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地下での戦い

 少し時間をさかのぼる。地下の闇の神を祭る部屋。部屋一面を包む黒い壁は少しずつ、せまっていた。

 エレノアもアルベルトもそれに気づき、どこかに逃れる道はないかと探した。


 祭壇の裏。神像の足元。娘の亡骸が横たわる黒石のベッド。


「やはり、この邪神像に秘密があるのではないか?」

 アルベルトが闇の神の像を調べながら言った。


「アルベルト様、不用意にお触れになっててはなりませんわ。どうなるかわかりませんわよ」


「しかし、このままではじり貧ですよ」


 闇の壁や天井がゆっくりとせまってくることに気が付いたのは、黒い獣を撃退して、しばらくしてからのことだ。

 少しずつ、本当に少しずつだが、ホールが小さくなっている。


「存分に恐怖しろ、ということでしょうね」

 エレノアはレオニスの心情を読んだ。

 怯え、恐怖する時間を与えようというわけだ。


 ともすれば、すぐに殺すつもりはないということ。アルベルトは焦ったようだが、エレノアはむしろホッとした。


 きっとロディさんが助けに来てくれますわ。


 確信していた。ロディは、いや、クロウはエレノアの窮地にいつも助けに来てくれた。そして、知らぬふりで去っていくのだ。


 だから、アルベルトとともに、調べ回っているのも、半ばつきあいのようなものだった。不安げな面持ちでホールの中央に立っている人々に、諦めてはいないということを示すためでもあった。


「クロウと、グリンニル公爵をお呼びになりましたわね」

 床を調べながらエレノアはさりげなさを装って言った。


「……私のパーティにいた男が、あのような闇を操る者だったのです」


 半ば予想していたことだった。

『聖女』ニーアとのつながり、アルベルトとのつながり。同じパーティのメンバーだったのならば、自然なことだ。


 以前、クロウは言っていた。

 パーティを追い出されたと。


「私のいたパーティ『ホライズン』は、『勇者』の私と、『聖女』が所属していました。私にとっては、名をあげるための大切な足掛かり。そこに、あの男、クロウはそぐわないと思った。邪神と契約しているという話もあったし」

 アルベルトは神像に背を向けてエレノアの方を向いていた。その顔は苦渋に満ちている。

「だから、彼をパーティから追い出しました。それが正しいと思っていた」

 アルベルトは首を振った。

「今から思えば、彼の強さに劣等感を抱いていたのかもしれない。闇を操り、易々と敵を倒し、冷静で、判断能力もある。そう、ひと言でいえば、頼りになる男だった。私は、彼の代わりにリーダーになったから。いつも、それを批判されているような気がして、落ち着かなかった」


 Aランク昇格が半ば決まっていた『ホライズン』に、側近ロベルトの手筈で加入したアルベルト。それまでリーダーを張っていたクロウは、あっさりと、アルベルトにリーダーの座を譲った。

 恐らく、ロベルトがすでに話をつけていたのだろう。


 クロウは要所要所でアルベルトの方針に口を出してきた。それも、すべてが正鵠を射ており、彼の言った通りにすれば、上手く事が運んだ。

 次第にアルベルトはクロウの存在がうとましく思うようになっていった。


 ニーアを奪い、さらにレイアと男女の関係にもなったのは、完全にクロウへ対抗意識のせいだった。だが、そこまでしても、まだ、アルベルトの気は晴れなかった。


 こいつは私のことを心の中で馬鹿にしている。

 常にそんな強迫観念があった。


「クロウを追い出してからは本当にひどかった。坂道を転がるように、という表現がピッタリですよ。依頼は失敗続き。今まで、クロウがやっていた索敵や情報収集なんかが、まるでできていなかった。当たり前ですよ。探査師スカウトがいなくなったのだから」


