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悪徳領主の死後

 ネイヴル侯爵、エレノア・ウィンデアに討たれる、の報はすぐにディアロ街にもたらされた。

 ネイヴル侯爵の居城では、彼の家臣たちが大わらわ。なにしろ、彼らは侯爵留守中に街中のルゼス革命軍を捕らえていた。

 侯爵の帰還とともに、彼らを処刑し、これをもってルゼス革命軍を潰したということにするつもりだったのだ。

 ともかく、こうなっては革命軍どころの話しではない。


 エレノアはたったひとりで現れ、ネイヴル侯爵の首をはね立ち去ったというし、革命軍のリーダーを拷問しても、エレノアに協力を要請したという曖昧なことしかわからなかった。


「ともかく王に報告するしかないだろう。エレノア・ウィンデアがネイヴル侯爵を討ったのは、はっきりしているのだしな」


「革命軍が彼女を協力者として迎えたのも事実のようだ」


「ルゼス革命軍に協力を請われたエレノア嬢は、集落を襲撃したネイヴル侯爵のやりように義憤にかられて彼を討った。そういうことだな。まあ、そう報告するしかない」


 幹部たちはさっそく王都に連絡した。連絡用の通信魔法道具『届く文字』(統一王国アルカディア時代の遺物。非常に高価)で王宮に報告。すぐに返信が来た。

 エレノア・ウィンデアに討たれたことは伏せ、革命軍の存在も公けにしないように。ネイヴル侯爵の死はあくまでも落馬によるものとすること。

 そんな内容だった。


 寝耳に水の報告にルゼス王国政府としても困惑した。だが王国政府にしてもアドモア・ネイヴルの悪政は耳に届いていた。エレノアがアドモア・ネイヴルを討ったという話しが広まれば、当然、そこには、彼女が動いた理由が加わる。


 エレノアの名前は、すでに王国中に響き渡っている。正義の体現者として。そんな彼女が自ら首をはねたアドモア・ネイヴルはどれほどの悪党であったか? そんな推測を生むことだろう。さらにそれはアドモア・ネイヴルの暴虐な支配と、それを見過ごしていたルゼス王にも非難が向く可能性がある。

 要するに王国政府は保身に走ったのである。


 王国はすぐにアドモア・ネイヴル侯爵の死を公的に発表。落馬による事故死。彼の7歳の息子が後を継ぐことになった。もちろん、形式的なもので、王国政府から文官が出向し、補佐という名の傀儡かいらい政治を行うことになる。


 ネイヴル侯爵の家臣たちは自分たちがアドモアの命により行ってきた非道の数々を思って、逃げるように辞職した。責任を追及される前に逃げてしまえ、ということである。

 それは騎士たちも同様だった。彼らの中に主人の仇を取ろうと息巻く者は誰一人いなかった。

 騎士たちは自分の領地や家に戻り、あるいは廃業して冒険者となった。


 こうしてアドモア・ネイヴルの悪政は無かったこととされ、彼はひとりの英雄に討たれたのではなく、ただ運悪く落馬して死んでしまったことになった。

 なにしろ、王国政府がそう発表し、ネイヴル領政府の幹部や文官たちは、こぞっていなくなってしまったのだから。


 そういったごたごたが片づいた頃には、エレノアはネイヴル侯爵領のはずれに来ていた。

 一向に追手がかからないことに、不審を覚えながらもである。


 あのあと、エレノアとクロウ……ロディは一度、拠点の苗床村に行った。馬車を取りに戻ったのだ。

 本来ならば、一刻も早くネイヴル侯爵領、いやルゼス王国から脱出したいところであったが、祖父の形見の馬車はエレノアにとって捨てがたいものであった。


「まあ、なんとかなりますよ」とロディは、エレノアが馬車を戻りたい旨を告げると賛成してくれた。


 拠点の村からは一路、進路を東へ向けた。クレイモス王国方面である。南に下り、王都を経由した方が、道も整備されていて早いのだが、こうなっては王都へ寄るのはリスクが高い。

 エレノアは、ネイヴル公爵を殺したことで、ルゼス王国ではすっかりお尋ね者になってしまうだろうと考えていた。


 ロディの方は、生まれも育ちもルゼス王国というだけあって、王国の内情に通じている。王国政府の力が弱く、貴族たちを抑えきれていないこと。セクプトの街や悪徳領主のネイヴル侯爵を野放しにしていたのも、王国政府の力のなさを物語っている。

