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グリンニル公爵の陰謀

 黒い視界が白く変わった。まぶしさにエレノアの口から声があがる。だが、その声は周囲の悲鳴にかき消された。


 ようやく目が慣れて辺りを見回すと、そこはドーム状の部屋だった。古びた石壁は年月のせいか苔むしている。壁沿いに、かがり火がたかれており部屋を照らしている。


 奥に祭壇のようなものがある。祭られているのは黒石の像。6枚の翼に雄牛のような角を生やした人型。

 邪神。あるいは魔王。


 さらにその像の前には、やはり黒石のベッドがある。そこに裸の女が横たわっていた。胸に短剣が突き刺さり、流れた血が赤い服のようにまとわりついている。


「なんだ、ここは……」

 アルベルトが言った。エレノアのかたわらに呆然と立ち尽くしている。

「宿屋にいたはずだが」


 エレノアとアルベルトの他にも、ラウンジにいた客や従業員が立っている。全員が呆然としている。


 クロウのような加護技スキルでしたわ。

 エレノアは祭壇に近づきながら思った。

 だが、はっきりクロウとは違うという確信がある。あの時、ホールの中央に立っていた人型の影。あれはクロウではない。

 まるで違う存在だった。


 だからこそエレノアはあの一瞬で、髪留めを外して投げた。

 おかげで、今、彼女の黄金の髪は、自慢の螺旋を描いておらず、癖ひとつなくまっすぐだ。


 黒石のベッドの女性は死んでいた。ベッドには手枷足枷があり、それが女性を拘束している。

 邪神を祭る者は生贄を捧げると聞く。彼女の命はそうして捧げられたのだろう。見たところ、それなりに高貴な身分のようだが。


 ふいに黒石ベッドと邪神像の間。ちょうど階段になった場所に、黒いもやのようなものが現れた。

 それはすぐに人の形を取る。

 ラウンジに現れた影の人型だ。


「クロウ、なんのつもりだ」

 アルベルトが後ろから怒鳴った。


 アルベルトにはあれがクロウに見えるらしい。エレノアにしてみれば、あらためて見れば見るほど、まるでクロウとは違う存在だと分かるのに。


「私ですよ、殿下」


 黒い影が手で顔を拭うようにした。すると顔だけ黒い影が晴れ、色が付いた。赤い髪に赤い口髭の秀麗な顔立ちの40半ばほどの男だ。


「グリンニル公爵……。一体、どういうことです、これは」

 アルベルトがエレノアの前に立つ。


 グリンニル公爵レオニスは女性たちを虜にする甘い笑みでアルベルトに応えた。

「ようこそ、我が公爵家の秘密の部屋へ。ここへ入った者は、歴代のグリンニル家当主でも限られているのですよ」


「どういうことかと聞いているのです。我々を拉致したのは、あなたの仕業か」

 アルベルトがさらに詰め寄る。


「もちろん、そうですとも。アルベルト殿下。そして、エレノア・ウィンデア。あなた方にはここで消えていただきたい。つまり邪魔なのですよ」


「ずいぶんな言い草だな。私を殺し、ルインクスを王太子にするわけか」


「左様です」


 もはや隠す必要もないということだろう。アルベルトとエレノアをここで始末することは決定事項らしい。


「アルベルト様のことはわかります。では、なぜわたくしも一緒に? ご説明いただきたいところですわ」

 エレノアはアルベルトの隣に立つと言った。

 レオニスを睨みながらもアルベルトに小声でささやく。

「同時に仕掛けますわよ」


 アルベルトが了承するように小さくうなずいた。


 エレノアもアルベルトも鎧どころか武器も身に帯びていない。だが二人とも魔術が使える。刃を持たずとも人を殺すことはできる。


「むしろ、私にこの凶行を決意させたのは、あなたですよ、エレノア・ウィンデア。セクプトの領主代行アーキス。それに、ディアロのネイヴル侯爵。私は彼らの側です。要するに平民を人とは思っておらんのです」

 言いながらパチンと指を鳴らす。


 後方からの悲鳴でエレノアは振り返った。ともにこの場に拉致された男のひとりが、黒い獣に囲まれていた。やはり影を取り出したようなシルエットだけの黒い獣が3体。


 エレノアが動く前に黒い獣が一斉に男に襲い掛かった。血しぶきが舞い上がった。男の足に、腕に、首に、獣がかぶりつく。男の体は見る見る削れ、ついにはなにもなくなった。


 獣たちが新たな得物を見る。すぐそばに立っていた女だ。女は恐怖に顔を強張らせ、へたりこむ。


「おやめなさい」

 エレノアはレオニスを睨んだ。

「今はわたくしと話している最中ですわよ」


「いかにも、その通りですな」

 レオニスはまるで悪びれない。


「つまり、あなたはわたくしに怯えているというわけですのね。先手を打って、わたくしを倒すおつもりですの?」


「これは心外だ。あなたのような小娘に、このレオニス・グリンニルが怯えるなどと。私はただ、万に一つを考えただけのこと。油断して、ネイヴル侯爵のように首をはねられるなど、ぞっとしませんからね」