 だがアルベルトは頑なにクロウの働きが重要だったということを認めなかった。そんなことをしたら、彼を追い出した自分の判断が間違っていたことになる。

 パーティの不調を仲間のせいにした。


「Bランクに落ちた時に気が付けばよかった。あの男がいたからこそ、『ホライズン』はAランクだったのだと」


 単純な探査師スカウト働きだけの話しではない。クロウは仲間たちのフォローも欠かさなかった。

 それぞれの能力を十分に発揮できるように、知らず知らずのうちにコントロールしていた。恐らくアルベルトすらも。

 あとから思えば、クロウがいた頃は、アルベルトはどっしりと構えていることができた。不利な状況でも焦らず、冷静に判断することができた。


「大丈夫だ、アルベルト。あんたは指揮官タイプだ。全体を見渡して、的確に指示を出すことができる」

 そんな風にクロウが言っていたからだろう。

 そう思いこませていたのだ。


 強敵に追い込まれ、絶体絶命という時ですら、なぜかうまく切り抜けられるという自信があった。


「まあ、なんとかなるだろう。『勇者』と『聖女』がいるんだからな」

 クロウがそう言って笑うと本当に問題ないように思えた。


 バッツを切り捨てて『レッド・クラウド』を吸収合併したのは、悪手だった。

 ウスノロだと馬鹿にしていたバッツは、クロウと同じく、目立たずにパーティに貢献していた。彼が盾となり、魔物の攻め手を引き受けてくれていたからこそ、アルベルトの攻撃が冴えたのだ。


 バッツがいれば『レッド・クラウド』の面々とも、もう少しうまくやれたのではないか。バッツの穏やかな性格は、アルベルトの焦燥感から生まれた棘を包んでくれただろう。

 本当に周りが見えていなかった。

 

「結局、残ったのはニーアだけだった。それだとて、私が落ちぶれていくのを楽しんでいただけだろうが」

 アルベルトは顔をしかめた。

 もはやニーアのことを思い出すだけでも不快な気分になる。あれは、人の不幸を楽しむような者だ。

「クロウなどより、ずっとあいつの方が邪悪だな。クロウの奴、私に、あんな妹をおしつけて……」

 思わずつぶやく。クロウに恨み言を言うのはお門違いだが、クロウがニーアの毒を隠し、薄めていたのは確かだ。

 クロウがいた頃のニーアは、もう少し、温かさのようなものがあった。


「妹? 『聖女』ニーアはクロウの妹なのですの?」

 エレノアが大きな声を出した。興奮している。


 アルベルトは途中からエレノアに話しているという意識がなくなっていた。ただ、過去の自分を顧みていたような。自省と愚痴。独白のような気分だった。


「ええ、そうです。『聖女』ニーアの兄クロウ。『闇をまとう者』。『ホライズン』の探査師スカウト

 アルベルトはなぜエレノアがクロウを知っているのか、特に疑問に思わなかった。

『勇者』と『聖女』がいる『ホライズン』はそこそこに有名だったのだから。


「そう、そうですの……。『聖女』は、クロウの」

 エレノアは自分の顔がだらしなく緩んでいるような気がして、とても顔を上げらなかった。


 だから、あれほど大切に思っていたのですのね。妹なのですものね。当然ですわね。


 胸に深々と刺さっていた棘が抜けたような心地だった。痛みが消えて、代わりに愛おしさが膨れあがる。


 わたくしったら、妹に嫉妬をして。もう少し早くロディさんに聞けばよかったのですわ。


 だがエレノアの幸福な気分は長く続かなかった。


「だから、クロウは簡単にパーティから去ったんだ。思えば、私にニーアを押し付けたのも、自分が死んだ後のことを考えて……勝手なことを」

 アルベルトが吐き捨てる。


「どういうことですの? ロディ……クロウさんが?」

 聞き捨てならずにエレノア。

 クロウが自分の死を予見しているような口ぶりだったからだ。


 アルベルトはようやくエレノアの様子が妙なことに気が付いた。どうも噂で名を知っているというような雰囲気ではない。


「エレノア殿は、あいつ、クロウと面識があるのですか?」

 声に険がこもる。やはりクロウに対しては感情を大きく揺らされるのだ。


 エレノアは目を閉じた。

 闇をまとったクロウが目に浮かぶ。彼に何度助けられたろう。

「……わたくしがここまでこれたのは、クロウさんのご助力のおかげですわ。国境を出てすぐに賊に襲われて。彼が助けてくれなかったら、わたくしは死んでいたでしょう。セクプトでも、アロアーでも、彼はわたくしを助けてくれました。わたくしの上げた武功は、ほとんどがクロウさんのおかげですわ」


