官着の治癒魔術師。
クローディアスはメンバーに見覚えがあった。心の中で毒づく。
Aランク冒険者パーティー『ブルースカイ』。かつての『ホライズン』とルゼス王国で一、二を争うほど強力なパーティだ。
ただ、彼らは6人編成だったはず。それに見知らぬ顔がひとりいる。
全身を黄色金属の甲冑で固めた戦士。本来、黄色の半透明の黄色金属だが、それを黒く塗っている。だから一見しただけでは最高級の鎧だとは分からない。だが、クローディアスの目は誤魔化せなかった。
年齢は40台半ばといったところか。フード付きの黒いマントを身にまとっており、両腰に反りのある剣を下げている。
こいつ強いな。
見ただけで強者だ分かる。
恐らくはSランク級。
「エレノア。この先で敵が待ち伏せている。今までにないほどの強敵だ。俺は先行して露払いをしてくる。君はここで待っていてくれ」
エレノアの緩み切っていた顔が一瞬で厳しいものに切り替わった。
「わたくしも行きます。強敵なのでしょう?」
「だからこそさ。俺なら気づかれることなく、何人か倒せる」
できれば魔術師を先に倒しておきたい。
「わたくしはそうは思えませんわ。敵はクローディアスさんのことを知っている可能性がありますもの。もしわたくしだったら、クローディアスさんとわたくしを引き離します」
「それは確かに」
クローディアスはその可能性を考えた。
敵がどこまでこちらの情報をつかんでいるかわからない。もし、自分の存在を知っていれば、確実に対策をとっているだろう。
そして、エレノアの言う通り、自分を彼女から引き離し、その隙をつく。
悩んでいる暇はなかった。馬は走り続けけている。相手の探査能力がどの程度かはわからないが、動くならもう時間がない。
かといって、馬車を止めれば、相手は待ち伏せに気づいたことを悟る。それもまずい。
「そうだな。君と一緒に敵を叩こう」
「そうですわ。それが正解ですわ」
その時だった。
クローディアスは空からこちらへ落ちてくる1本の矢を探知した。強い魔力を感じる。
一体どこから?
敵はクローディアスの監視の元にある。こちらへ攻撃するそぶりはなかった。
矢が降ってきた。
クローディアスは馬車ごと黒い球体で覆い隠した。
次の瞬間。
大爆発が起こった。
周囲の木々が吹き飛ぶ。道の石畳が粉々になる。土が舞い上がり、煙が立ち込める。
爆煙が収まったあとには馬車も馬もなにも残っていなかった。
◇
「クソっ、なんであれがかわせる。ありえねえだろ」
『殲滅射手』ウェル・バーンは毒づくと二の矢をつがえた。
エレノアの馬車が下っていた山の隣山の山頂。ゴツゴツとした岩の間にウェルは立っている。
その隣には汎用魔術師リーア・メルルベ。青いマントととんがり帽子の女性だ。彼女を囲うように10個もの魔法陣が浮かんでいる。それも属性化していない白色の状態。
『ブルースカイ』がAランク冒険者でも上位であり続ける理由。それがこのリーア・メルルべである。汎用魔術師では恐らく大陸最強。使える魔術は凡庸ながら、二つの強力な加護技を持っているためだ。
そのひとつが、『魔法陣停止』。本来、魔法陣は描きかけだろうが、描き終わっていようが、空中に維持しておくことなどできない(物理的に書き込んである場合は別)。それを可能にする加護技。停止状態の魔法陣は任意のタイミングで蘇らせられる。
「リーア、頼む」
ウェルが叫ぶ。
『殲滅射手』ウェルの加護技は『絶対命中』。相手を認識しさえすれば、どれほどの距離、遮蔽物があろうとも必ず攻撃が命中する。
「了解しました」
言って、リーアは停止状態の魔法陣の一つを解除。
「プラス・エクスプロ―ジョン」
発動言葉を叫ぶと、魔法陣の一つが赤い閃光を発し、同色に染まる。そこから真っ赤な光線が伸びて、ウェルのつがえている矢を照らす。矢が赤く輝いた。『大爆発付与』の魔術である。
ウェルは目を閉じた。
頭の中には宙を走るエレノア・ウィンデアと、翼を広げた『闇を纏う者』の姿が浮かぶ。
これがリーアのもう一つの加護技『感覚共有』。リーアは『千里眼』の魔術を使っている。それをウェルは共有して、遠く離れたクローディアスとエレノアのふたりを認識できる。
つまり、『絶対命中』の効果範囲にあるのだ。
リーアの『千里眼』はウェルの放った1矢目が着弾する直前に、馬車を消して宙へと離脱するエレノアと『闇を纏う者』を見て取った。
ふたりはリーアの仲間たちが布陣する山裾に向かって高速で移動している。
白い光を踏みながら宙を走るエレノアに、黒い翼をはためかせ飛ぶ『闇を纏う者』。
そこにウェルの放った第2矢が赤い軌跡を描きながら飛んでいく。
『闇を纏う者』が振り返り、片手で宙を薙ぐ。
すると青く晴れた空に黒いシミが広がった。第2矢が、闇に飲み込まれ消える。
さあどうします?