 そのため、ネイヴル侯爵を倒すことはルゼス王国政府の利でもある。


「ですが、それでは王国としての体面が保てないのではありませんこと?」


「ネイヴル侯爵がお嬢に討たれたのならそうでしょうけどね」

 ロディは王国政府がそれを正直に発表することはないだろうと考えていた。


 ロディの見解にエレノアは半信半疑だった。仮にエフィレイア王国だったら、侯爵を暗殺されればその犯人をなんとしても捕まえるだろう。そうしなければ王国の威信が保てない。


 エレノアはいつ多数の軍勢が追いかけてきても、あるいは待ち伏せをしていても良いように覚悟を決めていた。自分の決断、行動には一点の後悔もない。

 多勢に包囲されたら、最後まで戦い続け、エレノア・ウィンデアとして華々しく散るまで。


「その時にはロディさん、あなただけでもお逃げくださいな」

 などと悲壮感を漂わせて言ったりもした。

 もちろん、ロディの正体を知っているエレノアにしてみれば、クロウが一緒に戦ってくるなら心強いが、いくら一騎当千の者でも、不可能な数というものがある。


「見損なわないでくださいよ。お嬢をクレイモスへ届けるのが俺の役目なんですからね」

 そう笑うロディに、エレノアはいっそう愛しさを募らせるのであった。


 そんな風に覚悟をしていたのに追手が来ないので、エレノアはむしろ物足りない気持ちで馬車に揺られていた。


 アルカディア歴1824年6月15日。


「お嬢、後ろからせまってくる人がいますよ」

 ロディが振り返り、窓から顔を見せて言った。


「追っ手ですの?」


「いえ、単騎です。ああ、これは多分……」

 その先は言わなかった。


 エレノアは横の窓を開けて、そこから半身を出して、後ろを見た。風がエレノアの髪を後ろに流す。


 荒野の一本道。土を固められただけの道は、ところどころに雑草が生えている。はるか後ろに騎影があった。

 遠目に見える限り、旅人のように見えるが。


 やがて、その騎影はグングン近づいてきた。フード付きのマント。フードの下からオレンジ色の髪がはみ出している。


「あれは、クロスさん?」


 エレノアもロディもクロスがネイヴル公爵に囚われていたことを知らずにいた。クロスが追いかけてくることに不審は抱かなかった。


「わざわざお嬢を追ってくるなんて。それどころじゃないでしょうに」

 ロディがつぶやいた。

「ともかく止めますよ」


 クロスがつくまでの間にエレノアは彼の要件を考えた。とはいえルゼス革命軍への協力以外には思いつかないが。


「やあ、なんとか追いつけて良かった。馬に乗るのはあまり得意じゃないんですよ」

 馬を止め、下馬したあと、クロスはそんなことを言った。


「ひとりでこんなところへ来ている場合なのかい? ディアロ街は大混乱だろう。あんたたちが躍進するにはうってつけだと思うけど」

 ロディは言った。


「それはね。もうすごいことですよ。あらためてお礼を言わせてください。よくぞ、アドモア・ネイヴルを討ち取ってくださいました」

 クロスが頭を下げた。


「お気になさらずに。わたくし自身のためにやったことですもの。それよりも、わざわざ追ってこられたということは、なにかご忠告でもいただけますの? 国境が封鎖されているとか?」


「ああ、いえ、ただお礼を言いにきただけですよ」

 言った後、クロスは、ああ、と声を漏らし、何度かうなずいた。

「そうですね。おふたりが知るわけがないか」


「どうやら、追っ手がかからない理由を知っているようだけど。お嬢が気にしていたんだ。ずいぶん王国の動きが鈍いって。重罪人を野放しにしていいのかってさ」


「それなんですけどね。追っ手なんて、金輪際ありませんよ。そもそもエレノア様は罪人でも何でもない。王都だろうがディアロ街だろうが、大手を振って歩けますよ」


 それから、クロスは順を追って説明していった。エレノアがアドモア・ネイヴルを討った頃、自分と仲間たちが城の牢に入れられていたこと。アドモア・ネイヴルの帰還を待って公開処刑されるところだったこと。それが、あっさりと解放されたこと。