 エレノアの言葉の端々に愛しさがにじみ出ていた。アルベルトがはっきりとその想いを感じ取れるほどに。

 アルベルトの胸の内で芽生え始めていたエレノアへの好意は恋心へと育つ前に消えた。


 もし、クロウに対する気持ちを吐露する前であったら、アルベルトは嫉妬に駆られたかもしれない。だが、この時、アルベルトは、エレノアに対する憐れみを感じた。

 彼は知っている。クロウの命は、あと7ヵ月ほどで終わるということを。


「エレノア殿。クロウは……」

 アルベルトはこれを言うべきかどうか、迷った。


「クロウさんが、どうしたのです?」

 エレノアが期待に満ちた目を向ける。


 アルベルトは嫉妬した。エレノアに対する好意からではなく、ひとりの女性にこんな目をさせるクロウに同じ男として。

 それがアルベルトの口を開かせた。


「クロウはあと7ヵ月で死にますよ」

 アルベルトは自分の口にした言葉に衝撃を受けた。そう、クロウは死ぬ。死ぬのだ。

 敗北感と劣等感を植え付けたまま、いなくなったあの男は……。


「……どういうことですの?」

 エレノアが鋭い目を向ける。下手なことを答えたら、すぐにでも攻撃をしかける、そんな気配を感じた。


 アルベルトはエレノアの斬るような視線に、言い訳するような気持ちで続きを話した。

「クロウが闇の神の加護を受けれるのは、代償を払ったからです。グリンニル公爵が自身の娘を生贄に捧げたように。あの男も捧げたんです。自分の命を。幼い頃、死にかかったニーアを助けるためだったそうです。70年の寿命と引き換えに、闇の神の加護を得た」


 ああ、そうだ。あいつは命と引き換えに、妹を救った。命と引き換えに力を手にした。私が勝てるはずがないじゃないか。


 この時、アルベルトはようやく、その事実を素直に受け止めた。今まで、それらは情報として得ていたが、うまくつながらなかったのだ。

 クロウに対する鬱屈した気持ちが消えた。

 あとには奇妙にも初めて感じるニーアに対する責任感があった。


 私に託したんだな、あいつは。


 一方、エレノアの方はアルベルトとは真逆に大きな衝撃に震えていた。

 死ぬ? ロディさんが、死ぬ?

 あと7ヵ月ほどで……。


 そんなわけがない、と笑いの衝動が込み上げかけた。ロディの軽口の数々が思い出される。彼との他愛のないやりとり。

 楽しくてたまらなかった。

 旅路が明るくて、いつのまにか、寂しや無念な気持ちなど無くなっていた。


 ロディのぬけぬけとした態度。悪びれない顔。憎まれ口。どんな時でもしぶとく生き延びそうな、そんな人だった。


 時折、ひどく優しい目をしていた。

 親が幼子を見守るような温かくて穏やかな目。


「焦る必要はありませんよ、お嬢。人生長いんです。ゆっくりやっていけばいいんですよ」

 いつだったか、不安を口にした自分に、そんなことを言った。


 クロウである時、彼はとても頼りになった。強く、たくましく、尊敬できる戦士だった。

 彼に比べたら自分の力など、本当に些細なものだと、何度も思い知らされた。

 強力な加護技スキルをいくつも持っていて、無敵に見えた。

 そう、彼は無敵の戦士に見えた。決して負けることのない、完全なる正義の味方。


 死ぬ? あの人が、死ぬ? そんなわけがないですわ。


 だが、あの優しく温かい目を向けるロディを遠くに感じたことはなかったか?

 最強とも思えたクロウの強さを不思議には思わなかったか?


