薬
ミリアにロディが高熱を出して寝込んでいることを話すと、彼女は毒虫に刺された可能性があると言った。
「『人食い蜂』という危険な蜂がいるんです。刺されると、丸一日苦しんだあげく死んでしまう」
「治療法はありませんの?」
エレノアは青ざめて言った。
「解毒剤はあります。それを飲めば治るのですが、保存ができないもので。森の先にあるホム村に薬師がいます。彼女なら作れます。以前も、村人が刺されたことがあり、彼女の薬で完治しましたから」
それを聞いてエレノアは安堵した。治療薬がある。そして、それを作ることができる者も近くにいる。
「森を抜けた先ですわね。申し訳ありませんがロディさんのことをお願いできまして?」
あれほど苦しんでいるを動かすわけにはいかない。
「私も同行します。ロディさんには『毒バサミ』に刺されたところを助けていただきましたし」
言ったあと、ミリアは上気した顔で頬を押さえた。同性のエレノアですら見惚れるほど色っぽい。
「それに、昨夜も……」
昨夜もなんですの?
エレノアはその先が非常に気になったがミリアは言葉を濁したまま話さない。
「昨夜、なにかありまして?」
「あっ、いえ、なんでもないですよ。本当に……」
ミリアが妙に取り乱す。
だが、エレノアの加護技『虚言看破』が嘘を警告する。
「……嘘ですわね」と小声でつぶやくが、問いただすことはできなかった。
ただ、なにかとても裏切られたような気持ちがして胸が痛かった。
エレノアは、その気持ちを自分に隠れてコソコソとしたロディに対する怒りにすり替えた。
「すぐに支度しますね」
「いえ、それにはおよびませんわ。やはりミリアさんにはロディさんのことをお願いいたします。このような雨の中、アンリさんと倒れたロディさんをおいてくわけにはまいりませんもの」
ミリアにロディの看病をしてもらうのは気が進まない。しかし選択の余地はない。
「でも、万一迷ったら……。それに、この森は毒虫が多く出るんです。そのせいか、魔物はまったく出ないんですけど」
「なんとかいたします。わたくし、これでも腕には自身があります。魔術もそれなりに使えますのよ」
◇
雨はさらに激しさを増していた。
地面に小さな川や池がいくつもできている。
宿の前を横切る道の先は黒々とした森へと続いている。
エレノアは魔法道具の防水マントのフードを下げると走った。
それは正確には走るというよりは跳ぶというのが適切だろう。大きく跳んで、また大きく跳ぶ。彼女の足元には常に緑色の光が輝いている。それが彼女の着地を助け、次の跳躍を助ける。
時間は1日しかない。最速で行って戻ってこなくてはならない。馬に乗っていくか、走っていくか、迷った末にエレノアは徒歩を選んだ。
雨の森。乗馬に慣れていない馬車馬では、うまく走れないかもしれない。
すぐに木々の下に入った。枝葉が雨を受け止めてくれるおかげで、ずいぶん雨足が弱まった。
だが、足元の不確かさは先ほどまでの非ではない。
エレノアが地面から30センチほどの高さに魔術の足場を作り、そこを踏んでいなければ、たちどころにぬかるみや雨でできた小川に足を取られていたことだろう。
途中、道に迷いそうになった。
流れ込んだ泥で道が完全に覆われてしまったためだ。危うく道ならぬ方向へと進みかけ、途中で気が付いた。
雨があまりにも酷いためか、ミリアが忠告したような虫に襲われることもなかった。
ただ、地面を走っていたらその限りではなかっただろう。
それほど足元には様々なものが流れていた。
やがて視界が開けた。
森から出ると下り坂になっていた。エレノアは走り続けた。さすがに、ずっと魔術で足場を作り、跳躍し続けるだけの体力はなく、3回に1回は地面に足をつくようになっていた。
フードはとっくに上がり、マントもはだけかけている。せっかくの防水マントでも防ぎきれず、エレノアは濡れそぼっていた。
衣類には『自動洗浄』の魔法がかかっているので濡れてもすぐに乾く。だが乾く間もなく濡れてしまう。
