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ホライズンの凋落・ジークフリートの悲劇④

 アルカディア歴1824年6月5日

 ルゼス王国 ???



 薄暗い部屋。窓がなく、石壁には装飾品ひとつかかっていない。中央にテーブルがあり、そこに3人が座っている。


「『虫使い』と『死体魔術師ネクロマンサー』がな。見事としか言葉がでないな」

 戦士風の男が言った。


「『死体魔術師ネクロマンサー』は本国の者も合わせても、私たちの中では最年長です。耄碌もうろくしたのでしょうね」

 魔術師風の女が言った。


「しかし、どうする。我らが主の命は絶対。このままエレノア・ウィンデアを生かしておいては、全員処分されかねんぞ」と戦士風の男。


 彼ら3人に加えて、先日エレノアが倒した『死体魔術師ネクロマンサー』と『虫使い』はエフィレイア王国、いや宰相ハリス・ローゼンの子飼いの暗殺者たちだ。ほかにも諜報活動や破壊工作を行う者たちもいるが、互いに詳細は知らされていない。


 彼らの主であるハリス・ローゼンからの指令はひとつ。エレノア・ウィンデアの暗殺である。

 ことに当たったのは3人の中でも強力な2人。『死体魔術師ネクロマンサー』と『虫使い』のコンビである。『死体魔術師ネクロマンサー』がエレノアの死体を欲し、率先して任に当たったのだ。


 村ひとつを潰滅させてまで張った罠。しかし、エレノアは見事にこれを突破して、『死体魔術師ネクロマンサー』と『虫使い』の両名を返り討ちにしてのけた。


 残された3人にとっては、はなはだまずい状況である。後処理は、諜報活動に当たっている別部隊がうまく行うが、失態の様子は本国のハリス・ローゼンの知るところとなるだろう。

 彼らの主は無能者に容赦がない。手をこまねいて隣国クレイモスに逃れられては、全員処分される可能性がある。


「『魔剣士』。そなたならばエレノア・ウィンデアを倒せるのではないですか?」

 魔術師風の女が言った。


「さて、どうかな。彼女は『紅騎士くれないきし』と戦い、これを破っておる。正真正銘の強者よ」

『魔剣士』が言った。もうひとりの男に目を向ける。

「むしろ、お主の方が向いているのではないか? 『入れ替わる者』よ」


「かもしれないが。だが場が悪い。やはり、クレイモスとの国境で待ち伏せることにしよう。それが確実だろう。」

 探査師スカウト風の男が言った。


 残りふたりがうなずいた。




◇◇◇




 アルカディア歴1824年6月6日

 ルゼス王国レッディーア伯爵領近郊



 レイアは、ため息をついて呪文の詠唱をやめた。

 前方では緑髪に黄色金属オリハルコン甲冑の剣士アルベルト・アルクがゴブリンの群れに飛び込んで、『光の剣』を振り回し、大立ち回りを演じている。

 あまりにも入り乱れているせいで、広範囲の攻撃魔術を使えない状態になってしまった。


「アルベルト様、頑張れ」

 隣でニーアが手を振って応援する。

 さらさらの長い黒髪が白いローブに映えている。

 すごい、すごい、と拍手。


 レイアにはアルベルトを馬鹿にしているようにしか見えなかった。

 もうひとりの戦士で元『レッド・クラウド』 のジェノンは、ゴブリンの群れの外から出て、呆れた顔でアルベルトを見ている。

 同じく元『レッド・クラウド』の汎用魔術師メイジレベッカも同様だ。


 実際のところ、レイアから見てもアルベルトが最下級のゴブリン相手に大暴れしてさを晴らしているようにしか見えない。

 雑魚を相手になにを遊んでいるのか。


 よほど心に鬱屈したものがあるのだろう。確かに、ここのところアルベルトは低迷中だ。


 そもそもアルベルトは加護技スキルの『光の剣』と、高価な黄色金属オリハルコン甲冑をのぞけば凡庸な戦士だ。良いところCランク上といったところだろう。

 それがAランクでも通用していたのは、高価な武器と強力な加護技スキルもさることながら、クロウが密かにフォローしていたからだ。


 敵を足止めし、攻撃を封じ、包囲させないように常に気を配ってくれていた。

 クロウだけではない。バッツの存在も大きかった。身を固め、敵の攻撃を一手に引き付けるバッツがいればこそ、アルベルトの攻撃が当たっていたのだ。


 動きが鈍いが硬くスタミナのあったバッツが盾。攻撃力の高いアルベルトが剣の役割。

 バッツという盾をなくしたアルベルトは、敵に翻弄され、格下相手にも手こずるようになっていた。


 現在の『ホライズン』のもうひとりの戦士ジェノンは、俊敏で速攻型の戦士である。彼としてはアルベルトに盾役を期待していたのだろうが、アルベルトはそれが分からない。いや、分かっているのかも知れないが、それを引き受ける気にはなれないのかもしれない。


