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苗床村

 ローグに導かれてやってきたのは、山を越えた先にある谷あいの村だった。村には丸太のしっかりとした柵が設けられており、クロスボウを手にした見張りが立っていた。


 なんとか馬車で来れたが、ローグの案内が無ければとてもたどり着けなかっただろう。それほど、ややこしい道だった。

 革命軍の拠点というだけのことはある。


 丸太づくりの簡単な家ばかり建っているところを見ると、まだ村の態をなして間もないのだろう。


「もともと、村を追われたり、街から逃げてきたような連中が隠れて住んでいた場所らしい」

 ローグが言った。


 すぐに馬車の周りに武装した男たちが集まってきた。皆、ローグと似たり寄ったりの粗末な武具を身に着けている。


「クロスはいるか?」

 ローグが男のひとりに尋ねた。


「ああ、ちょうど帰ってきたところさ。それで、乗ってるのかい、例の、公爵令嬢が?」


 ローグがうなずくと、男はしげしげと馬車を眺めた。

「すげえ馬車だな」


「さて、エレノア殿にはここで降りていただきたいがね」

 ローグが言った。

「すぐに俺たちのリーダーが来るはずだ」


 ロディは馬車のドアを開けた。

 エレノアは座って目を閉じていた。もちろん、眠っているわけではない。なにかを考えていたのだろう。


 目を開けると、ロディに顔を向ける。ふたりの目が合った。

 ロディは、その目に困惑の色、すがるようなものを見た。エレノアには珍しいことである。

 ロディは安心させるように小さくうなずいた。


 実際に、いざとなったら、自分がなんとかするつもりだった。例え、何百という人間の血を流すことになっても。


 エレノアが無言で馬車を降りる。

 周囲に集まっていた男たちが彼女の美しさに圧倒される。


「わたくしがエレノア・ウィンデアですわ。エフィレイア王国を追放された公爵令嬢です」

 堂々と名乗る。


「待っていてくれ。すぐ、クロス、革命軍のリーダーが来る」


「とりあえず、どこかに座らせてくれないか。お嬢を立たせたままってのもどうも、落ち着かなくてね」

 ロディは言った。なんとも落ち着かない場の雰囲気を察してのこと。


「いきなり家の中に案内されるのも、あんたらにとってはリスキーだろ。ここで話し合おうってのは、こっちの配慮だ」

 ローグが言った。


 むしろこちらに気を使ってのことらしい。だが、ロディはもとよりエレノアにしてみても、大した違いはないだろう。

 ふたりがその気になれば、素人に毛の生えた者たちなど軽く蹴散らしてしまう。


 男たちの人垣が割れた。旅用のマントを羽織った青年が歩いてくる。オレンジ色の髪を後ろで縛った眼鏡をかけた青年だ。

 柔和な顔立ちで、どこか品がいい。


「ご足労ありがとうございます。僕がルゼス革命軍のリーダー、クロスです」


「エレノア・ウィンデアですわ」


「噂通りお美しい。よければ、そのお手に口づけさせていただけませんか」


「お断りいたしますわ」

 エレノアはにべもなく断った。


 クロスの態度に苛立ちを覚えたクロウは、すっと胸がすいた。そして、そんな自分におかしみを覚えた。


 俺も人並みに嫉妬するんだな。


「つれないですね。これからともに戦っていこうという同志じゃないですか」


「早合点ですのね。わたくしはひと言も協力するなどとは申し上げておりませんことよ」


「あれ、エレノア・ウィンデアが噂通りの方なら、間違いなく協力してくれると思っていたんですが」

 おかしいな、とクロスが首をひねる。


「具体的なお話をうかがう前に協力を申し出るほど愚かではありませんの」


「具体的な話しとは言ってもねえ。ルゼス王国のこの状況をどうにかしたい。それ以外にはありませんよ」


「こちらの勢力は?」


「戦力となるのは200人くらいですかね。ここに半分以上。残りは別の拠点や、ディアロ街にいます。だけど、協力者はかなりの数いますよ」


「烏合の衆が200ではまるで戦いになりませんわね」


 エレノアの言葉に周囲の男たちが怒気を発する。


「残念ながら、その通り。だから、あなたの協力はぜひとも必要なんです」


「わたくしにそれだけの力があるとでも? ご存じでしょう? 一方的に婚約を破棄された上に、国外追放された落ちぶれた身ですのよ」


「それは違いますね。一方的に婚約破棄された上に、国外追放の憂き目にあいながらも、『紅騎士くらないきし』を倒し、セクプト街を解放し、アロアー街ではドラゴンを倒し、竜殺ドラゴンスレイヤーしとなった。さすがはエフィレイアの『正義の天秤』ウィンデアの娘。ひとりの英雄として大いに名を上げている」