エレノアの頭を彩る黄金の螺旋も、髪型維持の髪飾りが髪型を保とうとしているが、大量の水を含んでいるため、顔に張り付き、無残なことになっている。
もちろん、エレノアにそんなことを気にする余裕はなかった。
坂道を下った先に、いくつもの家屋が集まっているのが見える。あれがホム村だろう。
問題は解毒薬の調合にどれだけ時間がかかるかだ。すぐにできるものなのだろうか。
材料は足りるだろうか。
次々と不安が押し寄せてくる。
大雨ということもあり、村に人気は無かった。なにか暗く沈んだ雰囲気を感じさせた。
薬師の家の特徴は、ミリアから聞いている。赤い屋根で煙突が2本突き出している。広い庭先には様々な薬草が植えられている。
モクモクと黒い煙を出している家が1軒だけ。よく見れば、煙突2本に、赤い屋根。薬師の家だ。
エレノアは一直線に薬師の家に向かった。
灯りひとつ見えない村の中を、エレノアの発する白い光が、雷光のように瞬き続ける。
薬師の家の玄関扉の前に立つとエレノアは強くそれを叩いた。
ダンダンダン。何度も叩いていると、奥から物音が聞こえ、やがて扉が開いた。
「なにか?」
真っ白い髪の老女。カサカサの青白い肌に光のない目。まるで生気を感じない。
エレノアは女性の様子に気圧されながらも要件を伝えた。連れが『人食い蜂』に刺されたかもしれないこと。解毒薬を作って欲しいこと。
さらに間違いがあってはいけないと、の症状をつまびらかに話す。
「中にお入り。すぐに薬を調合するからね」
老婆は言うとエレノアに背を向けて歩いていった。
その後を追うエレノア。腐臭のようなものが鼻をつき、顔をしかめた。すぐにこんなところを見られては老婆にへそを曲げられるかもしれない、と自身を叱咤する。
廊下の脇のドアを開けると広い部屋に出た。半分が土間になっており、半分がタイル張りの床。タイル張りの方にテーブルと椅子が2脚あった。
「少し時間がかかるから、お茶でも飲んで待っていなさい。そんなに濡れていたら、あんたまで倒れちまうからね」
言って老婆がタオルをエレノアに渡す。
さらにポットとティーカップも運んできて茶を注いだ。
「それよりも、早急に解毒薬のご調合を……」
言いかけたエレノアは、カップに注がれた紅茶を見て黙った。
「どうかしたのかい?」
「不気味な色をしたお茶ですわね。それは、あなたもですけれど」
「それはすまないね。あんたのような高貴な方には見慣れないものだろうよ」
次の瞬間、老婆がエレノアにつかみかかってきた。
その時すでにエレノアは後ろに跳んでいた。空中で腰の剣を抜き、斬る。
老婆が二つに割れた。斜めに割れた老婆の体から血は流れず、かわりにさらに強い腐臭が辺りに漂った。
エレノアは湯気をたてている紅茶に目を落とす。彼女の目には、それはいまだに強い光を放っていた。エレノアの加護技『暴く目』の効果である。隠されたものや偽物などを暴くことができる。
探し物を意識したときや、疑いを持ったときなどに自動的に発動する。
エレノアが疑いを持ったのは紅茶の匂いだった。公爵令嬢という身だけあり茶には造詣が深い。出された紅茶の独特な匂いからすぐにそれが、極めて貴重な茶葉を使っているものだと気が付いた。この家の主には、あまりにも相応しくない品。
その真偽を見抜こうと『暴く目』を使ったところ、尋常ではない光り方をした。茶葉の種類がどうのこうのというような場合なら、ぼんやりと光る程度。だが、飲料ですらないような強い発光の仕方だった。
すなわち飲み物ではなく、毒。
玄関口の方でバタバタと音が聞こえてきた。反対側からもだ。何者かが侵入してきている。
エレノアの頭は高速で回転した。一体、なにが起こっているのか考える。
なぜ老婆は自分に毒を盛ったのか。
宰相の送った暗殺者か。そうなると、この場所を教えてくれたミリアも敵だと考えられる。ロディは毒を盛られた?