 結果、『ホライズン』はまたBランクに落ちようとしていた。探査師スカウトのケインが死亡したことも、その原因となっている。

 元『レッド・クラウド』のふたりをまとめていたのはケインだったのだ。彼が存命ならばジェノンの不満も早々に解消したかもしれない。


 ケインの死についても元『レッド・クラウド』組は不満に思っている。

 ビックフット相手にケインを死なせてしまったアルベルトに、不信感を持ち、不満をつのらせているのだ。最近ではジュノンもレベッカもアルベルトをまともに相手にしていない。

 それが、またアルベルトには不満なのだ。


「アルベルト様って、格下相手には輝きますよね。素敵」


 ニーアの言葉にレイアはギョッとして彼女を見た。

 ニーアは聖女の象徴たる無邪気な笑顔を浮かべている。その瞳の暗さにレイアは今更ながら気が付いた。

 まるで深い穴の底を覗いたような気分だった。


 一体、なにを考えているのか、まるで分からない。


 ニーアがレイアを見た。まるで彼女の心を読んだように言う。

「大好きなものが汚れていくのってとても心が震えますよね」


 レイアが『ホライズン』を抜けたのは、その3日後のことだった。




◇◇◇



 アルカディア歴1824年6月7日

 エフィレイア王国王都ウィンストン



 エフィレイア王国王宮。

 エレノアの元婚約者ジークフリート・レイアーは、暗い面持ちで中庭に面する回廊を歩いていた。

 大臣たちが集う会議に出席したところである。


 次期王たる王太子ジークフリートは、それなりに多忙である。政治も軍事も宰相ハリス・ローゼンが取り仕切っているので、ジークフリートが実質的になにかを行うということはない。ただ、王太子という公的な立場が、その場にいることが重要なだけである。


 会議では、平民の不満が高まっており、地方では反乱が相次いでいるという報告や、地方領主たちがそれを理由に兵の増強を図っているという報告があった。

 それらはエレノア・ウィンデアが国外追放されてから、急速に起こり始めているという。


「やはりウィンデア家というのは我が国においては特別な存在でしたので」と内務大臣。


「平民には絶大な人気があり、貴族たちには恐れられていましたからね」とこれは王国軍元帥。


 ふたりとも、宰相ハリス・ローゼンの下で王国の政治と軍事を支えているが、今は亡きエレノアの祖父バイゼルとも交友があった。ハリス・ローゼンの派閥に属していたが、その中でも良識的なふたりである。


「そのエレノア嬢は、『紅騎士くれないきし』と戦い、これを倒し、ドラゴン退治にも尽力。ルゼス王国で名声を高めていますね」


「やはり、彼女を国外追放したのは早計だったやもしれません」


 などと、ほかの出席者たちも口々と言いたいことを言っていた。宰相ハリスが欠席していたために言いたい放題である。

 エレノアを追い出す原因となったジークフリートにとっては、針のむしろに座るかのごとくであった。


 切れ者とはとても言い難いジークフリートだが、さすがに自分の立場がひどく悪くなっていることを思い知らされた。彼はここにきてようやく危機感を抱き始めたのだ。


 宰相殿がうまくやってくれるのではなかったのか。


 ジークフリートとしてはそう言いたい気分である。エレノアに代わり婚約者となったアライアとの幸せな未来ばかりに想いを馳せていた彼としては、まさかこのようなことになるとは夢にも思っていなかったのだ。