「エレノア殿……」

 アルベルトが驚いた顔で彼女を見ている。


 そうなのですね、ロディさん。

 あなたは、残りの命を。

 代償に得た力を。

 わたくしのために、使ってくださったのですのね。


 エレノアのすべらかな頬を伝った雫は、顎から滴り、床に落ちた。


 ピタピタと、それはとめどなく。


 アルベルトがそんなエレノアから目をそらす。

 そこで彼は目にした。黒石のベッドの上に横たわる裸身の少女の亡骸が、かすかに動いたのを。


 短剣の突き刺さった小さく膨らんだ胸が上下したかと思ったら、赤く濡れた短剣が、黒く染まった。

 黒い塊となった短剣は、そのまま少女の胸に吸い込まれた。少女の腕が動いた。だが鎖で拘束されているため、途中で止まる。

 鎖が引きちぎれた。


「エレノア殿、様子が変だ」


 エレノアも突如動き出した少女の死体を注視していた。いつでも、魔術が仕えるように身構えている。


 四肢の鎖を引きちぎり、少女が上体を起こした。赤く光る眼をアルベルト、ついでエレノアに向ける。


「あの男を、あの男を止めるには……」

 少女が言う。表情は人形のような無表情なのに声には焦りがあった。

「お、お前たちを……、お前たちがいれば……」


 次の瞬間、エレノアは跳んでいた。

 アルベルトに体当たりし、彼を吹き飛ばす。直後に、エレノアの体は、少女の手から伸びた闇に包まれていた。


 エレノアにかばわれ、寸前で攻撃から逃れたアルベルトは、身を起こすと『光の剣』を造り出した。

 エレノアを助けようと少女に向かって斬りかかる。


 少女が『光の剣』を受けるように、開いた手をかざす。手の平に円形の黒い盾が現れ、それが巻き付くように、アルベルトの光の剣を受けた。光の剣が呑み込まれる。


 闇はそのままアルベルトにまで伸びてきたが、途中で、それが止まった。黒い盾から伸びた触手のような闇が、一斉に、あらぬ方へ向かう。

 少女もアルベルトから、そちらへ視線を向けた。


 ホールをおおう闇の壁が割れた。まるで器がひび割れ、そこから中の水が漏れ出ていくように、壁や天井の闇が、一ヵ所に吸われていく。


 周囲の黒い闇が消えたあと、それらが吸い込まれていった場所に黒い人影が立っていた。

 闇を甲冑のようにまとった者。

 クロウだ。


「生き意地が悪いな、グリンニル公爵」

 クロウが言った。


「寄るな。寄らば、こやつを殺す」

 レオニスが憑依した少女の手から伸びた黒い闇。その先に闇に呑まれたエレノアがいた。


 黒い水球のような闇の塊から、なんとか逃れようと時折、顔や手が伸びる。


「こっちのアルベルト殿下もな」


 闇の盾から伸びた黒い触手が槍の穂先のように尖って、アルベルトを威嚇する。


 アルベルトは半年ぶりに見るクロウに、あの頃には感じなかった親しみを感じた。同時に、彼の足手まといになってたまるか、という気概が湧く。

 後ろに跳んだ。


 黒い槍が一斉に伸びてくる。

 アルベルトはそれを転がってかわした。


 その間、クロウが姿を消した。

 レオニスは彼の姿を探す。

 どこだ、どこに消えた?


