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悪徳領主

 アルカディア歴1824年6月8日

 ルゼス王国ネイヴル侯爵領ディアロ



 アドモア・ネイヴル侯爵は、その丸く太った巨体を大きな椅子に沈めた。贅をこらした特別製の椅子で、これ1脚で馬車1台は作れるほどの金がかかっている。アドモアのお気に入りだった。


 部屋の中のものは、どれも大金をかけてある。大理石の机。白絹のカーテン。絨毯。壁にかかった絵画など、屋敷が三つは建てられるほどの金額だ。


「それで、その、エレ、エレノア・ウィンデアは消えてしまったと。せっかく、歓待してやろうと思ったのになあ」

 アドモアがつまらなそうに言った。

「エフィレイアからの刺客にやられたか」


 アドモアに従って部屋に入り、机の脇に立つ男が、はい、と答えた。

「ただ、ひょっとしたら、反乱分子と合流した可能性があります」


 アドモアが気だるげに言った。

「ああ、反乱分子?」


「ルゼス革命軍と名乗る者たちです。領内の各地で、襲撃事件を起こしております」


「なんだ、人豚ひとぶた連中のことか。早いところ処分しろよ。鬱陶しい」

 アドモアは、平民のことを人豚ひとぶたと呼んでいる。彼や彼と交友のある一部のルゼス貴族の間で、そう呼ぶのがはやっているのだ。


「それが、巧妙でして。隠れては、奇襲し、と卑劣な作戦ばかりを繰り返し、討伐隊を送ろうにも、ままなりません」


「じゃあ、適当に関係がありそうな村を焼いてけ。そうすりゃあ、いやでも出てくるだろう。しかし、セクプトがあんなことになったせいで、人豚の卸先が無くなったな。まあ、全部焼いちまえばいいか」

 アドモアはセクプト街に捕らえた若い女を奴隷として送っていたのだ。


「ほかにどうしようもないよなあ。街に連れてきても、邪魔だろうし」


 アドモアの側近を務める男は、30歳になったばかりの自分の主人を眺めながら、内心ため息をついていた。


 アドモア・ネイヴルはひと際残忍というわけではない。妻にも幼い子供にも愛情を注いでいるし、優秀な者を取り立てもする。

 ただ、どうしようもなく感性が鈍い。

 自分の見える範囲にしか気が配れない。

 彼にとって、世界とは上級貴族との社交界であり、王都であり、自身の城のあるこのディアロ街のみ。そして、人とは貴族のことなのだ。


「村が減れば税収が減りますが」

 側近は一応、意見をした。ごく当たり前のことで、わざわざ確認をすることではない。


「減った分はほかで帳尻を合わせばいいだろう」

 つまらんことを聞くな、という顔である。


 実際のところ、ディアロが大きく発展したせいで税収は上がっている。村を追われて街で暮らす者も増えた。ただ、食料生産率は致命的なほどに落ちているが。


 側近はそれ以上、意見を言うことはなく、同僚たちと詳細を詰めるために退出した。

 あれ以上言っても無駄だということは分かっている。下手に反感を買えば、前任者同様、処分されるだけである。


 彼の主人は特別に冷酷ではないが鈍い。その愛情の範囲に部下は入っていないのだ。

アドモアにとって家臣とは道具にすぎないのだから。


 側近は歩きながら思う。

 結局のところ彼の主人が愛しているのは自分だけなのだろう。だからこそ、前妻であったヴェラは離縁された上に、賊に無残に殺されたのだし、彼が生まれるずっと以前から侯爵家を支えてきた忠臣たちも、事故や食中毒で命を落としたのである。


 側近の男は前任者のような轍を踏む気はなかった。讒言ざんげんをして、主人の反感を買うよりも、主人の意向を踏まえつつ、良いように落としどころを見つけていく。それが自分の仕事だと思っている。



 ディアロ城の一室に集まった領政府幹部たちは、全員苦い顔をしていた。つい先ほど、領主側近の秘書官ジョシュアが持ってきた主人の命令のせいだ。


「これ以上、村を滅ぼしては侯爵領は立ちいかぬぞ」


「見せしめという意味では有効でもある。革命軍に味方する者も減るだろうしな」


「だが、なにも村を焼く必要はないのではないか。例えば、革命軍に協力したと思われる者を捕らえ、処刑していけば良い」


「侯爵様は味をしてめているのだろうな。よほど騎士団を率いて村を焼くのが楽しいらしい」

 ジョシュアは言って、非難するような目を長身の男に向けた。20台半ばの姿の良い若者だ。


「狩りとそう変わらないと思っているのでしょう。騎士団の者たちもそういう者が多いですよ」


 ネイヴル侯爵騎士団の団長ハイル。

 ネイヴル侯爵がアドモアに代替わりしてから、4人目の団長である。歴代の団長は事故に遭ったり、処刑されたり、嫌気がさして出奔しゅっぽんしたりしている。


「言ってはならんことだが、前王の時代ならば、侯爵家は取りつぶされているな」

 50代の男。この場では最年長だった。

「エフィレイアを笑えたものではない」


「そのエフィレイアから来た公爵令嬢が問題でもある。有名人ゆえに、平民たちが騒ぐのではないか?」


「実際のところ早急に手を打つ必要はあるだろう。公爵令嬢が革命軍に協力したとしたら、クレイモスが動く可能性も出てくる」


「となると、やはり、小さな集落をいくつか焼きましょうか? 侯爵にはその指揮をとってもらいましょう。その間に、ディアロで革命軍と関係のある者を洗い出し、処刑する」

 騎士団長ハイルが言った。


「囮になっていただくわけか。しかし、これ以上村を焼くのは……」


「税が払えずに村を追われたり、村を焼かれたりした者が寄せ集まった集落がありますよ。そういうところならば、被害も最小で済む。侯爵に説明する際も、分かりやすいでしょう。侯爵への恨みから反乱分子に協力していた、と」