 そのアライアはというと、王都のウィンデア公爵家の屋敷に引っ越し、好き勝手をしている。公爵家歴代の当主の肖像画を売り払ったり、公爵家の紋章を削らせたり。

 ジークフリートはそれらの報告を聞くたび(すべて事後報告だった)に胃が痛くなった。


「でも、ウィンデア公爵家はもう取りつぶしでしょう? 遅いか早いかの違いでしかありませんわ」

 などとアライアは悪びれもせずに言った。


 そして現在、彼女は近々開く、大規模なパーティのために湯水のように金を使っている。これも、ジークフリートには頭の痛いところである。


 ふと足音に気が付いた。顔を上げるとギクリとした。

 向こうから弟のフランツが歩いてくる。

 いつごろからかジークフリートは濃紺の髪の弟に苦手意識を覚えるようになっていた。

 なんとなく責められているように思えるのだ。


 向こうもひとりである。エフィレイア王宮内は護衛や近侍をともなうことができない。公的な役職のない者は入れないのだ。


 弟の手前、うつむいて歩くわけにもいかない。堂々と前を向いて歩く。


 フランツとは2歳離れている。ジークフートの母は王妃。フランツの母は愛妾。本来ならばフランツがジークフリートの対抗馬になることはない。だが、ジークフリートの株はここのところ急速に下がっている。

 ひょっとしたら、という思いが、ジークフリートにもようやく芽生えていた。


 やがてふたりの距離は近づき、フランツが足を止めた。礼儀正しく挨拶をする。ジークフリートもそれに応えた。互いの近況などを話す。

 兄弟とはいえ、王子ともなれば顔を合わせる機会はそう多くはない。前回会ったのは2ヵ月ほど前である。


 早く行ってくれないものだろうか、と内心思いながらジークフリートはフランツの近況を聞いていた。

 エフィレイアでは目上の者が話題を終わらせるのはマナーに反するとされている。部下の讒言ざんげんなどを振り払うことがないようにとの配慮である。


 フランツの話題が終わり、さてようやく解放される、とホッとしたのもつかの間、弟の眼差しが急に険しくなり、口からは鋭い質問が飛んできた。


「兄上は、エレノア嬢のなにが不満だったのですか?」

 

 そういえばエレノアとの婚約破棄後に、フランツと会うのはこれが初めてだ。


「例の婚約破棄騒動の詳細は私も聞いています。兄上が、男爵令嬢をはべらせてエレノア嬢を責め立てたことも。彼女の『真実の問い』を受けて、嘘を見抜く者などごめんだ、というような趣旨のことをおっしゃったこともです」


 こいつはいつも歯に衣着せずに物を言う。だから苦手なんだ。

 ジークフリートはげんなりした。


「ですが、それを含めてもエレノア嬢は十分魅力的な方だった。いや、彼女ほど素敵な女性は私には思い当たらない」


 こういうところもなあ、とジークフリートはさらにげんなりした。なんというか、フランツ・レイアーは熱いのだ。情熱的なのだ。


「一体、何が不満だったのか、本当に分かりませんよ。強く、気高く、美しい。もちろん、家柄はこれ以上ないほど王妃に相応しい。私が兄上の立場だったら、絶対に浮気などしなかったでしょう。ましてや婚約を破棄するなど」


 鈍感なジークフリートもようやくフランツの気持ちに気が付いた。どうも弟はエレノアに好意を持っていたらしい。


「なあ、フランツ。そういうことは、もう少し早く言えば良かったのではないか? なぜと聞くからはっきりと答えてやるが、私は、エレノア・ウィンデアが昔から苦手だった。婚約する前から、目障りだったし、婚約してからは憂鬱でたまらなかった。あの異様に鋭い眼差しも、愛想笑いのひとつもしないところも、嫌でたまらなかったよ。容姿も派手で、なんとなく圧倒されるし、私よりも剣も魔術もできるし、おまけに嘘をつくこともできない。彼女と王宮外で会うときは、どれだけ緊張したことか。婚約破棄したときの解放感といったらなかったよ」

 常のジークフリートならば、もう少し言葉を濁したり、飾ったりするのだが、今は余裕がなかった。


「兄上が、そんな風に思っていたなんて」

 フランツはショックを受けた様子。口元に手を当てている。

「それを知っていたら、私は……」


「ああ、私もお前の気持ちが分かっていたら婚約者の座を譲ったよ。喜んでな」


「兄上。その意味を本当に理解しているのですか。私がエレノア・ウィンデアと婚約していたら、恐らく……」

 フランツはそこで言葉を切った。


 まず間違いなくフランツ・レイアーを次期王に推す声が高まるだろう。王国は二つに割れる。それが分かっていたからこそ、フランツは胸の内の衝動を押し殺し、動かなかったのだ。