 エレノアの『虚言看破』が働いた。冷笑を浮かべると挑発するように鼻で笑った。

「嘘ですわね。虚勢を張ってもわたくしには通じませんわよ。わたくしは、『虚言看破』の加護技スキルを持っておりますもの」


 レオニスの薄ら笑いが消えた。代わりに憤怒の表情が現れる。

「こ、この、黙れ」

 

「ずいぶん、余裕のないことですわね。そうでしょうとも、邪神の力を借りてまで、わたくしたちを拉致したのですもの。このようなことが知られれば、グリンニル家は破滅ですわよ」


「ふ、ふん、ここで貴様らを始末すれば、誰も知ることはない」


「ところで、その方はどなたですの? わたくしに恐怖し、邪神にすがった公爵様が生贄捧げたその女性は?」


「私は怯えてなどいない」


「嘘ですわ。わたくしが怖いのでしたら、もうお黙りになっていた方がよろしくてよ。そして、すぐにでもわたくしを殺しなさい。そうすれば、恐怖は終わりますわよ」


 レオニスの顔は真っ赤だ。額には血管が浮かんでいる。闇に包まれた手を振り上げ、一歩踏み出そうとするが、やがて手を下ろした。

 強張った顔で無理やり、笑みを浮かべる。


「前言を撤回します。確かに、あなたには脅威を感じていましたよ。それはそうでしょう。利益で動かず、妥協もせず、ただ正義を執行する者など、不可解で恐ろしいに決まっていますよ。だから、排除することにしたのです。アルベルト殿下と手に手をとっての逃避行。そういう筋書きにしようとね。我がグリンニル家には、当主だけに伝えられてきた秘密の部屋があった。血のつながる者を邪神の生贄に捧げれば、その力を借りることができる、その口伝とともに、この部屋の存在が引き継がれてきたのです」


 レオニスの視線が黒石のベッドに寝る女性の死体へと向かった。つまらない物を見るような冷たい目。


「それの母は平民でしてね。万一の時に使おうと、引き取って育てていたのです。役に立ってくれましたよ」


「実の娘を生贄にしたというのか」

 アルベルトが叫んだ。

「なんという外道な」


「平民の腹から生まれた娘など。愛馬の産んだ仔馬の方がよほど愛情が持てるというものですよ」


 エレノアはレオニスの言葉に嘘がないことに悲しさを覚えた。本気で犠牲にした娘をどうでも良いと思っていたのだ。


「エレノア・ウィンデア。すぐには殺しませんよ。恐怖に怯える時間を与えましょう。殿下とともに震えて死を待つが良い」


「アルベルト様」

 エレノアは呼びかけると同時に走っていた。魔力で強化した肉体が高速で移動する。


 移動しながら次々と魔術を放つ。『風の刃』がレオニスに向かって飛んでいく。

 エレノアから僅かに遅れアルベルトも動いていた。手に『光の剣』を出現させて、レオニスに向かって走る。


 レオニスの前に地面から闇がせり上がった。それは壁となり、エレノアが放った『風の刃』を吸収する。

 さらにはその壁から先ほどの黒い獣が3体飛びだした。


 アルベルトはエレノアを庇うように黒い獣と対峙。

 飛びかかってきた黒い獣のあぎとをかわして、その体を斬る。

『光の剣』に斬られた獣はそのまま溶けるように消えた。


 エレノアはアルベルトを援護して、光の矢を放つ。だが、細い光の矢を幾本も受けても、黒い獣は怯まない。傷一つ負っていないようだった。

 光属性の攻撃でも威力が足りないらしい。


 その間にもアルベルトが2体目の獣を倒していた。残り1体が身を低くしていかくする。


「せいぜい、あがくのですな。アルベルト殿下。エレノア・ウィンデア」


 レオニスの声がホールに響き渡った。

 祭壇を隠すように広がっていた闇の壁が消えた。その奥に闇をまとう公爵の姿はなかった。


 代わりにホール全体をおおうように黒い壁が広がっていた。壁も天井も黒く塗り替わっていた。

 その闇の壁から、1体、また1体と黒い獣が現れる。


「これは中々の窮地ですわね」

 エレノアはジリジリとにじり寄ってくる数十体の闇の獣を見て言った。

 それから大声をあげた。

「皆さん、死にたくなければ部屋の中央に集まりなさい」


 エレノアの声に、巻き込まれた者たちが逃げるように部屋の中央付近に集まってきた。人数は10人。

 エレノアとアルベルト以外で戦えそうな者はいない。


 黒い獣たちはすぐに飛びかかってくるというようなことはなかった。様子を見るように、ゆっくりと近づいてくる。


「アルベルト様、結界魔術はお使いになりまして?」


「いや、私はあまり魔術は得意ではないんだ。簡単な攻撃魔術くらいなら使えるが」


 エレノアが使える結界は初級のものである。魔力を流している間は、物理的な攻撃を防ぐことが可能な『盾』の魔術。黒い獣に効果があるかどうか微妙なところである。


「では、わたくしが彼らを守ります」


「彼らに構っている余裕などありませんよ。あなたのことすら守り切れるかわからないというのに」

 アルベルトが吐き捨てる。


 エレノアはそんな彼を睨んだ。

「アルベルト様。誇りは自身で勝ち取るものですわ。そして、それはより困難なことを成した時にこそ、得られるものです。すぐに諦めていては、本物の誇りを得ることなどできませんわよ」