「英雄?」

 エレノアが目を丸くした。意外過ぎてピンとこないらしい。

「わたくしが、英雄?」


「そうですよ。僕は数日前までディアロ街にいたんですが、平民は誰もかれもあなたの噂をしていますよ。美しくも勇ましい公爵令嬢の噂をね」


 エレノアの顔が紅潮した。今まで堂々として、クロスの目を睨むように見つめていたのに視線を落とした。

 チラリとロディに目を向ける。


「客観的に見て、お嬢ほどヒロイックな方も珍しいでしょうね。そのうち、お嬢を題材にした物語でも書かれるんじゃないですか?」


「あら、それならロディさんも登場なさいますわね。重要人物として」

 言った後に、エレノアは失言に気づいて、慌てた。

「あっ、いえ、脇役ですわね。ただの脇役」


 ロディはエレノアのそんな態度に特に気づくものはなかった。ただ、どうも、うまい具合に嚙み合わないな、と感じた。

 エレノアとの軽口の応酬を楽しんでいたロディにしてみれば、寂しいことであった。


「そう。ドラマチックなんですよ、とても。そんなあなたが革命軍のリーダーとなれば、平民は熱狂するでしょう。あなたは先ほど、革命軍を烏合の衆と言ったが、それは戦闘能力という一点で見た場合です。平民というのはね。貴族と違い、生きるために多くのつながりを必要としています。それらのつながりをたどっていけば、どこかどうかでつながっていく。軍ではなく群として見れば我々は決して弱くはない。我々は戦争をしようと思っているわけではありません。闘争をしようとしているのです。争い方は剣や弓や魔術だけではない。目と耳と口と、知恵はそれ以上に力を持っていますよ」


 クロスの口調は穏やかだったが、その言葉には熱がこもっていた。その熱がエレノアの心を揺さぶる。


「リーダーと言いましたか? クロスさん、あなたはお嬢を自分に代わるリーダーとして迎えるつもりなんですか?」


「僕はしがない商人の息子ですからねえ。口も頭もいい働きをするんですが、顔となるにはどうもパッとしない。エレノア殿、あなたなら革命軍の象徴にピッタリです」

 言ってクロスはずいっと一歩前に出た。エレノアの手を取る。

「どうか、その御力を貸していただけませんか? あなたが正しさを求めるならば、我々の道とあなたの道は同じはずですよ」


 エレノアはクロスに手を取られたまま固まっていた。手を振り払うにはクロスの眼鏡の奥の赤茶色の瞳は真摯しんしすぎた。

 そして彼の背負うものは重すぎた。


「すぐに答えられることではないですよ。革命軍のリーダーになるってことはルゼス王国と完全に敵対するってことだ。それこそ、命がいくつあっても足りやしない。とにかく、お嬢に時間をくれませんかね」

 ロディは言った。


 このままではエレノアがクロスの情熱に押し切られてしまいそうに思えた。


 エレノアが、はっとしたような顔になる。それから、逃れるようにクロスの手から自分の手を離した。


「これは失礼しました。ともかく、私はあと3日はここに逗留できますから、それまでに答えを出してくれると助かります。ローグさん、エレノア殿と御者殿を案内してくれませんか? 慌ただしくてすみません。よければ、昼食をご一緒しましょう」

 言うとクロスは足早に去っていった。



 この革命軍の拠点、彼らは苗床村と呼んでいた。革命の苗床になった村という意味だ。

 男ばかりかと思ったが少数だが女性もいた。夫婦で革命軍に身を投じた者たち。あるいは家族を領主の軍に殺された者たち。


 ローグの他にも何人か兵士上がりの者がおり、彼らが部隊の隊長格になって戦闘訓練を行っていた。

 ローグにひと通り村を案内された後、エレノアとクロウは、一軒の丸太小屋に案内された。


「交代でディアロ街へ行ったりしているから、どこかどうか、空いてるんだ。家も、決まった家を使うんじゃなく、その時空いてる家に入るって感じだ。それぞれ、荷物は最小限にしてる」


 リビングダイニング。2段ベッドが二セットある寝室。それだけの家だった。


「トイレとシャワーは共同だ。不便だが我慢してくれ。食事は昼と夕方に炊き出しをする。出歩くときは、俺に声をかけてくれ」

 言ってローグは家の外へ出ていった。


 エレノアが物珍し気に家の中を見回す。こんな小ぢんまりとしたログハウスに入るのは初めてなのだ。


「とにかく、座りましょうか」

 クロウは小さなテーブルセットの椅子を引いて、着席をうながした。


「お茶でも入れますね」

 