 そして、それが分からないからこそ、ジークフリートはエレノアを捨てたのだ。


「なんにしても、それほどエレノア・ウィンデアが恋しいのなら、追いかけていけば良いではないか」

 その方が私も助かる、などと思うジークフリート。


「そんな無責任な真似ができるか」とついにフランツが爆発した。

 今にも殴りかからんばかりの形相でジークフリートを睨む。

「兄上は、もう少し、広く物事を見るべきだ。なぜ、そんなに気楽でいられるのか」


「先ほどから言葉が過ぎるぞ。フランツ」


「宰相に利用されていると、なぜ分からないのですか。ご自身の軽挙のせいで、王国内が乱れていると、なぜ分からないのです」


「なんでもかんでも私のせいにするな。平民が反乱を起こすのも、貴族が好き勝手するのもすべて、私のせいか?」


「少なくともそれらを最小限に抑えるために、配慮した行動をとるのが、次期王たる兄上の務めではないですか。エレノア嬢を追放しただけでは飽き足らず、ウィンデア邸を乗っ取るなど。正気ですか、と言いたいですよ」


「アライアが勝手にやっていることだ」

 言ったあとに、さすがにこれはあまりにも料簡が狭いとジークフリートは思った。

「つまり、その、彼女もやがては王妃となる身。ワガママを言えるのも今のうちではないか。少しばかり、大目に見ても良いじゃないか」


 再びフランツの顔が怒りで真っ赤に染まったが、今度は爆発しなかった。唇を噛んで、あんな女に王妃になられたたまるか、という言葉を飲み込む。

 代わりにフランツの心ははっきりと決まった。兄上がそのつもりならば……。


「とにかく、だ、フランツ。エレノア嬢はもうこの国にいない。お前の初恋も過去のものだ。いろいろと水に流して、私に協力してほしい」

 などとどこまでも勝手なことを言うジークフリートであった。



 自室に戻ったフランツは執務机につくと、両の指を結んで肘をついた。兄と会ったせいで迷っていた心は決まった。

 この上は行動を起こすだけ。後見のウォルト侯爵の意見に乗り、ジークフリート廃嫡に乗り出す。


 兄に比べ明敏なフランツだったが、彼もすべての絵を宰相ハリス・ローゼンが描いているとは気づかなかった。


 エレノア殿。

 目を閉じるといくつもの螺旋を描いた黄金の髪と、よく晴れた空のような青い瞳が頭に浮かぶ。周囲を威圧してやまない目尻のつんと上がった鋭い目つき。形の良い鼻に、赤い唇。

 

 生真面目な顔をしている時の彼女は、近寄りがたい雰囲気をかもしだしていたが、ふいに、その顔に笑みが浮かぶと、まるで周囲の光量と温度が一気に上がったかのような錯覚を覚える。


 あの時もそうだった。

 王国剣術大会年少の部。そこで、フランツはエレノアと対戦した。初参加だったフランツは快進撃を続けた。剣も魔術も血のにじむような鍛錬をしてきた。王子として恥ずかしくないように。

 母の立場が自分の未熟さのために悪くならないように。

 

 努力は見事に実を結び、フランツは対戦相手を次々と下していった。自分よりも年が上の者も、体の大きな者も。

 あまりにもうまくいきすぎて、フランツは自分が無敵のような気になっていた。兄のジークフリートは初戦で敗退している。

 私は強い。そんな風に思った。


 準決勝。エレノアとの対戦。

 調子に乗っていたフランツの鼻っ柱は見事に折られた。


 兄の婚約者はフランツの剣を完全に見切り、魔術を無効化し、彼に敗北の文字を刻み込んだ。


「強いですね、エレノア殿は」

 眼前に剣先を突き付けられたフランツは、そう言った。

「本当にお強い」


 その時、氷のような無表情に、微笑が浮かんだ。

「ただ、少し器用なだけですわ。剣や魔術はただの技術にすぎませんもの。わたくしが求める強さは、もう少し違ったものですわ」


 エレノアの微笑に見惚れていたフランツは、かすれた声で問うた。

「その強さとはなんです?」


 するとエレノアの白皙はくせきの顔に朱が差した。

「わかりませんわ。ただ、それがあればきっと、正しさを貫けると思いますの」


 この時からフランツはエレノア・ウィンデアに心を奪われた。兄の婚約者だと、いくら自分に言い聞かせても、どうしても気持ちを失くすことはできなかった。


 フランツは目を開くと、宙を睨みつけた。

「エレノア・ウィンデア。私が、必ずあなたをこの国に連れ戻してみせる」

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