リーアはふたりの動きに注視する。
ふたりはそのまま山裾へ向けて空中移動を続けた。
「そう来たか。どうする?」
リーアと視界を共有しているウェルが言った。
「こちらは嫌がらせを続けましょう」
リーアが言った。
◇
「遠矢の方は放っておきますの?」
エレノアは隣を飛ぶクローディアスに問うた。
クローディアスが飛んできた第2矢を消滅さたところである。
「ああ、しばらくはね。かなり距離があるし。それに不意さえつかれなければ問題ない」
クローディアスは言った。
先に長距離にいる射手、『殲滅射手』ウェル・バーンを倒すという手もあったが、敵の元に到達するまでに時間がかかる。その間に下の5人を野放しにしておくのが良くないのだ。
「連中の中で厄介なのは汎用魔術師のリーア・メルルべだ。『双子魔術師』の二つ名を持っている」
「双子ですの?」
「いや、加護技を二つ持ってるんだ。魔法陣を作り置きできる『魔法陣停止』と五感を共有できる『感覚共有』。彼女は射手と一緒に離れた場所にいる」
過去の『ブルースカイ』の働きぶりから見て、リーアの『感覚共有』は複数人同時にかけられると見て間違いない。となると、要のリーアを潰されるのを避けるために射手とともに遠ざけたのだろう。そちらにはなにか厄介な罠が張ってあるとみて間違いない。それもクローディアスが隣の山ではなく山裾の敵を選んだ理由である。
「そこだ。降りるぞ」
クローディアスが木々の生い茂る山裾に下降する。彼が飛ばした視覚には5人が空からの攻撃を迎え撃とうと構えているのが見える。
「はい」
エレノアがクルンと宙返りして、まるで大地に飛び込むように、頭から落下する。
木々が近付き、枝ぶりまでもはっきりと見えてきたところで、地上から飛んでくる者があった。
黒いマントをなびかせた黒甲冑の戦士。
エレノアは、クローディアスからもっとも警戒すべき相手だと聞いている。
上下反対のまま空中で両者はすれ違った。その際、空中に火花が起こる。エレノアの剣と黒甲冑の戦士の剣がぶつかったためだ。
エレノアはまた体の上下を入れ替えると、今度は上から降ってきた黒甲冑の戦士の両手に持った反りのある黒剣の斬撃をかわした。
黒甲冑は空中で静止し、嵐のような連続攻撃を見舞う。
エレノアはステップを踏むように軽やかに足元を光らせながら宙を舞うと、斬撃をすべてかわしてのけた。
「素晴らしいな。俺の剣を軽々と避けるとは恐れ入ったよ」
黒甲冑が攻撃を続けながら言った。
「俺はグランド・オルク。仲間たちからは『魔剣士』などと呼ばれている。エフィレイアの宰相の手下さ」
「グランド・オルク? ではオルク伯爵家の二男。30年前に出奔したという?」
エレノアはかつて読んだエフィレイア貴族の記録簿を思いだした。途方もない剣の才能を持った少年。剣の修行のためと旅立ち、そのまま行方知れずになったという。
「よくご存じで。ぜひ、一度手合わせしたいと願っておったのだよ」
「光栄ですわね。けれど、わたくしはあなたおひとりに構ってはおれませんの」
グランドの双剣が横なぎと振り下ろし、同時に走る。まるで十字を刻むかのような剣筋。
「ブラスト」
エレノアの声とともに彼女の前で緑色の閃光が起こる。次の瞬間、緑色の魔法陣から強力な衝撃波が発生し、グランドを吹き飛ばす。
グランドが宙で態勢を整えた時には、エレノアはすでに地上に降りていた。
「さすがにやる」
グランドは満足げにうなずいた。
◇
クローディアスはエレノアとグランドが交戦に入った際も、脇目を振らず、地上へと降りた。
『双子魔術師』リーア・メルルべ。それに謎の黒戦士。それよりもクローディアスが真っ先に潰しておきたい相手がいた。
それが『光の申し子』レデルカ・ドミニオン。『ブルースカイ』の治癒魔術師だ。