 ふいに、レオニスの、エレノアをいまめていた右手の肘から先が消えた。

 今や盾というより無数の槍を伸ばす黒い板と化した左の手もない。

 一瞬で両手を失ったレオニス。

 その眼前に闇をまとう者が立っていた。


「あんたの闇じゃあ、真の闇は隠しきれない」

 クロウが手を伸ばし、レニオスの頭をつかむ。


 レニオスが悲鳴をあげた。少女の頭からうごめく黒い煙のようなものが沸き、逃げるように昇っていく。


「アルベルト」


 クロウの声にアルベルトは跳んだ。高く跳び、宙で『光の剣』を造り出す。『光の剣』が黒い煙を両断した。

 地響きのような断末魔。

 すぐに静寂が訪れた。


 クロウは床に投げ出されたエレノアのかたわらにかがんだ。気を失っているようだ。呼吸はしているし、外傷もなさそうだ。


「エレノア殿は大丈夫か?」

 アルベルトが後ろから声をかける。


「気を失っているだけのようだが」

 クロウはエレノアに向けて手を伸ばした。額に指先が触れそうなところで止まる。


 その指先から黒い闇が漏れ出た。

 アルベルトはグリンニル公爵の出していた闇と、はっきりと違いを感じた。クロウの指から伸びた闇は、なにか安らぎのようなものを感じる。


 闇はクロウの指から伸びて、半透明の膜のように広がり、エレノアを包んだ。すぐに溶けるようになくなる。


「大丈夫だ。しばらくしたら起きる」

 クロウは言った。


 そのまま沈黙が訪れる。ホールには宿のラウンジから連れてこられた者たちもいたが、状況の変化についていけず、怯えたように身を寄せ合っている。


 やがてアルベルトが切り出した。

「久しぶりだな、クロウ」


 エレノアを見下ろしていたクロウが振り返る。立ち上がり、アルベルトと向かい合う。


「ああ、久しぶりだな」


「ずっとエレノア嬢について回っていたのか?」

 言ってからアルベルトは棘のある言葉になってしまったことを後悔した。

「いや、その、すまん。言葉が悪かったな」


 クロウはアルベルトがなにを謝っているのか分からなかった。ただ、彼がいつも自分に対して抱いていた攻撃的な感情は感じなかった。


「あれから、なにをしようかと考えながら旅をしていた。ずっとニーアのことばかり考えていたからな。おかげで肩の荷が降りて、気楽だったよ」

 クロウは残り一年ばかりの命でなにをしようか、そんなことを考えながら、旅をしていたことを思い出した。

 今から思えば、あの時『ホライズン』を追い出されたからこそ、エレノアに出会うことができた。

 人生の最後の時間に、こんなに愛おしい気持ちを抱くなんて。

「あんたに追い出されたおかげで、この人に会えた。感謝しているよ」


「感謝など」

 アルベルトが声を荒げた。

「私は、ただ、君が邪魔だっただけだ。強く、冷静で、信頼された君に、引け目を感じていただけなんだ。君は、自分の命と引き換えにして力を得たというに」


 クロウはアルベルトが代償のことを知っていて驚いた。すぐにニーアから聞いたのだろうと気づく。口止めはしていたが、ニーアのことだ。クロウがいなくなってから話したのだろう。


「別に憐れまれたり、尊敬されたりするようなほどのことじゃないさ。ただの取り引きだよ。自分の持っているものを欲しいものと交換しただけのことだ。正直、あんたがニーアと恋中になってくれた時はホッとしたんだ。今でも上手くやっていると思っていいのか?」


 アルベルトは正直に首を横に振った。

「はっきり言って君の妹はひどい。甘やかしすぎたんじゃないのか?」


 クロウが笑った。

 アルベルトもついで笑う。


「そうだな。甘やかしすぎたのかもしれない。面倒を見ろとは言わないが、できるだけ気にしてやってくれるとありがたい」


「大切な『聖女』だ。きちんと王国で面倒を見るさ。表面だけ見れば非の打ちどころのない『聖女』だからな、ニーアは」


「ついさっき、ニーアに会った。その時、頼まれたよ。あと3ヵ月くらい力を貸せとね」


 アルベルトが顔をしかめた。クロウがどれだけの犠牲を払ったか知りながらも、最後の最後まで自分の面倒を見させようというニーアに、心底呆れた。


「だが、俺は最後まで、その人についていようと思う。もっとも彼女がそれを選べばだけどな。君のお父上はエレノア・ウィンデアと君の婚姻を望んでいるようだぜ」


「父上が?」

 アルベルトは言ってから懺悔するようにクロウに頭を下げた。

「すまん。私もエレノア嬢を利用しようと考えていた。つまり、彼女と婚約をすることで、時間稼ぎをしようと考えていたんだ。悪あがきだな」


「お嬢がそれを了承するとは思えないが」

 言いながらもクロウは胸に痛みを感じた。エレノアにとってはアルベルトと婚姻することが最良の道ではないのか?


