待ち伏せ
アルカディア歴1824年7月9日
ルゼス王国ルドマン辺境伯領
クルストンの街を出て、そのまま大型主要道路を東へ進む。途中、何度か小さな村を通り過ぎる。そのうちのひとつで昼食をとり、また東へ東へ。
朝は晴れていた空が、午後になり曇りだした。
「もうすぐ雨が降るな。どこかで雨宿りしたいところだけど」
クローディアスは言った。
「馬車の中でやり過ごしてはいかがでしょう?」
「うん。どうしようもなければそうなるけどね。結構な降りになりそうだし、馬に悪いからなあ」
そんなクローディアスの優しさに、エレノアはますます惚れた。クローディアスの肩に頭を寄せて、彼の見た目よりもずっとたくましい腕の感触にひたる。
「次の村までもてばいいが」
言ったところでクローディアスは目を細めた。舌打ちする。
それにエレノアが驚いて肩から顔を放す。
「すまない。ちょっと下品だったね」
「いえ。それより、どうかしたのですか?」
「あそこに森が見えるだろう?」
クローディアスが地平線の先にある黒い影を指さした。道をまっすぐにたどった先。
エレノアの目ではとても森だとは認識できない。
「言われればなるほどと思いますけれど」
「まあ、それなりに広い森なんだが。そこに敵が待ち伏せてる」
「敵? 賊のたぐいですの?」
「そうだね。ただ賊にしては多いな。3百人はいる。いくつかの賊の集団が連合しているってところか。君に対する刺客かもしれない」
クローディアスは遠距離に五感を飛ばすことができる。視覚を空に飛ばして雨宿りできそうな場所がないか調べていたところだ。そこで偶然、賊が森に賊が潜んでいるのを発見したというわけである。
「3百ですか。確かに多いですわね」
「どうする? 今からなら迂回も可能だけど」
今通っている主要道路から外れてしまえば避けて通ることもできる。ただ、相手がエレノアを狙っているのならば、それは面倒ごとを先延ばしにするだけになる。
「お手数をかけますが、お付き合いいただけますこと?」
「戦うか。うん、俺もその方が良い思う」
クローディアスはうなずいた。
敵はこれだけの人数を集めて組織した。
必ず追ってくるだろう。それならばここで確実に叩き潰しておいた方が良い。
「クローディアスさんは馬車の守りをお願いいたします。賊はわたくしが殲滅いたしますので」
エレノアは言った。
クローディアスは命を奪う行為を厭う。それを気遣ったのだ。エレノアにしてみれば、賊は皆殺しにした方が良いと思っている。無辜の民を傷つける者たちだ。ちょうど集まっているなら都合が良いくらい。
「俺も手伝うよ。ただ、何人かは12、3の、まだ子供みたいなのがいてね。そういう子たちは見逃してやれないかな」
このあたり、クローディアスは自分でも甘いと自覚している。敵であるし、賊でもある。年若いからといって容赦する必要はない。それでも……。
「そんな者たちまで……」
「相当、報酬を弾んだんだろうね。いや、これは違うな」
クローディアスは視界に二重に重なるような遠方の状況、森の中に潜む賊の様子を確認して別の可能性に気づいた。
森の中に身を隠す集団。森を割って伸びる道路に向かって、草木の中に潜んでいる。だが、その身の隠し方が妙に上手いのだ。それに徹底している。話し声ひとつない。
近くで賊を観察すると目が虚ろだ。
「魔術か加護技か。操られているというところかな」
「『指令』という加護技を聞いたことがありますわ。一定の範囲内にいる者に絶対の指示を与える。それかもしれませんわね」
「それに加えて、リーダー格を洗脳しているのかもしれないな。ああ、こいつか」
クローディアスはひとりの女を見つけた。賊の集団から少し離れた岩の上に立っている。
黒いフード付きのマント。フードを下ろし、長い杖を構えている。魔術師だろう。年齢は40前後か。
「その方だけ、先に倒すことは可能でしょうか?」
「そうだね。さすがにこの距離からだと難しいが。もう少し近づけばできるよ」
「ではお願いできまして? 生け捕っていただけると助かります」
「了解。それぞれの首領も俺の方で生け捕るよ。となると、俺が先行した方が良さそうだね。馬車を任せてもいいかな?」
「はい。よろしくお願いいたします」