しかし、ミリアに『虚言看破』が反応したのは一回だけ。
いや宰相の手の者ならば自分の加護技のことは百も承知だろう。騙すならば、それ相応の仕掛けを施した可能性がある。
足元の老婆の死体。血が流れていないのはもともと生きていなかったからだろう。漂っていた腐臭。それに血の気のない顔。死体が動いていた。
死体魔術師。
死体を不死の兵士に仕立てて戦わせるという戦争のために生み出された魔術。戦乱に明け暮れる海の向こうのノーシアン大陸では、いまだに多くの死体魔術師がいると聞いたことがある。
そこまで考えたところで部屋に次々と乱入者があった。腐敗した乱入者たち。薬師の老婆に比べれば、その腐敗度合いははるかに進行しており、目玉は眼下から飛びだし、髪は抜け、肉が削れて骨がむき出しになっている。
エレノアは後ずさりながら、呪文を早口で唱えた。宙に白色の魔法陣が浮かび上がる。
「ホーリーライト」
エレノアが叫びながら手の平を魔法陣に向かって突き付けると、オレンジ色の閃光。魔法陣がオレンジ色に変わり、光が稼働死体に伸びた。
くたり、くたり、と稼働死体がその場に倒れていく。
動かなくなった死体を乗り越え、廊下へ。
すると玄関口と反対側の裏口からさらなる稼働死体が入ってくるのが見えた。
エレノアはとっさの判断で脇にある階段を上った。家の周りを取り囲まれている可能性を考えたのだ。
村人全員が稼働死体に変えられた可能性がある。もしそうなら倒し続けていてはきりがない。
階段を駆け上がり、2階へ。奥の部屋へ飛び込むと、寝室だった。その窓を開けて、下を見下ろす。
思った通り、玄関側の庭には稼働死体がつめかけていた。
エレノアは窓から身を乗り出すと、未だだ大量の雨を降りそそいでいる空へ向かって跳んだ。
そのまま宙を走って稼働死体の群れの頭上を越える。
やはり村人全員が稼働死体に変えられたらしい。薬師の家以外にも、稼働死体があふれており、ゆっくりとした動きでエレノアを追いかけてくる。
ふと小さな子供の稼働死体が目に入った。まだ5、6歳だろう。ほかの稼働死体と同じく、足を引きずるように歩いている。
森に向かっていたエレノアは宙でクルリと反転。ゾンビたちを振り返った。
このままにしておけない。
死者を生き返らせることはできないにしても、この死をもたらし、さらには死体を汚し続けている者には責任を取らせる必要がある。
エレノアは高く跳んだ。さらに高く宙を昇る。村にまばらに建つ家屋が見る見る小さくなっていく。
村全体が視界に収まる高さ。そのタイミングで加護技『暴く目』を発動する。
稼働死体を操る者、死体魔術師をイメージする。
エレノアの目がぼんやりと白く光る。
上昇から落下へと変わり、雨とともに落ちていくエレノア。その目に村の奥の大きな建物が光るのが見えた。
死体魔術師はあそこにいる。
そのまま宙を何度か蹴って、その建物へ向かっていく。それは跳ぶというよりも、飛ぶといった様子で、体はほとんど横向きになり、矢のように空を移動した。
丈高い建物。3階建て。入り口は外階段から2階につながっている。エレノアは礼儀正しく玄関から入りはしなかった。死体魔術師のいる部屋の窓を魔術で突き破り、飛び込む。
「荒々しい公爵令嬢だのう」
死体魔術師が言った。
黒いローブを纏い長い杖で体を支えている。袖からのぞくのは枯れ枝のような手。ローブのフードの下で、両目が赤く光っている。
「ごきげんよう、死体魔術師殿」
エレノアは優雅に挨拶をした。だが、その眼光は鋭く、闇を裂くような殺気を放っている。
「てっきり逃げるかと思ったが、逆に責めてくるとは剛毅なものよ。さすがは、ウィンデア家というところか」
「殺す前に素性をお教えいただきませんこと?」