 それどころか城の中はもぬけのから同然になっていたこと。


「要するに、全員、後ろめたいことがあって逃げたんですよ」


「そんな、無責任な……」

 責任感の強いエレノアにとっては信じられないほどの無責任さだ。


「まあ、今までアドモア・ネイヴルの命令とはいえ、好き勝手やってたけわけですからね。新しい領主になって責任を追及されるのも、民衆の恨みも怖いでしょうし」と言うロディもさすがに呆れていた。


「けれど、ルゼス王はそうはいかないのではなくて? 侯爵を討ったわたくしを捕らえなくては面子が立ちませんわよ」


「それこそエレノア様の強みでしょうね」

 クロスが笑った。その目に以前にはなかった尊敬の色があった。

「さすが、と言わせていただきます」


 解放されたあと、クロスは閑散とした城内を歩き回り、情報を集めた。結果、王国政府と侯爵領政府の『届く文字』のやり取りを見つけ(クロスの仲間にこの魔法道具の技術者がいた)ことのあらましがだいたい分かった。


「ルゼス王国政府は、アドモア・ネイヴル侯爵の死を落馬事故によるものとして片付けたようなんですよ。つまり、エレノア様によるアドモア討伐は一切なかったことにした。なぜって? 正義の化身であるエレノア・ウィンデアが討ったとなれば、どれほどの悪党だったか、と当然、推測されますよね。アドモア・ネイヴルの所業とそれを放置した王国政府、いや、ルゼス王。それこそ面子が立たちませんよ。威信どころの話しじゃない。なにせ、王の直轄領の隣でのことです。知らなかった、気づかなかったでは通用しない。人の口には戸は立てられませんが、ともかく公式には事故ということにするのが確かに良策でしょうね」


「あなた方、ルゼス革命軍に協力して、ルゼス王国を打ち倒す。そんな脅威を感じることはなかったのでしょうか?」


 クロスが困った顔になった。隠してはいるが無念さのようなものにじみ出ている。

「未来のことを考えるなら、エレノア様、あなたに協力を求めるべきではなかったのかもしれません。英雄が義憤にかられて悪を討つ。そんな英雄譚のせいで、起こり始めていた火は、あっさりと消えてしまいました。エレノア・ウィンデアの名前の前には、我々の名などなにほどもありません。それこそ、誰も脅威になど感じませんよ。それになにより、貴方を討つほどの手駒となると、そう簡単には出せないでしょうね。それこそ、Sランク冒険者でも雇わなくては。それはそれでまた厄介の元になる。アドモア・ネイヴルは馬から落ちて死んだ。彼の死とともにその悪行は葬り去られる。エレノア・ウィンデアが討伐したという噂もあれど、それはただの噂。こうしておくのが、一番、現実的でしょうね」


「ということらしいですよ、お嬢。お尋ね者にならなくて、良かったじゃないですか」

 ロディは言った。


「なんだか釈然といたしませんわ」

 エレノアは眉根を寄せて言った。個人的にはルゼス王国から追われる身にならなくてありがたいのだが、それがルゼス王国の腐敗のせいによる気がして、面白くはない。


「けれど、ディアロの街は沸いていましたよ。やっと悪徳領主から解放されるとね。エレノア・ウィンデア万歳とそこらかしこで叫ばれていました」


 エレノアの顔が真っ赤になった。


「お嬢もすっかり英雄ですね」

 ロディがからかう。


「ええ、この国でエレノア・ウィンデアの名を知らない者は、もういないでしょうね。最近パッとしない『聖女』ニーア様よりも、ずっと民衆の心をつかんでいますよ」

 クロスが言った。


 その言葉に、エレノアも、ロディも、はっとなった。

 エレノアは、ロディが『人食い蜂』の毒にやられうなされていたときに、その名を聞いて、ずっと気になっていた。だが、どうもうまく聞くことができず、心の底でくすぶっていた。


 そして、ロディ……クロウは、別れた妹のこと。『ホライズン』の面々がついているから、大丈夫だろうとは思ってはいるが、まったく忘れていたわけもない。


 ふたりの反応に、クロスは面白そうな顔になった。

「エレノア様は『聖女』ニーア様をご存じですか?」


「直接は存じませんわ。ただ、ルゼス王国の『聖女』のことは、わたくしの耳にも届いております。極めて珍しくも強力な加護技スキルをお持ちだとか」


「ええ、魔物の魔力を吸い取り、大量の魔力を貯蓄できるとか。フレア神殿はその強力な力に首輪をはめるために、『聖女』に認定したという話しですよ。この国の第1王子、アルベルト殿下と冒険者パーティを組んで、活躍していたのですが……」