恋人ひとり、3百人の賊の中に飛び込んでいくことになるが、エレノアに不安はない。
これまでの道中でクローディアスの強さはよく知っている。賊などでは彼にかすり傷すら負わせることはできないだろう。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。馬車はこのまま走らせくれていいよ」
言うとクローディアスは手綱をエレノアに渡した。
馬車の上で立ち上がる。
クローディアスの体が黒い闇に包まれた。炎のようにたゆたう闇が甲冑となり体を包む。クローディアスが闇の神シャドーから得た加護技のひとつ『闇武装』。
「ご武運を」
エレノアが言った。
クローディアスは、暗雲立ち込める空をバックに顔を覆う兜の奥で微笑んだ。
その姿がすっと消える。闇の中に溶け、一陣の風となり、駆ける。
加護技『暴く目』を持つエレノアには薄っすら光る彼の姿が見えていた。クローディアスを意識していたからこそ、『暴く目』が発動したのである。
◇
森の中。
『貪る女』レイナ・リーバーは彫像のように岩の上に立ち、馬車が来るのを待っていた。
エレノア・ウィンデアを始末するため、ハリス・ローゼンから指令を受けたルゼス王国の暗殺者たち。彼女もそのひとりである。
今までハリス・ローゼンの指示に従い、ルゼス王国内で裏の仕事をしてきた強力な力を持つ5人。だが、最強のふたりである『虫使い』と『死体魔術師』をエレノアは倒してしまった。
残る3人は国境付近にて罠を張ることにしたのだ。あとのふたりもエレノアを抹殺するため、それぞれ罠を張っている。
レイナの得意技はエレノアが見抜いた通り『指令』による集団指揮。複雑な指令は出せないが、例えば、特定の相手を一斉攻撃させる、などの単純な指令を与えることができる。
さらにレイナは紫色魔術も得意だ。『昏睡の煙』『幻惑』など。中でも使用頻度が高いのが『魅了』である。
相手を虜にしてしまう魔術。ミッド大陸では禁止された『禁術』の一つである。
今回、レイナはこの魅了の魔法を使い、五つもの盗賊団の首領を虜にした。『魅了』された者はレイナに強烈な恋慕の情を抱く。彼女の言うことならば、どんなことでも聞く操り人形となる。
そこから総勢2百人の大盗賊団を組織した。本来、数だけ集めても烏合の衆。仲間割れなどを起こして瓦解するのがオチである。
だが、そこはレイナの加護技『指令』がものをいう。一ヵ所に集めてさえしまえば、あとは「戦闘態勢のまま待機」と命じれば良い。
ただ、この『指令』も無敵ではない。
あまりにも本人の思考に反すること。あるいは感情に反することは受け付けない。また、ある程度、こちらの指示を受ける下地のようなものがいる。今回の場合、それぞれの首領を虜にしたことで、その下地を作った。
レイナはなにも2百人の盗賊でエレノアを倒すつもりはなかった。なにしろ、あの『虫使い』と『死体魔術師』を倒したエレノアである。2百人ではとても足りないだろう。
それでも必ず隙はできる。消耗もする。
そこを叩く。
レイナの誤算はクローディアスの存在だった。『闇を纏う者』クロウ。Aランクパーティ『ホライズン』の探査師で、一部では最強の探査師と畏怖させれていた。
もし、そのクロウがエレノアの御者として、彼女を守っていることを知っていたら、レイナはもとより他のふたりも、任務を断念しただろう。
闇は突然、レイナの足元に現れた。彼女の立つ岩に、まるで黒インクを大量にこぼしたかのような黒色のシミが現れる。
レイナはそれに気づかなかった。
彼女が攻撃されていることに気づいたのは、ふいに視界が下がり始めたときだ。
足が岩に飲み込まれている。そう感じた。
事実、彼女の足はすでに膝まで岩に広がる黒い闇に吸い込まれていた。
「レジスト」
叫ぶ。
レイナの前に緑色の閃光とともに同色の魔法陣が現れる。そこから緑光が伸びてレイナを包む。
すでに彼女の体は腰まで飲み込まれている状態だ。
レイナの体が消えた。彼女に当たっていた緑光が魔法陣の反対側に照射される。その先に人影。レイナだ。すでに飲み込まれていた下半身も無事に戻っている。
レイナは下草の上に着地すると敵を探る。
魔術? それとも加護技?