「なに、ただの暗殺者だよ。エフィレイア子飼いのな」
言いながらも、死体魔術師が、片手で首から下げたアミュレットをちぎった。それを投げる。
宙でアミュレットが変化した。赤黒い肉の塊。そこにいくつもの人頭がくっついている。人頭には眼球がなく、ポッカリと空いたいくつもの穴がエレノアを一斉に見る。
エレノアはとっさに横に跳んだ。
一瞬前まで立っていた場所に、亀の頭のように伸びた人頭が殺到した。
着地したエレノアは、今度は死体魔術師に向かって跳ぶ。
宙で剣を振り下ろす。
間合いは遠い。だが、エレノアの斬撃は『飛刃』。緑の光が宙を走り、数メートル先の死体魔術師の首を切り落とした。
「強いのう」
地面に落ちた髑髏と見まがうような痩せた生首が言った。
「だが、儂は死なん。死体魔術師だからな」
死体魔術師の細い手が、落ちている自身の生首を拾い、首の上に乗せる。
その間にも肉塊から伸びたいくつもの人頭が大きく口を開いて、エレノアに噛みついてくる。
エレノアはそれらを次々と切り落とすが、床に落ちた人頭は、コロコロと転がって、再び肉塊へと取り込まれ、復活する。
かといって、本体の肉塊を攻撃しても、黄色い粘液が飛び散るばかりで、ほとんど傷つかない。
斬撃では埒があかないと思い、攻撃しながらも呪文を唱える。
「ホーリーライト」
宙に現れた魔法陣を手の平で突く。
オレンジ色の光が肉塊に伸びた。だが、それは肉に届く前に拡散してしまった。
「効かぬなあ。その程度の術では、そいつを覆う恐怖と憎しみを突き破ることはできんよ」
エレノアの目が光る。『暴く目』で死体魔術師を睨む。弱点を探るつもりだった。死体魔術師といえど、魂の器はあるはず。それさえ破壊すれば、殺すことができるはずだ。たとえ攻撃が効かなくても、魂の器すら看破すれば滅ぼす手段を問うことができるかもしれない。
加護技『真実の問い』によって。
「儂の魂を探しているのかね? 教えてやろう。こいつさ」
言って杖を掲げる
「なぜ、親切に教えてやるかわかるか? 絶対に破壊されない自信があるからだ」
その時、背後の壁を突き破り、手が何本も伸びてきた。紫色に変色した死体の手。
エレノアの腕を、足をつかむ。
「ほれ、儂ばかり見ておるから、そうなる。お前さんは、ただの稼働死体にはせんぞ。美しいからなあ。生者と区別のつかぬ、死体にして、たっぷり弄んでやろう。夜な夜な、街に現れては、男を誘惑し喰らう公爵令嬢。良い作品になりそうだ」
肉塊がずりずりと近づいてくる。首から伸びた目のない人頭が首を伸ばしてエレノアを見る。これからいただく得物を品定めしているようだ。
壁を突き破って現れた手により、四肢を押さえられ壁に貼り付けにされたエレノアは、目を閉じていた。
恐怖、もしくは絶望。死体魔術師はそうとった。ゆっくりと美しい公爵令嬢に近づく。
「どうやって特別な稼働死体にするか教えてやろうか。魂をな。閉じ込めておくのよ。そうすれば、肉体は腐らん。それどころか、肉体から得られる感覚は生前と変わることはない。痛みも、快楽もな」
死体魔術師はエレノアの前まで来ると手を伸ばした。骨に直接皮が張り付いたような指がエレノアの顎にかかり、顔を上げさせる。
「美しい。美しいのぅ。レーシェル様の若い頃のようだ。特にこの黄金の髪」
死体魔術師の指が顎から、螺旋を描く金髪に移る。
レーシェルはエレノアの祖母の名である。クレイモス王国の王女で、その美しさは近隣諸国に知れ渡っていた。
「わたくしの髪は、お祖母様から頂戴したもののようですわ。髪型を作っているこの髪飾りも。元の髪は癖ひとつない素直なものですのよ。あなたはお祖母様をご覧になったことがおありのようですけれど、本当の御髪をご覧になってはいないのでしょうね。お祖母様はいつでもこの髪飾りをしていたそうですもの」