 アルベルトは、こんな時だというのにエレノアの凛とした表情に見惚れた。

 エレノアは迷いも怯みもしていなかった。ただまっすぐにアルベルトを射抜くような目で見つめている。


 そうだな。ここで死んだところで、どうということもないか。


 その時、初めてアルベルトは自分が冒険者であることを自覚した。今まで、どこか、訓練の一環のような気分があったのだ。

 エレノアに背を向けると、『光の剣』を構える。


「精一杯やってみますよ。私はアルベルト・アルクですからね」


 壁の一方で黒い獣が3体、走り出した。

 声もあげずに静かに疾走してくる。

 

 アルベルトはそれを迎え撃つよう走った。

 両手で握った『光の剣』を宙に文字を描くかのように振り、黒い獣を倒す。

 吹っ切れたような少し危うげな戦い方。

 だが強かった。


 3体目を無傷で倒し、油断なく周囲に視線を走らせる。次の3体が別方向から走ってくる。


 アルベルトはすぐに走り出したが間に合わない。黒い獣の方が中央に集まる人々のところへ早く着く。

 だが、エレノアが黒い獣の前に立ち塞がった。


 飛びかかってきた黒い獣に向かって両手を突き出す。彼女の手の先に半透明の緑の壁が出現した。だが黒い獣はそれを溶かすようにして突破してくる。


 エレノアは手刀で黒い獣を打った。

 白い光をまとった手刀。魔力の直接放射だ。これは効いたようで黒い獣の頭がえぐれ、潰れるように消えた。


 1体、倒したものの黒い獣は怯みもせずに次々と飛びかかってくる。エレノアは両の手の平に光をまとわせて向かえ打つ。2体目を撃破。

 そこへアルベルトが到着し、『光の剣』で3体目の黒い獣を斬った。


「思っていたほど手強くはないな」


「油断禁物ですわよ。ほら、次はあちらです」


 エレノアの叱咤にアルベルトは不快感を感じなかった。それどころか、なにか優しく手を引かれたような気分だった。


 黒い獣の数は50体近くいた。

 だが、アルベルトの剣は、かつてないほどに冴えていた。また、エレノアも魔力の直接放射した手刀で黒い獣を次々と倒す。 

 おかげで、なんとかすべてを撃破することができた。


 さすがに無傷とはいかずアルベルトの左腕には深々と爪の跡が残っている。片膝を床についた彼の側に流れた血が溜まっていく。


 エレノアの方はもっとひどい。

 ももと背中、肩に傷を負っている。中でもももの傷は深く、とめどなく血が流れている。

 壁をおおっている闇の影響か、ここでは治癒魔術が使えない。傷を治すことはできなかった。


 ふたりの奮闘のおかげで、中央で怯える人々は誰ひとり傷つくことなく済んでいた。彼らのひとり、給仕をしていた女がエプロンを外してエレノアのももに巻く。


「助かりますわ。血の気が多いとはいえ、これは少し流し過ぎですもの」

 エレノアは微笑んだ。


 給仕の女が、それにぼうっと見惚れる。すぐに、はっ、と気づいて、手当の続きをする。


 アルベルトはそんなエレノアを眺めながら自分と彼女の大きな差を感じた。不思議とクロウに感じていたような劣等感を呼び起こしはしなかった。


 あの、と女が声をかけてきた。ラウンジの従業員ではなく客の女だ。その後ろに小さな子供を2人連れている。

「お手当を」


「あ、ああ、頼む」


 女は肩に羽織っていたショールをアルベルトの左腕に巻き付けた。

 その様子を女の子供たちが母の背に隠れるようにして見ている。8歳くらいの女の子と5歳くらいの男の子。


 アルベルトと男の子の目が合った。

 アルベルトは微笑んだ。男の子の顔にも笑みが広がる。


 その時、確かにアルベルトは自分の胸の中に何か得難いものが入り込んだのを感じた。どのような高価な宝石よりも尊く、そこにあるだけで気分が高揚する。


 ああ、これが誇りか。


 王子として、次期国王として、周囲から期待され、努力もしてきた。だが、どれだけ褒められても、どこか不安であった。いや、褒められれば褒められるほど、不安は大きくなっていった。


 それを拭い去ろうと冒険者になった。だがAランク冒険者になり、『勇者』の名を冠されても、不安が消えることはなかった。

 クロウを追放したのも、その不安が原因だった。


 だが、今、その不安が、足元がおぼつかないような頼りなさが、消えた気がする。


 誇りは自分で勝ち取る。

 エレノアを見ると、ちょうど彼女の方でもアルベルトに目を向けていた。

 優しく穏やかな眼差し。弓なりになった唇は華やかで、この寒々しい空間を温めるかのようだった。

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