「ああ、きっぱりと断られた」

 アルベルトは苦笑いをした。

 エレノアは想い人がいると言っていた。それは間違いなくクロウのことだろう。ただ、それを明かすほどアルベルトも野暮ではない。


「お嬢らしい」

 クロウは安堵すると同時にエレノアのことを誇らしく思った。

 彼女はいつだって、まっすぐな道を行く。


「私は城に戻ろうと思う。冒険者からは足を洗うことにするよ」

 アルベルトは今更ながらに気が付いたのだ。自分にとって、冒険者の仕事はどこまでいっても遊びだということに。だから、あんなにもひどい有様になっていたのだと。

「ニーアのことは任せてもらおう。悪いようにはしない」


「ありがたい。頼むよ」


 どちらからともなく手を差し出し、握りあった。思えば、それは初めてのことであった。


「さて、私は一足先に帰らせてもらう。グリンニル公爵家の処遇について、なにかと揉めることになるだろうからな。君たちも早めにここから去った方がいい」


 なにしろ当主が自らの娘を生贄に捧げて邪神の力を借りたのだ。グリンニル公爵家はこれで終わりだろう。そうなるとルゼス王国の勢力バランスが大きく変わる。


「ああ、そうさせてもらうよ」

 クロウもエレノアが目を覚ます前に宿に戻ることにした。

 さてロディがどうやってエレノアを助けたか考えなくてはならないが。


 ホール中央に集まる人々の元へ歩き出すアルベルト。突然、足音が止まり、彼が倒れた。

 アルベルトだけではない。中央の人々も、バタバタとその場に倒れていく。


 クロウは床に寝ているエレノアを後ろにかばうとホールの入り口を見た。

 そこに3人の人影がある。ひとりは、大柄な男だ。剃り上げた頭に隻眼。棘だらけの鎧に背には大剣。『巨人殺し』ガイア・ルス。Sランク冒険者だ。


 もうひとりはつばの広い真っ青のとんがり帽子に同じく真っ青のマント。長い杖を手にした女。『氷結魔女』マリン・フラン。同じくSランク冒険者である。


 そして最後のひとり。黒い鎧の初老の男。つい先ほどクロウと彼は戦っている。元『見えざる牙』統領ファルク・レイン。


「さすがは『闇をまとう者』ですね。私の『昏倒魔術』が利きませんか」

 マリンが言った。

 マリンは『無詠唱魔術』と『魔術強化』の加護技スキルを持っている。瞬時に繰り出す彼女の強力な魔術は、脅威というほかない。


「『昏倒魔術』に限らず、あらゆる魔術を無効化するよ、あやつはな」

 ファルクである。

「マリン殿には我らの援護をお願いしよう」


「心得ました」

 うなずき、杖を軽く上げた。


「ガイア殿、ふたり同時に行きますぞ。奴は手強い」

 

 ファルクの言葉にガイアが渋い顔をする。

「ケツの青い小僧ひとりになあ」


「まったく」

 クロウは、ため息を吐いた。

 最後の最後に厄介な連中が来たものである。

 だが、ファルクの目的を考えれば見逃してはもらえないだろう。


 そっとエレノアに向けて手をかざす。エレノアを囲うように黒いガラスのような四角い箱が彼女の周囲に現れた。

 クロウの加護技スキル。『闇結界』。


「お嬢、もう少し寝ててくださいよ」

 言うとクロウは走った。


 音もなく、気配もなく、まるで影が動くように。冒険者に接近する。


 対するファルクとガイアも動いた。

 ガイアが背中の大剣を抜く。

 ファルクが姿を消した。


 どちらを先に倒すべきか?

 決まっている。


 走るクロウの真上にファルクが姿を現した。大きく跳躍して頭上からクロウの周囲に見えない糸を張り巡らせた。

 斬糸。それも、ファルクが全力で造り出した最強の糸。そう簡単に溶かすことはできないだろう。


 クロウは止まらず、不可視の糸により、その体をバラバラに切断された。


「なんとも厄介な奴よ」

 ファルクが宙に張った糸の上に乗り、静止する。まるで空中に浮いているかのようだ。


 20個以上もの肉片に分断されたクロウ。だが、それはすぐに溶けて消えた。セクプトで戦った『影』こと『八つ身のジン』の技を、参考にした新技。自身の分身体を造り出したのだ。

 エレノアの『暴く目』のような特殊な加護技スキルを使わなくては、見破ることのできない精巧な分身体である。


 ファルクは空中から消えたクロウを探す。

 クロウの闇の加護技スキルは、探査師スカウトとの相性が非常に良い。クロウが本気で気配を消せばファルクですら見失う。


 だが、攻撃の瞬間だけははっきりと気配が現れる。それは、ホールの入り口付近で杖を構えるマリンの背後から発された。


 マリンの影が大きく広がり、彼女に襲い掛かる。マリンは突如、背後から自身を包み込むように広がった闇から逃れられなかった。なにしろ、触れられないのだ。なんの感触もなく自分の体が闇に消えてく。