エレノアは言った。
ほう、と死体魔術師が興味深そうな声をあげる。その手がエレノアの前髪を飾る髪飾りに伸びる。
「おやめなさい。あなたのようなお下劣な人間が、お祖母様の髪飾りに触れてはなりませんわ」
エレノアが鋭く言った。
「やめろと言われて、やめられるものではない」
言って、死体魔術師が髪飾りを乱暴に外した。
見事な螺旋を描いていたエレノアの豪華な髪が、すっと生き物のようにのたうって、見る見るその髪型を変えていく。確かに癖一つない、金糸のようなストレートヘア。
腐乱した手によって貼り付けにされたエレノアの体に、流れるように垂れた。
死体魔術師が、一瞬、エレノアの美しさに気をとられる。
その時、エレノアの両目が開いた。
『暴く目』の時のように、彼女の瞳がぼんやりと光るのではなく、白目が閃光のように強く白色に輝く。
「わたくしが聞きたいのはただ一つ。あなたの魂の器を壊す方法ですわ」
エレノアの目は、死体魔術師が握る杖に向かっていた。
エレノアの加護技『真実の問い』は、相手の目を通して、魂に問いかける。だが、相手は自身の体すら死体に変えている死体魔術師。目を見ても『真実の問い』が効かない可能性が高い。
だから、これはエレノアの賭けだった。
直接、魂に問う。
「……」
長い沈黙。
エレノアが諦めかけたその時、死体魔術師の杖が白く光った。
死体魔術師の赤く輝く両目の光が弱まり、消えた。
「我が杖は治癒魔術を使えば壊すことができる」
その言葉が終わった途端、死体魔術師の両目が、再び明るい赤光を放つ。
「よくも、我が秘密をしゃべらせたものだ。だが、それがどうした? お主は、もうまもなく死体に変わる。稼働死体となり、永劫の時をさまよい続けるのだ」
死体魔術師が杖先をエレノアに突き付ける。
「さあ、魂を吸い出してやろうかのう」
「魔力はその者の思い入れの強い部分に宿りやすいそうですわ」
エレノアは言った。
「儂に向かって魔術を説くかね。死を前にして狂うたか?」
「わたくしはその性質を知って以来、ずっと練習をしてきましたの。だって、もしかしたら、窮地を脱する手助けになるかもしれないでしょう?」
そこで言葉を切ると、華やかに笑った。
「まさに、こんな風に」
エレノアの黄金の髪が一斉に動いた。
それらは瞬時に死体魔術師の杖に絡みついた。
エレノアの髪がオレンジ色に輝く。その光は死体魔術師の握る杖に伝わり、そして。
古びた木製の杖に亀裂が走る。
エレノアは自身の髪の毛に治癒魔術を乗せて放ったのだ。使ったのはもっとも簡単な『初級治癒』。だが、死体魔術師の杖は、エレノアの魔力ではなく魔術の特性により、致命的なダメージを受けた。
死体魔術師がなんとか魂の器たる杖を修復しようと、すべての魔力を使って杖を覆う。
エレノアの四肢を縛めていた稼働死体の腕が外れた。肉塊から伸び、鎌首をもたげていたいくつもの人頭も、力を失い床に落ちる。
死体魔術師がエレノアに視線を向けた時には、彼女の姿は消えていた。
藍色の閃光が光る。
エレノアは『風の刃』の魔術を纏わせた手刀で、死体魔術師の脇を駆け抜けざまに斬っていた。そのまま死体魔術師の背後に立ち、髪飾りを前髪につける。たちどころに、エレノアの黄金の髪がいくつもの螺旋を描く。
その後ろで、死体魔術師の体がバラバラになって床に落ちた。すぐに再生しようと、つながり合うが、同じく床に落ちた杖がボロボロと崩れ、塵となる。
最後に、杖の残骸から黄金の光の塊が現れ、溶けるように消えた。
「これがわたくしの切り札ですわ」
エレノアは杖同様に、塵となって消えていく死体魔術師の肉体を見ろして言った。