治癒魔術師としての力量はどうというものではない。優秀ではあるが、それだけである。問題は彼の加護技とクローディアスの相性が最悪なのだ。
『発光』。ただ、あらゆるものを光らせるだけの単純な加護技。似たような魔術もある上に、それはもっとも初歩的なものである。恐らく、加護技の中でも最弱。ただの目くらまし程度にしかならない。
だが、これが唯一クローディアスにとってだけは危険すぎる刃となる。
魔術ならば良い。クローディアスが得ている闇の神シャドーの加護は魔術の7色属性(赤、オレンジ、青、藍、黄色、緑、紫)すべてを無効にできる。
これが加護技であることが問題だった。
レデルカの『発光』はクローディアスの『闇武装』を無効化する。いや、『闇武装』どころか、クローディアスの持つ加護技はすべて無効化されてしまう。
だからこそ、やっかいな汎用魔術師を放置し、未知数の黒戦士がエレノアを攻撃しても加勢しなかった。
『発光』は常時発動ではなく、任意の場所に付与するタイプの加護技である。
レデルカの攻撃をかわし、彼を討ち取る。
乱戦で不意を打たれるよりも、それが一番リスクが少ない。
クローディアスは護衛の戦士2人に守られる魔術師2人のうちのひとり。白い神官着の青年レデルカに向かって、腕を伸ばした。
レデルカが黒い球体に包まれる。
あらゆるものを溶かす『闇消化』である。
それはレデルカが発する白い光によって消え去った。『発光』。
やはりクローディアスにそれが効果的であることに気づいているようだ。
戦士ふたりがクローディアスに殺到する。
大斧を持った青色金属に全身を包んだ大男ゲイル・ザイシュ。
やはり青色金属の鎧に籠手、脚絆の戦士ロビンソン・ダルク。長剣を手に駆けてくる。
クローディアスの姿が消える。
ふたりの戦士は目標を失い、たたらを踏む。
直後、大男ゲイルの影からクローディアスの体が伸びあがる。『影潜り』。影から影へと移動可能な加護技である。
大男ゲイルの右腕が、手にしてた大斧ごと闇に包まれた。一瞬で闇は晴れ、骨だけが残る。ほぼ、同時に、もうひとりの戦士ロビンソンの腰から下が闇に飲まれて骨だけが残る。
『闇消化』なら、骨すらも残さず消滅させられるが、加減して骨だけは残した。『闇消化』で完全に消化してしまえば、治癒魔法すら効かない。わざと骨を残したのはレデルカの隙を作るためだ。彼らを回復させようとするなら、そこをつく。
治癒魔術師レデルカがクローディアスに向けて手の平をかざす。光の矢の雨。そのどれもが『発光』の加護技だ
クローディアスは再び影の中に潜り、レデルカの影から現れる。
その瞬間だった。
周囲が溶けるような白色。それが世界を覆った。
光はクローディアスどころか、その周囲一帯を飲み込んだ。
しまった。
クローディアスが、そう思った時には、次の攻撃がきた。
攻撃魔術師カルヴァン・シャルラ。今まで待機していた『決着者』の二つ名を持つこの男が、叫ぶ。
「ディストラクション」
白い光の次は緑色の光が波紋のように周囲に広がる。次の瞬間、その場にある全てが塵と化した。
◇
黒甲冑のグランドとの空中戦を離脱したエレノアはクローディアスを追って地上へと降りた。
大地に足がついた、その時だった。
白い光が世界を覆った。そのまぶしさに視力が奪われる。白い光は一瞬で収まった。
視力が戻る前に、今度は緑色の光線がさっと円状に広がり、彼女を通過する。
エレノアの直感が危険を告げる。まるで直下に大穴が開いたかのように。
そのエレノアを黒い闇が覆った。
それは大破壊魔術が発生する寸前でクローディアスが放った守り。『影潜り』。クローディアスはエレノアを転移させたのだ。
あまりにも早い展開が連続して起こった。
エレノアが状況を認識した時、すでに彼女は別の場所へと移動したあとだった。
木々の中。
目の前の大地は半球状に大きくえぐれていた。
その底に四つの人影がある。
