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恋人たちの夜

 食事を終えたふたりは部屋へ戻った。

 部屋は一部屋。ベッドに小さなテーブル。事務机。ベッドはそこそこ上質なもので、大きさも十分。ふたり寝ても余裕があるだろう。


「では、着替えますわね」


 エレノアが言って、籠手、脚絆、胸当てと外していく。外したものは収納魔法道具の指輪(ウェスティン大陸産)に入れていく。青いシャツにスカート。

 さらに彼女は前髪を寄せている天秤のマークが刻まれた銀の髪留めを外した。すると、エレノアの見事な縦ロールが解ける。

 癖ひとつないストレートヘアへと変わった。


 エレノアは『清潔身体』の魔法(術式を使ったものを魔術、それ以外を魔法と呼ぶ)を常時体にかけている。そのため旅の間は髪を洗うだけで済ませていた。


 クローディアスの方はもっと簡単だ。体をさっと闇でおおう。それだけで汚れは完全に落ちる。エレノアにクロウとしての正体がバレてからは、彼女の髪も闇で洗っている。


「俺が洗うよ」

 クローディアスが言った。エレノアが指輪からタライを出したので、自分で洗うつもりだと察したためだ。

「どうせ、自分の体もやるんだから。同じことだよ」


「そうですの? ではお願いいたします」

 言って、エレノアが目を閉じる。


 クローディアスは彼女と自分の体を黒い闇の球体でおおった。すぐにその球体は消えてしまう。


「ありがとう存じます。髪型を変えれば済む話なのですけど……」


 髪の毛に『清潔身体』の魔法がかからないのは、髪留めにかかっている付加魔法『髪型固定』のためだ。一度、登録しておけば、髪留めをするだけで同じ髪型になる優れもの。ただ、これと『清潔身体』が相容れない。そのため、エレノアは髪だけには『清潔身体』をかけていないのだ。


「君には、いつもの髪型が似合ってるよ。ええと、『黄金の高貴なる螺旋』だっけ」


「『黄金の高貴なる幾多の螺旋』ですわ。わたくしもとても気に入っておりますの。なんだか、とてもエレガントな心地になるのですもの」

 エレノアが言った。

 少しあどけない、はにかみ笑い。


 クローディアスはたまらなくなって、エレノアを抱きしめた。その直後に、しまった、と後悔したが、手遅れだった。


「……わたくしと一緒にお眠りくださいませんこと?」

 囁くように言う。


「……いや、それは」


「なぜですの? 恋人同士は。愛し合う者たちは、同じベッドで夜を過ごすものなのでしょう?」


「いや、そうなんだけど。そもそも、君はその、意味を知らないだろう?」


「眠るのでしょう。一緒に」


「あ、ああ、まあ、うん、そういうことかな」

 などと答えて、やり過ごそうとしたが、それは悪手だった。


「クローディアスさん。わたくしに嘘をおっしゃいましたわね」

 エレノアがクローディアスの胸に寄せていた顔をぐいっと離して言った。


「あっ、ああ、ええと、こういうとき、困るな」

 クローディアスが珍しく狼狽する。


「クローディアスさん、わたくしは確かに無知ですわ。ですが、きちんと知っていこうと思っています。さあ、正直にお話しなさってくださいな」


 クローディアスは頭を高速で回転させる。嘘にならないように。なおかつ性行為のことには触れないように。


「要するに、キスをしたり、抱き合ったり、触れ合ったり。まあ、ベタベタ、イチャイチャするんだよ。男女が同じベッドに入ってね」


 それがすべてですの? とエレノアが聞いてきたらまずい、と思いながらもクローディアスは答えた。


 しかし、エレノアの顔はカアっと赤くなり、再び顔をクローディアスの胸につける。追撃をする余裕がなくなったようだ。


「では、そのように」

 蚊の鳴くような声でエレノアが言った。


 そのまま無言で抱き合う。

 クローディアスとしては、やれやれ、なんとか誤魔化せた、と思う反面、非常に残念な気分でもあった。達観しているとはいえ、クローディアスも10代後半の男。

 強靭な精神力で性欲を抑えてきたが、エレノアのような完全無欠の美女。しかも、恋慕している相手にせまられてびくともしないわけがない。


 それでも、エレノアを傷ものにするわけにはいかなかった。庶民ならばともかくエレノアは上流階級、それも最上位の女性である。今後を思えば、しっかりと貞操を守っておいた方が良い。


