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アルベルトとアレキサンデル王

 アルカディア歴1824年6月18日

 ルゼス王国王都ルーベリア



 ルーベリアは高い城壁に囲まれた大都市である。とはいえ、街そのものは城壁の外にも広がっている。壁の外側は賑やかで、活気に満ちており、雑多。壁の内側は整然としていて気品のある街並みとなっている。


 そんな壁の内側でも少し雑多な印象を受ける区画がある。冒険者ギルドを中心に、彼ら相手に商売する者が住む通称『冒険者横丁』。

 その酒場の一つで緑色の髪の青年が酒を飲んでいた。冒険支度ではなく、平服。シャツのボタンを胸元まで外し、袖をまくっている。口にはビールの泡がついている。

 すでに顔は酔いのため赤い。


 アルベルトの対面には、黒髪黒目に白い神官着の少女ニーアが頬杖をついて座っている。ニコニコと笑顔で、次から次へと酒を飲むアルベルトを眺めている。


 現在、ふたりは冒険者を休業中。なにしろ、ついに『ホライズン』はふたりきりになってしまったのだ。

 攻撃魔術師ウィザードのレイアが突如いなくなったあと、『レッド・クラウド』のふたりもすぐにパーティから抜けてしまった。


 さすがにアルベルトとニーアのふたりきりで冒険依頼を受けるのも厳しい。精神的に疲労していたアルベルトは、王都へと戻ってきというわけである。


 アルベルトは第1王子ではあるが、城へは戻らなかった。さすがにこの落ちぶれた状態では戻るに戻れない。現在はこうして城下町に待機して、仲間を募集しているところである。


 酒場の玄関ドアが開いた。身なりの良い青年が入ってくる。その後ろには、いかにも強者という様子の戦士と、黒い鎧の初老の男、魔術師の女が続く。

 冒険者ギルドの近くだけあって、こんな光景もとりたてて珍しくはない。


 だが、すでに酒場で飲んでいた何人かは、入ってきた者たちを凝視している。


「おい、あれ『巨人殺し』だろ」


「後ろの女は多分、『氷結魔女』だ」


「ふたりともソロのSランクじゃないか。なんだって一緒にいるんだ?」


 そんなヒソヒソ声が聞こえる。


 アルベルトは酔眼をSランク冒険者の前を歩く青年に向ける。少し、バツが悪そうな顔になった。


 青年がテーブルのかたわらで足を止めた。

「アルベルト様、ここにおいででしたか。探しましたよ」


「なんだ、ロベルト。俺を連れにきたのか。言っとくが、まだ城には戻らないぞ」

 言ってから、無表情に自分を見下ろす戦士を睨む。

「それで、こいつらはなんだ? お前の部下してはずいぶん、態度が悪いな」


「仲間集めで難儀していると聞きました。ちょうど城下に腕に覚えのある者たちがおりましたので、お仲間に加えていただこうと連れてまいりました」


「ふん、言っとくが役立たずには用はないぞ。足を引っ張られるのはごめんだからな」


 戦士の男が笑った。そり上げた頭に、隻眼。棘だらけの青い鎧。そして背中には大剣を背負っている。

『巨人殺し』ガイア・ルス。

 Aランク魔物ひとつ目巨人サイクロプス5体を、たったひとりで倒したと言われるSランク冒険者である。


 アルベルトが激高して立ち上がった。

 ガイアにつかみかかりそうな勢いだったが、ガイアの強者の威圧感にそれができない。


「これが『勇者』か。すいぶん弱そうだな」

 ガイアが言った。


「なんだと。もう一度言ってみろ」

 アルベルトが怒鳴るが、体が動かない。


「ガキの面倒を見るのはかったるいが。金払いがいい仕事だ。しばらく付き合ってやろう」

 