どちらにしてもまずい状況だ。とにかくこの場を離れなくては。盗賊たちを囮にして……。
レイナの思考はそこで止まった。
目の前に突如、黒い人影が現れたのだ。たゆたう黒い闇を纏う者。
次の瞬間、レイナは闇の中に囚われてしまった。
『貪る女』レイナ・リーバーを『影倉庫』の中に閉じ込めたクローディアスは、そのまま盗賊たちの中を駆け抜けた。誰も彼の存在を認識できない。見えているはずなのに、見えないのだ。
盗賊の首領というのは誰も彼も派手なかっこうをするらしい。ひと際、豪華な装備をしている男を次々と捕らえていく。それらしき者は5人。恐らく、間違いないだろう。
クローディアスはいっそう自分が盗賊たちを殲滅してしまおうか、と迷った。エレノアの手を汚させるまでもない。
クローディアスは殺生嫌っているが、だからといって殺すことができないわけではない。いや、彼は必要があれば、誰よりも完全に、迅速に、殺すことができる。
エレノアに任せよう。
迷った末、先走るのをやめた。たぶん、エレノアは自分に殺させたことにひどく打ちのめされるだろう。
クローディアスは森から出ると、まだ、はるか遠くにいる馬車に向かって一直線に走った。
一方、馬車のエレノアは遠くからクローディアスが駆けてくるのをいち早く見つけた。クローディアスの姿がきらきらと輝いているのだ。
もちろん、これは『暴く目』の効果である。エレノアはクローディアスのことばかり考えているので、彼の隠密能力もまるで効果がない。
さすがはクローディアスさん。早業ですわ。
エレノアはクローディアスの手並みに、思わずうっとりとしてしまう。
ほどなくして、馬車馬たちの前にクローディアスが立った。『闇武装』のままである。
大抵の者は、この姿のクローディアスを見ると、禍々しいと感じるだろう。
だがエレノアは違う。ただただ、勇壮。美しくすら思える。
つまり、エレノアは見惚れてしまった。
「捕らえてきた。順番に出していった方がいいだろうね。無力化して出すが、念のため用心してくれ」
幾重にも重なった不思議な声でクローディアスが言った。
「お手数をかけしました。では、魔術師からお願いできまして?」
エレノアはさっと馬車から降りて、クローディアスのそばに寄った。クローディアスの闇の鎧にそっと触れる。
クローディアスはそんなエレノアに照れくささを感じながらも、うなずいた。
『影倉庫』から首謀者らしき女魔術師を出す。
女魔術師は黒い水たまりのようなものから、すっと現れると、そのまま横倒しになった。倒れたあとは身をよじることすらできず、固まっている。
「身動きを封じてある」
「『真実の問い』をかけます。かかりましたら、お話しできるようにしていただけますこと?」
「了解」
エレノアはレイナの上体を無理やり起こすと、眼球すら動かせないレイアの目を見つめる。
「わたくしがあなたにおうかがいしたいことは、ただ一つ」
エレノアの両の白目が白く輝く。
「あなたの組織について知っていることのすべてをお話しなさい」
両目の光がエレノアからレイナに移った。
クローディアスはすかさずレイナがしゃべれるようにした。
レイナは語る。遥か昔よりエフィレイア王国ローゼン家が造り、影働きをしていた組織のこと。エフィレイアは元より、他国にも支部があること。自分たちはそのルゼス王国支部だということ。ルゼス王国内でエフィレイアのために暗殺などの影働きをしてきたこと。
現在はハリス・ローゼンの指示を受けて、エレノア・ウィンデア暗殺の任務についていること。すでに2人はエレノアに倒され、残るは自分もいれて3人。クレイモスとの国境付近にてそれぞれ攻撃をしかける手筈であること。
そこからレイナは今までどのような任務をこなしてきたかや組織のアジトなどを話し始める。だんだん要領を得ない話しとなっていく。
「これ以上は時間の無駄ですわね」
エレノアは言うと腰の剣にそっと手を置いた。