白い神官着の治癒魔術師。
黒いローブの攻撃魔術師。
それに2人の戦士。2人の戦士はどちらも倒れており、治癒魔術師がうちひとり、下半身を失った方を治療している。
クローディアスの姿はない。
「最高の護衛を失ったか。エレノア・ウィンデア」
声に振り返ると、黒甲冑の戦士グランドが双剣を構えて立っていた。
「さあ、さっきの続きと行こうじゃないか」
その言葉が終わる前にエレノアは動いていた。一気に踏み込むと高速の斬撃を見舞う。
グランドが右手の剣でそれを受けるが、その瞬間、エレノアの左手が魔法を放つ。
『風の刃』。
グランドは至近距離から放たれた見えない刃をかわすが、さすがに態勢が崩れる。
そこにエレノアの蹴りが飛ぶ。
女の蹴りとはいえ魔法で強化された肉体から繰り出された蹴りだ。その威力は岩をも砕く。
グランドの黒甲冑に包まれた大柄な体が吹っ飛んだ。
エレノアがそれに追いつき、剣を一閃。
グランドの甲冑の胴部に一本のひびが入った。
エレノアの攻撃はやまない。
グランドの反撃。下からの切り上げを横にかわし、そこから脇をすり抜けざまに、また斬る。
グランドはそれをもう片方の剣で受けるが、エレノアが足元に放った爆発球をまともに受ける。
もちろん、至近距離の爆発にエレノアもただでは済まない。衝撃で吹き飛ぶが、それすら彼女は間合いを取るために利用した。
宙を蹴って方向転換し、今度は完全に態勢を崩し、崩れた大地に膝をつくグランドの頭上から剣を振り下ろす。
渾身の一撃。いくら黄色金属の甲冑をまとっていようと一刀両断できるほどの威力を秘めた斬撃。
だが、エレノアはそれを寸前で止めて真横に跳んだ。
直後。彼女の体の真横を白色の光が通り過ぎる。背後の木々が縦に割れ、大地に一本線の地割れが刻まれる。
「久しぶりだ。俺にこいつを使わせた奴はな」
グランドの双剣が白光を纏っていた。さらに黒塗りされていた黄色金属の甲冑までもが、白色に輝いている。
「魔力の直接放射。そんな真似をすればすぐに魔力が尽きますわよ」
魔法陣による術式を組まず魔力を放射する。無属性の魔力による攻撃。確かにその威力は絶大だろう。だが、魔力を食い過ぎる。
「ところがな。俺はそうならんのだ。『魔力貯蔵』って加護技を持っているのでなあ。常日頃、貯めておいた魔力がある。丸一日こうしていても尽きんのだ」
「そんな加護技を持ちながら、なぜ……」
「魔術師にならなかったかかね? 加護技に人生を決められてたまるかよ」
「その心意気、お見事ですわ」
加護技のせいで婚約破棄されたようなもののエレノアにとっては、喝采をしたくなるようなグランドの生きざまである。
「純粋な戦士としてなら、あんたの方が幾分俺より上だな。その歳で大したもんだよ。だが、悪い。俺は最強なんだよ」
ふん、とエレノアが鼻で笑う。
「最強などと自身で名乗るものではありませんわよ」
「まあ、事実なんでなあ」
「ならば、わたくしがそれを虚言に変えてみせますわ」
グランドが笑った。実に愉快。これほど愉快なことはいつ以来か。
ハリス・ローゼンの手下としてルゼス王国で裏の仕事を請け負ってばかりいたが、なんともつまらない日々だった。
「いいねえ。あんた、最高だ。さすが、あのウィンデア家の令嬢だ。あんたが王妃となりゃあ、さぞかし痛快だったろうになあ。悪いがここで死んでもらうぜ。エレノア・ウィンデア」
グランドが大地を蹴った。
白色の光を纏う二振りの剣を、一本は振り下ろし、一本は横に薙ぐ。
十文字の白色の光が飛ぶ。
縦の斬撃は大地を割り、横の斬撃は木々を刈る。
エレノアはそれを身を低くしてかわす。
直後に跳んだ。今度は足首を刈るような低い光線が走ってきたのだ。
グランドの双剣が宙を切り刻む。その軌跡から白色の光線が伸びて、次から次へとエレノアに襲い掛かる。