「彼はSランク冒険者『巨人殺し』ガイア・ルスです」

 青年ロランド・ブルースは言った。

 アルベルトの側近のひとりで、アルベルトが幼少の頃から彼のために身を粉にして働いている。

 冒険者としての実績の無かったアルベルトが、上り調子だった『ホライズン』に入れたのも彼の手腕によるものだ。


「Sランク……。それがなんだって、こんなところでくすぶっている」


「余計なお世話だ。それより、なぜ、『闇をまとう者』を追い出した」


「それこそ余計なお世話だ」

 クロウのことを出され、アルベルトの鎮火しかけた怒りの火が再び燃え上がった。

「あんな不気味な奴をパーティにおいておけるものか」


「惜しいことをしたな、殿下。一度、会ったことはあるがな。あれほどの探査師スカウトの達者はそうはおらぬぞ」

 昆虫の殻のような材質の鎧を着た初老の男が言った。

「部下に引き抜こうとしたが、断られたよ」


 アルベルトはそれまで、彼に注意を向けていなかった。今、初めて旧知の者だと気が付いた。

「ファルクまで来ていたのか」


 ファルク・レイン。ルゼス王国のアルク王家に仕える隠密集団『見えざる牙』の元統領である。現在は息子のオルトーが後を継いでいる。


「気楽な隠居の身ですのでね」

 カッカ、とファルクが笑った。


 さすがに幼少期から知っているファルクの前では毒気が抜ける。アルベルトは不貞腐れた気分で座った。


「『闇をまとう者』クロウ。世情に疎い私にもその噂は聞こえてきました。一度、その技を見せてもらいたかった」

『氷結魔女』マリン・フランが小さく平坦な声で言った。

「闇の神と契約したとも言われていましたね。とても興味深い。闇の神からの加護。闇の加護技スキル


「そうだ。あいつは邪悪な男だった。だから、追い出したんだ。『勇者』と『聖女』のパーティに、あんな男がいるべきではなかった」

 アルベルトが再び勢いを取り戻した。


 ここのところ、うまくいかないのはクロウを追い出したからだ、そんな自分で自分を糾弾する心の声があったのだ。

 