 旅の間もロディは携帯用のコンロ(火石仕様)で料理をしていた。そそくさと荷袋から、コンロとカップを二つ、それに水石を出して、テキパキとセット。湯を沸かす。


 未だ立ったままのエレノアに、再度、着席を呼びかける。

 エレノアがようやく座った。


「ロディさんは……どう、思いまして?」


「革命軍についてですかね。やっかいなものに関わってしまったというのが、俺の正直な感想ですね」

 茶をす準備をしながら言った。


 エレノアはコンロの上の小鍋を見ながら、小さなため息をついた。エレノアには珍しいことである。


「わたくしが英雄だなんて。考えてもみませんでしたわ」


「まあ、そんなに気にすることはないですよ。みんな他人に対しては好き勝手なことを言うんですから」


「けれど、ご期待には応えたい気がするのです。ルゼスの方々がウィンデア家にご期待くださっているのならば、わたくしは応えたいのです」


「革命軍に入れば、長い戦いが待っていますよ。危険で、気の休まらない日々です」


 エレノアが顔を上げた。クロウを見る。すぐに視線をそらした。

「ロディさんは反対ですのね」


「まあ、正直に言えばね。お嬢をクレイモスに連れていくってのが契約ですから」


「やはりお付き合いくださいませんのね」

 エレノアの声がはっきりと沈んだ。


「いや、まあ、しばらくは付き合いますよ。半年くらいはね。ただ、そこから先は、ちょっと遠くに行く用事がありましてね」


 エレノアは目を見開いた。顔に笑みが浮かぶ。てっきり自分が革命軍に身を投じた場合、ロディとは別れることになると思っていたのだ。

 それが、ひっかかりのひとつとなって、エレノアを優柔不断にさせていた。


「ありがとう、ロディさん。心強いですわ。とても」

 言って頬を赤らめる。


 ロディはそんなエレノアに見惚れた。いかんいかん、と気を引き締める。


「お嬢の気持ちは革命軍の方に傾いているわけですか」


「クレイモスに向かっていたのも、ほかに行くあてなかったからですわ。もちろん、祖母の血縁を頼り、名誉を取り戻し、いつかはエフィレイアに戻るつもりでしたけれど」


「クレイモスにこだわる気はない、と。まあ、確かに、ルゼス革命軍を使い、この国にお嬢の王国を作ってもいいかもしれませんね。ウィンデア王国なんてね」


「な、なにをおっしゃるのです。そんな風になるわけがないでしょう」


「戦うからには最終的な戦いの終わりがないといけませんよ。ネイヴル侯爵を倒して終わりか。ルゼス国王を倒して終わりか。もし、王を倒すのなら、その後が必要です。誰かが国の面倒を見ないといけませんよ」


「それは……。議会制度というものもございますのよ。代表者が話し合って、政治を行うんです」


「へえ、そんなやり方があるんですか。それはいいですね。ひとりが責任が負わなくて済む」


「ええ、とても平等で賢明な政治体制ですわ」


「ただ、やっぱり、お嬢が王になると思いますよ。お嬢の名声を利用するってのは、まあ、そういう形に収めることになるんですよ。だって、ウィンデア家の正しさに乗っかろうってことですからね」


「け、けれど。例えば、クロスさんだとか、そういう人材もいらっしゃいますわ」


「彼にそれだけの求心力があるなら、お嬢を迎えようとはしませんよ。お嬢は王になるのがいやなんですか? それこそ、お嬢の目指す正しい国を作れるんじゃないですか?」


「わたくしは……。わたくしはそこまで考えておりませんわ。ただ、正しく生きたい。正義でありたい。悪党がいれば、これを倒したい。それだけですわよ」


 そうか、とロディは自分の違和感に気が付いた。エレノアの中で、ウィンデア家の正しさと、自分の求める正しさが離れてきているのではないか。それが迷いの元となっているのではないか。


「どうも、いろいろと多くを抱えすぎているんじゃないですかね。お嬢もルゼス革命軍も。少し整理しましょう。ルゼス革命軍の存在意義の大半は、領主アドモア・ネイヴルへの対抗。ここにルゼス王国の打倒まで入れ込むから、ややこしいんですよ」


「確かに、そうですわね。お名前がいけないのかもしれませんわね。ルゼス革命軍などと。これでは、自然とルゼス王国に対抗する組織になってしまいますわ」


「まあ、クロスさんの最終目的は、それかもしれませんが、お嬢がそれに付き合う必要はない。お嬢は、ただウィンデア家を頼る人に対して手を貸したい。アドモア・ネイヴルが悪徳領主であるのならば、これを討ちたい。そういうことでしょう?」