「なるほど。この街での革命軍の洗い出しはどうする?」


「密告を奨励したらどうか? 革命軍への協力者の情報を提供した者に、報酬を出す、と」


 領政府の幹部たちの話し合いは進んでいった。



アルカディア歴1824年6月10日

ルゼス王国ネイブル侯爵とある集落



 メルは走り続けた。手には大事にイモを三つ抱えている。いつものように街道で物乞いをしていたら旅商人が恵んでくれたのだ。


 少し傷んでいるが大切な食料だ。メルの家族が生きていくには必要なものだ。

 メルの住む村は貧乏で、ろくに食料がとれない。大人たちはなんとか、畑を耕したり、新しく開墾したりして広げているが、それでもいっぱいいっぱいだ。


 昔は良かった、と大人たちは言う。

「こんな痩せた土地じゃなくて、ちゃんとした畑があった。麦も野菜もたくさんとれた」


「うちは牛を買ってたし、馬だっていた」


 みんなそんな風に昔を懐かしんでいる。

 腹をすかせながら。


 メルの住む小さな村は、森のそばに隠れるようにあって、日当たりが良くない。それに川も遠く、1週間も雨が振らないと、すぐに干からびてしまう。

 街へ続く道から遠いので、人も来ないので物乞いをするのも大変だ。


「仕方ないんだよ。領主に見つかったら、また取り上げられちまう。なにもかもな」

 大人たちは小さな村に住む理由をそう話す。


「アーバス様の時代は良かったなあ」

 昔の領主の時代、あるいは昔の王の時代を懐かしむ。


 それでも、ちゃんと今を頑張らないと、とメルは思う。今を昔に変えるためには生きていかないといけないのだから。


 なんどか転びそうになりながらもメルは森のそばまでやってきた。グルリと森を回ったところにメルの村はある。


 暗い森の中には入らない。森は魔物が出るから危険だ。もう何人も食べらている。魔物が村に入ってきた時は大騒ぎだ。

 周囲に柵もなければ、武器なんかもない。


「昔は、冒険者や兵士たちが魔物を退治してくれたんだ」


「今はいないの?」


「近くにはいないなあ」


 メルは早く大人になりたかった。そうして冒険者か兵士になって魔物を退治したかった。森の中に魔物がいなければ、みんな怯えなくて済むし、森を通ってすぐに街へ続く道に出られる。


 森を迂回し、小さな自分の村が見えてきたところだった。

 音が聞こえた。聞きなれない音。馬の声やガチャガチャとした音たち。


 メルはドキドキとした。退屈で寂しい村になにかが来ている。ひょっとしたら兵士が魔物を退治に来てくれたのかもしれない。


 メルの村は5軒の粗末な家屋が寄せ集まっている小さな集落だった。住む者は大人が15人。子供が4人。税を払えずに村追われた者や、村を焼かれた者が集まって、なんとか生き延びるために作った集落。


 メルの目に馬に乗った兵士たちが見えた。綺麗な青い鎧にマント。とても強そうだ。


 やっぱり魔物を退治してくれるんだ。


 メルはそう思った。兵士たちを早く見たいと駆け出す。


 なにか嫌な臭いが鼻をついた。それに、地面に赤いものが転がっているのが見える。

 兵士がなにかを追って馬を走らせている。

 逃げているのは弟のジェドだ。鮮やかな紫色の髪のおかげで遠目にもわかる。


 あっ、とメルは声をあげた。足が止まる。

 兵士がジェドを追い越しざまに、槍を突き刺したのだ。


 なんで……。


 ようやく気が付いた。

 嫌な臭いは血の臭いだ。


 地面に転がっているのは死体だ。

 兵士がメルを見た。

 馬がまっすぐに駆けてくる。


 メルは後ろを向くと全力で走った。ようやく兵士たちが魔物を退治しに来たのではないと気が付いた。退治に来たのは魔物ではなく、自分たちだ。


 鬱蒼とした森の中へ。魔物が怖かったが、今はそれよりも兵士が怖かった。

 ジェドの死を悲しむ暇もなかった。

 大木のくぼみに体を隠し、息を殺して耐える。


 馬が地面を鳴らす音が近づいてくる。馬のいななき声。メルの心臓は激しく鳴った。


 やがて馬が遠ざかっていく。

 メルは、ほっとして息を吐いた。

 だが、すぐに木のくぼみから出る勇気はなかった。


 そのまま潜み続ける。じっと待っているとジェドのことが頭の中を占領した。次いで母や妹のこと。ひょっとしたら、ジェドだけではなく彼女たちも殺されたのかもしれない。


 早く様子を見に行きたいという思いと、兵士に殺されるかもしれないという恐怖。二つの感情に揺れる時間がどれくらい続いただろうか。なにか、焦げたような臭いがが風に乗ってきた。


 それを機にメルはくぼみから体を出した。木に上り、村の方を見る。

 赤いものが見えた。家が燃えているためだとすぐに気が付いた。


 どうして……。


 メルはわけがわからなかった。ただ両目からは涙が流れ続けた。

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