「どうしたんだ?」

 聞く、クロウの声が鋭くなる。


「ここのところ落ち目だという噂ですよ。彼らのパーティ『ホライズン』は、Aランクパーティだったんですけどね。次々とメンバーが入れ替わり、その度に弱体化しているそうで。今やBランクも危ういとか。今、ちょうど王都に戻っているそうですよ」


「『聖女』ニーア」

 エレノアがつぶやく。ちらりとロディの顔に視線を走らせる。


 クロウは口元に手を当てて何かを思案している様子だった。


「ロディさん、どうかなさったのですか?」

 そう問うたエレノアの声も耳に届いていないようだ。


 それでエレノアは確信した。クロウがうなされ、口にしていたニーアは、『聖女』ニーアのことで間違いがないと。

 あの時のがニーアを呼ぶ声が、必死さが、イバラとなって胸で暴れた。


「エレノア様は、このままクレイモスへ向かうのですか?」


「そのつもりだったのですが……」

 歯切れが悪いのは、もちろん王都にいるという『聖女』ニーアのせいだ。


「あまりこちらから向かうのはお勧めできませんよ。道も悪いですし、この馬車では通ることも難儀するでしょう。今からでも王都を経由した方が早いと思いますけどね」

 クロスが言った。

「一緒に戻りませんか? 私もおふたりとはもう少し話したいですしね」


 エレノアは難しい顔をしているロディに、もう一度視線を走らせた。当初の王都を経由した方が早いし、快適な旅になるだろう。エレノアは『聖女』ニーアとクロウを近づけさせるのが気に入らなかった。

 そんな自分に嫌悪感を抱く。


「……ロディさんは、どう思いまして?」


「王都に行くと、わずらわしいことも多いでしょうね。お嬢に会いたがる方も多いでしょう。今回のことで危険視する方もね。急ぐ旅ってわけじゃあありませんし、このままクレイモスへ向かってもいいんじゃないですか?」


 エレノアにはクロウが無理をしていることが分かった。取り繕った笑みを浮かべているが、なにか焦燥感のようなものが伝わってきた。


 きっと『聖女』ニーアのことを心配しているのですわ。


 エレノアは胸の痛みを無視した。今まで、クロウがどれだけ自分に尽くしてくれたかを考えれば、答えはすぐに出る。


「王都へ向かいましょう。ルゼス王国の中心。わたくしも一度は訪れてみたといと思っておりましたの」


「いいんですか? ルゼス王家からなにか言ってくるかもしれませんよ」


 無理をしなくてもいいのに、とエレノアはクロウに言ってやりたかった。

 本当は『聖女』ニーアに会いたくて仕方がないのでしょう?


「今後のことを考えれば、ここで逃げを打つのは得策とは思えませんわ」

 などと適当にそれらしい理由をつける。


「それはそうですが」

 クロウも気持ちが揺れていた。

 このままクレイモスへ向かえば、ニーアに会うことはもう無いかもしれない。できれば、彼女の現状を把握し、最後に手助けをしてやりたかった。


 ただ、王都に向かうことがエレノアにとって、どう転ぶかが分からない。エフィレイアの宰相もまだ諦めていないだろう。


 エレノアか、ニーアか。

 その決断を迫られている。そして、ふいにそのことに気が付いたクロウは、衝撃を受けた。エレノアとニーアが彼の中で同等になっている。


 彼の人生を捧げて、幸せを願った妹と、まだ出会って二ヵ月ほどしか経っていないエレノアが同等に。


 まいったな。本当に。


「ロディさん、あなたはわたくしの御者ですのよ。わたくしの行きたい場所へ連れていくのがあなたのお仕事でしょう? でしたら、四の五のおっしゃらず、従いなさい。わたくしは、王都へ行くことに決めました」

 エレノアは高圧的な態度で言った。


「お嬢がそう言うのなら従いますよ」

 クロウ……ロディは、ムッとして言った。

 葛藤していたおかげで、気持ちに余裕がない。

 誰のせいで悩んでいると思っているんだ、と言いたいところである。


「決まりですね。良かった。では、まずはディアロ街へ向かいましょうか。きっとエレノア様は大歓迎されますよ」

 クロスが言った。本当に嬉しそうだ。


「それは、気恥ずかしいですわね」

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