 マリンの体は瞬く間に両手と顔だけになった。黒いベールのようなものから、それだけが出ている。


 そこに暴風が起こった。斬撃。それも足元の石畳をすべて吹き飛ばすほど凄まじい勢いの風。

 ガイアの振るった横なぎの一撃は、圧倒的な破壊力で取り込まれかけたマリンごと黒いベールを吹き飛ばした。


 ただの斬撃ならば効果がなかっただろう。だが、ガイアは『属性無効攻撃』の加護技スキルを持っている。どのような防御手段でも、属性による防御は無効化され、彼の攻撃が通ってしまう。それに対抗できるのは純粋な防御力だけだ。


 大きくえぐれ、二つとなったマリンの体が吹き飛んだ石畳に交じって床に転がる。

 クロウの死体はない。


「痛いですね」

 マリンの上半身が言った。

 体が白く光り、即座に分断された下半身が生える。

「ガイアさん、私を殺すつもりですか?」


「勝利に犠牲はつきものだからな」

 ガイアはニヤリと笑いながらも、いつ攻撃がきても対応できるよう気を配る。

 精神が削られるような危険を感じる。『巨人殺し』の二つ名を得ることになった、サイクロプスたちとの戦いの時に感じて以来だ。


 宙から戦況を見下ろしていたファルク。影のない空中ならばクロウの突然の攻撃にも対応できる。そのため、不用意には動けない。

 Sランク冒険者たちは撒き餌だ。彼らを倒す際に、必ず、クロウには隙ができる。その瞬間をひたすら待つ。


 ファルクとて長年『見えざる牙』の統領として戦い続けてきた猛者。僅かな隙でもあれば、そこをついて一瞬で勝負を決める自負がある。


 ふいに、ファルクは気配を感じた。すぐ真横からだ。身をかわしながらも右手で宙を払い、斬糸を繰り出す。


『闇をまとう者』は、トントントンと宙から宙へと渡り、ファルクの糸をかわした。ファルクが足元に張った不可視の糸も、彼が瞬時に造り出した糸も見えているかのようだった。


「ついさっき本気を出されてたら分からなかったがな」


 ファルクが最後に聞いたのはそんな声だ。

 彼の頭部は溶けるように消えた。

 頭を失った体が地上に落ちる。


「忠告したはずだぜ。俺を止めようとしたら、殺すと」

 クロウはファルクの亡骸を見下ろし、言った。声に寂しさがあった。


 空中に巨大な氷の花が咲いた。ちょうど、クロウがいた場所。その周囲10メートル四方にも渡る巨大な氷の塊。

 マリンが『氷結魔女』と呼ばれるゆえんとなった、得意の範囲攻撃。巨大な氷が地に落ちて、ホールを揺らし、割れた。

 その中に、クロウの死体はない。


「おい、あの爺の死体がグチャグチャになっちまったぜ」

 ガイアが呆れて言う。


「知りませんよ。勝利に犠牲はつきものなんですよ」

 マリンが言った。


 その言葉が終わった直後、マリンのそばにまた巨大な氷が現れた。それは彼女の半身までも呑み込んでいる。

 ガイアがいた場所を中心に現れた巨大な氷。もちろん、マリンの氷結魔術だ。

 一瞬で、大きく跳んだガイアは、その巨大氷の上に立って、剣を振り回していた。


 一振り一振りが暴風を起こし、足元の氷を破壊し、小さな氷片を飛散させる。威力はもちろん、スピードも生半可ではない。


 マリンは氷から抜け出すことすら忘れて、ガイアを凝視しているが、彼の剣がまるで見えない。そして、何に対して、剣を振っているのかも見えない。まるでガイアが幻覚の虜になっているかのようだ。