閃光のような一閃。未だ話し続けるレイナの首に赤い筋が引かれる。そこから綺麗に割れていく。首が落ち、血しぶきが噴水のように吹き上がった。
クローディアスが密かに、エレノアに血がかからないように見えないベールで彼女を覆う。
「では次の方をよろしくお願いいたします」
一切、感情の揺れを思わせぬ淡々とした声で言った。
クローディアスは盗賊の首領のひとりを『影倉庫』から出した。
白色金属の鎖帷子を着た髭面の中年男。鎖帷子のサイズがあっておらずピッチリしている。
エレノアはやはり無理やり上体を起こさせると、『真実の問い』かけた。
「わたくしがあなたにおうかがいしたいことはただ一つ」
エレノアの両目が光る。
「あなたの盗賊団が行ってきた悪事をすべてお話しなさい」
エレノアとて別に人を斬るのが好きなわけではない。ただ盗賊団が悪事を働き、無辜の民を苦しめているのならば、この機会に殲滅した方が良い。
皆殺しに値するだろうか? それを確かめているだけだ。
一人目の首領は『ナイト・ホーク』という盗賊団を率いていた。ここよりかなり西。王都方面で活躍していた盗賊団で、旅人や村の襲撃を行って金を稼いできた。低ランクの冒険者などもその対象で、彼らの装備品をうっぱらうこともあった。もちろん、女はたっぷり楽しんだあとで売った。
エレノアは途中から露骨に顔をしかめていた。『真実の問い』の範囲が広いためか、語る内容はどうしても当人の関心の大きなものが優先される。『ナイト・ホーク』の首領はさらった女をいかに商品にするか、を永延と話し続けていた。
エレノアが無言で首を落とした。やはり話の途中で、唇を動かしたまま、その首は胴体からずれて、地に落ちた。
「お次を」
「了解」
クローディアスが次の首領を出す。
エレノアがすぐに『真実の問い』をかける。問いの内容はさきほどと同じだ。
盗賊団『グレイ・キャット』。『ナイト・ホーク』と縄張りが近いため、しょっちゅういさかいを起こしていたらしい。やっていたことは強盗が主。小集団で街に入り、押し込み強盗。金銭を奪い、女子供をさらう。
やはりさらった女子供は裏ルートで売っていたらしい。
「うちのお得意さんがいくつもあるからよ。小さいガキを玩具にしてえって、ひでえ奴らだ。ぐははは」
直後に首が落ちる。
「お次を」
少しエレノアの顔に疲れが見える。
悪事の詳細を聞かされ、うんざりしているのだ。
結局、5人の自白を聞き終わるまで、30分以上かかった。もちろん、全員、斬首。首のない死体が六つ、クローディアスとエレノアの前に鎮座している。
「まったく、盗賊団という方々は救いがありませんわね」
エレノアはうんざりして言った。
彼らの告白を聞いて、もしほんのわずかでも殺さなくてもよいかも、と思えたら、手心を加えても良いと考えていた。
だが、結果は、一刻も早く殲滅したくて仕方がない。
「まあ、まともな人間ならばどこかで疲れて足を洗うんだろうけどね」
それからクローディアスは後ろを振り返った。
「ちなみに森の連中は騒がしくなっているよ。ケンカ騒ぎを起こしてる。『指令』も無くなったし、リーダーもいないんじゃあ、そんなものだろうけど」
「では、静かにしてさしあげましょう。わたくしの通り道に立ち塞がる悪人は、皆、首を落として差し上げますわ」
言ったあとに、はあ、とため息をつく。
「悪事というものは聞くだけで、耳が汚れるものですわね」
「一休みしてからの方がいいんじゃないか?」
「いえ、他へ行ってしまわれても面倒ですから。それに、わたくし、彼らを1分1秒でも早くこの世から消してしまいたいのです」
それからエレノアはクローディアスを申し訳なさそうに見る。
「嫌なものをお見せしてしまいますわね」
「君が嫌なことから耳を塞がなかったなかったように、俺も目を反らす気はないよ」
「あとで甘えさせてくださいます?」
上目遣いに言った。
先ほどまでの情け容赦ない処刑人と同一人物とは思えない。
「ああ、存分に甘えていいよ」