エレノアはそれらをなんとかかわし続ける。なにしろ魔力の直接放射である。魔術による障壁を張っても、そんなものは紙ように切り裂かれる。かわすしか手がない。
それでもエレノアは攻撃をかいくぐり、斬撃を飛ばす。緑色魔術を利用した剣技『飛び刃』である。
だが、必死の反撃もグランドの白色に光る甲冑の前に弾かれる。まさに攻守ともに最強の武装だ。
エレノアは腕に、腿に、脇腹に、次々と裂傷を負った。グランドの斬撃はどんどん速くなっている。避ける隙間がない。
もし、エフィレイア王国にある頃のエレノア・ウィンデアであったなら、この状況に絶望していたことだろう。
絶対に勝ち目のない戦い。覚悟を決めて、賭けのような一撃を放っていたかもしれない。
ですが、とエレノアは思った。
今の自分にはやりたいことがある。やりたくてたまらないことがある。誰に強制されたわけでも、望まれたわけでもなく。ただただ、エレノアが望むこと。
クローディアスさんのお命を伸ばす道を探しだし、ともに生きる。それがわたくしの願望ですわ。
隙間のない網のような魔力光の斬撃が迫る。
エレノアはその中、網目の中に飛び込んだ。左肩の肉がそげ、左ももの皮も削られる。
着地した直後、エレノアは目を閉じた。
手にした剣を片手で振り上げ、その姿勢のまま固まる。いや、その体は固まっているように見えただろう。
エレノアの体から薄っすらと透過した彼女の分身がはみ出す。エレノアの霊体(肉体と魂の狭間にある存在)。それは再び迫る魔力の網を斬り破り、白色に輝く鎧に身を包む戦士に袈裟斬りを見舞う。
グランドの纏う黄色金属の白色の光が消える。
エレノアの霊体が宙に溶けるように消えた。肉体に戻ったのだ。
エレノアが目を開く。
グランドは立ったまま絶命していた。エレノアが剣を下ろすと、グランドは前倒しに倒れた。
『魂斬り』。レミー・ベラルルに放った時は未完成だった技。エレノアはこれを土壇場完成させ、絶体絶命の窮地を打破したのである。
◇
エレノアとグランドが死闘を繰り広げていた頃。
その付近にできたばかりのクレーターの底では、『ブルースカイ』の治癒魔術師、レデルカが泣きそうな顔で戦士で恋人の長剣使いロビンソンに『中級治癒』をかけていた。
ロビンソンの下半身は白骨化している。綺麗に肉も皮も削げ落ち、骨だけが残っているのだ。
治癒の白い光がロビンソンの体を再生していくが、あまりにも遅い。
「大丈夫だ。ルカ。ぜんぜん痛くねえからよ。それより、エレノア・ウィンデアを。グランドに加勢に行け」
ロビンソンが言った。声がかすれている。
レデルカは首をぶんぶんと振って、治療を続ける。
その傍らには同じく右腕を肩から白骨化した戦士ゲイル・ザイシュが倒れている。こちらは気を失っていた。
この場にいるもうひとりの仲間、攻撃魔術師のカルヴァンは立ったまま気を失っている。
大破壊魔術『死の嵐』に多くの魔力を持っていかれたためだ。それだけではない。彼は仲間たちを『死の嵐』から守るため、加護技『時間離脱』を使った。
数秒間だけ、世界から離脱。絶対的な回避の技である。なにしろ、存在そのものが数秒間完全に消えるのだから。
そしてこの『時間離脱』は汎用魔術師リーアの『感覚共有』と極めて相性が良い。彼女の『感覚共有』下にある状態で、『時間離脱』をすると、同じく『感覚共有』下にある者、全員が同じく『時間離脱』する。
『死の嵐』による強力な範囲攻撃に仲間たちを巻き込まずに済むのである。
そういうわけで、この場で動ける『ブルースカイ』のメンバーはレデルカだけである。だが、彼はエレノア・ウィンデアを倒すよりも恋人の治療を優先していた。
それも仕方のないことだろう。レデルカにしてみれば、今回のエレノア・ウィンデア抹殺の依頼を受けるのは最後まで反対していたのだから。
リーダーのリーア・メルルべがこの話を持ってきたのは2週間前のことだった。