 だが、そうではなかった。

 ガイアは『闇をまとう者』に対して、次々と斬撃を放っていた。

 横に薙ぎ、縦に振り下ろし、はすに斬り上げ。

 振り向き、かがみ、氷を蹴って跳び。

 一瞬も止まることなく、動き続ける。


 本当にたちが悪い。

 ガイアは新たなるクロウの気配に向けて、剣を振った。

 だが、剣が、たゆたうような闇の鎧に触れる寸前で、クロウは幻のように消えてしまう。


 攻撃をやめるわけにはいかなかった。一瞬だけ現れる殺気。もし、攻撃をやめれば、自分が殺される。


 剣を振りながらもガイアの口元には笑みが浮かんでいた。一瞬が生死を分かつ。こういう戦いが彼は好きだ。

 Sランクともなれば戦う相手の危険度は高い。それでも、ガイアはここ数年、ほとんど苦戦というような戦いをしていなかった。


 すべて楽に勝てるとまではいわないが、全力を出せばすぐに終わってしまう戦いばかり。

 そんな毎日に飽きて冒険者を一時休業。しばらく王都でダラダラと過ごしていたところであった。

 今回、噂の『闇をまとう者』と戦うかもしれないとあってファルクの誘いに乗ったのである。


 ガイアの起こす剣風により、巨大な氷塊にひびが入っていく。

 そして、ついに崩壊。

 ガイアは崩れる氷を蹴って、宙に跳び、クロウに向けて剣を振るう。

 これまでで一番速い剣速。

 タイミングもドンピシャだ。


 クロウが避けきれず、その鎧が割れる。


 両断した。

 そう思ったが、クロウの体は割れなかった。その代わりに数十メートルも吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。


 ガイアは崩れた氷塊の上に立ち、壁に背を預けたままくたりとこうべを垂れる青年に目を向ける。たゆたうような闇の鎧は消え、素顔が露わになっていた。黒髪の若者だ。


「俺の剣を受けやがった。大した野郎だぜ」

 ガイアは言って、息を吐いた。


「はあ、なんとか倒せましたねえ。でも、依頼人は殺されてしまいましたし。痛み分けというところでしょうか」

 マリンが頬に手を当てて言った。


「痛み分け? そうじゃないだろ」

 声が響いた。それはふたりには初めて聞く声だった。


「俺の剣を受けて生きてるのか?」

 ガイアが隻眼を見開いた。

 壁に背を預け、両足を投げ出している青年を見る。


「これは、してやられましたね」

 マリンがつぶやいた。


 マリンは声がした瞬間にクロウに向けて氷結魔術を放っている。だが、それは発動しなかった。


 ガイアとマリンの足元には黒い闇が広がっていた。まるでインクの湖面に立っているかのようだ。

 それらが急速に彼らの力を吸い出している。

 完全に術中にはまってしまった。クロウが死なない限り、ここから抜け出すのは、不可能だろう。

 

 ガイアが声をあげて笑った。

「それで、俺の攻撃をかわさなかったのかよ。すげえな、お前」

 クロウはかわさずに仕掛けてきたのだ。相打ち狙いではない。自分がガイアの攻撃を耐えきれると知っていたのだ。


 クロウが立ち上がる。ふらりとその体が揺れた。ガイアの一撃を受けて、さすがに無傷とはいかなかったのだ。

 魔力を一点に集中して肉体強化し、防御に徹したからこそ、なんとか耐え抜けたというところだ。


 闇の神の加護技スキルを持ち、敵なしといえるほどに強いクロウだったが、暇な時に魔力の鍛錬もしていた。それが役に立った。


「あんたたちを殺すつもりはない。ファルクは……どうしようもなかったが……」


 すでにガイアもマリンも立っていられず、四肢を地面についている。魔力も体力も吸い取られているのだ。もはや勝負はついていた。


「甘い奴だ。長生きできんぜ」

 ガイアが言った。


「余計なこと言わないでください。せっかく見逃してくるんですから」

 マリンが弱々しい声で言う。

「ありがとうございます、クロウさん。御恩はいつか返しますね」


 そんな機会はないさ、とクロウは内心つぶやいた。

 エレノアに目を向ける。


 クロウは自分がしくじったことを悟った。

 半透明の黒いガラスケースのような結界に入ったエレノア。彼女はいつの間にか目覚めていた。

 結界に手をついてクロウを見ている。


 ふたりの目が合った。

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