「ええ、そういうことですわね」

 エレノアは頷いた。

「わたくし、少し混乱していたようですわ」


「無理もありませんよ。英雄だの、王になるだの言われればね」


「あら、王に、というのはロディさんがおっしゃったのではなくて?」


「おや、そうでしたね」


 もう、とエレノアが唇を尖らせる。

 それから視線を交わして、微笑む。

 ロディにも自然に笑みが浮かんだ。


「だったら、お嬢は今まで通り、通りすがりの正義の味方でいいんじゃないですか?」


 エレノアが、クスっと笑った。それがあまりにも邪気のない笑顔でロディは頭が真っ白になった。

 呆けた顔になる。


 エレノアはそんなロディを見て可愛いと思った。うっとりと彼を見る。


 鍋の湯が沸き、ロディがすぐに茶をす。


「そうですわね。わたくしは、通りすがりの正義の味方でいることにいたしますわ。手早く片付けて、予定通りクレイモスへ向かいましょうか」



 昼食時、エレノアとロディはローグに導かれて炊き出しをしている広場に行った。

 麻袋や木箱がいくつも並べられ、思い思いの場所に座って食事を取っている人々。小さな天幕の張ってあるテーブルにクロスが座っていて、エレノアを呼んだ。


 クロスは隊長たちと打ち合わせをしていたところのようで、テーブルには領内の地図が広げられていた。そこにチェスの駒が置いてある。


 クロスはエレノアに気が付くと、話をやめて、エレノアに笑いかけた。

「大したものではありませんが、昼食をご馳走しますよ」


「遠慮なくご馳走いただきますわ。これからしばらくは」


 エレノアの言葉にクロスの笑みが深まった。満面の笑みになりエレノアに近づいてくる。


「革命軍に入っていただけるのですね」


「いいえ。わたくしはルゼス革命軍に加わるつもりはございませんわ。ただ、協力はいたします。このネイヴル侯爵領の現状を変えるための協力をいたしますわ」


「期間限定の助っ人というわけですか。なるほど」

 クロスが顎に手を当てる。

「では私の代わりにリーダーを引き受けるという件は?」


「そこまで利用されるいわれはありませんわ。わたくしはただ、目に余る悪を正したいと思っているだけ。ルゼス王国に革命を起こそうなどとは思っておりませんし、その責任も負いかねますわ」


「存外、ケチですね。毒喰らわば皿まで、というじゃないですか」


「追放された公爵令嬢にそこまで求めるべきではありませんわよ。クロスさん、あなたの考えている終着点が、どの辺りなのか存じませんけれど、わたくし、最後まではお付き合いいたしかねますわ」


 クロスが笑みを消して真剣な顔でエレノアに対した。ふたりは無言で見つめ合った。


「私としては、あなたにこの国の王になってもらいたい。こういってはなんですが、エフィレイアを追放されたあなたには願ってもない話ではないですか? クレイモス王国で肩身の狭い思いをするよりは、ずっと良い。そう思いますがね。ウィンデア王家の誕生ですよ」


「やはりそのように考えていらっしゃったのですね」

 エレノアは隣に立つロディの横顔に視線を走らせた。もし、先にそのことを聞かされていなければ、動揺していたことだろう。

「なればこそ、わたくしにはそこまでの覚悟は決められません。今のわたくしは剣にはなれても、旗にはなれませんわ。いつかわたくしが自分の理想を、生き方を見出した時。なにかを創り上げようと思うかもしれませんが、それは今ではりませんし、人に押し付けられるものでもありませんわ」


「後悔するかもしれませんよ」


「決めるというのはそういうことですわ。言わせていただきますが、あなたもルゼス革命軍も大風呂敷を広げ過ぎになっていらっしゃるのではなくて?」


「アドモア・ネイヴルを打倒することだけで満足せよと、そうおっしゃるのですか?」


「一つ一つやっていくべきだということです。今の段階で、王国に敵対するのは無謀ですわ。アドモア・ネイヴルは為政者として一線を越えている。それを告発し、正すべきです」


 クロスが黙った。エレノアは言うべきことを言ったと感じ、彼に背を向けた。あとはクロスと、革命軍の幹部たちが考えることだ。


 ロディがいつの間にか傍らからいなくなり、昼食のスープを貰いに走っていた。エレノアはロディの背中に熱のこもった視線を向けた。


 あなたはとても聡明ですのね。わたくしよりもずっと。

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