「闇の神は別に悪ではないですけどね」とマリン。

「闇がなくては光も存在しえません。闇の神フレアと光の神シャドーは、一対の神なのですから」


 マリンの本業は冒険者ではなく歴史学者である。そのため、シャドーを邪神や魔王などと呼ぶのは間違いであり、そもそも存在が邪悪だとするのは偏見だと知っている。


「だが、あいつは邪悪だ。とんでもない奴だった」

 アルベルトがダンとテーブルを叩いた。

「私は間違っていない」


 痛ましそうな顔をする側近ロベルト。

 呆れる『巨人殺し』ガイア。

 茫漠とした表情でなにを考えているかわからない『見えざる牙』元統領ファルク。

 なにか考え事をしている『氷結魔女』マリン。


 そんな中、今まで笑顔でやりとりを見守っていたニーアが声をあげて笑った。


「な、なにがおかしい、ニーア」


「やっぱりアルベルト様は面白いなあって。本当に兄さんのことが嫌いだったんですね。勝てるところがないからですかあ?」

 無邪気な顔で、アルベルトの心をえぐる。


 アルベルトは身を乗り出しニーアの胸倉をつかんでいた。拳を振り上げるが寸前で思いとどまる。

 さすがに、こんなところで『聖女』を殴るのはまずい。


「兄さんがいなくなってから、やることなすこと全然駄目ですものね。兄さんが陰でフォローしてくれたことも、全然、気づいていませんでしたものね」

 ニーアは殴られそうなことなど、まったく気にすることもなく、言葉のつぶてを投げ続ける。

「アルベルト様、とっても、おめでたいです。顔はいいのに頭の中が空っぽなところも大好き」


 アルベルトの頭の中は真っ白になった。気づいたらニーアの顔面にパンチを放っていた。だが、それは彼女の鼻先でピタリと止まる。


「まあまあ、殿下。仮にも『聖女』。手をあげるのはよくありませんぞ」

 片手を伸ばしたファルクが言った。その手の指には、見えないほど細い糸がついていて、アルベルトの拳を途中で止めている。


 ファルクの視線はアルベルトに向いていない。眼差しは鋭くニーアを見つめている。

「なぜ、殿下を挑発する? 『聖女』」


「だって、ここで私を殴ったら、アルベルト様、とっても情けないですもの。Sランクの皆様も呆れるんじゃないかなって」

 ニーアの手がアルベルトの頬を撫でる。

「私、情けないアルベルト様が大好き。大丈夫ですよ、私は、絶対に、アルベルト様を見捨てたりしませんからね」

『聖女』に相応しい慈悲深い笑みを浮かべて言った。


「これは、またひでえ女に見初められたな、王子様よう」

『巨人殺し』ガイアがニヤニヤしながら言った。

「おもしれえから面倒見てやろうかな」


「『聖女』の加護技スキルと関係があるのでしょうか?」と『氷結魔女』がつぶやく。


 それに答えるものはなく、ただ、荒いアルベルトの呼吸音だけが流れ続けた。



 アルカディア歴1824年6月20日

 ルゼス王国王都ルーベリア王城



 高い天井。縦長の大ホール。床には一定距離ごとに段差があり、最奥にある大きくも華麗な玉座が、部屋の端からも見えるようになっている。

 部屋を中央から縦に割るように縦断して敷かれた真っ赤な絨毯。

謁見の間。ルゼス王国国王が公的に家臣などと会う際に使われる場所である。


 ルゼス王アレクサンデル・アクルは、玉座に座り、頬杖をついて、無人の広間を眺めていた。

 アレクサンデルはこの謁見の間が好きだ。家臣が居並んでいるときはそうでもないが、こうして無人の広間にひとりでいるのが良い。


 もちろん、正確にはひとりというわけでない。近侍の者も控えていれば護衛もいる。王たる身では、そうそうひとりになどなれないものなのだ。


「エレノア・ウィンデアなあ」

 アレクサンデルはつぶいた。ひとり言である。考え事をするときは、ひとり言を言う癖があった。


 40半ば。白いものが交じった緑色の長い髪を後ろに流している。アルベルトに似た秀麗な顔立ちである。


「家臣たちは無視しておけというが」


 エフィレイア王国を追放された公爵令嬢エレノア・ウィンデアが、王都に近づいている。セクプトで領主代行と盗賊団を倒し、アロアーでドラゴンを倒し、ディアロでネイヴル侯爵を討った。

 今や、ルゼス国民で彼女の名を知らぬものはいないとも言われるほど、有名になっている。


 そんなエレノアに対して、宰相リスキン・ブルースを始め、多くの者が無視を決め込むべしと言っている。

 エフィレイア王国との関係を考えれば、下手に彼女を厚遇するべきではない。かといってネイヴル侯爵の件はともかく、セクプトとアロアーは間違いなく、武功である。それを労らい、報酬なりを与えなくては公平性に欠く。


 最良はエレノアが王都に来ても接触せず、無視すること。もちろん相手から謁見を求めてくれば応じざるを得ないが、少なくともこちらからは接触するべきではない。


「だが、惜しくはないか? エレノア・ウィンデアを手中に納めれば、なにかと使い道があろう」


 一つに平民の人気。ルゼス王国は武を重んじる傾向が他国よりも強い。冒険者が多いのも居心地が良いからだろう。武功を立てているエレノアが、英雄扱いされているのも無理からぬことである。


 二つにウィンデア家の正統な後継者であること。エフィレイア建国時より続く公爵家である。その血筋を受け継ぐエレノアならば先々エフィレイアとの外交のカードに使える可能性がある。


 三つ。クレイモス王家の血もエレノアには入っていること。エレノアの祖母はクレイモス王家の王女である。現クレイモス王はもとより、王宮にも、彼女の親戚筋はおり、少なからぬ影響力を持っている。やはり、クレイモス王国との外交カードに使えるだろう。


 四つ。エレノアの加護技スキル。相手に真実を強制的に話させるという『真実の問い』。嘘をすべて見破る『虚言看破』。まがい物や隠されたものを見抜く『暴く目』。どれも、王にとっては得難い力となるものだ。


「アルベルトの伴侶として、どうか?」

 もし、そうなれば平民は熱狂するだろう。アルベルトの人気も今以上に高まるはずだ。


 長子アルベルトについては悩みの種になっていた。『勇者』として勇名をはせていたが、ここ半年ほど、聞こえてくるのは悪い話ばかり。やれ、降格しただの。やれ、仲間から見放されただの。


 これ以上醜態をさらす前に冒険者から足を洗わせるのが良い、とこれも宰相リスキンを始めとする家臣たち。

 だが、アレクサンデルはそれを良しとしなかった。ここで強制的にやめさせては、アルベルトの心に鬱屈したもの残すだろう。それは王としてではなく、父としての想いだった。


 宰相リスキンの息子で、アルベルトの側近ロランドの言を入れて、Sランク冒険者たちを送り込もうとしたのも、冒険者に自身できちんとケジメをつけるべきだと思ってのこと。段違いにレベルの違う者たちの戦いを間近に見れば、自分の限界も分かるだろう。


 そう考えていたのだが、ここに来て、欲が出てきた。

 エレノア・ウィンデアを無視せずに、次期王妃として迎えることはできないか。


「アルベルトは、どうも甘えが抜けきらぬ。エレノア・ウィンデアのような女性ならば、厳しく導いてくれるやもしれぬ」


 やはり王としての国益ではなく父としての情である。ルゼス王アレキサンデル・アルクは王としては暗愚。行動にも思考にも鈍さがある。貴族が好き勝手するのも、彼のそんなところをあなどってのこと。

 だが、ひとりの男として、父親として見た場合、彼は多くの王たちよりもよほど優れているだろう。


「ファルクに頼んでみるか」

 元『見えざる牙』統領ファルク・レイン。アレキサンデルは子供の頃から、公的にも私的にも世話になってきた。

 アルベルトの仲間として送り込む冒険者にファルクを入れたのは、彼ならば何事もうまく取り計らってくれるだろうという信頼のもとである。


「何事もやってみねばわからぬでなあ」

 アレキサンデルはそう言って目を閉じた。

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