 一方、エレノアも上流階級の婚姻前の男女が同衾どうきんするのがあまり好ましいことではないことくらいは知っている。

 それでクローディアスが遠慮していることも。クローディアスはまだ死ぬことを受け入れているのだ。絶対に生きよう、と思っていない。


 関係を進めることで、自分が彼を生へ執着させるいかりになれれば、とその思いがあるからこそ。こうまで積極的になっている。


 どうか、わたくしのために生きてください。

 そんな想いを抱いている。


 それにしても、いつまでこうして抱き合っているのだろう。

 エレノアはいい加減、期待と緊張で倒れてしまいそうだ。

 普段は寝る際は下着だけになっているのだが、クローディアスの前でそれは恥ずかしい。このままベッドに入っていいだろう(彼女の着る服はすべて『自動洗浄』の魔法がかかっている。ものすごく高価)。


 そうですわ、とエレノアは思い付き、ややわざとらしくもあくびをした。眠くなってきたことのアピール。


 クローディアスがエレノアの体を離した。

「疲れたろう。そろそろ休んだらどうだい? 明日も長旅になるんだから」


「そ、そうですわね。では……クローディアスさんも」


「いや、俺はもう少し……」


「いけませんわ。クローディアスさんは病人ですのよ。今晩はきちんと休むべきですわ」


「病気というわけじゃないんだが」


「あれほど苦しんでおいて。そんな理屈は通りませんわよ」


 クローディアスは観念してエレノアに添い寝することにした。眠くなっているようだし、ベッドに入っていればすぐに寝てしまうだろう。


 エレノアがブーツを脱いで素足になる。クローディアスはつい、目を反らした。ちらりと見た彼女の生足は、やはり、といおうか完璧な造形をしていて、美しかった。


「さあ、クローディアスさんも」

 エレノアが毛布を顔まで引き寄せて言った。


 クローディアスはいっそう気を引き締めてベッドに入った。すると、エレノアが身をよじるようにして寄ってきた。

 うふふ、と笑う。


「なんだか不思議な感じですわね。子供の頃にお母様と一緒に寝ていたことを思いだしますわ」


「確かに、俺も、なんというか懐かしいな。ニーアに添い寝していた頃を思いだすよ」


 孤児院に入ったばかりの頃は、よくニーアに添い寝していたものである。その頃にはクローディアスは闇の神シャドーと契約して眠る必要が無くなっていたので、本当に寝かしつけるだけだった。


「けれど、あなたはお母様ではなくクローディアスさんですし。わたくしはニーア殿ではなく、エレノアですわ。そして、わたくしたちは恋人同士です。その、愛し合っているのです。いるのですのよね?」


「ああ、愛してるよ。君を」


「わ、わたくしもですわよ。むしろ、わたくしの方がですわよ」


「別に張り合わなくても良いだろうに」


「だって、クローディアスさんは『虚言看破』がないでしょう? わたくしの想いがどれだけのものか伝わっているのか不安ですもの」


「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ」


「それなら良いのですけど」


 クローディアスはそっとエレノアの頭を撫でた。『髪型固定』がない彼女の本来のサラサラの髪。まるで絹のような手触りだった。


「わ、わたくしも触れますわよ」


「どうぞ」


 エレノアの手がクローディアスの胸板に触れる。クローディアスはくすぐったく感じた。


「クローディアスさんは、その、ほかの方と、こんなことをされたことは……ありますの?」


「ないよ。キスも君が初めてだ」


 エレノアは心底、ホッとした。そして、なんとも言えない満足感を感じた。


「では初めて同士ですのね」


「まあ、そうだね」


 過去にクローディアスは仲間のレイアに夜這いされそうになったことはあったが、きちんと追い返した。

 命に限りがあるクローディアスとしては、情を移す相手を作りたくなかったのだ。


 エレノアが小さなあくびをした。これは本当のもので、彼女は慌てて、続くあくびをかみ殺した。


「眠くなったら、寝てしまっていいよ」


「その前に」

 もぞもぞと動いて顔をクローディアスの顔に近付ける。


 クローディアスはそっとエレノアの唇ん唇をつけた。

 ふふっ、とエレノアが笑った。


「これで、わたくしたち、本当の本当の恋人同士ですわね」


 クローディアスは小さく笑って答えなかった。

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